月の綺麗な夜に
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──こんな時分になってしまった。
私は毎日奉公に出ており、今日も勤めを行っていたのだけど、いつもより随分と遅くなってしまい。慌てて帰路に就き始めたまでは良いのだけれど。
荷物を抱え込みながら、脳内はくるくる忙しくて、そして──左側にちらりと視線を向ける。
「なんだ。」
「い、いえ…すみません、こんなに遅い時間になってしまって。」
勿論、申し訳ない気持ちはあるのだけれど…うっかりと溢れてしまいそうになる嬉しさを必死に押し留めた。
この方は斎藤さん、この町のお巡りさん。
思わず謝ってしまったけれど、でも。
「…斎藤さん、本当にありがとうございます。」
「また何か被害が出ると遅いからな。」
…以前、勤め先からの帰路の途中で暴漢に襲われかけた時、助けてくれたのがこの斎藤さんで。
その犯人はもう捕まったから心配はないのだけれど、それ以来、斎藤さんは何かと理由をつけては私の帰宅に寄り添ってくれるようになった。
「大丈夫ですよ、警護なんて。ご迷惑でしょう」と何度も繰り返し問い掛けしたものの。怖い思いを隠せないでいることは容易く見抜かれ──あれよあれよという様に、結局斎藤さんからの提案に甘えることになってしまって。奉公先から自宅まで、道中共にする日々が続いていた。
──今日でちょうど一週間。
あれ以来ずっと何事もなかったし、もう今宵が潮時だろう。そうなると…斎藤さんとのこの縁も…終わっちゃうんだろうな。
「どうした、浮かない顔をして。」
「…いいえ、なんでもないんです。」
「俺に対しての気遣いなら構わないと言ったろう。好意には甘えろ。」
「…はい。」
好意…斎藤さんの仰る“好意”とは毛色が違う好意を自らが抱き始めていることは自覚していた。斎藤さんに。
でも、気付いたところでどうしようもない。守ってくれてるから、頼りになるから、そういった思いによる錯覚だと思われるだろうから、斎藤さんに打ち明けるなんてことはしない。
──何より、親切で付き合ってくださっている方にそんな気持ちを抱くこと自体、失礼だと恥じた。
そんな思いを脳裏に過ぎらせながら、そうっと斎藤さんから視線を外そうとした。
けれど。
「…!さ、斎藤さん?」
「…お前は遠慮してばかりだな。」
低い声と共に肩を抱き寄せられる。
「え…っ…?」
「余所見をするな。」
「…わっ…」
その…向き合うようになった斎藤さんのお顔が近くて、思わず赤面してしまう。
そんな私の様子を捉えて。瞬き一つすることもなく、こちらを覗き込む琥珀色の瞳。思わず背筋がぞくりとする。──こちらの動きや考えなど、何もかも既に見透かしている、とでも告げられているようで。
「あ、の……?」
「夢主。」
「…斎藤さん…?」
「俺の傍にいろ。」
雲間が切れて現れ始めた月を背に。低く囁く声。
月明かりが眩しい。──きっと、夜の闇の中と言えども、赤面している様子も情けない顔も、恥ずかしいけれど彼には丸わかりなのだろう。
近付けられる斎藤さんの顔貌。今度は、そっと触れるように肩の上に乗せられる手の平。
胸の鼓動が高鳴ってしまうけれども。
「…怯えているか?」
「いいえ…斎藤さんですから。」
「…気を許しすぎだ、阿呆。」
「……でも、斎藤さんですもの。」
言った直後に一層恥ずかしさが迫り上がってくるけれども。今度は隠すことはせず、綻びが解けて溢れるように笑みを乗せた。
すると。
「…お前はそんな風に笑うんだな。」
「…!」
月に照らされながら、斎藤さんは少し嬉しそうに笑った。
その姿がとても綺麗で、美しくて。思わず見惚れてしまうと。
「動揺し過ぎだ。」
「で、でも…」
「……夢主。」
不意に呼ばれた名前。なんですか、と告げる間もなく──頬に手を寄せられ、唇を重ね付けられていた。
すぐにその瞼を閉じられて隠されてしまったけれど。普段、冷たいように見える瞳は少しだけ熱を帯びてこちらを見つめていたのは確かだった。
──触れた斎藤さんの唇は少し薄くて、けれど柔らかくて。そしてほんの少し、煙草の香りがした。
「一々動揺しているとお前の身が持たないぞ。」
「…斎藤さんがゆっくり進めてくださればいいのではないでしょうか…?」
「…お前の好意に遠慮をするのは失礼だろう?」
「…もう、斎藤さんたら。とっくに気付いてたんですね。」
くすくす、と笑みを漏らすと髪を優しく撫でられ。そしてもう一度、身体を寄せられた。
────この愛しい想いを馳せながら、この愛しい女性を愛でる。ずっと待ち望んでいた瞬間を迎え、斎藤は穏やかな笑みを浮かべた。
私は毎日奉公に出ており、今日も勤めを行っていたのだけど、いつもより随分と遅くなってしまい。慌てて帰路に就き始めたまでは良いのだけれど。
荷物を抱え込みながら、脳内はくるくる忙しくて、そして──左側にちらりと視線を向ける。
「なんだ。」
「い、いえ…すみません、こんなに遅い時間になってしまって。」
勿論、申し訳ない気持ちはあるのだけれど…うっかりと溢れてしまいそうになる嬉しさを必死に押し留めた。
この方は斎藤さん、この町のお巡りさん。
思わず謝ってしまったけれど、でも。
「…斎藤さん、本当にありがとうございます。」
「また何か被害が出ると遅いからな。」
…以前、勤め先からの帰路の途中で暴漢に襲われかけた時、助けてくれたのがこの斎藤さんで。
その犯人はもう捕まったから心配はないのだけれど、それ以来、斎藤さんは何かと理由をつけては私の帰宅に寄り添ってくれるようになった。
「大丈夫ですよ、警護なんて。ご迷惑でしょう」と何度も繰り返し問い掛けしたものの。怖い思いを隠せないでいることは容易く見抜かれ──あれよあれよという様に、結局斎藤さんからの提案に甘えることになってしまって。奉公先から自宅まで、道中共にする日々が続いていた。
──今日でちょうど一週間。
あれ以来ずっと何事もなかったし、もう今宵が潮時だろう。そうなると…斎藤さんとのこの縁も…終わっちゃうんだろうな。
「どうした、浮かない顔をして。」
「…いいえ、なんでもないんです。」
「俺に対しての気遣いなら構わないと言ったろう。好意には甘えろ。」
「…はい。」
好意…斎藤さんの仰る“好意”とは毛色が違う好意を自らが抱き始めていることは自覚していた。斎藤さんに。
でも、気付いたところでどうしようもない。守ってくれてるから、頼りになるから、そういった思いによる錯覚だと思われるだろうから、斎藤さんに打ち明けるなんてことはしない。
──何より、親切で付き合ってくださっている方にそんな気持ちを抱くこと自体、失礼だと恥じた。
そんな思いを脳裏に過ぎらせながら、そうっと斎藤さんから視線を外そうとした。
けれど。
「…!さ、斎藤さん?」
「…お前は遠慮してばかりだな。」
低い声と共に肩を抱き寄せられる。
「え…っ…?」
「余所見をするな。」
「…わっ…」
その…向き合うようになった斎藤さんのお顔が近くて、思わず赤面してしまう。
そんな私の様子を捉えて。瞬き一つすることもなく、こちらを覗き込む琥珀色の瞳。思わず背筋がぞくりとする。──こちらの動きや考えなど、何もかも既に見透かしている、とでも告げられているようで。
「あ、の……?」
「夢主。」
「…斎藤さん…?」
「俺の傍にいろ。」
雲間が切れて現れ始めた月を背に。低く囁く声。
月明かりが眩しい。──きっと、夜の闇の中と言えども、赤面している様子も情けない顔も、恥ずかしいけれど彼には丸わかりなのだろう。
近付けられる斎藤さんの顔貌。今度は、そっと触れるように肩の上に乗せられる手の平。
胸の鼓動が高鳴ってしまうけれども。
「…怯えているか?」
「いいえ…斎藤さんですから。」
「…気を許しすぎだ、阿呆。」
「……でも、斎藤さんですもの。」
言った直後に一層恥ずかしさが迫り上がってくるけれども。今度は隠すことはせず、綻びが解けて溢れるように笑みを乗せた。
すると。
「…お前はそんな風に笑うんだな。」
「…!」
月に照らされながら、斎藤さんは少し嬉しそうに笑った。
その姿がとても綺麗で、美しくて。思わず見惚れてしまうと。
「動揺し過ぎだ。」
「で、でも…」
「……夢主。」
不意に呼ばれた名前。なんですか、と告げる間もなく──頬に手を寄せられ、唇を重ね付けられていた。
すぐにその瞼を閉じられて隠されてしまったけれど。普段、冷たいように見える瞳は少しだけ熱を帯びてこちらを見つめていたのは確かだった。
──触れた斎藤さんの唇は少し薄くて、けれど柔らかくて。そしてほんの少し、煙草の香りがした。
「一々動揺しているとお前の身が持たないぞ。」
「…斎藤さんがゆっくり進めてくださればいいのではないでしょうか…?」
「…お前の好意に遠慮をするのは失礼だろう?」
「…もう、斎藤さんたら。とっくに気付いてたんですね。」
くすくす、と笑みを漏らすと髪を優しく撫でられ。そしてもう一度、身体を寄せられた。
────この愛しい想いを馳せながら、この愛しい女性を愛でる。ずっと待ち望んでいた瞬間を迎え、斎藤は穏やかな笑みを浮かべた。
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