29.小さな酒宴
夢主名前設定
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見覚えの無い女はそう名乗って女将と同じように手をつき、深々と頭を下げた。
長いと感じるほどの時間、頭を下げた女が、ゆっくり顔を上げる。
突然の出来事に名乗られた名前を受け入れ損ねた男達。
見えた女の顔をじっくり眺めて言葉を失い、殆どの者が箸や皿を落とした。
からからからぁん……
静まり返った座敷内に甲高い音が幾つも響き渡る。
恥ずかしそうに伏目がちに顔を上げた女は、白粉に紅で化粧をした姿ではあるが、間違いなく夢主だった。
「夢主……なのか」
一番近くにいた原田が静かに訊ねた。
鮮やかな紅の重厚な着物姿は、まるでどこかの太夫のよう。
夢主の白い肌によく映える。幾つも刺繍された大輪の花が艶やかだ。
幾重にも重ねて着付けされた婀娜やかな着物は、普段着るような物では無い。女将がわざわざどこかから借りてきたのだろう。
髪は付け毛を加えて通常の日本髪よりも大きく華やかに結われている。
唇と、目の周りにほんのりとのせられた紅は沖田からの贈り物。
それに気付いた沖田は感激で言葉を失った。
「夢主……ちゃ……ん」
ようやく声になった沖田の呟きは、すぐ傍の斎藤に聞こえるかどうかの小さなものだった。
しかし斎藤に届くかもしれないその声を斎藤は聞いていなかった。言葉を失い箸を持ったまま入り口を見つめて固まっている。口も目も開いたまま、夢主を凝視している。
化粧をすると聞いていた斎藤ですらこの反応なのだ、他の幹部連中の衝撃は計り知れない。
「ほら、夢主はん、」
女将に促され夢主が言葉を続けた。
「ぁ……あの、今宵は……私が……皆様のお酌の、お相手をいたします……どうぞ宜しくお願いいたします」
慣れないながらも言い切ると再び頭を深く下げた。
次に顔が上がった時、極まった恥じらいで瞳が潤んでいた。
静かに腰を上げ、しずしずと着物を引きずり上座へ進む。夢主が歩く間に、女将が嬉しそうに酒の入った徳利をそれぞれの膳に配っていった。
近藤は妾宅にいる事が多く、この日も姿は無かった。
一番に酌をすべき相手は土方になる。
「土方さん、失礼します……どうぞ……」
土方の前に腰を落とし言いかけると同時に、女将が声を発した。
綺麗に響く声で夢主の言葉を止める。
「ほな、わてはこれで失礼するさかい、夢主はん、後はしっかり宜しゅう頼みますえ。皆さん、お酒の御代わりは後で届けさせますさかい、一先ずこれにて失礼いたします」
丁寧に上品に深々と頭を下げる女将に、思わず幹部の皆も頭を下げ返した。
長いと感じるほどの時間、頭を下げた女が、ゆっくり顔を上げる。
突然の出来事に名乗られた名前を受け入れ損ねた男達。
見えた女の顔をじっくり眺めて言葉を失い、殆どの者が箸や皿を落とした。
からからからぁん……
静まり返った座敷内に甲高い音が幾つも響き渡る。
恥ずかしそうに伏目がちに顔を上げた女は、白粉に紅で化粧をした姿ではあるが、間違いなく夢主だった。
「夢主……なのか」
一番近くにいた原田が静かに訊ねた。
鮮やかな紅の重厚な着物姿は、まるでどこかの太夫のよう。
夢主の白い肌によく映える。幾つも刺繍された大輪の花が艶やかだ。
幾重にも重ねて着付けされた婀娜やかな着物は、普段着るような物では無い。女将がわざわざどこかから借りてきたのだろう。
髪は付け毛を加えて通常の日本髪よりも大きく華やかに結われている。
唇と、目の周りにほんのりとのせられた紅は沖田からの贈り物。
それに気付いた沖田は感激で言葉を失った。
「夢主……ちゃ……ん」
ようやく声になった沖田の呟きは、すぐ傍の斎藤に聞こえるかどうかの小さなものだった。
しかし斎藤に届くかもしれないその声を斎藤は聞いていなかった。言葉を失い箸を持ったまま入り口を見つめて固まっている。口も目も開いたまま、夢主を凝視している。
化粧をすると聞いていた斎藤ですらこの反応なのだ、他の幹部連中の衝撃は計り知れない。
「ほら、夢主はん、」
女将に促され夢主が言葉を続けた。
「ぁ……あの、今宵は……私が……皆様のお酌の、お相手をいたします……どうぞ宜しくお願いいたします」
慣れないながらも言い切ると再び頭を深く下げた。
次に顔が上がった時、極まった恥じらいで瞳が潤んでいた。
静かに腰を上げ、しずしずと着物を引きずり上座へ進む。夢主が歩く間に、女将が嬉しそうに酒の入った徳利をそれぞれの膳に配っていった。
近藤は妾宅にいる事が多く、この日も姿は無かった。
一番に酌をすべき相手は土方になる。
「土方さん、失礼します……どうぞ……」
土方の前に腰を落とし言いかけると同時に、女将が声を発した。
綺麗に響く声で夢主の言葉を止める。
「ほな、わてはこれで失礼するさかい、夢主はん、後はしっかり宜しゅう頼みますえ。皆さん、お酒の御代わりは後で届けさせますさかい、一先ずこれにて失礼いたします」
丁寧に上品に深々と頭を下げる女将に、思わず幹部の皆も頭を下げ返した。