51.想い違い
夢主名前設定
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部屋に戻ると暑さもあり、障子は出来る限り空けられた。
「少し暑いですね……」
「あぁ、今日は熱が籠るな」
斎藤は思い出したように立ち上がり、荷物の中に手を入れて何かを取り出した。
すっ、と差し出したのは黒くて細長い見覚えがあるもの。
「ほら、使え。俺はいらん。分かるか」
「は、はぃ……扇子ですよね。……いいんですか……」
斎藤は夢主に男物の扇子をひとつ手渡した。
飾りっけの無い黒い簡素な物だが、しっかりした作りの鉄扇だ。
同じ鉄扇でも以前夢主が目にした芹沢の物よりは大分小さい。芹沢の鉄扇が特別大きかったのだろう。
「あぁ、俺がバタバタ扇いではみっともなかろう。顔を隠すでも無し」
「そうですか……では……ありがたく使わせていただきますっ」
斎藤が使わないのなら暑さ凌ぎにとありがたく受け取った。
夢主の手にはやや大きいが、心地よい重みだ。
「ふふっ、気持ちいいです……」
自分に向けてそっと仰いでみた。
扇自身の重みで傾くように風を送ってくれる。そよそよと頬をくすぐる風が心地よい。
「そういえば扇子の使い方にも決まりがあったそうですねよ……色々あるんですか」
「あるにはあるが、ここで使う分には何も気に掛けずとも良い。お前の使い方で好きに使え。分かっているとは思うが近藤さんや土方さん達の前では使うなよ、お前からしても目上の者に当たるだろう」
「はぃ……扇子、ありがとうございます」
……斎藤さんを扇いであげたいけど、きっといらんって断られちゃうんだろうな……
笑顔で応え、斎藤が外を眺める横顔を見つめながら自分にそよ風を送った。
「穏やかだな……」
斎藤は日頃の忙しさを忘れ、静かな時間に身を任せていた。
遠くから聞こえる隊士達の喧騒も、斎藤の部屋には穏やかに届く。
「静かで良い時だ」
「ふふっ、斎藤さんがそんな事を言うなんて珍しいですね」
「そうか」
「えぇ。……池田屋から……あっという間と言うか……斎藤さんはずっと、色々と大変そうで……」
隊務に於いても、それ以外でも。
夢主は扇子を動かす手を緩めて斎藤の目の色を見た。
今は落ち着き払っている。熱に染まるでもなく、日の下でいつもの枯れ茶色をしている。
「大変、か。まぁ部屋を空けてばかりで隊務はこなせども、やり方にもどかしさが残るからな。そう見えてしまうか」
斎藤は苛付いている事を見透かされているなと自嘲した。
夢主も苦笑いで首を傾げて頷いた。
夢主から視線を外そうかという時、不意に斎藤を呼ぶ声がした。
「斎藤先生!」
「何だ」
遠くから聞こえた自分の名に反応すると、廊下を走ってくる隊士が見えた。
「斎藤先生、失礼しますっ!!」
「どうした」
息を切らして慌てる隊士に、斎藤は落ち着いて対応した。
「申し訳ありませんっ、かなり腕の立つ浪士が暴れておりまして、このままでは相当まずい状況です。情けない話ですが、お力添えをお願いします!」
「っちっ、久しぶりの非番なんだよ、誰か他にいないのか」
「申し訳ありません、他にどなたも捉まりませんで……」
「全く、揃いも揃ってどこへ行ってやがる。まぁおかげで静かな時間が過ごせたがな」
愚痴るだけ愚痴ると、斎藤は大きな溜息を吐いて腰を上げた。
「どこだ」
隊士に状況を聞く僅かな間に手早く仕度を整えて、心配そうに見上げる夢主に顔を向けた。
「すまないな、約束がここまでになってしまう」
「いぇ……皆さんが斎藤さんを待っているのですから。お気をつけて……」
大きく頷くと大小を下げた斎藤は隊士の案内で出て行った。
去り際、平隊士も申し訳なさそうに夢主に目配せをした。
「ゆっくり……お話したかったのに……」
仕方がないと理解するが、ぼやいてしまった。
結局、退屈な時間を一人で過ごす事になった。
「少し暑いですね……」
「あぁ、今日は熱が籠るな」
斎藤は思い出したように立ち上がり、荷物の中に手を入れて何かを取り出した。
すっ、と差し出したのは黒くて細長い見覚えがあるもの。
「ほら、使え。俺はいらん。分かるか」
「は、はぃ……扇子ですよね。……いいんですか……」
斎藤は夢主に男物の扇子をひとつ手渡した。
飾りっけの無い黒い簡素な物だが、しっかりした作りの鉄扇だ。
同じ鉄扇でも以前夢主が目にした芹沢の物よりは大分小さい。芹沢の鉄扇が特別大きかったのだろう。
「あぁ、俺がバタバタ扇いではみっともなかろう。顔を隠すでも無し」
「そうですか……では……ありがたく使わせていただきますっ」
斎藤が使わないのなら暑さ凌ぎにとありがたく受け取った。
夢主の手にはやや大きいが、心地よい重みだ。
「ふふっ、気持ちいいです……」
自分に向けてそっと仰いでみた。
扇自身の重みで傾くように風を送ってくれる。そよそよと頬をくすぐる風が心地よい。
「そういえば扇子の使い方にも決まりがあったそうですねよ……色々あるんですか」
「あるにはあるが、ここで使う分には何も気に掛けずとも良い。お前の使い方で好きに使え。分かっているとは思うが近藤さんや土方さん達の前では使うなよ、お前からしても目上の者に当たるだろう」
「はぃ……扇子、ありがとうございます」
……斎藤さんを扇いであげたいけど、きっといらんって断られちゃうんだろうな……
笑顔で応え、斎藤が外を眺める横顔を見つめながら自分にそよ風を送った。
「穏やかだな……」
斎藤は日頃の忙しさを忘れ、静かな時間に身を任せていた。
遠くから聞こえる隊士達の喧騒も、斎藤の部屋には穏やかに届く。
「静かで良い時だ」
「ふふっ、斎藤さんがそんな事を言うなんて珍しいですね」
「そうか」
「えぇ。……池田屋から……あっという間と言うか……斎藤さんはずっと、色々と大変そうで……」
隊務に於いても、それ以外でも。
夢主は扇子を動かす手を緩めて斎藤の目の色を見た。
今は落ち着き払っている。熱に染まるでもなく、日の下でいつもの枯れ茶色をしている。
「大変、か。まぁ部屋を空けてばかりで隊務はこなせども、やり方にもどかしさが残るからな。そう見えてしまうか」
斎藤は苛付いている事を見透かされているなと自嘲した。
夢主も苦笑いで首を傾げて頷いた。
夢主から視線を外そうかという時、不意に斎藤を呼ぶ声がした。
「斎藤先生!」
「何だ」
遠くから聞こえた自分の名に反応すると、廊下を走ってくる隊士が見えた。
「斎藤先生、失礼しますっ!!」
「どうした」
息を切らして慌てる隊士に、斎藤は落ち着いて対応した。
「申し訳ありませんっ、かなり腕の立つ浪士が暴れておりまして、このままでは相当まずい状況です。情けない話ですが、お力添えをお願いします!」
「っちっ、久しぶりの非番なんだよ、誰か他にいないのか」
「申し訳ありません、他にどなたも捉まりませんで……」
「全く、揃いも揃ってどこへ行ってやがる。まぁおかげで静かな時間が過ごせたがな」
愚痴るだけ愚痴ると、斎藤は大きな溜息を吐いて腰を上げた。
「どこだ」
隊士に状況を聞く僅かな間に手早く仕度を整えて、心配そうに見上げる夢主に顔を向けた。
「すまないな、約束がここまでになってしまう」
「いぇ……皆さんが斎藤さんを待っているのですから。お気をつけて……」
大きく頷くと大小を下げた斎藤は隊士の案内で出て行った。
去り際、平隊士も申し訳なさそうに夢主に目配せをした。
「ゆっくり……お話したかったのに……」
仕方がないと理解するが、ぼやいてしまった。
結局、退屈な時間を一人で過ごす事になった。