3.社の秘密
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二人が約束をして、二日目。
下城した時尾は、斎藤を探して落ち着かなかった。
城に出向くと言われたが、城の何処とは聞いていない。殿方と待ち合わせだなんて、まるで逢瀬のよう。夕べはひとり頬を染めたり、邪念を振り払ってとんでもないと自らを諫めたり、感情の起伏は激しくても、楽しい時間だった。待ち人の姿がない今、はしゃいだ気持ちは消えていた。
城門をうろついては人目につく。明日からの城の勤めに支障が出ては困る。時尾は早々に城門を離れた。
門番に気付かれぬよう時折覗くが、もちろん斎藤の姿はない。
時尾は城の前で待つのを諦め、道の先に目を凝らした。どちらに行けば良いだろうか。道を誤れば会えずに終わってしまうかもしれない。それはそれで、定めなのか。
「定めだなんて、私……」
何を期待しているのか。時尾は頬が熱くなるのを感じ、俯いた。
とにかく日が暮れる前に詣を終えなければ。どちらかの道を選んで、向かうだけ。
時尾が顔を上げた時、肩に重みを受けて、直後、待ち侘びた声を聞いた。
「おい」
時尾は目を見開いて振り向いた。
「失敬」
嬉しさか嫌気か分からない感情が隠れた表情を見て、斎藤は咄嗟に手を離した。肩が軽くなり、時尾は我に返る。
「いえ、その、ちょうどお勤めが終わったところです」
「そうか、そいつは良かった」
さて、行く道はそっちか。時尾が向かおうとしていた道を、斎藤は進み始めた。行くぞと誘う大きな手、広がる袖に、時尾の頬が緩む。もう厭らしさは感じない。大きな手も広がった袖も、感じるのは頼もしさ。
「はい」
時尾の声には嬉しさが表れていた。
城から社へ、時尾の参詣道は、屋敷を経由するより道のりが短い。勤め帰りに寄るのも分からないでもない。斎藤は時尾の行動に合理性を見出し、受け入れるべく考えを咀嚼していた。
「何故いつもあの社に詣でる」
城の周り、時尾の屋敷周り。他にも社はある。もう少し人の気配がある場所へ詣でる選択肢はないのか。
「お供していただいたからと言って、全てを話す義理はございませんでしょう」
「成る程な、確かにそうだ」
拒む時尾も引き下がる斎藤も声色が和らかい。こうなると分かっていて交わされた戯れの会話のように、和やかだ。
時尾は口にはしないが、心で答えていた。
この社はよく父に連れてきてもらった場所。亡き父は世間の評判では厳しい男だったが、娘である自分には甘かった。会津の理を持ち出して躾ても、結局は娘の我儘を聞き入れてしまう人だった。
厳しそうに見えて何だかんだと合わせてくれるこの人は、ほんの少しだけ父に似ているかもしれない。
「きっと気のせいですね」
「何だ」
「いえ……」
自分の考えがおかしくて、声に出してしまった。親に似ていると言われる気分はどんなものだろう。自分は父には似ていなはず。では母はどうだろうか。両親を思い浮かべ考えるうち、時尾は口を閉ざしていた。
「付き添ってくれる者はいないのか」
話をしたくないのか。口を閉ざした時尾に、斎藤は素朴な疑問をぶつけた。自らを語らない時尾、取り巻く状況はどうなのか。照姫の祐筆を勤め、父は大目付だった。恵まれているはずだが、先程も待ち人が現れないと思ってか、一人で社へ向かおうとして見えた。何故一人で危険な時間を過ごすのか、理由が見えてこない。
「弟がおりますが、忙しい身ですから」
斎藤は一瞬、歩みを狂わせた。すぐさま平静を取り戻し、地面で砂土が鳴る音も同じ調子を取り戻す。
そんな人はいない、短く話は終わると踏んだ斎藤には意外な一言だった。
「あの子には、言っておりません」
時尾は自らの家族を一人ずつ思い浮かべた。
年老いた祖母は盲目だがとても器用な人。母は器量良しで会津でも知られた人。弟の盛之輔まだ十五。我が弟ながら、機転が利くしっかり者。だが正直、護衛は頼めない。西からやって来た薩長の侍相手では、叶わないだろう。可愛い弟を危険に晒すなど出来なかった。
「こんな夕暮れ時でなくとも良かろう」
「勤めを終えた後では、夕暮れ時になってしまうのです」
「お前は」
「次から次へと、随分と問い質すことがお好きなのですね」
「ハハッ、悪かった」
新選組幹部の性分かもしれない。斎藤は尋問染みていたなと笑った。問いを繰り返した理由は単純だ。斎藤は己を見上げる時尾に、二ッと笑んで見せた。時尾は頬をぽっと染め、夕べと同じ目で、どういう意味か訊ねるように斎藤を見上げていた。
下城した時尾は、斎藤を探して落ち着かなかった。
城に出向くと言われたが、城の何処とは聞いていない。殿方と待ち合わせだなんて、まるで逢瀬のよう。夕べはひとり頬を染めたり、邪念を振り払ってとんでもないと自らを諫めたり、感情の起伏は激しくても、楽しい時間だった。待ち人の姿がない今、はしゃいだ気持ちは消えていた。
城門をうろついては人目につく。明日からの城の勤めに支障が出ては困る。時尾は早々に城門を離れた。
門番に気付かれぬよう時折覗くが、もちろん斎藤の姿はない。
時尾は城の前で待つのを諦め、道の先に目を凝らした。どちらに行けば良いだろうか。道を誤れば会えずに終わってしまうかもしれない。それはそれで、定めなのか。
「定めだなんて、私……」
何を期待しているのか。時尾は頬が熱くなるのを感じ、俯いた。
とにかく日が暮れる前に詣を終えなければ。どちらかの道を選んで、向かうだけ。
時尾が顔を上げた時、肩に重みを受けて、直後、待ち侘びた声を聞いた。
「おい」
時尾は目を見開いて振り向いた。
「失敬」
嬉しさか嫌気か分からない感情が隠れた表情を見て、斎藤は咄嗟に手を離した。肩が軽くなり、時尾は我に返る。
「いえ、その、ちょうどお勤めが終わったところです」
「そうか、そいつは良かった」
さて、行く道はそっちか。時尾が向かおうとしていた道を、斎藤は進み始めた。行くぞと誘う大きな手、広がる袖に、時尾の頬が緩む。もう厭らしさは感じない。大きな手も広がった袖も、感じるのは頼もしさ。
「はい」
時尾の声には嬉しさが表れていた。
城から社へ、時尾の参詣道は、屋敷を経由するより道のりが短い。勤め帰りに寄るのも分からないでもない。斎藤は時尾の行動に合理性を見出し、受け入れるべく考えを咀嚼していた。
「何故いつもあの社に詣でる」
城の周り、時尾の屋敷周り。他にも社はある。もう少し人の気配がある場所へ詣でる選択肢はないのか。
「お供していただいたからと言って、全てを話す義理はございませんでしょう」
「成る程な、確かにそうだ」
拒む時尾も引き下がる斎藤も声色が和らかい。こうなると分かっていて交わされた戯れの会話のように、和やかだ。
時尾は口にはしないが、心で答えていた。
この社はよく父に連れてきてもらった場所。亡き父は世間の評判では厳しい男だったが、娘である自分には甘かった。会津の理を持ち出して躾ても、結局は娘の我儘を聞き入れてしまう人だった。
厳しそうに見えて何だかんだと合わせてくれるこの人は、ほんの少しだけ父に似ているかもしれない。
「きっと気のせいですね」
「何だ」
「いえ……」
自分の考えがおかしくて、声に出してしまった。親に似ていると言われる気分はどんなものだろう。自分は父には似ていなはず。では母はどうだろうか。両親を思い浮かべ考えるうち、時尾は口を閉ざしていた。
「付き添ってくれる者はいないのか」
話をしたくないのか。口を閉ざした時尾に、斎藤は素朴な疑問をぶつけた。自らを語らない時尾、取り巻く状況はどうなのか。照姫の祐筆を勤め、父は大目付だった。恵まれているはずだが、先程も待ち人が現れないと思ってか、一人で社へ向かおうとして見えた。何故一人で危険な時間を過ごすのか、理由が見えてこない。
「弟がおりますが、忙しい身ですから」
斎藤は一瞬、歩みを狂わせた。すぐさま平静を取り戻し、地面で砂土が鳴る音も同じ調子を取り戻す。
そんな人はいない、短く話は終わると踏んだ斎藤には意外な一言だった。
「あの子には、言っておりません」
時尾は自らの家族を一人ずつ思い浮かべた。
年老いた祖母は盲目だがとても器用な人。母は器量良しで会津でも知られた人。弟の盛之輔まだ十五。我が弟ながら、機転が利くしっかり者。だが正直、護衛は頼めない。西からやって来た薩長の侍相手では、叶わないだろう。可愛い弟を危険に晒すなど出来なかった。
「こんな夕暮れ時でなくとも良かろう」
「勤めを終えた後では、夕暮れ時になってしまうのです」
「お前は」
「次から次へと、随分と問い質すことがお好きなのですね」
「ハハッ、悪かった」
新選組幹部の性分かもしれない。斎藤は尋問染みていたなと笑った。問いを繰り返した理由は単純だ。斎藤は己を見上げる時尾に、二ッと笑んで見せた。時尾は頬をぽっと染め、夕べと同じ目で、どういう意味か訊ねるように斎藤を見上げていた。