【幕】最期の白
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――君の笑顔を、ずっと守りたかったんだ……
冷たい冬の夜風が徐々に酔いを醒ましてくれる。
京都見廻り役の清里は上役達と酒を飲んだ帰り道、自身の好事を話題に話に花を咲かせていた。
器量好しの幼馴染との祝言。荒れた時世に自分だけが幸せを得て良いのだろうか。
「辛い時だからこそ」
上役達は良いに決まっていると、清里の迷いを笑い飛ばしてくれた。
夜道を包んでいたそんな笑い声はすっかり消えてしまった。
突然現れた少年が、上役二人をいとも容易く斬殺してしまった。
目の前で刃を伝う仲間の血が自らの死を意識させ、恐怖が増す。
少年の刃は清里に向けられた。
肌が粟立つほど静まり返った町屋の間で、幾度も鋼がぶつかる音が鳴った。
少年は何度も己の太刀を受け止める相手の生への執着に感心していた。
感心するだけで情けを掛ける理由にはならず、清里は容赦なく攻撃を受け続けた。
ただ必死に刀を振り、生を繋ごうと闘っている。
このままでは、死ぬ。
清里は悟った。
ここまで少年の剣を受け止めているのが不思議な程、二人には剣腕には差がある。
信じがたいがこの少年が人斬り抜刀斎、噂の人斬りに違いない。
息が乱れる己に対し、相手は汗すら見えない。このまま続けては体力が削がれ、斬られる。
生き延びる道を切り開くには、剣を握る力が残る今のうちに一太刀を浴びせなくては。
手汗で滑らないよう柄を握る手を整える。狙いがずれないよう、刀がぶれないよう、一撃でいい、少年を止めなければ。
意を決した清里は全ての思いを乗せて剣を振り上げた。
「うあああ!!」
必死の一撃を打ち込む清里を、少年は冷静な目で捉えた。
軌道を見切り、踏み込んで交わすと同時に深く斬り上げる。
その瞬間、少年は久しく感じていなかったビリつく感覚を左頬に覚えた。
清里の渾身の一刀が、少年の頬に傷を付けたのだ。
敗北知らず、傷知らずの人斬り抜刀斎に初めての傷を負わせた。
幕府側の人間にとって名誉とも言える偉業。
しかしそんなもの清里にとってはどうでも良い、意味の無い誉れだった。
生きてこの場を脱しなければ、虚しいだけの名誉。
刃を体に受けて倒れた清里は、己からこぼれた血でできた澱みの中にいた。
痛みを通り越した初めての感覚の中にいる。鈍く感じるこれは何なのか。
体を斜めに走る斬られた線が甚く熱いが、全身を襲う寒気が妙だ。
斬られる直前、相手の刃が強く光った。
その光が目の前を覆い、昼間かと見紛う明るさを感じた。
ほんの短い一時、だが清里には永遠の光に見えた。