14.宿敵の理解者 -oki-

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主人公の女の子

緋村剣心、幕末の志士名を抜刀斎と言う。
現在、東京暮らし。逆刃刀を手に人々を守っている。
警部補が思い入れを持つ人物。新撰組三番隊組長、斎藤一が宿敵と認めた男だ。

幕末の話は明治十一年の今も人々を盛り上げる。
動乱の真っ只中にいた人物が警視庁にいるとなれば、話題になるのも至極当然だ。
ここ警視庁内でも斎藤一、抜刀斎の名が不意に耳に飛び込んでくることがある。

張さんから抜刀斎の話を聞いて以来、警部補に直接聞いてみたいと機会を窺っていた。
けれども、その機は未だ訪れていない。
元々隙の無い人だから、こちらから踏み込まなければ、永遠に話は聞けないだろう。

その緋村さんとは先日定食屋、もとい、牛鍋屋赤べこで食事を共にした。
とても幕末の京を震え上がらせた人斬りには見えなかった。優しくて、淋しそうな人だった。
本当にこの人が警部補のかつての宿敵で、巨大な剣客集団の頭目を斃せる程の剣客なのか。赤べこでの様子を思い返すと不思議でならない。

「あの人と警部補はどんな関係だったんだろう。どんな腕前なのかな。でも、勇気が要るんだよね、宿敵の話だよ、機嫌損ねちゃうかも」

宿敵だったけど、今は対立関係には無い。それも知っている。
張さんがいた志々雄一派の掃討作戦、抜刀斎こと緋村剣心が大きな役割を果たしたことも聞いた。

「警部補は凄いな、過去の宿敵とも手を取れる。……信念、かぁ」

警部補の口から聞いたことがある。幕末はそれぞれが己の信念、正義の為に命を懸けて刀を振るっていた時代だと。武士に恨み無し。刀を持つ者同士で個人的な恨みを抱くのは未熟な者だけだと。

「私だったら、出来たかな。恨みを残さず、同じ側で再会した折には力を合わせて任務を遂行する。……なかなか、難しそう」

幕末と明治、それぞれの時代でそれぞれの関係を築く。それは両極端な関係で、裏切りに合うかもしれないのに。信頼がなければ出来ない。かつての宿敵を信ずる。頭で理解できても、本当に実行できるだろうか。
私は一人、警部補の偉大さを噛みしめていた。



張さんとの横浜出張から暫く経った頃、私はまたも抜刀斎の噂を耳にした。
落人群に流れて、蹲っていると。

「本当ですか、緋村さんっ、あの抜刀斎がですか」

私は噂していた巡査達に思わず詰め寄ってしまった。
聞こえていたのかと驚く巡査達だが、行けば分かる、敗北を喫して蹲っているのさ、皆が噂してるぜと教えてくれた。

私は信じられなかった。警部補を通じて並みならぬ剣客だと知っている。あの警部補が認めている時点で、尋常ではない。

その剣客が何故敗北して、落人群に。
何でも噂では、近しい人々が迎えに行っても身動き一つ見せないらしい。あの人の好さそうな緋村さんが、親しい人の呼びかけにも応えないなんて。

話を聞いているだけで心配になる。そもそも住処があり、頼れる人々がいて、安定した暮らしをしていたはずだ。
何が起きたのか。張さんは知っているだろうか。

「あの事件、」

張さんを訪ねようと走り出したが、ふと思い当たる節があり、立ち止まった。

先日、お気に入りの赤べこが襲撃される事件があった。それから事件が続いた。
署長宅と、町で有名な前川道場の襲撃事件。最後に起きたのは、緋村さんが世話になる神谷道場の襲撃事件。

いずれも明治政府に不満を持つ者の仕業として処理された。
全てこちらの勝利だと警部補は言っていた。敵は退いたと。

私は現場に出向くことなく、事後処理も別の部署が担当したから情報も入って来なかった。
勝利と聞いて、それ以上の追及はせず、急かされている別の任務に当たっていた。

「余計な詮索をさせない為? 今の任務に集中させる為だったのかな、警部補にとっては本当に勝利だったのかな」

私は張さんを訪ねて、資料室の戸を開けた。

そこにいたのは、警部補だった。

いつもの椅子ではなく、窓際で煙草を吸っている。僅かに開けた窓の隙間から、煙を逃がしている。部屋に紫煙が満ちないよう気遣っている。
ただそれだけの筈なのに、窓の向こうを眺める顔は、とても苦しそうに見えた。

「斎藤さん……」

まさか気付かなかった、とは言いませんよね。
声を掛けると、警部補がゆっくり視線を動かした。何だ貴様かと言いたげに、ゆっくりと。

「あの……」

何か用か。いつも言われる冷たい一言。部下に対してそれは無いんじゃありませんかと言い返す、いつものやりとり。それは起きなかった。
黙っている警部補。噂は本当なんだろう。全て承知の上で、何か思う所があるのだろうか。

「斎藤さんは、警部補は行かないんですか」

「何処に行けと」

ずっと黙っていた警部補が、低い声で応えた。とても不機嫌そうなのに、低い声はやけに綺麗に響く。

「お、落人群ですよ。緋村さん、特別な存在なのでは」

「馬鹿々々しい」

「だって命を懸けた相手で、一緒に闘った仲間で、気に掛けるってのが人情じゃありませんか!」

人情、と言う言葉に反応して、警部補がククッと笑った。まるでどこか懐かしそうに、遠くを見て。
そして、緋村は仲間ではないと呟いた。

「それに捜査中の案件も、いずれは緋村さんの協力を仰ぐんじゃいないんですか」

「今のヤツの協力は必要ない。今の状態では微々たる力にもならん」

「だから会いに行って、励ましてあげてくださいよ!  聞けば凄く落ち込んでるとか、お二人は幕末から互いに特別な存在だって警視庁でも噂ですよ、そんな警部補の言葉なら」

「煩いぞ阿呆。出しゃばるな。お前には関わりない話だ」

「でも!」

「俺にも、関係ない話だ」

「……警部補」

警部補は煙草を咥えて、深く息を吸い込んだ。
それから少しの間を置いて、長く息を吐きだす。白く漂う煙と共に、伸びる息。
溜め息でも吐くかと思ったのに、警部補は落ち着き払った様子で長い息を吐き終え、安定した呼吸を繰り返している。

「自らの意思で刀を振るう者でなければ、少しの役にも立たん。今のヤツに頼るくらいなら、お前の方がまだマシだ」

「えっ」

「お前は、闘えるか」

突然の問いに、迷いはない。

「はい!」

私は力強く返事をした。

どうして緋村さんが落人群に流れたか分からないが、警部補は手を差し伸べる気はないらしい。
手助けが不要だと知っている。きっと緋村さんを信じているんだ。
誰より緋村さんを理解している、かつての宿敵。

「ちょっと、羨ましくなっちゃいました」

「本当の阿呆だな」

言わんとすることを全て察して、警部補は呆れ顔を見せた。
羨ましいのは本音だ。命を懸けて闘った相手を心から信じられる警部補の強さも、そんな関係を築ける緋村さんの存在も、どちらも羨ましい。

「私はもっと強くなります!」

「ククッ、威勢だけはいいな」

「はい!」

仰る通りですけれども!今に見ていてください!
うかうかしていると部下に追い抜かれますよと厭味も込めて、大きな声を出した。
身も心も鍛え、剣技を磨く。いつか警部補が背中を任せてくれるほど、強くなりたい。

うん、と気合を入れる私を見る警部補の顔からは、似合わぬ顔色は消えていた。
いつもの自信に満ちて性格の悪さが少し滲み出た、厭らしい笑顔に戻っていた。
私の好きな、警部補らしい意地悪な顔で、煙草を吸い続けていた。
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