エピローグ4・はじめまして
夢主名前設定
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大阪湾で乗船した夢主。
船が動き出しても甲板に立ち、海風を浴びながら離れて行く陸地を見つめていた。
「藤田夢主殿」
「ぇ……」
自分の名を呼ぶ男の声に、夢主は振り向いた。
そこには柔らかそうな髭を蓄えた男が、にこやかな顔で立っていた。
歳は斎藤と同じほどか、中肉中背、髭もこの時代では珍しくない。至って普通の男だ。
背広姿で身なりも整っており、怪しさは無い。
しかし密やかに生きる夢主の名を知るとは、普通では無かった。
「あの……どちら様でしょうか」
「んん、当然のご質問です。では私は誰でしょう」
「えぇ……?」
夢主が知るはずもない。だが男は胸に手を当てて自信満々に質問した。
堂々とした態度からして、有名な人物なのかもしれない。夢主は男の顔を凝視して考えた。
「榎本さん……か、大鳥さんでしょうか」
違う気がすると思いつつ、髭の有名人と聞いて思い浮かぶ名を二人挙げた。
どちらも新選組、特に土方と縁があり、明治の世を生き抜いた人物。
だが男は大袈裟な表情で首を振った。
「残念、彼らも素晴らしい人物ですが違います」
「ぁ、ごめんなさい……では、えぇと」
再び私が誰か当ててくださいと無言で問われ、夢主は改めて男の顔を見つめた。
無視して去っても良い状況だが、夢主は律儀に考えている。
声を掛けてきたのだから、どこかで会っているのかもしれない。
しかし見覚えのない顔だ。自分の顔を知っているなら、考えられるのは……。
「新選組の方……ですか」
「おぉ新選組ですか。彼らは大好きですよ、いい男達でした」
「違うのですね……」
新選組の者ではない。でも新選組を知っているようだ。
幕府か会津の者か、有名か無名か、夢主には全く分からなかった。
幕末明治、ひげを蓄えた偉人は多い。
「うぅん……分かりません、ヒントをください」
「Hint!」
「あぁっ、えっと、何か答える為の手助けになる……え、Hint?」
「Yes, a hint!メリケン語をご存じで、これは素晴らしい!さすがは五郎殿の奥方」
「えっ、一さんをご存じなのですか!あ……一さんの知人の方……」
「申し遅れました、私、山川浩と申します」
「やっ、山川さん!!」
夢主は驚いた。
山川と言えば斎藤の親友ともいえる存在。しっかり記憶していた。
先に名前を上げた榎本らが印象深く、山川がすぐに出てこなかった。
しかし名前を聞けばどのような男かはすぐに思い出せる。
幕末、鎖国の世にありながら、幕府の命で世界中を回った視察団の一員だ。
「会津の……山川さん……」
「えぇ」
「会津戦争で鶴ヶ城を囲む新政府軍を……彼岸獅子の舞いで正面から通り抜けてみせた……」
「ハハッ、良くご存じで」
「西南戦争では籠城する熊本城の救援に向かって薩摩軍を突破……絶対に無理って言われた戦闘も軽々勝利してみせた……」
「どこまでご存じなのですか、ハハハッ、素晴らしいご婦人ですな」
「すっ、すみません、山川さん……有名なお方です……」
斎藤の知人としても、幕末明治を生きた男としても、山川は歴史に名を残している。
夢主は信じられないと目の前の男を見つめた。
「大阪湾から横浜へ帰る船旅をどこで聞きつけたのか、五郎殿から家内も横浜へ向かうので宜しく頼むと伝言を受けましてね」
「一さんが!」
この船の切符を手配したのは斎藤だ。
全て把握したうえで、この便にしたのだろう。
「ふふっ、一さんたら……」
「愛おしい奥方が心配だったのでしょう。九枚笹の紋が入った乙女椿色の小袖、身重の女性。小柄で愛らしい、伝言通りです」
「えっ、愛らしい……」
「ハハッ、失敬。最後の一言は私が付け加えました。ですが無事にお会いできて良かった。横浜までお供いたします」
「お供だなんて、恐れ多いです」
「ではご一緒していただけますか、一人旅は退屈です」
「ぁ……」
夢主が気遣わぬよう言葉を変えて、真摯な態度で山川は手を差し出した。
「よろしく……お願いします」
「良かった!貴女とは一度お会いしたかった!話があるのですよ、フフッ、客室に案内いたしましょう。海風は気持ち良いですが、当たり続けては体に障ります」
山川はさりげなく夢主の背に手を置いて、広い自室へ案内した。
船旅の間、二人は楽しい昔話や互いの周囲の人々の話で盛り上がった。
この旅の途中、山川は常々斎藤に訴えていた願いを夢主に告げた。
子が出来たなら、是非とも名付け親になりたい。大切で重みのある役割だ。
これまで自信に満ちた顔を見せていた山川が、返事を待ってそわそわしている。
夢主は笑顔で了承した。
山川が付けるであろう名前を思い浮かべていた。
「良かった、本当にありがとう夢主さん!しかし五郎殿からすべき話でしたな、つい先走ってしまいました」
「ふふっ、でしたらこう言うのはどうですか、もし名前が決まりましたら、先に私にお知らせください。それで一さんが私に打ち明けた時に」
「驚かせるのですね!」
「はい、名付け親になって欲しい人がいるとお話を聞きましたら、いいですよと頷いて、後日お名前を頂いた時に当てて驚かせちゃいます」
もともと斎藤の子の名前は知っている。
山川が名付けるのだからきっと変わらないだろう。けれども、山川を通すことに意味がある。
自分が歴史を知っている事を山川に隠して、斎藤を驚かせることもできる。
「ふふっ、楽しみです」
「えぇ!好い機会です、横浜に着く前に決めましょう!」
「そっ、そんな急にですか」
「フフフ、候補はもうあるのですよ、任せてください」
「はっ……はい、楽しみにしています」
どうか『勉さん』で変わりませんように。
はしゃぐ山川の姿を見て、夢主は祈った。
しかし我が子の誕生のように楽しんでいる姿を見ていると、不安より幸せな気持ちが勝る。
夢主は楽しい船旅の時を過ごした。
船が動き出しても甲板に立ち、海風を浴びながら離れて行く陸地を見つめていた。
「藤田夢主殿」
「ぇ……」
自分の名を呼ぶ男の声に、夢主は振り向いた。
そこには柔らかそうな髭を蓄えた男が、にこやかな顔で立っていた。
歳は斎藤と同じほどか、中肉中背、髭もこの時代では珍しくない。至って普通の男だ。
背広姿で身なりも整っており、怪しさは無い。
しかし密やかに生きる夢主の名を知るとは、普通では無かった。
「あの……どちら様でしょうか」
「んん、当然のご質問です。では私は誰でしょう」
「えぇ……?」
夢主が知るはずもない。だが男は胸に手を当てて自信満々に質問した。
堂々とした態度からして、有名な人物なのかもしれない。夢主は男の顔を凝視して考えた。
「榎本さん……か、大鳥さんでしょうか」
違う気がすると思いつつ、髭の有名人と聞いて思い浮かぶ名を二人挙げた。
どちらも新選組、特に土方と縁があり、明治の世を生き抜いた人物。
だが男は大袈裟な表情で首を振った。
「残念、彼らも素晴らしい人物ですが違います」
「ぁ、ごめんなさい……では、えぇと」
再び私が誰か当ててくださいと無言で問われ、夢主は改めて男の顔を見つめた。
無視して去っても良い状況だが、夢主は律儀に考えている。
声を掛けてきたのだから、どこかで会っているのかもしれない。
しかし見覚えのない顔だ。自分の顔を知っているなら、考えられるのは……。
「新選組の方……ですか」
「おぉ新選組ですか。彼らは大好きですよ、いい男達でした」
「違うのですね……」
新選組の者ではない。でも新選組を知っているようだ。
幕府か会津の者か、有名か無名か、夢主には全く分からなかった。
幕末明治、ひげを蓄えた偉人は多い。
「うぅん……分かりません、ヒントをください」
「Hint!」
「あぁっ、えっと、何か答える為の手助けになる……え、Hint?」
「Yes, a hint!メリケン語をご存じで、これは素晴らしい!さすがは五郎殿の奥方」
「えっ、一さんをご存じなのですか!あ……一さんの知人の方……」
「申し遅れました、私、山川浩と申します」
「やっ、山川さん!!」
夢主は驚いた。
山川と言えば斎藤の親友ともいえる存在。しっかり記憶していた。
先に名前を上げた榎本らが印象深く、山川がすぐに出てこなかった。
しかし名前を聞けばどのような男かはすぐに思い出せる。
幕末、鎖国の世にありながら、幕府の命で世界中を回った視察団の一員だ。
「会津の……山川さん……」
「えぇ」
「会津戦争で鶴ヶ城を囲む新政府軍を……彼岸獅子の舞いで正面から通り抜けてみせた……」
「ハハッ、良くご存じで」
「西南戦争では籠城する熊本城の救援に向かって薩摩軍を突破……絶対に無理って言われた戦闘も軽々勝利してみせた……」
「どこまでご存じなのですか、ハハハッ、素晴らしいご婦人ですな」
「すっ、すみません、山川さん……有名なお方です……」
斎藤の知人としても、幕末明治を生きた男としても、山川は歴史に名を残している。
夢主は信じられないと目の前の男を見つめた。
「大阪湾から横浜へ帰る船旅をどこで聞きつけたのか、五郎殿から家内も横浜へ向かうので宜しく頼むと伝言を受けましてね」
「一さんが!」
この船の切符を手配したのは斎藤だ。
全て把握したうえで、この便にしたのだろう。
「ふふっ、一さんたら……」
「愛おしい奥方が心配だったのでしょう。九枚笹の紋が入った乙女椿色の小袖、身重の女性。小柄で愛らしい、伝言通りです」
「えっ、愛らしい……」
「ハハッ、失敬。最後の一言は私が付け加えました。ですが無事にお会いできて良かった。横浜までお供いたします」
「お供だなんて、恐れ多いです」
「ではご一緒していただけますか、一人旅は退屈です」
「ぁ……」
夢主が気遣わぬよう言葉を変えて、真摯な態度で山川は手を差し出した。
「よろしく……お願いします」
「良かった!貴女とは一度お会いしたかった!話があるのですよ、フフッ、客室に案内いたしましょう。海風は気持ち良いですが、当たり続けては体に障ります」
山川はさりげなく夢主の背に手を置いて、広い自室へ案内した。
船旅の間、二人は楽しい昔話や互いの周囲の人々の話で盛り上がった。
この旅の途中、山川は常々斎藤に訴えていた願いを夢主に告げた。
子が出来たなら、是非とも名付け親になりたい。大切で重みのある役割だ。
これまで自信に満ちた顔を見せていた山川が、返事を待ってそわそわしている。
夢主は笑顔で了承した。
山川が付けるであろう名前を思い浮かべていた。
「良かった、本当にありがとう夢主さん!しかし五郎殿からすべき話でしたな、つい先走ってしまいました」
「ふふっ、でしたらこう言うのはどうですか、もし名前が決まりましたら、先に私にお知らせください。それで一さんが私に打ち明けた時に」
「驚かせるのですね!」
「はい、名付け親になって欲しい人がいるとお話を聞きましたら、いいですよと頷いて、後日お名前を頂いた時に当てて驚かせちゃいます」
もともと斎藤の子の名前は知っている。
山川が名付けるのだからきっと変わらないだろう。けれども、山川を通すことに意味がある。
自分が歴史を知っている事を山川に隠して、斎藤を驚かせることもできる。
「ふふっ、楽しみです」
「えぇ!好い機会です、横浜に着く前に決めましょう!」
「そっ、そんな急にですか」
「フフフ、候補はもうあるのですよ、任せてください」
「はっ……はい、楽しみにしています」
どうか『勉さん』で変わりませんように。
はしゃぐ山川の姿を見て、夢主は祈った。
しかし我が子の誕生のように楽しんでいる姿を見ていると、不安より幸せな気持ちが勝る。
夢主は楽しい船旅の時を過ごした。