貴方も私もお見通し
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
京都での仕事を終え、東京近郊での仕事が続いた旦那様。
また遠くの仕事が入ったみたい。
あまり表情をつくらない貴方ですけれども、お帰りになった今は少し気まずそう。
言い難いお話があるんですね。
子供達が寝てしまい、嵐の後のように静かな部屋。
仕事に口は出しませんが、話しやすいよう、ついでを装い話をふってみましょうか。
「旦那様、最近お帰りがお早いですね。無理はなさらないでください、大切な仕事があれば優先してください」
「その事なんだが」
んんっとひとつ、珍しい咳払い。
私は思わず「ふふっ」っと笑いそうになりました。そんなに気を張らなくてもよろしいのに。
「次の仕事は北海道だ」
「北海道……」
覚悟して聞いたのに、思いもよらぬ地名に胸の奥が大きく鼓動する。
かつては蝦夷と呼ばれ、我が会津藩が守護したこともある最果ての地。
貴方はまた、遠い地へ……。
「斗南よりも……遠いところですね」
旦那様の顔が曇る。
言ってはならないとわかっていても、漏らしてしまった一言。
当たり前です。妻の私が言ってはならない言葉。
私達が辛酸を舐めた北の土地。
まるで責めるような一言、決して貴方を追い詰めたいわけではないのに。
「安心してください、着いて行きたいとは申しません」
「長くなるかもしれん。たまには東京へ戻ることもあるかもしれんが」
「そうですか。……今度も大変な使命をお持ちなのですね」
誰かが果たさなければならない大きな使命。
いつでも真っすぐ向き合う貴方。
そんな貴方が大好きで愛おしくて。
それでも……少し悔しい自分がいる。
ふと、知人の話を思い出す。
会津の出と知ってから付き合いが深まった娘さん、藩医の家柄で、夫の任務中そばに居合わせた経験がある。
私の知らない旦那様の顔を教えてくれた方。
「先日、高荷の恵さんに話をお聞きしたんですよ」
「高荷恵か」
旦那様の眉間に皺、お心当たりがあるようです。
そう、元長州志士の緋村さんと義弟さんの私闘の場に高荷恵さんがいらっしゃった。
そこで旦那様が語られた話、私の前では語ることのない戦時の言葉。
(ちっ、余計なことを喋っちゃいないだろうな)
そんな表情を浮かべる貴方を見て、私の顔はどう変わったでしょうか。
「旦那様、私は旦那様の弱点なのでしょうか」
「何」
年の暮れ、空から刺客が現れた真夜中の騒動。その最中、弱点は去れ、貴方は若い娘さんにそう仰ったそうね。
薙刀や護身の武術を身に付けた会津の女子でも、旦那様のような剣客達の世界に身を置けば赤子も同然、力なき者。
心得ている現実を思えば、いやでも自覚する。
わざわざ確かめる必要もないのに、訊いてしまうの。
ごめんなさい……だって、悔しいんですもの……。
「だからお仕事される旦那様の傍にはいられない……」
「時尾……」
人の心情を読むことに長けている旦那様は、私のくだらないやきもちに気付いたみたい。
そっと体を抱き寄せてくれた。
「確かにお前達を連れて行くことはできない」
「やはり私は旦那様の弱点なのですね……」
わかっています。
わがままは、言いません。
「安心してください、勉さんは走り回って手が付けられませんし、生まれたばかりの剛さんを連れて極寒の地へなど行こうとは思いません」
斗南で命を落とした幼子を嫌と言うほど知っている。
あれより北の地へ子供達を連れて行こうなどとは、思いません。
「時尾……」
言い訳だと察したのか、貴方が私を抱く手に力が加わった。
嬉しい。
この力強さが大好きなの……。
また離れてしまうのは寂しい。
このまま離れたくない。貴方の胸に顔を埋めた。
そばにいても、役に立てる知識も技術もない私はただの足手まとい。
悔しいのは自分自身。
貴方の足を引っ張るくらいなら、私はここで待っています。
会津の女子、戦を前に自刃した皆様を思えば、待つことくらい……。
「一番守りたい存在、それが弱点だろう。だから、お前は、お前達は連れていけん」
「旦那様……」
「お前達が何より大切だ。だから、待っていてくれ」
どんな顔をして仰っているの……。
思わず体を離して貴方を見上げた。
とても優しい瞳……人々に恐れられた壬生狼だなんて嘘みたい。
冷酷無比で無表情だなんて言われる貴方ですけれど、今は少し困ったように眉毛が下がっているの、私にはわかりますよ。
「毎晩でもこうしたいのは俺も同じだ」
「は……はい……」
突然言われて目を丸くしてしまいました。
それは恥ずかしいけれど、心から嬉しい言葉。
貴方の好きなところ、外では無駄口を好まないのに、私にはちゃんと話してくれるところです。
大切なことは、濁さずに伝えてくださる。
だから私の心は、貴方を待っていられるの。
「いつもすまんな、勉たちのことも、お前のことも……」
「旦那様……ふふっ、らしくありませんこと!」
ふざけて笑う態度が強がりだとわかっていて、貴方は「こいつ」と私を抱きしめた。
もう一度、先程よりもきつい抱擁。
「時尾、お前が愛おしい……俺が戻って家が空だなんてやめてくれよ」
「ふふっ、一度だってそんなことがありましたか、何度も何度も家を空けていらっしゃるでしょう」
「そうだったな、今度も頼んだぞ」
「はい、仰せのままに」
揶揄うように笑うと、貴方の嬉しそうな顔が近づいて、私の唇を塞いだ。
いつも私をくすぐる前髪も、またお預けなのね。
くすっと心で笑ったのが唇に伝わってっしまったのかしら、目を閉じていたはずの貴方なのに、突然瞳が見えた。
ニヤリって、聞こえてきそう。
美しい瞳なのに、そんな風に見るなんて。
私の全てを見透かすような貴方の鋭い笑みに貫かれて、体の奥から熱が沸き起こる。
もう、好きになさってください……。
やけくそのような私の甘えを、貴方は今宵も受け止めてくれるのですね。
そっと開いた唇から貴方の熱い思いが入ってくる。
次はいつ触れてもらえるのか分からないけれど、貴方の熱は私の体にずっと残りますから。
沢山の熱を私に残してください。
貴方の熱を……
私の中に……
それから全てを委ねて、私は貴方に愛されるの……
────夜が明けるまで、永久に続く時のように深く途切れなく、私は貴方の熱い優しさを受け続けた。
また遠くの仕事が入ったみたい。
あまり表情をつくらない貴方ですけれども、お帰りになった今は少し気まずそう。
言い難いお話があるんですね。
子供達が寝てしまい、嵐の後のように静かな部屋。
仕事に口は出しませんが、話しやすいよう、ついでを装い話をふってみましょうか。
「旦那様、最近お帰りがお早いですね。無理はなさらないでください、大切な仕事があれば優先してください」
「その事なんだが」
んんっとひとつ、珍しい咳払い。
私は思わず「ふふっ」っと笑いそうになりました。そんなに気を張らなくてもよろしいのに。
「次の仕事は北海道だ」
「北海道……」
覚悟して聞いたのに、思いもよらぬ地名に胸の奥が大きく鼓動する。
かつては蝦夷と呼ばれ、我が会津藩が守護したこともある最果ての地。
貴方はまた、遠い地へ……。
「斗南よりも……遠いところですね」
旦那様の顔が曇る。
言ってはならないとわかっていても、漏らしてしまった一言。
当たり前です。妻の私が言ってはならない言葉。
私達が辛酸を舐めた北の土地。
まるで責めるような一言、決して貴方を追い詰めたいわけではないのに。
「安心してください、着いて行きたいとは申しません」
「長くなるかもしれん。たまには東京へ戻ることもあるかもしれんが」
「そうですか。……今度も大変な使命をお持ちなのですね」
誰かが果たさなければならない大きな使命。
いつでも真っすぐ向き合う貴方。
そんな貴方が大好きで愛おしくて。
それでも……少し悔しい自分がいる。
ふと、知人の話を思い出す。
会津の出と知ってから付き合いが深まった娘さん、藩医の家柄で、夫の任務中そばに居合わせた経験がある。
私の知らない旦那様の顔を教えてくれた方。
「先日、高荷の恵さんに話をお聞きしたんですよ」
「高荷恵か」
旦那様の眉間に皺、お心当たりがあるようです。
そう、元長州志士の緋村さんと義弟さんの私闘の場に高荷恵さんがいらっしゃった。
そこで旦那様が語られた話、私の前では語ることのない戦時の言葉。
(ちっ、余計なことを喋っちゃいないだろうな)
そんな表情を浮かべる貴方を見て、私の顔はどう変わったでしょうか。
「旦那様、私は旦那様の弱点なのでしょうか」
「何」
年の暮れ、空から刺客が現れた真夜中の騒動。その最中、弱点は去れ、貴方は若い娘さんにそう仰ったそうね。
薙刀や護身の武術を身に付けた会津の女子でも、旦那様のような剣客達の世界に身を置けば赤子も同然、力なき者。
心得ている現実を思えば、いやでも自覚する。
わざわざ確かめる必要もないのに、訊いてしまうの。
ごめんなさい……だって、悔しいんですもの……。
「だからお仕事される旦那様の傍にはいられない……」
「時尾……」
人の心情を読むことに長けている旦那様は、私のくだらないやきもちに気付いたみたい。
そっと体を抱き寄せてくれた。
「確かにお前達を連れて行くことはできない」
「やはり私は旦那様の弱点なのですね……」
わかっています。
わがままは、言いません。
「安心してください、勉さんは走り回って手が付けられませんし、生まれたばかりの剛さんを連れて極寒の地へなど行こうとは思いません」
斗南で命を落とした幼子を嫌と言うほど知っている。
あれより北の地へ子供達を連れて行こうなどとは、思いません。
「時尾……」
言い訳だと察したのか、貴方が私を抱く手に力が加わった。
嬉しい。
この力強さが大好きなの……。
また離れてしまうのは寂しい。
このまま離れたくない。貴方の胸に顔を埋めた。
そばにいても、役に立てる知識も技術もない私はただの足手まとい。
悔しいのは自分自身。
貴方の足を引っ張るくらいなら、私はここで待っています。
会津の女子、戦を前に自刃した皆様を思えば、待つことくらい……。
「一番守りたい存在、それが弱点だろう。だから、お前は、お前達は連れていけん」
「旦那様……」
「お前達が何より大切だ。だから、待っていてくれ」
どんな顔をして仰っているの……。
思わず体を離して貴方を見上げた。
とても優しい瞳……人々に恐れられた壬生狼だなんて嘘みたい。
冷酷無比で無表情だなんて言われる貴方ですけれど、今は少し困ったように眉毛が下がっているの、私にはわかりますよ。
「毎晩でもこうしたいのは俺も同じだ」
「は……はい……」
突然言われて目を丸くしてしまいました。
それは恥ずかしいけれど、心から嬉しい言葉。
貴方の好きなところ、外では無駄口を好まないのに、私にはちゃんと話してくれるところです。
大切なことは、濁さずに伝えてくださる。
だから私の心は、貴方を待っていられるの。
「いつもすまんな、勉たちのことも、お前のことも……」
「旦那様……ふふっ、らしくありませんこと!」
ふざけて笑う態度が強がりだとわかっていて、貴方は「こいつ」と私を抱きしめた。
もう一度、先程よりもきつい抱擁。
「時尾、お前が愛おしい……俺が戻って家が空だなんてやめてくれよ」
「ふふっ、一度だってそんなことがありましたか、何度も何度も家を空けていらっしゃるでしょう」
「そうだったな、今度も頼んだぞ」
「はい、仰せのままに」
揶揄うように笑うと、貴方の嬉しそうな顔が近づいて、私の唇を塞いだ。
いつも私をくすぐる前髪も、またお預けなのね。
くすっと心で笑ったのが唇に伝わってっしまったのかしら、目を閉じていたはずの貴方なのに、突然瞳が見えた。
ニヤリって、聞こえてきそう。
美しい瞳なのに、そんな風に見るなんて。
私の全てを見透かすような貴方の鋭い笑みに貫かれて、体の奥から熱が沸き起こる。
もう、好きになさってください……。
やけくそのような私の甘えを、貴方は今宵も受け止めてくれるのですね。
そっと開いた唇から貴方の熱い思いが入ってくる。
次はいつ触れてもらえるのか分からないけれど、貴方の熱は私の体にずっと残りますから。
沢山の熱を私に残してください。
貴方の熱を……
私の中に……
それから全てを委ねて、私は貴方に愛されるの……
────夜が明けるまで、永久に続く時のように深く途切れなく、私は貴方の熱い優しさを受け続けた。
1/1ページ