38.知らぬままに
夢主名前設定
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陽も傾き始めた頃、いつの間にか眠っていた夢主は、目覚めて変わらない状況に大きな深い溜息を吐いた。
この部屋に来てから初めて見せる態度に、緋村の視線が動いた。
緋村が何かを訊ねる前に、夢主はぽつりぽつりと語り出した。
「新選組のみんなに……毎日文を書いていたんです。文が途絶えて、きっと異変に気が付く頃です……」
斎藤が用意してくれた金には手をつけていない。出て行ったのではないと気付いてくれるはず。
待っていると告げた言葉を斎藤はきっと信じてくれると、自分に言い聞かせた。
「新選組のみんなが……大坂に行ってるのはご存知でしょう、ちょうど……もう京に帰ってくる頃です……。そうしたらきっと騒がしくなります……」
新選組の皆が京中の屋敷や宿をしらみつぶしに捜し始めるかもしれない。
それは緋村や長州の人間には嬉しくない出来事。
そうやって騒ぎが大きくなれば夢主自身、身の安全が保障されなくなると思い始めていた。
面倒を恐れて飯塚が始末を付けに戻ってくるかもしれない。
それに、もし……万が一捜しに来てくれなかったら。
どちらにしても時間が無い。動くしかないのだ。何とかしなければ。
「壬生に返しては……もらえませんか……」
夢主は布団をきつく握り締めた。
顔を上げると、語り出して起こる変化を逃すまいと夢主を見る緋村と目が合った。
夢主は緋村に動いて欲しくて、彼の心に届きそうな言葉を探した。
「……私に……生き方を、選ばせてください」
夢主が選んだ言葉は、緋村が閉じ込めていたある記憶をひとつ、呼び起こした。
緋村は反射的に立ち上がった。
明るい視界が急に分厚い布に覆われたような、突然光を失う黒い感覚に襲われる。
……生き……方
『……生き方を一人で選ぶことができるまで……生きなきゃ駄目なの……』
ある人の言葉が蘇り、緋村は目を剥いて立ち竦んだ。
緋村の中で硬く蓋をされた幼い頃の記憶が掘り起こされていく。
ある夜の記憶、遠い日の、どれだけ閉じ込めでも決して消える事のない記憶。
親を流行り病で亡くし、人買いに連れられ……
道中、夜盗に襲われたあの夜……
俺は再び全てを失い……
新しい名を、生き方を与えられた……
そして俺は、十四の齢で自らの生き方を選び、師匠の元を飛び出した……
緋村は目も口も開いたまま、布団に座る夢主を見下ろした。
この……女っ……
緋村は何故だ、何故だと自らに問い掛けた。
この女を部屋に留め置く事が、只ならぬ罪深き悪行に思えて仕方がなかった。
「…………心太」
「っ!!!」
夢主は罪作りであると知りながら、緋村の一番奥深い記憶に触れる言葉を選んで呟いた。
緋村抜刀斎……剣心……心太、幼い頃、親から貰った彼の本当の名を。
何としてもここから出て、斎藤や沖田の待つ新選組の屯所に帰りたい。
例えどんな手段を使ってでも。
夢主の呟きに反応し、緋村の体は大きく崩れた。
見開いた緋村の目には、あってはならぬ涙が浮かんでいた。
「うおおおおおぉっ!!!!」
突然、緋村は両拳をきつく握り、大声で咆えた。
己に向けた心の叫び。目を背けていた過去への感情。
「ぁ……」
夢主は突然の咆哮に驚いて仰け反り、異様な姿を見上げた。
「何なんだ……お前は一体……なんだ……」
そこには人斬りから十五の少年に戻った、哀しい目をした緋村が立っていた。
「もう……やめてくれ……」
……これ以上、俺の心に迷いを持ち込まないでくれ……
……俺は新時代の為、桂さんに変わって人を斬ると決めたんだ……
……それが例えどれだけ非道な行いであろうとも……
……俺は迷ってなどいられない・・・!!!
緋村は俯いて歯をぎりぎりと噛み締めた。
硬くなった顔の筋肉に反応したのか、左頬の傷からつるりと血が滴った。
この部屋に来てから初めて見せる態度に、緋村の視線が動いた。
緋村が何かを訊ねる前に、夢主はぽつりぽつりと語り出した。
「新選組のみんなに……毎日文を書いていたんです。文が途絶えて、きっと異変に気が付く頃です……」
斎藤が用意してくれた金には手をつけていない。出て行ったのではないと気付いてくれるはず。
待っていると告げた言葉を斎藤はきっと信じてくれると、自分に言い聞かせた。
「新選組のみんなが……大坂に行ってるのはご存知でしょう、ちょうど……もう京に帰ってくる頃です……。そうしたらきっと騒がしくなります……」
新選組の皆が京中の屋敷や宿をしらみつぶしに捜し始めるかもしれない。
それは緋村や長州の人間には嬉しくない出来事。
そうやって騒ぎが大きくなれば夢主自身、身の安全が保障されなくなると思い始めていた。
面倒を恐れて飯塚が始末を付けに戻ってくるかもしれない。
それに、もし……万が一捜しに来てくれなかったら。
どちらにしても時間が無い。動くしかないのだ。何とかしなければ。
「壬生に返しては……もらえませんか……」
夢主は布団をきつく握り締めた。
顔を上げると、語り出して起こる変化を逃すまいと夢主を見る緋村と目が合った。
夢主は緋村に動いて欲しくて、彼の心に届きそうな言葉を探した。
「……私に……生き方を、選ばせてください」
夢主が選んだ言葉は、緋村が閉じ込めていたある記憶をひとつ、呼び起こした。
緋村は反射的に立ち上がった。
明るい視界が急に分厚い布に覆われたような、突然光を失う黒い感覚に襲われる。
……生き……方
『……生き方を一人で選ぶことができるまで……生きなきゃ駄目なの……』
ある人の言葉が蘇り、緋村は目を剥いて立ち竦んだ。
緋村の中で硬く蓋をされた幼い頃の記憶が掘り起こされていく。
ある夜の記憶、遠い日の、どれだけ閉じ込めでも決して消える事のない記憶。
親を流行り病で亡くし、人買いに連れられ……
道中、夜盗に襲われたあの夜……
俺は再び全てを失い……
新しい名を、生き方を与えられた……
そして俺は、十四の齢で自らの生き方を選び、師匠の元を飛び出した……
緋村は目も口も開いたまま、布団に座る夢主を見下ろした。
この……女っ……
緋村は何故だ、何故だと自らに問い掛けた。
この女を部屋に留め置く事が、只ならぬ罪深き悪行に思えて仕方がなかった。
「…………心太」
「っ!!!」
夢主は罪作りであると知りながら、緋村の一番奥深い記憶に触れる言葉を選んで呟いた。
緋村抜刀斎……剣心……心太、幼い頃、親から貰った彼の本当の名を。
何としてもここから出て、斎藤や沖田の待つ新選組の屯所に帰りたい。
例えどんな手段を使ってでも。
夢主の呟きに反応し、緋村の体は大きく崩れた。
見開いた緋村の目には、あってはならぬ涙が浮かんでいた。
「うおおおおおぉっ!!!!」
突然、緋村は両拳をきつく握り、大声で咆えた。
己に向けた心の叫び。目を背けていた過去への感情。
「ぁ……」
夢主は突然の咆哮に驚いて仰け反り、異様な姿を見上げた。
「何なんだ……お前は一体……なんだ……」
そこには人斬りから十五の少年に戻った、哀しい目をした緋村が立っていた。
「もう……やめてくれ……」
……これ以上、俺の心に迷いを持ち込まないでくれ……
……俺は新時代の為、桂さんに変わって人を斬ると決めたんだ……
……それが例えどれだけ非道な行いであろうとも……
……俺は迷ってなどいられない・・・!!!
緋村は俯いて歯をぎりぎりと噛み締めた。
硬くなった顔の筋肉に反応したのか、左頬の傷からつるりと血が滴った。