18.屑籠の中の果たし状
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銀色の筋、敵の刃が落ちてくる。私は刀を弾いてすぐ跳び退いた。
敵から距離を取る。警部補も同じ動きをして、二人の背が触れた。
熱い。あっと思うけど、警部補の熱に何かを感じている暇はない。
目は合わないけれど、私達は目で合図をしたように再び敵に跳び込んだ。
敵の刃が腕を掠り、腕に赤い筋が浮かぶ。
不思議と痛みはなかった。傷からは血がつるりと流れているのに。
刀を握り直した時、敵の刃が再び私を襲った。
「沖田!」
「沖ですよ! 大丈夫です」
間一髪、刃を避けて敵の頸椎を柄で殴り倒す。倒れた敵の向こうで、警部補が振り返っていた。
心配ご無用、これくらいでやられるほど弱くありません、今の私は!
「斎藤さんこそ大丈夫ですか、名前を間違えるなんて、慌てる斎藤さんは珍しいです!」
「フン、軽口は終いだ、いくぞ!」
ようやく警部補と互いに背中を預けて闘えるまでになったんだ。こんな所で負けてちゃいられない。
負けてちゃ、え、なに、視界がグラグラ、目が回る、一体何が……
──ちゃん、つくしちゃん、つくしちゃん!
「エライことになってんで!」
「はっ!!」
沖舂次は眠っていた。張に名前を呼ばれて、体を揺り動かされて、ようやく目が覚めた。寝言で斎藤を探していたのだ。張に強く指摘されて、我に返った。
「つくしちゃん、目ぇ覚ましぃな。斎藤の旦那はおらへんで、大丈夫かいな」
「夢……夢を見ていました、警部補と一緒に、闘ってる夢……」
沖舂次はまだ机に突っ伏したまま、寝惚けている。
現実と錯覚する、緊迫した夢だった。
実戦のひりひりした感覚が今も肌に残っている。汗も掻いていないのに、濡れた感覚がある。まさか本当に血が出ているわけでもあるまい。
「そいつは大層な夢やな。しっかし、つくしちゃん、涎が凄いで」
「ぅえぇっ、ふあぁっ、すみませんっ!」
濡れた感覚は汗でも血でもなく涎だった。
だらしなく口から溢れた涎が、机の上に広がっている。
「ワイは構へんけど報告書がヤバいんとちゃうか」
そうだ、と沖舂次は飛び起きた。
眼下の机上の惨状を目の当たりにして、血の気が引いて行く。
報告書を書きながら寝てしまったのだ。退屈で長い作業、睡魔に負けてしまった。
武器密輸組織のアジトに乗り込み、斎藤と蒼紫が雑兵を一網打尽にした。
そこで得た情報をもとに東京湾上の孤島へ乗り込んだ。
途中、東京の町で連射型改造擲弾射出装置を手に仕込んだ男が暴れたが、落人群から立ち上がり抜け出した緋村が鎮めた。
武器密輸組織のアジトに乗り込むところまでは沖舂次も一緒だった。だが他は、留守居役となった。
留守居役は張も同じ。だから沖舂次は受け入れている。
いつも動きが早い斎藤、動き出すとあっという間に事件を終わらせる。
──力が及ばないのは分かっているけど、置いて行かれてばかりだ。
悔しがっても仕方がない。今は目の前の仕事を終わらせよう。そう思い直すも、完成目前だった報告書は無残にも滲んで字は読めず、紙もふにゃふにゃにヨレている。
「あぁぁ、完成するまで帰れないいぃ、警部補に怒られるぅぅっっ」
沖舂次は再び机に突っ伏した。
正直な姿を張は大笑いして、丸まった背中を叩いた。
「まぁ頑張りぃ、武器組織の件が片付いて今は落ち着いとるさかい、ゆっくり書いたらえぇやん。ワイも少し、時間が出来たわ」
「張さん、手伝ってくれるんですか」
問われた張は即答せず、珍しく目を伏せた。物思いにでも耽るような目。何を思ったのか、顔を上げると少しだけ淋しそうに遠くを見つめた。
「張さん……? 何か悪いものでも食べたんですか、真面目な張さんの顔、初めてです……」
「阿呆ぉ、ちょっとだけやで、手伝ったるわ」
「わぁ、ありがとうございます!」
本当にほんの少しだけ、張は書類仕事を手伝った。沖舂次が書類を一枚書く間にほんの数項目を埋める張。
沖舂次は作業の合間、何度か張を盗み見していた。実は、書類仕事をする姿を初めて見たのだ。
「警部補と一緒に船乗りたかったなぁ」
「船なぁ、おもろそうやけどな。ワイも煉獄乗り損ねたし、船なぁ」
二人は世間話をしながら淡々と仕事を進めていった。
沖舂次は資料室にいれば斎藤が戻ると考え、長引く仕事も文句を言わずこなしていた。しかし斎藤は一向に現れない。
「警部補は何処にいるんでしょう」
「さぁな、今日はワイも会うてへんで。孤島で得た情報を精査しとるか、上に会うて相談しとるか。下っ端のワイらは指示待ちやな」
「そうですね……」
孤島から戻った斎藤は、捜査の終了祝いに一杯、そんな雰囲気ではなかった。
一つの捜査の終了は、次の捜査に繋がるだけだ。
張は任された一枚を仕上げ、立ち上がった。
「ほな、ワイはこれで」
「本当に本当にありがとうございました!」
書類の手伝いで言えば、正直いてもいなくても同じだった。
だが話し相手がいることで、沖舂次の手はいつもより動いていた。何より、余計な考え事をせずに済んだのが大きかった。
「完成まで寝たらあかんで! 今度は手伝わへんからな!」
「はいっ!」
張が部屋を出て行くと、沖舂次は残りの数枚に時間を掛けて、夜遅くまで報告書を書き続けた。
斎藤が現れるだろうかと待ち続けたが、この日は現れなかった。
敵から距離を取る。警部補も同じ動きをして、二人の背が触れた。
熱い。あっと思うけど、警部補の熱に何かを感じている暇はない。
目は合わないけれど、私達は目で合図をしたように再び敵に跳び込んだ。
敵の刃が腕を掠り、腕に赤い筋が浮かぶ。
不思議と痛みはなかった。傷からは血がつるりと流れているのに。
刀を握り直した時、敵の刃が再び私を襲った。
「沖田!」
「沖ですよ! 大丈夫です」
間一髪、刃を避けて敵の頸椎を柄で殴り倒す。倒れた敵の向こうで、警部補が振り返っていた。
心配ご無用、これくらいでやられるほど弱くありません、今の私は!
「斎藤さんこそ大丈夫ですか、名前を間違えるなんて、慌てる斎藤さんは珍しいです!」
「フン、軽口は終いだ、いくぞ!」
ようやく警部補と互いに背中を預けて闘えるまでになったんだ。こんな所で負けてちゃいられない。
負けてちゃ、え、なに、視界がグラグラ、目が回る、一体何が……
──ちゃん、つくしちゃん、つくしちゃん!
「エライことになってんで!」
「はっ!!」
沖舂次は眠っていた。張に名前を呼ばれて、体を揺り動かされて、ようやく目が覚めた。寝言で斎藤を探していたのだ。張に強く指摘されて、我に返った。
「つくしちゃん、目ぇ覚ましぃな。斎藤の旦那はおらへんで、大丈夫かいな」
「夢……夢を見ていました、警部補と一緒に、闘ってる夢……」
沖舂次はまだ机に突っ伏したまま、寝惚けている。
現実と錯覚する、緊迫した夢だった。
実戦のひりひりした感覚が今も肌に残っている。汗も掻いていないのに、濡れた感覚がある。まさか本当に血が出ているわけでもあるまい。
「そいつは大層な夢やな。しっかし、つくしちゃん、涎が凄いで」
「ぅえぇっ、ふあぁっ、すみませんっ!」
濡れた感覚は汗でも血でもなく涎だった。
だらしなく口から溢れた涎が、机の上に広がっている。
「ワイは構へんけど報告書がヤバいんとちゃうか」
そうだ、と沖舂次は飛び起きた。
眼下の机上の惨状を目の当たりにして、血の気が引いて行く。
報告書を書きながら寝てしまったのだ。退屈で長い作業、睡魔に負けてしまった。
武器密輸組織のアジトに乗り込み、斎藤と蒼紫が雑兵を一網打尽にした。
そこで得た情報をもとに東京湾上の孤島へ乗り込んだ。
途中、東京の町で連射型改造擲弾射出装置を手に仕込んだ男が暴れたが、落人群から立ち上がり抜け出した緋村が鎮めた。
武器密輸組織のアジトに乗り込むところまでは沖舂次も一緒だった。だが他は、留守居役となった。
留守居役は張も同じ。だから沖舂次は受け入れている。
いつも動きが早い斎藤、動き出すとあっという間に事件を終わらせる。
──力が及ばないのは分かっているけど、置いて行かれてばかりだ。
悔しがっても仕方がない。今は目の前の仕事を終わらせよう。そう思い直すも、完成目前だった報告書は無残にも滲んで字は読めず、紙もふにゃふにゃにヨレている。
「あぁぁ、完成するまで帰れないいぃ、警部補に怒られるぅぅっっ」
沖舂次は再び机に突っ伏した。
正直な姿を張は大笑いして、丸まった背中を叩いた。
「まぁ頑張りぃ、武器組織の件が片付いて今は落ち着いとるさかい、ゆっくり書いたらえぇやん。ワイも少し、時間が出来たわ」
「張さん、手伝ってくれるんですか」
問われた張は即答せず、珍しく目を伏せた。物思いにでも耽るような目。何を思ったのか、顔を上げると少しだけ淋しそうに遠くを見つめた。
「張さん……? 何か悪いものでも食べたんですか、真面目な張さんの顔、初めてです……」
「阿呆ぉ、ちょっとだけやで、手伝ったるわ」
「わぁ、ありがとうございます!」
本当にほんの少しだけ、張は書類仕事を手伝った。沖舂次が書類を一枚書く間にほんの数項目を埋める張。
沖舂次は作業の合間、何度か張を盗み見していた。実は、書類仕事をする姿を初めて見たのだ。
「警部補と一緒に船乗りたかったなぁ」
「船なぁ、おもろそうやけどな。ワイも煉獄乗り損ねたし、船なぁ」
二人は世間話をしながら淡々と仕事を進めていった。
沖舂次は資料室にいれば斎藤が戻ると考え、長引く仕事も文句を言わずこなしていた。しかし斎藤は一向に現れない。
「警部補は何処にいるんでしょう」
「さぁな、今日はワイも会うてへんで。孤島で得た情報を精査しとるか、上に会うて相談しとるか。下っ端のワイらは指示待ちやな」
「そうですね……」
孤島から戻った斎藤は、捜査の終了祝いに一杯、そんな雰囲気ではなかった。
一つの捜査の終了は、次の捜査に繋がるだけだ。
張は任された一枚を仕上げ、立ち上がった。
「ほな、ワイはこれで」
「本当に本当にありがとうございました!」
書類の手伝いで言えば、正直いてもいなくても同じだった。
だが話し相手がいることで、沖舂次の手はいつもより動いていた。何より、余計な考え事をせずに済んだのが大きかった。
「完成まで寝たらあかんで! 今度は手伝わへんからな!」
「はいっ!」
張が部屋を出て行くと、沖舂次は残りの数枚に時間を掛けて、夜遅くまで報告書を書き続けた。
斎藤が現れるだろうかと待ち続けたが、この日は現れなかった。