6.雪代縁・二人の涙
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
体を寄せ合ってどれ程の時が流れたか。燭台の火がちりりと音を立てた。
涙が引いた夢主が体をそっと離す。
「ごめんなさい、縁……」
急に泣き出して、長着を濡らして、迷惑を掛けてごめんなさい。夢主は様々な意味を込めて頭を下げ、遠慮がちに上目で縁の様子を窺った。
縁は薄目で夢主を見つめている。目も口も僅かに開き、何か言いたいのか、それとも心ここにあらずなのか、心の中が見えてこない。物憂げな視線に耐えられず、夢主はもう一度詫びていた。
「あの……もう、大丈夫です、ごめんなさい……」
縁の瞳の色が、また見慣れない色に変わっている。淋しげな藍色の瞳は変わらないが、奥に光る感情の色が読み取れない。いつもと違う瞳で見つめられ、目を合わせていられない。視線を受け続け、夢主の体の奥では感じたことのない擽ったさが生まれていた。
「いいヨ」
「ぇ……」
「気にするナ」
低い声で呟いて縁は夢主から手を離した。
力なげに立ち上がり、机上の白梅香の瓶を手に取る。
「蓋、閉めていいカ。香りが強すぎる」
「ぁ……うん」
自分から視線が逸れて夢主は安堵していた。目を閉じて短く息を吐く。
縁は白梅香の瓶の蓋を閉める直前、自らの手の平に雫を垂らした。
「これでいい。お前から程良く香るだろ」
「っあ……」
縁が白梅香の瓶を置いてからあっという間の出来事だった。
戻ってきたと思ったら、縁の手が夢主の首筋に伸びた。強い白梅香の香りと共に感じる縁の動き。首筋がひやりとして、夢主は自分に白梅香が塗られたと分かった。指先が触れた次の瞬間には、撫でるように首筋を長い指が滑っていた。
ほんの少しの接触が、夢主の全身を痺れさせる。首筋に受けた擽ったさが全身に駆け巡った。初めての感覚に驚いた夢主は、瞳を震わせた。
「どうした」
「う……ううん、何でもないよ……香り、こうやって使うんだね……」
「あぁ」
使い方は様々ある。
しかし縁は夢主にはこれがいいと閃いて、触れていた。
「いい香りだナ」
「ん……」
縁が夢主の首筋に鼻先を近付けて、自分がつけた匂いを確かめた。
香りを嗅ぐ縁の近さに夢主の肩がびくりと弾む。
「夢主」
夢主の反応を感じ取った縁は顔を離すが、それでもまだ近い。呼ばれた夢主は慌てて逃げるように仰け反った。
「あぁっ、あの、子守唄、忘れてた、歌ってあげるよ」
「……いい、気分が変わった。今夜は俺が寝かしつけてやる。でも歌は無理だ。どうする、またトントンとやらでいいカ」
夢主は頷いた。自分も子守唄を歌える状態ではない。けれども、恥ずかしくて横にもなれない。
「縁は……」
「今は、寝る前に外の空気を吸いたい気分ダ。お前を寝かし付けたら外に出る」
「外に」
「少ししたら戻るヨ」
一人で行きたい。だが俺がうろついてたら病院の連中が落ち着かないだろ。だからすぐ戻るさ。
縁は物憂げに目を伏せた。孤独を感じて苦しんでいるように見える、大きな縁の小さな姿。夢主は「うん」と頷いた。
「わかった。寒いから、風邪引かないでね」
「引かないヨ」
ほら、横になって目を瞑れ。縁に促された夢主は素直に従った。まさかこの歳で誰かに、縁に寝かし付けてもらうなんて。
はにかんで笑った後、夢主は目を閉じた。
布団の上から同じ調子で繰り返される感触、縁の手が与える僅かな重み。先程までの強張りは解け、気持ちが和らいでいく。誰かに寝かし付けてもらうだけで、こんなに心が落ち着くなんて。夢主は幸せな寝入りを実感していた。
しかし、縁の手はすぐに止まってしまった。
どうしたの、と目を開いて視線で問うと、縁は咄嗟に目を逸らした。
「悪い、終わりダ。行ってくる」
まるで逃げるように縁は行ってしまった。
「縁……」
急に飛び出した訳は、体の不調では無さそうだ。だったら心……。
後を追いたいけれど、来ないでくれと言われた気がして、夢主は縁が出て行った扉を見つめていた。
燭台にはまだ火が灯っている。夢主は起き上がり、揺らめく火に近付いた。白梅香の香りが夢主を追うように部屋に漂った。
涙が引いた夢主が体をそっと離す。
「ごめんなさい、縁……」
急に泣き出して、長着を濡らして、迷惑を掛けてごめんなさい。夢主は様々な意味を込めて頭を下げ、遠慮がちに上目で縁の様子を窺った。
縁は薄目で夢主を見つめている。目も口も僅かに開き、何か言いたいのか、それとも心ここにあらずなのか、心の中が見えてこない。物憂げな視線に耐えられず、夢主はもう一度詫びていた。
「あの……もう、大丈夫です、ごめんなさい……」
縁の瞳の色が、また見慣れない色に変わっている。淋しげな藍色の瞳は変わらないが、奥に光る感情の色が読み取れない。いつもと違う瞳で見つめられ、目を合わせていられない。視線を受け続け、夢主の体の奥では感じたことのない擽ったさが生まれていた。
「いいヨ」
「ぇ……」
「気にするナ」
低い声で呟いて縁は夢主から手を離した。
力なげに立ち上がり、机上の白梅香の瓶を手に取る。
「蓋、閉めていいカ。香りが強すぎる」
「ぁ……うん」
自分から視線が逸れて夢主は安堵していた。目を閉じて短く息を吐く。
縁は白梅香の瓶の蓋を閉める直前、自らの手の平に雫を垂らした。
「これでいい。お前から程良く香るだろ」
「っあ……」
縁が白梅香の瓶を置いてからあっという間の出来事だった。
戻ってきたと思ったら、縁の手が夢主の首筋に伸びた。強い白梅香の香りと共に感じる縁の動き。首筋がひやりとして、夢主は自分に白梅香が塗られたと分かった。指先が触れた次の瞬間には、撫でるように首筋を長い指が滑っていた。
ほんの少しの接触が、夢主の全身を痺れさせる。首筋に受けた擽ったさが全身に駆け巡った。初めての感覚に驚いた夢主は、瞳を震わせた。
「どうした」
「う……ううん、何でもないよ……香り、こうやって使うんだね……」
「あぁ」
使い方は様々ある。
しかし縁は夢主にはこれがいいと閃いて、触れていた。
「いい香りだナ」
「ん……」
縁が夢主の首筋に鼻先を近付けて、自分がつけた匂いを確かめた。
香りを嗅ぐ縁の近さに夢主の肩がびくりと弾む。
「夢主」
夢主の反応を感じ取った縁は顔を離すが、それでもまだ近い。呼ばれた夢主は慌てて逃げるように仰け反った。
「あぁっ、あの、子守唄、忘れてた、歌ってあげるよ」
「……いい、気分が変わった。今夜は俺が寝かしつけてやる。でも歌は無理だ。どうする、またトントンとやらでいいカ」
夢主は頷いた。自分も子守唄を歌える状態ではない。けれども、恥ずかしくて横にもなれない。
「縁は……」
「今は、寝る前に外の空気を吸いたい気分ダ。お前を寝かし付けたら外に出る」
「外に」
「少ししたら戻るヨ」
一人で行きたい。だが俺がうろついてたら病院の連中が落ち着かないだろ。だからすぐ戻るさ。
縁は物憂げに目を伏せた。孤独を感じて苦しんでいるように見える、大きな縁の小さな姿。夢主は「うん」と頷いた。
「わかった。寒いから、風邪引かないでね」
「引かないヨ」
ほら、横になって目を瞑れ。縁に促された夢主は素直に従った。まさかこの歳で誰かに、縁に寝かし付けてもらうなんて。
はにかんで笑った後、夢主は目を閉じた。
布団の上から同じ調子で繰り返される感触、縁の手が与える僅かな重み。先程までの強張りは解け、気持ちが和らいでいく。誰かに寝かし付けてもらうだけで、こんなに心が落ち着くなんて。夢主は幸せな寝入りを実感していた。
しかし、縁の手はすぐに止まってしまった。
どうしたの、と目を開いて視線で問うと、縁は咄嗟に目を逸らした。
「悪い、終わりダ。行ってくる」
まるで逃げるように縁は行ってしまった。
「縁……」
急に飛び出した訳は、体の不調では無さそうだ。だったら心……。
後を追いたいけれど、来ないでくれと言われた気がして、夢主は縁が出て行った扉を見つめていた。
燭台にはまだ火が灯っている。夢主は起き上がり、揺らめく火に近付いた。白梅香の香りが夢主を追うように部屋に漂った。