12.馬鹿々々しさ
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一人資料室に残った斎藤は、もう一度壁を強く叩いた。むやみに庁舎を破壊する気はない。加減された拳は、壁に僅かな跡を残すだけだった。
「あの阿呆」
何をじろじろと見ている。斎藤は沖舂次が無意識に抱える感情を警戒していた。
いつまでも気付かなければ良い。何かを向けられるには厄介すぎる相手だ。
斎藤が沖舂次に言い渡した任務、鎌足の見舞いは上から届いた任務を下ろしたに過ぎない。
鎌足は司法取引をして密偵になった。同じ側の人間、状況を把握するのは当然。何事も経験、沖舂次に一番必要なものだから向かわせた。それだけだった。
しかし、病に伏せる者の気鬱を近くで見てきた斎藤には、それ以外の考えも少しはあった。今回の訪問は沖舂次が適任。懐かしい顔を喜ぶ者がいる。沖田総司と瀬田宗次郎、斎藤からしてみれば全くの別人。だが、鎌足からすればどうか。懐かしい者と比べる気持ちも分かった。
「瀬田宗次郎には似ていないだろう」
二人の違いがはっきり見えている斎藤は、フンと不機嫌に鼻をならすと、窓を閉めた。空気を掻きまわしていた風が止まる。煙草を吸い始めると、煙が部屋の中を漂いだす。脳裏には煙草を嫌がり厭味を言う沖田の顔と声と、煙が染みて涙が滲む目で怒る沖舂次が浮かんでいる。
煙る部屋で忘れてしまいたい。薄ら煙気で淀んでいく部屋。斎藤は躊躇いなく煙を吐き続けた。
気分を切り替えるには夜を越えるのが一番。
沖舂次は朝目覚めると思いきり伸びをして、新しい空気を吸い込んだ。
「今日も頑張ろう!」
自炊を殆どしない沖舂次は、出勤前に朝飯を取る為、寄り道をした。
上司に会いたくて蕎麦屋を覗く朝もある。ほとんど空振りだが、たまに会えるのだ。
だが今朝は、今は上司の顔を見たくない。
「そうだ!」
閃いた、と駆け出して、くぐったのはうどん屋の暖簾だった。
「やっぱりいた、張さん! おはようございます!」
「んん、つふしひゃんか、おはようさん」
うどん屋の常連、張は口元にあったうどんを啜ると、沖舂次を隣に手招いた。
「珍しいな、つくしちゃんが朝からうどんなんて」
「たまには朝うどんです! なんて、実は張さんがいるかなと思って覗いたんですよ」
「ワイ? ワイになんか用か」
「別に、そういう訳では……」
理由がなくちゃいけないんですかと沖舂次が拗ねると、張はニヤッとした。目を眇めて、楽しそうに沖舂次に箸を向ける。
「ははん、つくしちゃん一人で朝飯が淋しかったんやろ、可愛えぇなぁ。いつもは蕎麦屋行くやろ」
「何で知ってるんですか!」
「いつもオッサン追っかけて蕎麦屋行くんちゃうか、飯言うたら、つくしちゃん蕎麦屋しか行かへんやろ」
「そんな事ありません!」
上司に会いたくない時は定食屋、もとい赤べこで食事をとる。蕎麦以外を食べたい時もそうだ。常に上司を追いかけている訳では無い。
ちょっぴり照れくさそうに言って、沖舂次はうどんを一杯注文した。
「昨日は一人で戻って大変だったんですよ、張さん何か感じてたんですか」
「何も知らんでワイは。昨日はオッサンの顔見てへんし。まぁ災難やったな」
「本当に災難でしたよ」
二人きりの資料室、上司に壁際に追いつめられた事や、後ろ手に捻じり上げられた恥は張に告げず、沖舂次は不満だけをぼそぼそと漏らした。自分を見つめ直せと言われたが、そんな気にはなれない夜だった。
「今朝は一緒に行ってくださいよ、警視庁」
「行くけど、何や子供みたいやな、一人で行くのが嫌なんかい」
「一人で警部補に会うのが嫌なんです、また何されるか」
「何かされたんかい」
「されてません!」
「……ほぉん」
怒鳴る沖舂次の顔が真っ赤に火照っている。嘘が下手やなぁと張は白い目を向けた。
「あの阿呆」
何をじろじろと見ている。斎藤は沖舂次が無意識に抱える感情を警戒していた。
いつまでも気付かなければ良い。何かを向けられるには厄介すぎる相手だ。
斎藤が沖舂次に言い渡した任務、鎌足の見舞いは上から届いた任務を下ろしたに過ぎない。
鎌足は司法取引をして密偵になった。同じ側の人間、状況を把握するのは当然。何事も経験、沖舂次に一番必要なものだから向かわせた。それだけだった。
しかし、病に伏せる者の気鬱を近くで見てきた斎藤には、それ以外の考えも少しはあった。今回の訪問は沖舂次が適任。懐かしい顔を喜ぶ者がいる。沖田総司と瀬田宗次郎、斎藤からしてみれば全くの別人。だが、鎌足からすればどうか。懐かしい者と比べる気持ちも分かった。
「瀬田宗次郎には似ていないだろう」
二人の違いがはっきり見えている斎藤は、フンと不機嫌に鼻をならすと、窓を閉めた。空気を掻きまわしていた風が止まる。煙草を吸い始めると、煙が部屋の中を漂いだす。脳裏には煙草を嫌がり厭味を言う沖田の顔と声と、煙が染みて涙が滲む目で怒る沖舂次が浮かんでいる。
煙る部屋で忘れてしまいたい。薄ら煙気で淀んでいく部屋。斎藤は躊躇いなく煙を吐き続けた。
気分を切り替えるには夜を越えるのが一番。
沖舂次は朝目覚めると思いきり伸びをして、新しい空気を吸い込んだ。
「今日も頑張ろう!」
自炊を殆どしない沖舂次は、出勤前に朝飯を取る為、寄り道をした。
上司に会いたくて蕎麦屋を覗く朝もある。ほとんど空振りだが、たまに会えるのだ。
だが今朝は、今は上司の顔を見たくない。
「そうだ!」
閃いた、と駆け出して、くぐったのはうどん屋の暖簾だった。
「やっぱりいた、張さん! おはようございます!」
「んん、つふしひゃんか、おはようさん」
うどん屋の常連、張は口元にあったうどんを啜ると、沖舂次を隣に手招いた。
「珍しいな、つくしちゃんが朝からうどんなんて」
「たまには朝うどんです! なんて、実は張さんがいるかなと思って覗いたんですよ」
「ワイ? ワイになんか用か」
「別に、そういう訳では……」
理由がなくちゃいけないんですかと沖舂次が拗ねると、張はニヤッとした。目を眇めて、楽しそうに沖舂次に箸を向ける。
「ははん、つくしちゃん一人で朝飯が淋しかったんやろ、可愛えぇなぁ。いつもは蕎麦屋行くやろ」
「何で知ってるんですか!」
「いつもオッサン追っかけて蕎麦屋行くんちゃうか、飯言うたら、つくしちゃん蕎麦屋しか行かへんやろ」
「そんな事ありません!」
上司に会いたくない時は定食屋、もとい赤べこで食事をとる。蕎麦以外を食べたい時もそうだ。常に上司を追いかけている訳では無い。
ちょっぴり照れくさそうに言って、沖舂次はうどんを一杯注文した。
「昨日は一人で戻って大変だったんですよ、張さん何か感じてたんですか」
「何も知らんでワイは。昨日はオッサンの顔見てへんし。まぁ災難やったな」
「本当に災難でしたよ」
二人きりの資料室、上司に壁際に追いつめられた事や、後ろ手に捻じり上げられた恥は張に告げず、沖舂次は不満だけをぼそぼそと漏らした。自分を見つめ直せと言われたが、そんな気にはなれない夜だった。
「今朝は一緒に行ってくださいよ、警視庁」
「行くけど、何や子供みたいやな、一人で行くのが嫌なんかい」
「一人で警部補に会うのが嫌なんです、また何されるか」
「何かされたんかい」
「されてません!」
「……ほぉん」
怒鳴る沖舂次の顔が真っ赤に火照っている。嘘が下手やなぁと張は白い目を向けた。