【幕】土方歳三 おてんばな君
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
歳三、数え年で十の頃、近くに住む娘達には既に知られた存在であった。
実家は土地や蓄えがあり、薬の商売も栄えている。歳三本人の顔立ちも素晴らしく、また体格も同じ齢の子供達の中で引けをとっていなかった。
十を越える男と女、心も体もそれぞれの成長をはじめる節目の年頃。
力比べや足比べ、今まで勝てなかった娘に突然勝利してしまう事がある。
歳三の暮らす辺りに足の速い娘がいた。普段は大人しく家の仕事を手伝う働き者。
田んぼの土作りから苗の植え付け、小さな子供達の面倒を見る時もあるその娘は、田畑のそばで悪ガキが集まり走り回るのをよく目にしていた。
「あの歳三ってやつが一番速い……」
負けず嫌いの娘はいつしか歳三に目をつけていた。
娘は本気で走り回って遊びはしない。だが、自分の足の速さはしっかり自覚しており、同じ年頃の者にならば誰にも負けない自信があった。
ある時、娘は歳三を捉まえ勝負を挑んだ。急な通り雨を避けて木の下で雨宿りをする歳三に声をかけたのだ。
短い通り雨はあっという間に過ぎ去り、すぐに明るい日差しが戻ってきた。
突然駆け足勝負を挑まれた歳三は、女と勝負して何が楽しいと乗り気にはなれない。
歳三は立ち上がり、目の前の田んぼを眺めながら腰をひねって体を解した。雨に濡れ光る見事な成苗は、娘とその家族が手を掛け育てたものだ。
「俺が勝って何か得することでもあるのかよ」
「負けたらあんたの所の薬を一つ買ってやるよ。それであんたにも損は無いでしょ」
「薬なぁ。まぁいいだろう」
家の薬が一つくらい売れたところで大して嬉しくもない。しかし、小生意気な娘を負かして悔しがる顔を見たくなったと、歳三は勝負を受け入れた。
行き交う者が多い村の通りでは邪魔が入る。娘の話に乗り、勝負の場は田んぼに挟まれたあぜ道に決まった。
歳三を取り巻く悪ガキの一人が、並ぶ二人の横で手を伸ばす。
「始め!」の合図で走り出した二人に、勝負を見つめる子供達からすぐさま歓声が起こった。
二人の速さは全く同じ、横並びのまま猛然と開始地点から離れて行く。
「思った通り速い!」歳三を意識する娘に対し、「ちきしょう追い抜けねぇ!」と焦る歳三は足元を見逃していた。
雨上がり、あぜ道での勝負は水溜りの泥に足を取られた歳三の負けで終わった。
「おいずるいぞ、お前知ってたんだろう!雨の後、俺の走る方にだけ泥濘が出来るってよ!」
「だったら何だって言うのよ、負けは負けでしょう、男らしくない」
「何だこと、このっ!!」
ちょうどその時、濡れた苗葉の向こうから娘を呼ぶ声が響き、娘は「じゃぁね!」とあっさり走り去ってしまった。
「ちきしょう!!こんなの無しだ!!明日もう一度勝負だからな!!」
娘に再勝負を求めるが返事は無く、その姿は振り返らないまま見えなくなった。
その日以降、歳三は娘を目にする度に勝負を挑むが、娘は「一度ついた勝負、二度はしない」と拒み決して再勝負には応じなかった。
「何だよあいつ!!気にいらねぇ女だ!!」
この日も断られた歳三は、大きな使いの荷物を背負い、驚く速さで歩き去った。
泥水に手足を入れ、家族と忙しく働く娘にはさすがに声を掛けられず、歳三自身もまた家の仕事を果たすようになっていった。
それでも負けたままでは気が済まない。いつか必ず走り負かしてやると心に決めていた。
娘がまともに口を利いてくれたのは、それから一年以上経った頃。
「まだ言ってるの……ずるいじゃない。男のあんたはそんなに背が伸びて、私は大して変わらない」
「そりゃあ、仕方がねぇだろう」
「だからずるいって言ってるのよ。それでもう一度勝負をして勝って、それで嬉しいの。歳三、卑怯じゃない」
……何だと!散々逃げ回って勝負に乗らなかったお前の方が卑怯だろ!!
歳三は胸ぐらを掴んで怒鳴りつけてやりたかったが、確かに低くなった娘の顔から胸元に目を下ろすと、力を込めた拳を無意識におさめた。
「お前の……言う通りだな」
……何だよ……いつの間に女になっちまったんだ……毎日野良仕事してるって言うのに、何て白くて細い首をしてやがる……これじゃあ本当に俺が卑怯者じゃねぇか……
やがて歳三は奉公に出てこの村を離れた。
そして月日は流れ、記憶から娘が殆ど消えた頃、歳三は再び同じ場所でその娘に出会った。
忘れかけていた生意気な顔はすっかり成長し、瞳を飾る睫は長く艶やかに、赤く美しい唇はふっくらと、面影を残したその顔にある全てが大人の女へと変わっていた。
実家は土地や蓄えがあり、薬の商売も栄えている。歳三本人の顔立ちも素晴らしく、また体格も同じ齢の子供達の中で引けをとっていなかった。
十を越える男と女、心も体もそれぞれの成長をはじめる節目の年頃。
力比べや足比べ、今まで勝てなかった娘に突然勝利してしまう事がある。
歳三の暮らす辺りに足の速い娘がいた。普段は大人しく家の仕事を手伝う働き者。
田んぼの土作りから苗の植え付け、小さな子供達の面倒を見る時もあるその娘は、田畑のそばで悪ガキが集まり走り回るのをよく目にしていた。
「あの歳三ってやつが一番速い……」
負けず嫌いの娘はいつしか歳三に目をつけていた。
娘は本気で走り回って遊びはしない。だが、自分の足の速さはしっかり自覚しており、同じ年頃の者にならば誰にも負けない自信があった。
ある時、娘は歳三を捉まえ勝負を挑んだ。急な通り雨を避けて木の下で雨宿りをする歳三に声をかけたのだ。
短い通り雨はあっという間に過ぎ去り、すぐに明るい日差しが戻ってきた。
突然駆け足勝負を挑まれた歳三は、女と勝負して何が楽しいと乗り気にはなれない。
歳三は立ち上がり、目の前の田んぼを眺めながら腰をひねって体を解した。雨に濡れ光る見事な成苗は、娘とその家族が手を掛け育てたものだ。
「俺が勝って何か得することでもあるのかよ」
「負けたらあんたの所の薬を一つ買ってやるよ。それであんたにも損は無いでしょ」
「薬なぁ。まぁいいだろう」
家の薬が一つくらい売れたところで大して嬉しくもない。しかし、小生意気な娘を負かして悔しがる顔を見たくなったと、歳三は勝負を受け入れた。
行き交う者が多い村の通りでは邪魔が入る。娘の話に乗り、勝負の場は田んぼに挟まれたあぜ道に決まった。
歳三を取り巻く悪ガキの一人が、並ぶ二人の横で手を伸ばす。
「始め!」の合図で走り出した二人に、勝負を見つめる子供達からすぐさま歓声が起こった。
二人の速さは全く同じ、横並びのまま猛然と開始地点から離れて行く。
「思った通り速い!」歳三を意識する娘に対し、「ちきしょう追い抜けねぇ!」と焦る歳三は足元を見逃していた。
雨上がり、あぜ道での勝負は水溜りの泥に足を取られた歳三の負けで終わった。
「おいずるいぞ、お前知ってたんだろう!雨の後、俺の走る方にだけ泥濘が出来るってよ!」
「だったら何だって言うのよ、負けは負けでしょう、男らしくない」
「何だこと、このっ!!」
ちょうどその時、濡れた苗葉の向こうから娘を呼ぶ声が響き、娘は「じゃぁね!」とあっさり走り去ってしまった。
「ちきしょう!!こんなの無しだ!!明日もう一度勝負だからな!!」
娘に再勝負を求めるが返事は無く、その姿は振り返らないまま見えなくなった。
その日以降、歳三は娘を目にする度に勝負を挑むが、娘は「一度ついた勝負、二度はしない」と拒み決して再勝負には応じなかった。
「何だよあいつ!!気にいらねぇ女だ!!」
この日も断られた歳三は、大きな使いの荷物を背負い、驚く速さで歩き去った。
泥水に手足を入れ、家族と忙しく働く娘にはさすがに声を掛けられず、歳三自身もまた家の仕事を果たすようになっていった。
それでも負けたままでは気が済まない。いつか必ず走り負かしてやると心に決めていた。
娘がまともに口を利いてくれたのは、それから一年以上経った頃。
「まだ言ってるの……ずるいじゃない。男のあんたはそんなに背が伸びて、私は大して変わらない」
「そりゃあ、仕方がねぇだろう」
「だからずるいって言ってるのよ。それでもう一度勝負をして勝って、それで嬉しいの。歳三、卑怯じゃない」
……何だと!散々逃げ回って勝負に乗らなかったお前の方が卑怯だろ!!
歳三は胸ぐらを掴んで怒鳴りつけてやりたかったが、確かに低くなった娘の顔から胸元に目を下ろすと、力を込めた拳を無意識におさめた。
「お前の……言う通りだな」
……何だよ……いつの間に女になっちまったんだ……毎日野良仕事してるって言うのに、何て白くて細い首をしてやがる……これじゃあ本当に俺が卑怯者じゃねぇか……
やがて歳三は奉公に出てこの村を離れた。
そして月日は流れ、記憶から娘が殆ど消えた頃、歳三は再び同じ場所でその娘に出会った。
忘れかけていた生意気な顔はすっかり成長し、瞳を飾る睫は長く艶やかに、赤く美しい唇はふっくらと、面影を残したその顔にある全てが大人の女へと変わっていた。