「山南さんは以前腕を怪我したんです。それで長いこと療養を取っているんですが……」

「はい……私も一度だけお会いしたことがあります。丁寧にご挨拶をしてくださいました」

「そうですか」

敬愛する山南が夢主に好意的な態度を取っていたと知り、沖田は顔を綻ばせた。
その表情の変化に斎藤が目を向けた。二人の遣り取りを黙って見守っている。

「怪我は致命的で刀を振えなくなってしまったんです。それでも山南さんは新選組にとって欠かせない人だから……僕は早く元気になって隊務に復帰して欲しいんです。気持ちさえ戻ってきてくれたら……」

「そうだったんですね……気持ちが……」

「えぇ、すっかり気が萎えて酷い時は……殺してくれと取り乱してしまうんです。こんな話……すみません、夢主ちゃん」

「いぃぇっ……」

今にも消えてしまいそうな笑顔を見せる沖田に夢主は懸命に微笑みかけた。
揃って泣き出しそうな二人を見比べていた斎藤が、ゆっくり口を開く。

「名月の話をしてやったのか」

「はい。山南さんは雅なお方ですから、喜んで月見をしようと！月を見ることすら忘れていたと自嘲されていました。久しぶりにお酒をご一緒しようと……だから悪いですが、少し呑んだら山南さんのお部屋に行きますね」

「そうですか……山南さんの気が向いたら、いつもでこちらにいらして下さいねっ」

「もちろん！」

ようやく弾けた沖田の笑顔。山南への敬愛が痛いほど伝わってくる。

「沖田さんは山南さんがお好きなんですね」

「えぇ！土方さんが口うるさい兄貴なら、山南さんは優しい兄さんかなっ、ははっ」

「ふふっ、言っちゃいましたねっ」

沖田の本音を三人は揃って笑った。

「お約束があるのにお付き合い下さってありがとうございます」

そう言い、夢主は沖田に盃を渡して酒を汲んだ。
後があるなら、まずは一杯と。

「ありがとう」

「斎藤さんも……」

「あぁ」

二人に酌をした夢主は、今度は自分の分と酒瓶を入れ替えた。
手を伸ばすと、酒瓶に触れる直前で斎藤に持っていかれた。注いでくれるのだから持ってくれたと言うべきか、夢主は「あっ」と見上げた。

「ほらよ」

「すみません、ありがとうございます……って、なみなみと……注ぎましたね……斎藤さんてば」

「フン」

ただでさえ猪口より大きな盃。斎藤は遠慮なく溢れる限界まで注いだ。
緊張した夢主の指先が震えそうだ。溢さないように必死に盃を持つ姿を、斎藤も沖田も笑っている。
やがて沖田が盃を掲げた。

「じゃぁいつもの、かんぱぁーい！」

「か、乾杯……」

「……」

三人はそれぞれ酒を含んだ。
わぁと表情に華を咲かせる夢主に、満足そうな笑顔を浮かべる沖田。斎藤は隣で嬉しそうな夢主をちらと横目に入れて、目元を和らげた。

「美味しい……」

「あぁ、美味いな」

「美味しいですね！夢主ちゃんと名月が一緒なら文句はありません！」

「ふふっ、沖田さんいつもの調子に戻りましたっ」

雲ひとつ無い夜空に美しく輝く月が、三人を煌々と照らしていた。