人誅編4・管巻く先へ
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夢主は体力を落とさぬよう一日に一度は外に出るよう心掛けていた。
散歩道は見知った道、途中で顔馴染みの店や恵がいる診療所を通る。
買い物や受診をする日もあれば、顔だけ見て通過ぎる日もあった。
夢主は何年も前に縁と遭遇した橋を渡っていた。
赤べこが襲撃されてからは通るたびに縁を思い出す場所になっている。
「あの時、縁を止めてたら何か変わったのかな……」
幼い縁が感情を露わに叫び駆けて行ったあの日、出来ることがあったのか。
良い方へ、悪い方へ、どちらに転んだかは考えても分からない。
「振り返ってばかりじゃいけないよね、うん……」
「俺もそう思うぜ」
独り言に相槌が入り夢主は顔を強張らせた。
まさか縁が……
夢主は怖々と振り返るが、見えたのは清々しい笑顔を湛えた左之助だった。
いつもの赤い鉢巻きを揺らし、いつからそこにあるのか分からない魚の骨を咥えている。
「必要な時もあるみてぇだがな」
「左之助さん……」
「おぉっと、気を付けろよ」
驚いて欄干から手を離した夢主がよろめき、その腹が目に入った左之助は慌てて手を伸ばした。
手には清潔な包帯が巻かれている。恵のもとで治療した帰りだった。
「お前、その腹」
「子供がいるんです。はじ……」
「あぁ分かった!言うな!言われなくても分かるってんだ、そうだ、良かったじゃねぇか色々とよ」
突然の再会を夢主は喜ぶが、左之助との間に生まれてしまった亀裂を思い出して俯いた。
全て自分のせいだと自覚している。
夫の存在を秘して斎藤だと隠し、共に闘った後は行方を伝えなかった。
縁の襲撃騒動の中で斎藤と再会した左之助はどんな感情に襲われたか考えも及ばない。
許しを請えるほど図々しくなれず、頭を下げるしかない。
自分から切り出さなければならない話に夢主が勇気を振り絞って顔を上げた時、先に話を切り出したのは左之助だった。
「生きてたな、斎藤」
「は、はい……」
「剣心は寝込んじまってるみてぇだ」
「はい……」
「もう逃げも隠れもするなよ、今までの俺とは違う、どんな話だって向き合うし、責めねぇ。人には人の事情ってやつがあるんだ、俺にもあったんだよな、忘れてたぜ」
「左之助さん……」
夢主は頼もしく、懐深い言葉に目を丸くした。
この短期間で左之助の身に何が起きたのか疑うほど、左之助から感じるものが変わっていた。
十年ぶりに故郷へ立ち寄った左之助、飛び出した家で過ごした久しぶりの時間。
静かに考え、忘れていたものを思い出した。大切な人物に見失ってはならないものを教えられた、短くもかけがえのない数日。
左之助は快活な表情をしている。
「そう驚くなよ、ちょっと懐かしい男に会ってな。昔に比べれば俺は強くなった、だがまだまだ俺は半人前みてぇだ」
へへッと自嘲するが、左之助の風貌は以前に比べ落ち着きを帯びている。
腹を据えた男が放つ逞しさと安心感が漂っていた。
まだ幼かった左之助は赤報隊に身を投じて家を飛び出したが、十年の時を経て父から得た教え。
自らが支えるべき背中があり、恥ずかしい背中を見せてはならない相手がいる。
学んだ左之助は剣心や弥彦がいる東京へ戻って来たのだ。
「斎藤の話は分かったぜ、どうせあの野郎が黙ってろって言ったんだろ。嫁さん巻き込むなんざ酷ぇ野郎だ。やっぱ一発ぶち込んでやらねぇと気が済まねぇ」
「左之助さんっ、それは」
「なんてな、今までの俺なら警察に殴り込むところだが今は違うぜ。乗り込むべきは雪代縁のもとだ、剣心が起きるのを待ってな」
斎藤に喧嘩を売る気でいると夢主は戸惑うが、左之助にその気が無いと知り目を大きく瞬いた。
「そんなに驚くことぁねぇだろう。俺だっていつまでもガキじゃねぇんだ。拳を向けるべき相手ぐらい、もう分かるさ」
「あの、左之助さん……ありがとうございます。それに、今まで……ごめんなさい」
「いいって言っただろ」
「ゎ……」
夢主が頭を下げると、左之助は見えた頭頂部に手を置いた。
ぽんぽんと触れて頭を上げろよと促す。
目が合うと、左之助は爽やかに笑っていた。
「おふくろか、いいな。あの野郎のガキってのが末恐ろしいがよ、夢主のガキなら可愛いだろうよ」
「あ……ありがとうございます」
淡い憧れを抱いた相手が母親になる。
左之助は幸せを見守る決心と、正直な悔しさを抱いた。
同時に、自分が飛び出した直後に落命した実の母に想いを馳せた。
傍にいれば何か変わっただろうか。
後悔しても遅い。苦労を一手に引き受け、男一人で妹と弟を育てた父に頭を下げるしかない。
心悩ませる連中を叩き伏せる手伝いをしたのが、せめてもの孝行だった。
散歩道は見知った道、途中で顔馴染みの店や恵がいる診療所を通る。
買い物や受診をする日もあれば、顔だけ見て通過ぎる日もあった。
夢主は何年も前に縁と遭遇した橋を渡っていた。
赤べこが襲撃されてからは通るたびに縁を思い出す場所になっている。
「あの時、縁を止めてたら何か変わったのかな……」
幼い縁が感情を露わに叫び駆けて行ったあの日、出来ることがあったのか。
良い方へ、悪い方へ、どちらに転んだかは考えても分からない。
「振り返ってばかりじゃいけないよね、うん……」
「俺もそう思うぜ」
独り言に相槌が入り夢主は顔を強張らせた。
まさか縁が……
夢主は怖々と振り返るが、見えたのは清々しい笑顔を湛えた左之助だった。
いつもの赤い鉢巻きを揺らし、いつからそこにあるのか分からない魚の骨を咥えている。
「必要な時もあるみてぇだがな」
「左之助さん……」
「おぉっと、気を付けろよ」
驚いて欄干から手を離した夢主がよろめき、その腹が目に入った左之助は慌てて手を伸ばした。
手には清潔な包帯が巻かれている。恵のもとで治療した帰りだった。
「お前、その腹」
「子供がいるんです。はじ……」
「あぁ分かった!言うな!言われなくても分かるってんだ、そうだ、良かったじゃねぇか色々とよ」
突然の再会を夢主は喜ぶが、左之助との間に生まれてしまった亀裂を思い出して俯いた。
全て自分のせいだと自覚している。
夫の存在を秘して斎藤だと隠し、共に闘った後は行方を伝えなかった。
縁の襲撃騒動の中で斎藤と再会した左之助はどんな感情に襲われたか考えも及ばない。
許しを請えるほど図々しくなれず、頭を下げるしかない。
自分から切り出さなければならない話に夢主が勇気を振り絞って顔を上げた時、先に話を切り出したのは左之助だった。
「生きてたな、斎藤」
「は、はい……」
「剣心は寝込んじまってるみてぇだ」
「はい……」
「もう逃げも隠れもするなよ、今までの俺とは違う、どんな話だって向き合うし、責めねぇ。人には人の事情ってやつがあるんだ、俺にもあったんだよな、忘れてたぜ」
「左之助さん……」
夢主は頼もしく、懐深い言葉に目を丸くした。
この短期間で左之助の身に何が起きたのか疑うほど、左之助から感じるものが変わっていた。
十年ぶりに故郷へ立ち寄った左之助、飛び出した家で過ごした久しぶりの時間。
静かに考え、忘れていたものを思い出した。大切な人物に見失ってはならないものを教えられた、短くもかけがえのない数日。
左之助は快活な表情をしている。
「そう驚くなよ、ちょっと懐かしい男に会ってな。昔に比べれば俺は強くなった、だがまだまだ俺は半人前みてぇだ」
へへッと自嘲するが、左之助の風貌は以前に比べ落ち着きを帯びている。
腹を据えた男が放つ逞しさと安心感が漂っていた。
まだ幼かった左之助は赤報隊に身を投じて家を飛び出したが、十年の時を経て父から得た教え。
自らが支えるべき背中があり、恥ずかしい背中を見せてはならない相手がいる。
学んだ左之助は剣心や弥彦がいる東京へ戻って来たのだ。
「斎藤の話は分かったぜ、どうせあの野郎が黙ってろって言ったんだろ。嫁さん巻き込むなんざ酷ぇ野郎だ。やっぱ一発ぶち込んでやらねぇと気が済まねぇ」
「左之助さんっ、それは」
「なんてな、今までの俺なら警察に殴り込むところだが今は違うぜ。乗り込むべきは雪代縁のもとだ、剣心が起きるのを待ってな」
斎藤に喧嘩を売る気でいると夢主は戸惑うが、左之助にその気が無いと知り目を大きく瞬いた。
「そんなに驚くことぁねぇだろう。俺だっていつまでもガキじゃねぇんだ。拳を向けるべき相手ぐらい、もう分かるさ」
「あの、左之助さん……ありがとうございます。それに、今まで……ごめんなさい」
「いいって言っただろ」
「ゎ……」
夢主が頭を下げると、左之助は見えた頭頂部に手を置いた。
ぽんぽんと触れて頭を上げろよと促す。
目が合うと、左之助は爽やかに笑っていた。
「おふくろか、いいな。あの野郎のガキってのが末恐ろしいがよ、夢主のガキなら可愛いだろうよ」
「あ……ありがとうございます」
淡い憧れを抱いた相手が母親になる。
左之助は幸せを見守る決心と、正直な悔しさを抱いた。
同時に、自分が飛び出した直後に落命した実の母に想いを馳せた。
傍にいれば何か変わっただろうか。
後悔しても遅い。苦労を一手に引き受け、男一人で妹と弟を育てた父に頭を下げるしかない。
心悩ませる連中を叩き伏せる手伝いをしたのが、せめてもの孝行だった。