【北】斎藤一・蝦夷での再会
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「……遅くなりました」
木々が茂る函館山の麓、黒い革長靴が青々と伸びる草を踏みしめた。
「アンタがどこに眠っているかは知らないが、ここにもいるんでしょう」
木々の影を縫って現れた男は、高く聳える石碑を見上げた。
日陰に黒く沈む紺羅紗の制服、警官の男、腰には一振りの日本刀を帯びている。
「土方さん」
斎藤一、元新選組三番隊組長、戊辰戦争を生き延びた男だ。
──やっと、来られました。
碧血碑。
明治八年、函館山に建てられた箱館戦争における旧幕府軍戦死者を弔う慰霊碑。
新選組の土方歳三や中島三郎助をはじめとする約八百人もの戦死者が弔われている。
碧血とは、忠義を貫き死した者の血は三年経つと地中で碧玉と化すとされる伝説から取られた言葉だ。
最期まで正しきを信じ、己の信念を貫いた真っ直ぐな男達に向けられるに相応しい言葉だろう。
斎藤は函館に上陸し、真っ先にこの地へ足を運んだ。
「正直、ここに来るとは思っていなかったんですが、……少し、野暮用が出来ましてね」
自分の背丈の三倍はある大きな碑を見上げ、斎藤は懐かしい人物に語りかけた。
土方歳三、刀を手に共に動乱の京を駆け抜けた仲間であり、斎藤が心から尊敬出来る数少ない男だ。
「何が良いか分かりませんから、手土産はありません。だが土産話なら、ひとつ……」
目を閉じれば、今でも浅葱色の羽織を思い出す。
散々指をさされ揶揄されたりもしたが、決して嫌いではなかったあの揃いの羽織。いつしか袖を通す度、誇らしさを感じるまでになっていた。
不逞浪士らを追い、抜き身の刀を手に走り回った京の町、事が起きるのは夜が更けてからだった。
夜の巡察は極めて危険だ。だが暗闇を月が照らし、その月明りを背に受けて暗がりに浮かぶ五重塔の影や町家の姿は美しく、今も鮮やかに記憶に残る。命懸けで京を守りぬいた日々だ。
あれから十年。新たな脅威が現れた。
「また、京の町を守りました」
──幕末の亡霊……あの人斬り抜刀斎の後継者、志々雄真実の手から。
「なかなか面白いコトを企む男でしてね……」
奴も幕末の動乱、明治維新の被害者でもあった。力を求められた、味方であったはずの同志に抹殺されかけたのだから。
全身を焼かれ包帯で体中を覆う容姿は異様そのもの。行いは非情で許しがたいが、腐りきった明治政府に力尽くで物申す、自ら立ち上がり行動を起こすとは、なかなかのものだった。
功名心と支配欲の表現を変え、もっと違う方法で行動を起こしていたならば、明治政府にとっても欠かせぬ人材になっていただろう。
斎藤は皮肉を感じながら、志々雄真実を思い出していた。
「ま、おかげで俺はいい迷惑だったんですがね。土方さんが生きていれば、きっと熱く滾ったことでしょう……」
斎藤は顔を下げると、上着の隠しから煙草を取り出し、咥えると火をつけた。
……フゥ。やがて軽い息音が漏れて、緑に覆われた空間に紫煙が細い筋を引いた。
「蝦夷というのは四季が見事な土地だそうで、好きでしょう……土方さん」
斎藤が選んだのは、箱館戦争終結後に名付けられた北海道ではなく、土方が生きた土地の名だ。
この地に向かう船中で眺めた函館山の美しい山姿、船上で迎えた夜に見上げた満月。
澄んだ空気がそうさせるのか、明治になり東京で見た月とは比べ物にならないほど、美しかった。
「海に、山に、見事な月が見えるそうですね、シノピリカ……貴方も見たのでしょう、見事な蝦夷の月を」
斎藤は伝え聞いた、土方が蝦夷の地で詠んだと言う俳句から借りた言葉で語りかけ、目を細めた。
厳かに聳え立つ碑は堂々として、真っ直ぐで、どんな力にも揺らがぬ荘重な造りだ。
彫られた文字から流れるように生す苔はまさに碧血の如く、碑石を彩っている。
「……次の任務が待っていますので、俺はこれで……」
斎藤はそこにいるであろう土方に向かい、フッと柔らかく笑んで見せた。
「また、来ます」
振り向けばあの涼やかな瞳で笑っている顔が見えるのでは……。そんな不思議な感覚を背に受けながら、斎藤は碧血碑を立ち去った。
明治十六年、初秋。
斎藤の北海道での新たな任務が始まる。
_________________
シノピリカ
いづこを見ても
蝦夷の月
土方歳三
_________________
るろうに剣心 北海道編、連載開始が嬉しくて。
斎藤さん北海道編、登場お待ちしております。
2017.9.1(*´人`*)
木々が茂る函館山の麓、黒い革長靴が青々と伸びる草を踏みしめた。
「アンタがどこに眠っているかは知らないが、ここにもいるんでしょう」
木々の影を縫って現れた男は、高く聳える石碑を見上げた。
日陰に黒く沈む紺羅紗の制服、警官の男、腰には一振りの日本刀を帯びている。
「土方さん」
斎藤一、元新選組三番隊組長、戊辰戦争を生き延びた男だ。
──やっと、来られました。
碧血碑。
明治八年、函館山に建てられた箱館戦争における旧幕府軍戦死者を弔う慰霊碑。
新選組の土方歳三や中島三郎助をはじめとする約八百人もの戦死者が弔われている。
碧血とは、忠義を貫き死した者の血は三年経つと地中で碧玉と化すとされる伝説から取られた言葉だ。
最期まで正しきを信じ、己の信念を貫いた真っ直ぐな男達に向けられるに相応しい言葉だろう。
斎藤は函館に上陸し、真っ先にこの地へ足を運んだ。
「正直、ここに来るとは思っていなかったんですが、……少し、野暮用が出来ましてね」
自分の背丈の三倍はある大きな碑を見上げ、斎藤は懐かしい人物に語りかけた。
土方歳三、刀を手に共に動乱の京を駆け抜けた仲間であり、斎藤が心から尊敬出来る数少ない男だ。
「何が良いか分かりませんから、手土産はありません。だが土産話なら、ひとつ……」
目を閉じれば、今でも浅葱色の羽織を思い出す。
散々指をさされ揶揄されたりもしたが、決して嫌いではなかったあの揃いの羽織。いつしか袖を通す度、誇らしさを感じるまでになっていた。
不逞浪士らを追い、抜き身の刀を手に走り回った京の町、事が起きるのは夜が更けてからだった。
夜の巡察は極めて危険だ。だが暗闇を月が照らし、その月明りを背に受けて暗がりに浮かぶ五重塔の影や町家の姿は美しく、今も鮮やかに記憶に残る。命懸けで京を守りぬいた日々だ。
あれから十年。新たな脅威が現れた。
「また、京の町を守りました」
──幕末の亡霊……あの人斬り抜刀斎の後継者、志々雄真実の手から。
「なかなか面白いコトを企む男でしてね……」
奴も幕末の動乱、明治維新の被害者でもあった。力を求められた、味方であったはずの同志に抹殺されかけたのだから。
全身を焼かれ包帯で体中を覆う容姿は異様そのもの。行いは非情で許しがたいが、腐りきった明治政府に力尽くで物申す、自ら立ち上がり行動を起こすとは、なかなかのものだった。
功名心と支配欲の表現を変え、もっと違う方法で行動を起こしていたならば、明治政府にとっても欠かせぬ人材になっていただろう。
斎藤は皮肉を感じながら、志々雄真実を思い出していた。
「ま、おかげで俺はいい迷惑だったんですがね。土方さんが生きていれば、きっと熱く滾ったことでしょう……」
斎藤は顔を下げると、上着の隠しから煙草を取り出し、咥えると火をつけた。
……フゥ。やがて軽い息音が漏れて、緑に覆われた空間に紫煙が細い筋を引いた。
「蝦夷というのは四季が見事な土地だそうで、好きでしょう……土方さん」
斎藤が選んだのは、箱館戦争終結後に名付けられた北海道ではなく、土方が生きた土地の名だ。
この地に向かう船中で眺めた函館山の美しい山姿、船上で迎えた夜に見上げた満月。
澄んだ空気がそうさせるのか、明治になり東京で見た月とは比べ物にならないほど、美しかった。
「海に、山に、見事な月が見えるそうですね、シノピリカ……貴方も見たのでしょう、見事な蝦夷の月を」
斎藤は伝え聞いた、土方が蝦夷の地で詠んだと言う俳句から借りた言葉で語りかけ、目を細めた。
厳かに聳え立つ碑は堂々として、真っ直ぐで、どんな力にも揺らがぬ荘重な造りだ。
彫られた文字から流れるように生す苔はまさに碧血の如く、碑石を彩っている。
「……次の任務が待っていますので、俺はこれで……」
斎藤はそこにいるであろう土方に向かい、フッと柔らかく笑んで見せた。
「また、来ます」
振り向けばあの涼やかな瞳で笑っている顔が見えるのでは……。そんな不思議な感覚を背に受けながら、斎藤は碧血碑を立ち去った。
明治十六年、初秋。
斎藤の北海道での新たな任務が始まる。
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シノピリカ
いづこを見ても
蝦夷の月
土方歳三
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るろうに剣心 北海道編、連載開始が嬉しくて。
斎藤さん北海道編、登場お待ちしております。
2017.9.1(*´人`*)