5.雪代縁・食い込む指
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診療所では小国が二人を待っていた。
小国は十年前に縁が夢主を託した相手。全て承知とばかりに、にこりとして縁を迎え入れた。
「鞄の件、ご迷惑をお掛けしましたな、ゆっくりしていってくだされ」
そう言うと、小国は「しっしっし」と意味深な笑いを残して去り、夢主に気まずさが生まれた。気まずさに委縮している時ではない。夢主はそっと顔を上げ、微笑んで自らを誤魔化した。
「あは、あの、まずは診察室へ……案内します」
本当に怪我が無いか確かめさせて。夢主の目的に気付く縁だが、やれやれと靴を脱ぎ、大人しく履物を変えた。案内されるまま足を進める。
思えば誰かに言われるがまま行動した記憶が無い。姉に言われて行動した頃まで遡らなければ、記憶に無かった。
「姉さんじゃないのに腹ガ立たない」
「えっ」
「いや、何でもナイ。ここか」
夢主は頷いて診察室の扉を開いた。
仄かに漂う独特の臭い。薬草か何なのか、色気のない香りを吸い込んだ縁は、ふぅん、と漏らして中に進んだ。縁が部屋を見回す間に夢主は鞄を置き、すぐさま振り返った。
「あの、診せてください、嫌でしたら服の上からでも大丈夫ですから」
大きな怪我が無いか確かめるまで心配で仕方がない。引く気が無い夢主を見て、縁は今回だけは任せてやると両手を広げた。
「気が済むようにしろ」
夢主はそのままで良いと言ったが、縁はこれくらいなら付き合ってやると、上着を脱いで腕を晒した。
筋肉の構造がはっきり分かるほど鍛えられた腕。夜中に抱きしめられたことを思い出してしまい、夢主の頬が俄かに染まる。縁に触れるのを躊躇ってしまった。
「お前のほうが医者が必要なんじゃないカ」
「えっ」
「顔が赤い、熱でも出たカ」
「それはっ、大丈夫、お医者さんはいらないよ……」
「熱じゃナイなら何でそんなに赤い」
時々どこを見ているか分からない縁の瞳が、今ははっきりと夢主を捉えている。
夢主は訊かないでよと赤い顔を逸らした。
「だっ、大丈夫だから」
相手が誰であれすることは同じ。夢主は大きな呼吸をして、気を引き締め直した。
どこか頼りない姿。縁は揶揄い半分にぼやいた。
「お前本当に医者なんだろうな」
「いっ、医者だよ、まだまだ未熟だけど……」
本当に医者なんだから。夢主は縁に鋭い視線をぶつけた。
「そうカ。俺は医者の世話にならナイからな、こんなもんなんだな」
医者と関わらずに生きてきた縁、医者がどんなものか詳しく知らない。腕を診ようと視線を下ろした夢主だが、思わぬ言葉に顔を上げた。
「えっ、でも怪我とか病気とか、あるでしょう」
「怪我の処置くらい自分で出来る」
「自分でって、……でも病気は」
「病で死んだら、それまでだったってコトだろ」
「そんな」
縁の人生を知らない夢主でも、怪我知らずの人生ではないと想像がつく。複数の悪漢を目の前にして一切怯まない様子や、拳一つ蹴り一つで相手を倒してしまう尋常ならざる強さ。荒々しい世界に身を置いていたに違いない。
「縁、ちょっとごめん!」
夢主は縁の服を捲った。
「医者ってのはこんなに強引なのか」
「違うよ、違う!でも……」
縁は何だヨよと夢主を見るが、されるがまま身を任せていた。夢主でなければ服に触れる前に手を封じて床に顔面を叩き付けている。さすがの縁も夢主相手に乱暴はしない。抱いたのは嫌悪ではなく、興味だった。何をするのか見てみたかったのだ。
上着を脱いだだけで顔を赤くした夢主が、恥ずかしげもなく縁の腹を覗き、触れている。
「擽ったいゾ」
「我慢して」
傷だらけなのではと危惧して服を捲ったが、表れたのは極めて美しい肌。
夢主は無意識に腹筋の凹凸を確かめるように触れていた。縁が背負う影と不釣り合いな美しさだ。
「ねぇ……縁、大きな怪我とか、したことないの」
生きていく中で負った怪我、罹った病。一人で上海に渡った頃、縁は何も出来ず運に任せるだけだった。
やがて怪我をしても簡単な手当は自分で出来るようになり、体は病に負けぬ強いものとなった。いつしか争いをしても傷を負わないまでに強くなった。縁にとって語るほどの話ではない。
何も知らぬ夢主はただ不思議がって縁の体を確かめていた。
「まぁ少しはナ。でも治ったんだからいいだろ」
縁の記憶に一番残る闘いは姉の仇、緋村抜刀斎との一戦。緋村が使う逆刃刀で負った傷、何度か叩き込まれた拳で負った傷。ほとんどが打撲だった。気付けば痕も消えていた。医者から見れば呆れる回復力。縁の怪我を想像するしかない夢主は困ったように眉根を下げた。
「うん……でもね、これからは……診せてね、力になりたいよ」
夢主は勝手なことをしてごめんなさいと、縁の服を戻した。
怪我があるどころか鍛えられた健康で理想的な肉体。夢主は心配が杞憂に終わりほっとしていた。
「もう何もする気が起きないからナ、怪我をすることもないヨ」
「縁……」
縁は暫く黙っていたが、張りの無い声でぼやいた。何かの為に何かを得る。かつては復讐の為に力と金と組織を欲して手に入れた。今の縁には何かを成したいと願う欲が無かった。
小国は十年前に縁が夢主を託した相手。全て承知とばかりに、にこりとして縁を迎え入れた。
「鞄の件、ご迷惑をお掛けしましたな、ゆっくりしていってくだされ」
そう言うと、小国は「しっしっし」と意味深な笑いを残して去り、夢主に気まずさが生まれた。気まずさに委縮している時ではない。夢主はそっと顔を上げ、微笑んで自らを誤魔化した。
「あは、あの、まずは診察室へ……案内します」
本当に怪我が無いか確かめさせて。夢主の目的に気付く縁だが、やれやれと靴を脱ぎ、大人しく履物を変えた。案内されるまま足を進める。
思えば誰かに言われるがまま行動した記憶が無い。姉に言われて行動した頃まで遡らなければ、記憶に無かった。
「姉さんじゃないのに腹ガ立たない」
「えっ」
「いや、何でもナイ。ここか」
夢主は頷いて診察室の扉を開いた。
仄かに漂う独特の臭い。薬草か何なのか、色気のない香りを吸い込んだ縁は、ふぅん、と漏らして中に進んだ。縁が部屋を見回す間に夢主は鞄を置き、すぐさま振り返った。
「あの、診せてください、嫌でしたら服の上からでも大丈夫ですから」
大きな怪我が無いか確かめるまで心配で仕方がない。引く気が無い夢主を見て、縁は今回だけは任せてやると両手を広げた。
「気が済むようにしろ」
夢主はそのままで良いと言ったが、縁はこれくらいなら付き合ってやると、上着を脱いで腕を晒した。
筋肉の構造がはっきり分かるほど鍛えられた腕。夜中に抱きしめられたことを思い出してしまい、夢主の頬が俄かに染まる。縁に触れるのを躊躇ってしまった。
「お前のほうが医者が必要なんじゃないカ」
「えっ」
「顔が赤い、熱でも出たカ」
「それはっ、大丈夫、お医者さんはいらないよ……」
「熱じゃナイなら何でそんなに赤い」
時々どこを見ているか分からない縁の瞳が、今ははっきりと夢主を捉えている。
夢主は訊かないでよと赤い顔を逸らした。
「だっ、大丈夫だから」
相手が誰であれすることは同じ。夢主は大きな呼吸をして、気を引き締め直した。
どこか頼りない姿。縁は揶揄い半分にぼやいた。
「お前本当に医者なんだろうな」
「いっ、医者だよ、まだまだ未熟だけど……」
本当に医者なんだから。夢主は縁に鋭い視線をぶつけた。
「そうカ。俺は医者の世話にならナイからな、こんなもんなんだな」
医者と関わらずに生きてきた縁、医者がどんなものか詳しく知らない。腕を診ようと視線を下ろした夢主だが、思わぬ言葉に顔を上げた。
「えっ、でも怪我とか病気とか、あるでしょう」
「怪我の処置くらい自分で出来る」
「自分でって、……でも病気は」
「病で死んだら、それまでだったってコトだろ」
「そんな」
縁の人生を知らない夢主でも、怪我知らずの人生ではないと想像がつく。複数の悪漢を目の前にして一切怯まない様子や、拳一つ蹴り一つで相手を倒してしまう尋常ならざる強さ。荒々しい世界に身を置いていたに違いない。
「縁、ちょっとごめん!」
夢主は縁の服を捲った。
「医者ってのはこんなに強引なのか」
「違うよ、違う!でも……」
縁は何だヨよと夢主を見るが、されるがまま身を任せていた。夢主でなければ服に触れる前に手を封じて床に顔面を叩き付けている。さすがの縁も夢主相手に乱暴はしない。抱いたのは嫌悪ではなく、興味だった。何をするのか見てみたかったのだ。
上着を脱いだだけで顔を赤くした夢主が、恥ずかしげもなく縁の腹を覗き、触れている。
「擽ったいゾ」
「我慢して」
傷だらけなのではと危惧して服を捲ったが、表れたのは極めて美しい肌。
夢主は無意識に腹筋の凹凸を確かめるように触れていた。縁が背負う影と不釣り合いな美しさだ。
「ねぇ……縁、大きな怪我とか、したことないの」
生きていく中で負った怪我、罹った病。一人で上海に渡った頃、縁は何も出来ず運に任せるだけだった。
やがて怪我をしても簡単な手当は自分で出来るようになり、体は病に負けぬ強いものとなった。いつしか争いをしても傷を負わないまでに強くなった。縁にとって語るほどの話ではない。
何も知らぬ夢主はただ不思議がって縁の体を確かめていた。
「まぁ少しはナ。でも治ったんだからいいだろ」
縁の記憶に一番残る闘いは姉の仇、緋村抜刀斎との一戦。緋村が使う逆刃刀で負った傷、何度か叩き込まれた拳で負った傷。ほとんどが打撲だった。気付けば痕も消えていた。医者から見れば呆れる回復力。縁の怪我を想像するしかない夢主は困ったように眉根を下げた。
「うん……でもね、これからは……診せてね、力になりたいよ」
夢主は勝手なことをしてごめんなさいと、縁の服を戻した。
怪我があるどころか鍛えられた健康で理想的な肉体。夢主は心配が杞憂に終わりほっとしていた。
「もう何もする気が起きないからナ、怪我をすることもないヨ」
「縁……」
縁は暫く黙っていたが、張りの無い声でぼやいた。何かの為に何かを得る。かつては復讐の為に力と金と組織を欲して手に入れた。今の縁には何かを成したいと願う欲が無かった。