エピローグ2・約束の穴埋め
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夢主は東京に戻る前に会っておきたい人物がいた。
京都の警察署の一室で、斎藤に外出の希望を申し出た。
「一人でか、大丈夫か」
「大丈夫です、そんなに遠くありませんから」
「どこへ行く」
「京の西……祇園から少し行った辺りの禅寺です」
「禅寺」
そこに何がある、誰がいる。
斎藤は考えるが、今更何を勘繰る必要があると外出を承諾した。
朝飯を終えたばかりで町は活気づき、人目がある。
志々雄一派殲滅直後で町を歩く警官の数も多い。
妙な輩に絡まれる心配はないだろう。
「まぁいい、日が暮れる前に戻れよ」
「はい」
「それから」
「はぃ……」
「気を付けて行ってこい」
ぽんと頭に触れた斎藤は、短い口づけで夢主を送り出した。
久しぶりの見送りの口吸いは立場が逆。夢主はえへへと照れくさそうに笑って部屋を出た。
外に出ると眩しい日差しが夢主を待ち構えていた。
まず向かったのは葵屋。
一本離れた路地からでも、店内のどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
まだ緋村は眠っているが、翁や左之助が先導して、葵屋に戻った日から宴を繰り広げていた。
「ふふっ、楽しそう。でも顔は出せないし、えぇと……」
葵屋へ来たのは禅寺の場所を知る為。禅寺に向かいたいのは蒼紫に会いたいから。
通りを見ると葵屋の斜向かい、一軒の店が目に留まった。
前掛けをした女が店の中と外を何度も行き来している。
格子窓から中の様子が分かり、暖簾も短い。
早朝には店の前を掃除して、日中も通りをよく見ているに違いない。
夢主は店の者に声を掛けた。
「向かいの葵屋さん?」
「はい、背が高くて綺麗な男の方がいらっしゃると思うんですけど」
「あぁ四乃森さんね、何でも御庭番衆の御頭さんとか」
「その方です!毎日禅寺へ出かけているそうなのですが、この辺りで禅寺と言ったらどこかなと思いまして」
「禅寺ならきっとあそこね」
京都の御庭番衆は町の皆が知るところ。
蒼紫が戻ったことも近隣の者達の耳には入っていた。
夢主は親切な女中に道を教えてもらった。
「ふふっ、恋慕のお相手かしら、恰好いいわよね四乃森さん」
「ちち違います!」
揶揄われたが、ありがとうございますと頭を下げ、夢主は葵屋の通りを後にした。
真っ直ぐ伸びる通りを途中で曲がって脇道に逸れ、進んでいくとこれまでと違う道に出る。
歩きやすい市中の道と異なり、石ころが点在している。歩くと足元にある小石が転がった。
夢主は体の事を考えてゆっくり進んだ。
やがて背の高い木が道の両脇に現れ、強くなり始めた日差しを和らげた。
「あった……」
葵屋を離れて暫く、見覚えのある階段が現れた。
石階段の上には山門が見える。この先に蒼紫がいるはずだ。
踏み出そうとするが石階段のきつい勾配に躊躇してしまう。
「凄い石段……」
当然手擦りは無いが、気を付けて登れば大丈夫だろう。
なんなら手を突きながら登ればいい。
うん、と頷いて意を決すると、
「登る必要はない」
後ろから引き止められた。
「蒼紫様!」
低く静かな聞き覚えある声、夢主は名前を呼んで振り返った。
今まで見たことが無い、着流しの蒼紫が立っていた。
戦闘服姿の時に感じた他を寄せ付けない空気が薄れている。
服装のせいか、心境の変化か、初めて見る蒼紫が立っていた。
雰囲気の変化を確かめるように見つめていたが、禁じられた呼び方をしてしまった自分に気付き、頭を垂れた。
「あ、四乃森さん!つい癖で蒼紫様と……すみません」
「もう構わん。皆がそう呼ぶから移るとは、単純だな」
やめてくれと願ったが、今となっては悪くないと思える。
胸の奥の苛立ちはもう消えた。
未だどこか擽ったいが、それもいいかもしれない。
蒼紫は好きに呼べと告げ、夢主が歩いてきた道の更に先に顔を向けた。
「立ち話も何だ、向こうに茶屋がある」
「あ、でもそんな長話は」
長居しては迷惑、断わる夢主の体の上を蒼紫の視線が往復した。
「体を労わるんだな」
「え……」
……もしかして蒼紫様、気付いてる……
以前から気付いていた、もしくは身籠っているとこの短時間で察知したのか。夢主は驚いて無意識に腹に手を添えた。
それを見た蒼紫は微かに目元を緩め、歩き出した。
茶屋はすぐそこ。
導かれて歩き出すと、ひらひらと落ちるものがあり、顔を上げると山藤が目に入った。
木々を伝って伸び、花に満ちた大きな房を垂らしている。
「藤……こんな季節に」
そう言えば幕末、度々藤の花を残して行ったのはどうしてだろう。
以前、誤魔化されたが蒼紫が置いて行ったのは間違いない。
励ましてくれた、それ以外に思い当たらないが、本当の所はどうなのだろうか。
「そう言えば昔……」
「狂い咲き、いや、遅咲きか。俺には似合いの藤だな」
「蒼紫様に……ですか」
訊ねる言葉を遮った蒼紫の声が儚く聞こえ、夢主が視線を向けると、何かを憂うように大木に纏う藤を見上げていた。
質問を察し、聞かないでくれと請うように意識を夢主から逸らして見える。
「闘いに於いても何に於いても一歩遅い、好んでそうなった訳ではないが、それも致し方ない」
幕末に闘い損ねたのも、誰かに出会い、手に入れ損ねたのも。
「蒼紫様……」
「もう着くぞ」
何でもない、戯言だと言わんばかりに蒼紫は話題を変え、茶屋の幟を夢主に知らせた。
京都の警察署の一室で、斎藤に外出の希望を申し出た。
「一人でか、大丈夫か」
「大丈夫です、そんなに遠くありませんから」
「どこへ行く」
「京の西……祇園から少し行った辺りの禅寺です」
「禅寺」
そこに何がある、誰がいる。
斎藤は考えるが、今更何を勘繰る必要があると外出を承諾した。
朝飯を終えたばかりで町は活気づき、人目がある。
志々雄一派殲滅直後で町を歩く警官の数も多い。
妙な輩に絡まれる心配はないだろう。
「まぁいい、日が暮れる前に戻れよ」
「はい」
「それから」
「はぃ……」
「気を付けて行ってこい」
ぽんと頭に触れた斎藤は、短い口づけで夢主を送り出した。
久しぶりの見送りの口吸いは立場が逆。夢主はえへへと照れくさそうに笑って部屋を出た。
外に出ると眩しい日差しが夢主を待ち構えていた。
まず向かったのは葵屋。
一本離れた路地からでも、店内のどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
まだ緋村は眠っているが、翁や左之助が先導して、葵屋に戻った日から宴を繰り広げていた。
「ふふっ、楽しそう。でも顔は出せないし、えぇと……」
葵屋へ来たのは禅寺の場所を知る為。禅寺に向かいたいのは蒼紫に会いたいから。
通りを見ると葵屋の斜向かい、一軒の店が目に留まった。
前掛けをした女が店の中と外を何度も行き来している。
格子窓から中の様子が分かり、暖簾も短い。
早朝には店の前を掃除して、日中も通りをよく見ているに違いない。
夢主は店の者に声を掛けた。
「向かいの葵屋さん?」
「はい、背が高くて綺麗な男の方がいらっしゃると思うんですけど」
「あぁ四乃森さんね、何でも御庭番衆の御頭さんとか」
「その方です!毎日禅寺へ出かけているそうなのですが、この辺りで禅寺と言ったらどこかなと思いまして」
「禅寺ならきっとあそこね」
京都の御庭番衆は町の皆が知るところ。
蒼紫が戻ったことも近隣の者達の耳には入っていた。
夢主は親切な女中に道を教えてもらった。
「ふふっ、恋慕のお相手かしら、恰好いいわよね四乃森さん」
「ちち違います!」
揶揄われたが、ありがとうございますと頭を下げ、夢主は葵屋の通りを後にした。
真っ直ぐ伸びる通りを途中で曲がって脇道に逸れ、進んでいくとこれまでと違う道に出る。
歩きやすい市中の道と異なり、石ころが点在している。歩くと足元にある小石が転がった。
夢主は体の事を考えてゆっくり進んだ。
やがて背の高い木が道の両脇に現れ、強くなり始めた日差しを和らげた。
「あった……」
葵屋を離れて暫く、見覚えのある階段が現れた。
石階段の上には山門が見える。この先に蒼紫がいるはずだ。
踏み出そうとするが石階段のきつい勾配に躊躇してしまう。
「凄い石段……」
当然手擦りは無いが、気を付けて登れば大丈夫だろう。
なんなら手を突きながら登ればいい。
うん、と頷いて意を決すると、
「登る必要はない」
後ろから引き止められた。
「蒼紫様!」
低く静かな聞き覚えある声、夢主は名前を呼んで振り返った。
今まで見たことが無い、着流しの蒼紫が立っていた。
戦闘服姿の時に感じた他を寄せ付けない空気が薄れている。
服装のせいか、心境の変化か、初めて見る蒼紫が立っていた。
雰囲気の変化を確かめるように見つめていたが、禁じられた呼び方をしてしまった自分に気付き、頭を垂れた。
「あ、四乃森さん!つい癖で蒼紫様と……すみません」
「もう構わん。皆がそう呼ぶから移るとは、単純だな」
やめてくれと願ったが、今となっては悪くないと思える。
胸の奥の苛立ちはもう消えた。
未だどこか擽ったいが、それもいいかもしれない。
蒼紫は好きに呼べと告げ、夢主が歩いてきた道の更に先に顔を向けた。
「立ち話も何だ、向こうに茶屋がある」
「あ、でもそんな長話は」
長居しては迷惑、断わる夢主の体の上を蒼紫の視線が往復した。
「体を労わるんだな」
「え……」
……もしかして蒼紫様、気付いてる……
以前から気付いていた、もしくは身籠っているとこの短時間で察知したのか。夢主は驚いて無意識に腹に手を添えた。
それを見た蒼紫は微かに目元を緩め、歩き出した。
茶屋はすぐそこ。
導かれて歩き出すと、ひらひらと落ちるものがあり、顔を上げると山藤が目に入った。
木々を伝って伸び、花に満ちた大きな房を垂らしている。
「藤……こんな季節に」
そう言えば幕末、度々藤の花を残して行ったのはどうしてだろう。
以前、誤魔化されたが蒼紫が置いて行ったのは間違いない。
励ましてくれた、それ以外に思い当たらないが、本当の所はどうなのだろうか。
「そう言えば昔……」
「狂い咲き、いや、遅咲きか。俺には似合いの藤だな」
「蒼紫様に……ですか」
訊ねる言葉を遮った蒼紫の声が儚く聞こえ、夢主が視線を向けると、何かを憂うように大木に纏う藤を見上げていた。
質問を察し、聞かないでくれと請うように意識を夢主から逸らして見える。
「闘いに於いても何に於いても一歩遅い、好んでそうなった訳ではないが、それも致し方ない」
幕末に闘い損ねたのも、誰かに出会い、手に入れ損ねたのも。
「蒼紫様……」
「もう着くぞ」
何でもない、戯言だと言わんばかりに蒼紫は話題を変え、茶屋の幟を夢主に知らせた。