56.紫の蝶、蒼く(しのちょう、あおく)

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主人公の女の子

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「っ痛ぇ!!!な、なんだってんだ……」

男は急な痛みを受けて立ち上がり、後ろを振り返って縁側まで進んだ。
痛みの原因を探している。

「何だ……誰だ……何しやがる……」

呆けて意識の宿らない顔付きで、目をぎょろぎょろ泳がせる。自分の立場も忘れ、堂々と月明かりに姿を晒して庭を見回していた。
夢主は呼吸を整えて体を起こし、畳に何かが突き刺さっているのを見つけた。

「く……くな……苦無っ」

忍が使う苦無だった。斜めに突き刺さった黒い苦無が鈍く光っている。
目を男に向けると、腕を押さえていた。苦無がかすったのだろう。

体を起こしたものの恐怖で足腰が立たず、この場から動けない。
これからどうなるのか恐れて縁側の男を見上げた刹那、男の目の前に更に一つ、黒い影が音も無く天から降りてきた。

「山崎……さんっ……」

大男の向こう側は見えないが、きっと今夜も様子を見に来てくれたのだろう。
夢主はほっと安堵の息を吐いた。

「見苦しい壬生狼め。去ね」

「えっ」

その声は山崎のものではなく、また新選組の監察方の口から出てくる言葉ではなかった。

「貴様を俺がここで殺すのか。始末が面倒だ。ここに残って粛清を待つか。面倒だろう。ならば早々に、去ね」

「ひっ、ひぃぃいっ……」

後退るように体を動かした大男。
隠れていた空間が現れ、苦無を構えて立つ黒装束の男が見えた。

「あ……えっ……蒼紫様っ……」

考えもしなかった人物の姿。
夢主は座ったままぽかんと口を開いて硬直した。

夢主に襲い掛かった仮病の隊士は着の身着のまま、ふらついた大きな足取りで屯所の外へと走って行った。
辺りには「ひぃっ」と情けない声が響いた。

「あお……蒼紫様っ……どうしてっ……」

名を呼ばれ、去って行った男の姿から夢主に視線を移した蒼紫は、ゆっくりそばに寄ってひざまずいた。
そして小さな砂山から小枝でも抜くように、難無く畳から苦無を引き抜いた。

「観察していただけだ」

「ぇっ……」

「御庭番衆には様々な習わしがある。秘伝書を読み学を身に付け、時に実際に手にしたり目にすることで己が物とする」

蒼紫は畳についた苦無の跡を直しながら話した。
畳の目に沿って投げられた苦無は、い草を傷付けることなく見事に隙間に入り込んでいた。
苦無の大きさの分だけ綺麗に左右に開いたい草を丁寧に寄せて戻すと、何事も無かったかのような美しい目の畳に戻った。

「凄ぃ……」

夢主は思わず呟いた。
蒼紫が夢主に目を向け、我に返った。

「あっ、観察って何を……」

「女だ」

「えっ……」

「女の観察をしていた。それだけだ」

「えっ、それって……あの……」

観察とは一体、見て眺めて調べるということか。
夢主は顔が少しずつ熱くなっていくのを感じた。
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