エピローグ3・馬車から見えた偉丈夫
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「忘れ物はないか」
「ふふっ、子供が旅に出るみたいですね」
「阿呆、ふざけるな」
「あったら一さんが持ってきてください」
一足先に東京へ戻る。夢主は決めていた。
そして訪れた出立の日。警察署の前で二人は別れを惜しんでいた。
「どれくらいで戻れそうですか」
「さぁな」
夢主に分かるのは、剣心が立ち上がれるまでに回復し、張が葵屋を訪問する日。
その日に斎藤は次の任務があると宣言して張と場を去っている。
記憶にあるあの路地から、次の任務を追って京を離れるのではないか。
「でもきっと遠くない日ですね」
「お前が言うならそうなんだろ」
不意に風が吹いて、夢主の横髪が顔に掛かった。
邪魔な髪を除けようと斎藤が手を伸ばす。
夢主は目を細めて大人しく任せ、手を引っ込めた斎藤にお礼代わりの微笑みを向けた。
愛らしい笑顔は幼くも見える。斎藤は俄かに不安を覚えた。
「本当に一人で大丈夫か」
これまで夢主に降りかかった数々の不幸を思えば、一人で行かせたくはない。
東京へ戻る警官は他にもいる。ついでだ、そいつの帰還予定を早めて護衛につけたって構わない。
越権行為と怒られるかもしれないが、斎藤はそこまで考えていた。
いつも強気な斎藤と、不安に染まりがちな夢主の立場が入れ替わっている。
夢主はちょっと変ですねと笑った。
「大丈夫です、今は内戦がありませんし、一さん達のおかげで女一人、旅が出来るんですよ」
「そうか。一人で……大丈夫なんだな」
「はい」
感慨深く言う斎藤に夢主は頷いた。
一心不乱に時代を駆けて剣を振るう人。
その成果は確実に世の中に反映されている。
夢主は斎藤に知って欲しかった。貴方の力は世間の人々に穏静を与えていると。
「それに一さんがくれたこの乙女椿色の小袖、着ていると勇気が出るんですよ。一さんが守ってくれているみたいで」
「そいつはいいが、守る必要がないのが一番だ」
「分かっています、ただ、私にはお守り替わりなんです」
嬉しそうに胸の前で手を合わせ、小袖に触れた。
大切に触れる仕草を見て、斎藤の目元が柔らかくなる。
そうだった、夢主は多くの困難を乗り越えてきた女だ。強くて泣き虫だったな、これ以上別れが長引けばお前は辛くなるだろう。
斎藤はいつもの顔を取り戻して、二ッとした。
「心配しないでくださいね」
「あぁ、そうだな。俺もすぐ東京に戻る」
「はい。待っています、一さん」
「またな、夢主」
警察署に呼ばれた馬車が扉を開けて夢主を待っている。
ひとたび馬車に乗れば大阪まで揺られるだけ。
斎藤は恥ずかしげもなく夢主に見送りの口吸いを与えた。
再会は確実、その日も遠くない。
分かっていても名残惜しく、唇が離れても頬に触れた手は残された。
待ちくたびれた馬が小さくいななき、夢主は行かなければと斎藤の手を掴んだ。愛おしそうに頬ずりをしてから、その手を離した。
夢主が馬車に乗ると、初老の御者は扉を閉じて斎藤に深々と頭を下げた。
大切な令閨は必ず無事に大阪湾へ送り届けますと。そして仕事とはいえ、この場から連れ去る事をお許しくださいと。別れを惜しむ二人の気持ちを汲んで深く御辞儀した。
扉の硝子越しに互いを見つめる。
隔たれた途端、淋しさが湧いてくる。
硝子に手をつく夢主に対し、斎藤は「大丈夫だ」と言わんばかりに深く頷いた。
御者が鞭を入れ、馬車が走り出す。
二人の距離が開き始め、無駄だと知っているが夢主は身を乗り出すように硝子に身を寄せた。
斎藤はいつも通り姿勢の良い立ち姿で遠ざかる馬車を見ている。
目元がフッと笑った気がして、夢主も大きく微笑み返した。
すぐに表情も見えなくなる。それでも凛々しい立ち姿は、いつまでも夢主の脳裏に焼き付いていた。
頬ずりをした分厚い手袋の生地が残した感触が頬でむずむずとして、唇に触れた温かさも消えなかった。
「ふふっ、子供が旅に出るみたいですね」
「阿呆、ふざけるな」
「あったら一さんが持ってきてください」
一足先に東京へ戻る。夢主は決めていた。
そして訪れた出立の日。警察署の前で二人は別れを惜しんでいた。
「どれくらいで戻れそうですか」
「さぁな」
夢主に分かるのは、剣心が立ち上がれるまでに回復し、張が葵屋を訪問する日。
その日に斎藤は次の任務があると宣言して張と場を去っている。
記憶にあるあの路地から、次の任務を追って京を離れるのではないか。
「でもきっと遠くない日ですね」
「お前が言うならそうなんだろ」
不意に風が吹いて、夢主の横髪が顔に掛かった。
邪魔な髪を除けようと斎藤が手を伸ばす。
夢主は目を細めて大人しく任せ、手を引っ込めた斎藤にお礼代わりの微笑みを向けた。
愛らしい笑顔は幼くも見える。斎藤は俄かに不安を覚えた。
「本当に一人で大丈夫か」
これまで夢主に降りかかった数々の不幸を思えば、一人で行かせたくはない。
東京へ戻る警官は他にもいる。ついでだ、そいつの帰還予定を早めて護衛につけたって構わない。
越権行為と怒られるかもしれないが、斎藤はそこまで考えていた。
いつも強気な斎藤と、不安に染まりがちな夢主の立場が入れ替わっている。
夢主はちょっと変ですねと笑った。
「大丈夫です、今は内戦がありませんし、一さん達のおかげで女一人、旅が出来るんですよ」
「そうか。一人で……大丈夫なんだな」
「はい」
感慨深く言う斎藤に夢主は頷いた。
一心不乱に時代を駆けて剣を振るう人。
その成果は確実に世の中に反映されている。
夢主は斎藤に知って欲しかった。貴方の力は世間の人々に穏静を与えていると。
「それに一さんがくれたこの乙女椿色の小袖、着ていると勇気が出るんですよ。一さんが守ってくれているみたいで」
「そいつはいいが、守る必要がないのが一番だ」
「分かっています、ただ、私にはお守り替わりなんです」
嬉しそうに胸の前で手を合わせ、小袖に触れた。
大切に触れる仕草を見て、斎藤の目元が柔らかくなる。
そうだった、夢主は多くの困難を乗り越えてきた女だ。強くて泣き虫だったな、これ以上別れが長引けばお前は辛くなるだろう。
斎藤はいつもの顔を取り戻して、二ッとした。
「心配しないでくださいね」
「あぁ、そうだな。俺もすぐ東京に戻る」
「はい。待っています、一さん」
「またな、夢主」
警察署に呼ばれた馬車が扉を開けて夢主を待っている。
ひとたび馬車に乗れば大阪まで揺られるだけ。
斎藤は恥ずかしげもなく夢主に見送りの口吸いを与えた。
再会は確実、その日も遠くない。
分かっていても名残惜しく、唇が離れても頬に触れた手は残された。
待ちくたびれた馬が小さくいななき、夢主は行かなければと斎藤の手を掴んだ。愛おしそうに頬ずりをしてから、その手を離した。
夢主が馬車に乗ると、初老の御者は扉を閉じて斎藤に深々と頭を下げた。
大切な令閨は必ず無事に大阪湾へ送り届けますと。そして仕事とはいえ、この場から連れ去る事をお許しくださいと。別れを惜しむ二人の気持ちを汲んで深く御辞儀した。
扉の硝子越しに互いを見つめる。
隔たれた途端、淋しさが湧いてくる。
硝子に手をつく夢主に対し、斎藤は「大丈夫だ」と言わんばかりに深く頷いた。
御者が鞭を入れ、馬車が走り出す。
二人の距離が開き始め、無駄だと知っているが夢主は身を乗り出すように硝子に身を寄せた。
斎藤はいつも通り姿勢の良い立ち姿で遠ざかる馬車を見ている。
目元がフッと笑った気がして、夢主も大きく微笑み返した。
すぐに表情も見えなくなる。それでも凛々しい立ち姿は、いつまでも夢主の脳裏に焼き付いていた。
頬ずりをした分厚い手袋の生地が残した感触が頬でむずむずとして、唇に触れた温かさも消えなかった。