4.告白の始まり
お相手の名前変更
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新選組を纏めるのは簡単ではない。隊長としてそれを成すには個としての高い戦闘力、隊士を組織的に率いる統率力、求心力、さまざまな資質が問われる。
全てを満たして恐れと尊敬を集めても、時に隊士達は余興として自分達の頭を話に持ち出す。
斎藤の部下達は、最近隊長が女と頻繁に会っている事を面白がって噂していた。城下巡察中に社で出会った会津の女、会津大目付の娘、話は自ずと盛り上がる。
「出陣前にお誘いなさるだろう」
「泣きの一回か、あの先生がそんな事なさるかね」
「泣きじゃねぇ遊びの一回だろう。相手が相手だ、あるかもしれねぇぞ、会津の女は身が固いって話だから挑み甲斐はあるだろうさ」
「先生に限ってねぇって。そんな話をして首が飛ぶぞ」
「昔、島原に馴染みの妓がいたのに御陵衛士に移った途端、近くの祇園に妓を作ったのを知らねぇのか、アレでも女好きなんだよ」
「まぁ強面でいて玄人からの誘いが絶えなかったって話だ、素人の娘が面白いってのは有り得るな」
「おいっ」
男達が下世話な話で騒ぐのは日常茶飯。いつも通りふざけて盛り上がっていたが、男達が一斉に黙り込んだ。青白い顔で時尾が佇んでいたのだ。時尾の存在に気付くや否や、男達は苦い顔で顔を見合わせ、次に揃ってそっぽを向いた。
時尾の中では怒りと羞恥が静かに渦巻いていた。厭味を言って逃げ出したい気持ちに駆られる。
新選組は身分に関係なく取り立てられるとお聞きしましたが本当なのですね、噂が出来るほど上役と親しいとは。口にしたい罵りを飲み込んで、時尾はフイと顔を逸らしてやり過ごした。
男達から離れると、今度は悔しさで涙が滲んだ。
「あの人はそんな理由で毎日付き添っていたの。違う、ただの噂話……あの人はとても優しい人……」
自分に対する優しい振る舞いを思い出しても、女慣れした故なのかと混乱してしまう。何度も首を振るが、隊士達の声がこびりついて離れない。時尾の耳に、下心があると言っていた斎藤の声が蘇る。あれは冗談でしょう。少しくらい下心があったって構わない。自分にも少しはあるのだから……。
時尾は立ち止まって目尻を拭った。
頬が熱い。あの人に会う前に火照りを治めなければ。
ふぅと息を吐くと、人影が見えた。顔を上げると、時尾を不思議そうに見つめる斎藤がいた。目尻を拭った理由を探るような視線。詮索ではなく案じているから。視線の意図を感じても、戸惑う時尾は素直になれなかった。
「……私を馬鹿にしているのでしょうか」
時尾は自らの失言に驚き口を塞いだ。
斎藤は「何」と眉をピクつかせた。
「すまんが、心当たりが無いんだが」
何も答えず時尾が歩き出し、斎藤は仕方なく後に続いた。
嫌な空気が二人の間に流れている。
訳が分からず対処できぬ斎藤だが、時尾もどうして良いか分からずにいた。斎藤の優しさの向こうに数多の女が見えてしまう。ただの悋気と悟り、悋気が起こる理由に混乱が増す。
見慣れた石段に辿り着くと、時尾は止まらずに上り始めた。今は普段通り社で手を合わせるしかない。時尾は唇を噛み締めていた。自分が情けない。情けないほど醜い感情が湧き起こっている。
時尾は足を持ち上げる思いで一段ずつ進んで行った。社の石段をこんなに長いと感じたことは無かった。
無言の二人が石段を上り切ると、張り詰めた空気が突然ぷつりと途切れた。
社の空気がなせる業か、体が軽くなる。時尾は社を見上げて口を開いた。心も軽くなった気がしたが、時尾の心は晴れたのではなく、投げやりな思いに傾いていた。
「私と会っているのは……遊びなのですか」
薄寂しい場所への詣、見守られるのは心強くてありがたい。共にいる時間は楽しい。それなのに、時尾は想いとは裏腹に、斎藤に冷たい言葉を浴びせていた。
隊士達の下卑た声が忘れられない。厭らしい声で自分を笑っていた。よくある事なのだろうか。女一人を獲るまでの戯れ。
時尾は両手を握り締めた。そんな事、本当は思っていないのに。斎藤の優しさに目を向けるほど、時尾の中で黒い淀みが広がっていく。
斎藤の眉間には皺が刻まれて、皺は徐々に深くなっていった。
「女一人を守って、何かを成したおつもりですか」
時尾は震える声で言いながら、違う、違うのですと、心で叫んでいた。
どうして自分はこんなに捻くれているのか。この人は多くのものを守ってきた。女一人、自分一人、そう考える自分こそ浅ましい。これからも闘いに身を投じるこの人に、何と酷いことを言っているのか。
冷たい言葉を口にした時尾の瞳に涙が滲んでいる。斎藤は、罵るわりに温かい涙を浮かべるもんだと、時尾の溜まった涙を見つめていた。
全てを満たして恐れと尊敬を集めても、時に隊士達は余興として自分達の頭を話に持ち出す。
斎藤の部下達は、最近隊長が女と頻繁に会っている事を面白がって噂していた。城下巡察中に社で出会った会津の女、会津大目付の娘、話は自ずと盛り上がる。
「出陣前にお誘いなさるだろう」
「泣きの一回か、あの先生がそんな事なさるかね」
「泣きじゃねぇ遊びの一回だろう。相手が相手だ、あるかもしれねぇぞ、会津の女は身が固いって話だから挑み甲斐はあるだろうさ」
「先生に限ってねぇって。そんな話をして首が飛ぶぞ」
「昔、島原に馴染みの妓がいたのに御陵衛士に移った途端、近くの祇園に妓を作ったのを知らねぇのか、アレでも女好きなんだよ」
「まぁ強面でいて玄人からの誘いが絶えなかったって話だ、素人の娘が面白いってのは有り得るな」
「おいっ」
男達が下世話な話で騒ぐのは日常茶飯。いつも通りふざけて盛り上がっていたが、男達が一斉に黙り込んだ。青白い顔で時尾が佇んでいたのだ。時尾の存在に気付くや否や、男達は苦い顔で顔を見合わせ、次に揃ってそっぽを向いた。
時尾の中では怒りと羞恥が静かに渦巻いていた。厭味を言って逃げ出したい気持ちに駆られる。
新選組は身分に関係なく取り立てられるとお聞きしましたが本当なのですね、噂が出来るほど上役と親しいとは。口にしたい罵りを飲み込んで、時尾はフイと顔を逸らしてやり過ごした。
男達から離れると、今度は悔しさで涙が滲んだ。
「あの人はそんな理由で毎日付き添っていたの。違う、ただの噂話……あの人はとても優しい人……」
自分に対する優しい振る舞いを思い出しても、女慣れした故なのかと混乱してしまう。何度も首を振るが、隊士達の声がこびりついて離れない。時尾の耳に、下心があると言っていた斎藤の声が蘇る。あれは冗談でしょう。少しくらい下心があったって構わない。自分にも少しはあるのだから……。
時尾は立ち止まって目尻を拭った。
頬が熱い。あの人に会う前に火照りを治めなければ。
ふぅと息を吐くと、人影が見えた。顔を上げると、時尾を不思議そうに見つめる斎藤がいた。目尻を拭った理由を探るような視線。詮索ではなく案じているから。視線の意図を感じても、戸惑う時尾は素直になれなかった。
「……私を馬鹿にしているのでしょうか」
時尾は自らの失言に驚き口を塞いだ。
斎藤は「何」と眉をピクつかせた。
「すまんが、心当たりが無いんだが」
何も答えず時尾が歩き出し、斎藤は仕方なく後に続いた。
嫌な空気が二人の間に流れている。
訳が分からず対処できぬ斎藤だが、時尾もどうして良いか分からずにいた。斎藤の優しさの向こうに数多の女が見えてしまう。ただの悋気と悟り、悋気が起こる理由に混乱が増す。
見慣れた石段に辿り着くと、時尾は止まらずに上り始めた。今は普段通り社で手を合わせるしかない。時尾は唇を噛み締めていた。自分が情けない。情けないほど醜い感情が湧き起こっている。
時尾は足を持ち上げる思いで一段ずつ進んで行った。社の石段をこんなに長いと感じたことは無かった。
無言の二人が石段を上り切ると、張り詰めた空気が突然ぷつりと途切れた。
社の空気がなせる業か、体が軽くなる。時尾は社を見上げて口を開いた。心も軽くなった気がしたが、時尾の心は晴れたのではなく、投げやりな思いに傾いていた。
「私と会っているのは……遊びなのですか」
薄寂しい場所への詣、見守られるのは心強くてありがたい。共にいる時間は楽しい。それなのに、時尾は想いとは裏腹に、斎藤に冷たい言葉を浴びせていた。
隊士達の下卑た声が忘れられない。厭らしい声で自分を笑っていた。よくある事なのだろうか。女一人を獲るまでの戯れ。
時尾は両手を握り締めた。そんな事、本当は思っていないのに。斎藤の優しさに目を向けるほど、時尾の中で黒い淀みが広がっていく。
斎藤の眉間には皺が刻まれて、皺は徐々に深くなっていった。
「女一人を守って、何かを成したおつもりですか」
時尾は震える声で言いながら、違う、違うのですと、心で叫んでいた。
どうして自分はこんなに捻くれているのか。この人は多くのものを守ってきた。女一人、自分一人、そう考える自分こそ浅ましい。これからも闘いに身を投じるこの人に、何と酷いことを言っているのか。
冷たい言葉を口にした時尾の瞳に涙が滲んでいる。斎藤は、罵るわりに温かい涙を浮かべるもんだと、時尾の溜まった涙を見つめていた。