15.客人の差し入れ -oki-
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落人群の噂を聞いてから数日後。
暫く署を離れて走り回っていた張さんが資料の束を持って戻って来た。
情報を追って散々走ったのだろう。張さんは長椅子にぐったりと座り込んでしまった。
「あーーしんど、もう動かれへん、無理やで無理」
文句を続けざまに言い、目を閉じて、それでも文句を言い続けている。
「あの、お茶持って来ますからちょっと休んでください」
「おぉ、おおきに、オッサンのはいらんで」
手をブンブン振って走り回ったんは俺やと訴える張さんに、私は首を振った。いや、上司のお茶だけ抜きに自分達の分を用意する、それはさすがに私でも無理です、と。
当の警部補は気にする素振りもなく、張さんが持ち帰った資料を手に取った。内容の確認には時間が要る。私も一休みしたかったから丁度いい。
「すぐ戻ります」
そう言って私は三人分のお茶を用意する為、資料室を離れた。
警視庁の給湯室には、何かと便利な物が揃っている。
茶豆もあるが、これを用意したのはお偉いさんやその来客の為。気になるけれど使えない。
三つの湯呑みを乗せた盆を運んで戻ると、資料室を出て廊下を去っていく署長が見えた。
「斎藤さんにまた特務かな」
署長が一介の警官を訪ねるなど滅多にない。だが藤田警部補は別だ。
ただでさえ忙しいのに、警部補、大丈夫かな。
資料室の前に立つと、中から何やら騒々しい声が聞こえた。
「客人? お茶、足りないかな」
署長は客人を案内したのか。
お茶を増やして戻るか一旦三つだけでもお茶を届けるか、考えを纏めようとした瞬間、扉が開いた。
「あ……」
人の気配を察して扉を開けた人物。警部補に似た背格好の男の人。見たことの無い装束を身に付けて、携えているのは長刀?大太刀とも違う、長い黒鞘の刀。
目が合って、自分が何をしているか忘れてしまった。何て言うか、とても美しい人だ。
「何だ貴様は」
「ワイの可愛い後輩ちゃんやで、制服着とるやろ」
「あ、あ……沖舂次と申します。藤田警部補の部下で、張さんの後輩で……その、お茶足りませんね、お持ちします!」
黙って見下ろされて、どうしていいか分からずに早口で自己紹介を終えた。
すると、隣にいた女性がお盆を引き受けてくれた。黒い髪が美しい品のある顔立ち。何だろう、少し変わった匂いがする。大人の女性が好む香と混ざった、馴染みのない匂い。
「ありがとう、突然お邪魔してごめんなさいね、手伝おうかしら」
「いえ、どうぞお掛けになってお待ちください、すぐに戻ります!」
男の人に続いて、綺麗なこの人にも見惚れてしまった。
私は慌てて場を離れた。去り際に警部補を見ると、綺麗な男の人と目を合わせて無言で意志を読み合っているようだった。
「知り合いなんだ」
他人に対してまずは誰だ貴様と身構える癖がある警部補。それを見せず、何しに来たと視線で訊ねていた。その仕草は、良く知る相手だと語っていた。
「ひぃ、ふぅ、み……確か客人は四人、さっき三つ運んだからこれで足りるはず。……え、まさかおかわりも用意したほうがいい?」
新たな盆に四つの湯呑み。おかわりは出涸らしでもいいよね、と湯を追加した急須も乗せて急いで戻る。
すると、大きな声が二つ響いていた。幼さが残る声。そっか、客人のうち二人は子供のようだった。家族だろうか。
「斎藤さんの親戚?! あの長刀の男の人はちょっと雰囲気似てたし、え、あの警部補に?!」
警部補の親戚家族だなんて面白すぎる。
勢い良く資料室の扉を開けると、どう見ても家族ではない空気が漂っていた。
「勘違い……」
笑顔で飛び込んできた新米警官が部屋の空気を感じて大人しくなるのを見て、女性がまたもお盆を持ってくれた。
「ふふっ、ありがとう」
「いえ、あの……皆さんは警部補のお知り合いですか」
「そうねぇ、知り合いね。話せば長いけど、只ならぬ仲かしら」
「おい、そいつは単純に信じるぞ。妙な言い回しをするな」
え、え、と発言者を見て顔を左右に振って驚いていると、張さんが大あくびをした。
「そいつらは抜刀斎繋がりっちゅうトコやな。志々雄様繋がりとも言えるかもしれへんけど」
「抜刀斎に、志々雄さん」
顔を見回すと、まぁ否定はしないと各自頷いていた。
「はい、はい、私は巻町操、京都御庭番衆よ。こっちが蒼紫様、御庭番衆の御頭! カッコ良くて聡明で、とっても強いんだから!」
「操」
「あっははは、で、こっちが明神弥彦」
照れくさかったのか、綺麗な男の人が窘めるように一度、少女の勢いを止めた。
「弥彦は緋村剣心、あぁ抜刀斎の今の名前ね、緋村が世話になってる神谷道場に住み込んでる少年。最後に高荷恵さん、腕のいいお医者さんよ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
元気な声で早口に、巻町操と名乗る少女が皆の紹介をしてくれた。御頭と呼ばれ称賛を浴びた蒼紫様は少し困り顔に見える。やれやれと言った感じかな。同じやれやれでも、警部補のやれやれとは随分違う。
警部補と蒼紫様を見比べていると、いつの間にか机の上が整頓されて、蕎麦と寿司が並べられていた。
「差し入れに来てくださったんですか」
「話は後だ。丁度いい、飯にするぞ」
私も一緒に宜しいんですか。聞く前に操ちゃんに箸を渡されて、食べるわよーと食事体勢に入ってしまった。
本当にいいんですか。警部補を見ると、食え、とばかりに無言で頷いてくれた。
警部補は随分この人達を信頼しているんだな。気を許してるというか、ちょっと珍しい。
賑やかに食事を始めた操ちゃんと弥彦君。笑いながら相槌を打つ恵さん。静かに見守る蒼紫様も箸を動かして、蒼紫様と同じく警部補も静かに綺麗な手付きで蕎麦を食べている。
張さんは賑やかだけど、食べるのが早い。ひょいひょいとお寿司を口に放り込んでいく。放っておいたら全部一人で食べちゃいそうだけど、警部補の手前様子を見ているのが分かる。
「ふふっ、戴きます」
資料室で食事なんて初めてで、楽しい気分になっていた。こんな大人数で食事をするのも初めてかもしれない。
選んだのは警部補と同じく蕎麦。ざる蕎麦だ。
嬉しさから勢い良く蕎麦を啜って、御汁を警部補の顔に飛ばしてしまった。警部補の動きが止まる。
後が怖い、思わず肩を竦めた。しかし、警部補はこちらをじっとり睨むと、フンとも聞こえる笑みを漏らした。驚いたけど、警部補は目逸らして、そのまま食べ続けた。皆がいる効果だろうか。資料室の中は増々賑やかになっていた。
次々と器が空になっていく。今日のお蕎麦は、いつも以上に美味しいお蕎麦だった。
暫く署を離れて走り回っていた張さんが資料の束を持って戻って来た。
情報を追って散々走ったのだろう。張さんは長椅子にぐったりと座り込んでしまった。
「あーーしんど、もう動かれへん、無理やで無理」
文句を続けざまに言い、目を閉じて、それでも文句を言い続けている。
「あの、お茶持って来ますからちょっと休んでください」
「おぉ、おおきに、オッサンのはいらんで」
手をブンブン振って走り回ったんは俺やと訴える張さんに、私は首を振った。いや、上司のお茶だけ抜きに自分達の分を用意する、それはさすがに私でも無理です、と。
当の警部補は気にする素振りもなく、張さんが持ち帰った資料を手に取った。内容の確認には時間が要る。私も一休みしたかったから丁度いい。
「すぐ戻ります」
そう言って私は三人分のお茶を用意する為、資料室を離れた。
警視庁の給湯室には、何かと便利な物が揃っている。
茶豆もあるが、これを用意したのはお偉いさんやその来客の為。気になるけれど使えない。
三つの湯呑みを乗せた盆を運んで戻ると、資料室を出て廊下を去っていく署長が見えた。
「斎藤さんにまた特務かな」
署長が一介の警官を訪ねるなど滅多にない。だが藤田警部補は別だ。
ただでさえ忙しいのに、警部補、大丈夫かな。
資料室の前に立つと、中から何やら騒々しい声が聞こえた。
「客人? お茶、足りないかな」
署長は客人を案内したのか。
お茶を増やして戻るか一旦三つだけでもお茶を届けるか、考えを纏めようとした瞬間、扉が開いた。
「あ……」
人の気配を察して扉を開けた人物。警部補に似た背格好の男の人。見たことの無い装束を身に付けて、携えているのは長刀?大太刀とも違う、長い黒鞘の刀。
目が合って、自分が何をしているか忘れてしまった。何て言うか、とても美しい人だ。
「何だ貴様は」
「ワイの可愛い後輩ちゃんやで、制服着とるやろ」
「あ、あ……沖舂次と申します。藤田警部補の部下で、張さんの後輩で……その、お茶足りませんね、お持ちします!」
黙って見下ろされて、どうしていいか分からずに早口で自己紹介を終えた。
すると、隣にいた女性がお盆を引き受けてくれた。黒い髪が美しい品のある顔立ち。何だろう、少し変わった匂いがする。大人の女性が好む香と混ざった、馴染みのない匂い。
「ありがとう、突然お邪魔してごめんなさいね、手伝おうかしら」
「いえ、どうぞお掛けになってお待ちください、すぐに戻ります!」
男の人に続いて、綺麗なこの人にも見惚れてしまった。
私は慌てて場を離れた。去り際に警部補を見ると、綺麗な男の人と目を合わせて無言で意志を読み合っているようだった。
「知り合いなんだ」
他人に対してまずは誰だ貴様と身構える癖がある警部補。それを見せず、何しに来たと視線で訊ねていた。その仕草は、良く知る相手だと語っていた。
「ひぃ、ふぅ、み……確か客人は四人、さっき三つ運んだからこれで足りるはず。……え、まさかおかわりも用意したほうがいい?」
新たな盆に四つの湯呑み。おかわりは出涸らしでもいいよね、と湯を追加した急須も乗せて急いで戻る。
すると、大きな声が二つ響いていた。幼さが残る声。そっか、客人のうち二人は子供のようだった。家族だろうか。
「斎藤さんの親戚?! あの長刀の男の人はちょっと雰囲気似てたし、え、あの警部補に?!」
警部補の親戚家族だなんて面白すぎる。
勢い良く資料室の扉を開けると、どう見ても家族ではない空気が漂っていた。
「勘違い……」
笑顔で飛び込んできた新米警官が部屋の空気を感じて大人しくなるのを見て、女性がまたもお盆を持ってくれた。
「ふふっ、ありがとう」
「いえ、あの……皆さんは警部補のお知り合いですか」
「そうねぇ、知り合いね。話せば長いけど、只ならぬ仲かしら」
「おい、そいつは単純に信じるぞ。妙な言い回しをするな」
え、え、と発言者を見て顔を左右に振って驚いていると、張さんが大あくびをした。
「そいつらは抜刀斎繋がりっちゅうトコやな。志々雄様繋がりとも言えるかもしれへんけど」
「抜刀斎に、志々雄さん」
顔を見回すと、まぁ否定はしないと各自頷いていた。
「はい、はい、私は巻町操、京都御庭番衆よ。こっちが蒼紫様、御庭番衆の御頭! カッコ良くて聡明で、とっても強いんだから!」
「操」
「あっははは、で、こっちが明神弥彦」
照れくさかったのか、綺麗な男の人が窘めるように一度、少女の勢いを止めた。
「弥彦は緋村剣心、あぁ抜刀斎の今の名前ね、緋村が世話になってる神谷道場に住み込んでる少年。最後に高荷恵さん、腕のいいお医者さんよ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
元気な声で早口に、巻町操と名乗る少女が皆の紹介をしてくれた。御頭と呼ばれ称賛を浴びた蒼紫様は少し困り顔に見える。やれやれと言った感じかな。同じやれやれでも、警部補のやれやれとは随分違う。
警部補と蒼紫様を見比べていると、いつの間にか机の上が整頓されて、蕎麦と寿司が並べられていた。
「差し入れに来てくださったんですか」
「話は後だ。丁度いい、飯にするぞ」
私も一緒に宜しいんですか。聞く前に操ちゃんに箸を渡されて、食べるわよーと食事体勢に入ってしまった。
本当にいいんですか。警部補を見ると、食え、とばかりに無言で頷いてくれた。
警部補は随分この人達を信頼しているんだな。気を許してるというか、ちょっと珍しい。
賑やかに食事を始めた操ちゃんと弥彦君。笑いながら相槌を打つ恵さん。静かに見守る蒼紫様も箸を動かして、蒼紫様と同じく警部補も静かに綺麗な手付きで蕎麦を食べている。
張さんは賑やかだけど、食べるのが早い。ひょいひょいとお寿司を口に放り込んでいく。放っておいたら全部一人で食べちゃいそうだけど、警部補の手前様子を見ているのが分かる。
「ふふっ、戴きます」
資料室で食事なんて初めてで、楽しい気分になっていた。こんな大人数で食事をするのも初めてかもしれない。
選んだのは警部補と同じく蕎麦。ざる蕎麦だ。
嬉しさから勢い良く蕎麦を啜って、御汁を警部補の顔に飛ばしてしまった。警部補の動きが止まる。
後が怖い、思わず肩を竦めた。しかし、警部補はこちらをじっとり睨むと、フンとも聞こえる笑みを漏らした。驚いたけど、警部補は目逸らして、そのまま食べ続けた。皆がいる効果だろうか。資料室の中は増々賑やかになっていた。
次々と器が空になっていく。今日のお蕎麦は、いつも以上に美味しいお蕎麦だった。