エピローグ・密偵の部下
夢主名前設定
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「うぉああっ、夢主はん!」
「張……さん」
京都の警察署、夢主がひとり厠で席を外し、部屋へ戻る途中で元十本刀・沢下条張に遭遇した。
志々雄のアジトで出会った時と同じく、廊下の曲がり角でバッタリと。
夢主は驚くが、張はそれ以上に驚いていた。
「なんでアンタがこんな所におんねん!」
慌てた様子で周りを見回す張、焦っているが苛立ってもいた。
「私は……連れの所にいるだけです」
「連れ?」
斎藤が事務仕事に専念する間、夢主は傍に大人しく控えていた。昼食までは部屋から動かない。
張は既に斎藤と自分の関係を知っているのか、夢主は張の顔色を窺った。
署内を一人で歩いているからには密偵の手伝いを引き受けた後なのだろう。
目立つ金髪を逆立てて、異形の刀を背負う姿は変わらない。
だが夢主に向ける視線は六連ねの鳥居の叢祠で向けたものとは異なっていた。
「こんな所で会うとは奇遇やな」
張の態度は攻撃的でも誘惑的でもなく、面倒は御免だと夢主に出会った事を後悔して見える。
やはり斎藤との関係を知ったのか。夢主が疑問の目で張を見つめていると、
「あぁもう!」
張は大きな声で苛立ちを口にした。
「アンタ、斎藤一の嫁やろ、ホンマ人が悪いわ!何でこんなトコにおんねん!それに、何であんなトコにおったんや!」
「ご存知なんですね、一さんとの関係」
「ハ、ジ、メ、さん!一さんやて!」
嫌な言葉を聞いたと張は苦い顔をして、何かを払うように大袈裟に手を振った。
「あぁご存知も何もそのオッサンの下で働く事になったんや!今から改めて渋々挨拶やで。それだけでも憂鬱やのに何でアンタがおんねん!嫁連れ仕事てオカシイやろ」
「すみません、アジトにいたのは志々雄さんの命令で宗次郎が動いて……ここにいるのは、東京に帰るまで数日警察署でお世話になるからです」
「成る程、あそこにいたんは志々雄さんの命令で不可抗力、ここにいるんも偶然か」
「はい」
「そうかそうか、はぁ寿命が縮むわ」
「?」
張は何やら納得して深い溜め息を吐いた。
怒ったり嘆いたり、どうしたのかと夢主が首を傾げると、アジトでしたのと同じように、張が夢主を壁に押し付けた。
「アンタの言ぅてた事、ようやっと分かったで、アンタに手ぇ出さんでホンマに良かったわ」
「ぁ……あの」
「ワイの首が飛ぶとこやったわ。アンタの旦那は恐ろしい男やで」
「そ、そうでしょうか……意外と、優しいお方です」
「優しい!あのオッサンが!優しいとすればアンタに対してだけやろ!せや、アンタも妙な女やな」
「私が……」
「荒井赤空最後の一振り、なんで存在を知っとったん。赤空の息子夫婦しか知らんかったんちゃうんか」
「えぇと……ほら、警部補の妻ですからそれなりに情報は……」
「ほぉん、嘘臭いのぉ」
張は責めるように夢主に顔を寄せるが、アカンあかんと気を取り直して顔を離した。
「忘れたらアカン、あんさんはあのオッサンの嫁……手ぇ出したら殺されるんやったわ。勿体ないのぉ」
「もったいない……」
「アンタみたいな別嬪がなんであんなオッサンと一緒におんねん、勿体ないやろ」
「ふふっ、別嬪はさておき、一さんはいいお方なんですよ、一緒に働けばきっと張さんも」
使い走りであちこち走り回り、掻き集めた資料も足りんの一言で突き返される。
これからの張の姿を思い出した夢主は言葉を続けられなかった。
「あはっ、とにかく……一さんはいいお方です」
「はいはい、お熱いことで。まぁオッサンに嫌気さしたらワイが相手したるさかい、いつでも言うたって」
「お気持ちだけ……あ、一つお願いが!」
斎藤の目が無ければいつでもうぇるかむやと決め顔を作った張、夢主の頼みに満更でもない顔を見せた。
「なんや、ワイに頼みって」
「葵屋へ行くことがあれば……私は先に東京へ帰るとみなさんにお伝えいただけませんか」
「葵屋へ」
「はい。緋村さん達がいるので伝えてください。私は一足先に東京へ帰ると」
「抜刀斎達か」
言いながら、張は白山神社での戦いを思い出した。
ムカツク男や、お返しをお見舞いしたいが密偵を引き受けた身では許されない。それに想像以上の剣腕、悔しいが今は勝てる相手ではない。
渋い顔をした張だが、眉間に寄せた皺はすぐに消えた。
「警察の保護で帰ると伝えてください。そうすれば優しいみなさんが心配なさることもありませんから」
「ワイが裏取引に応じたんは今さっきやで、葵屋行きの話もな。ホンマにあんさん普通やないな」
「ぇ、えぇ……まぁ……」
「まぁえぇで。確かにオッサンは生きてんの黙っとけ言うし、アンタが連中と知り合いならややこしいわな。えぇで、引き受けたわ。ワイは優しいからなぁ」
「ふふっ、本当に」
「信じてへんな、まぁちょっくらぶちかましたる」
「お手柔らかに」
上司の嫁の願い、別嬪さんの頼みは断れないと、張は大袈裟に肩を竦めた。
葵屋の連中に敵対する気は無いが、普通にこんにちはする気も無いでと、悪戯な態度で夢主を笑わせた。
「折角や、オッサンとこ行って面倒な挨拶済ませよ。アンタが一緒なら手短に終わるやろ。一緒に来てぇな」
「はい、もちろんです」
おかしなもので、アジトで会った時は恐ろしかった張が、同じ目的で隣を歩くと随分頼もしく感じられる。
敵意を受けないだけで、こうも違って見えるのか。
元々刀好きで人を斬る男、警察の協力者となり少しは性質が変わるものなのか。
夢主は歩きながら張を見上げ、「ん?」と目が合うと苦笑いで目を逸らした。
「張……さん」
京都の警察署、夢主がひとり厠で席を外し、部屋へ戻る途中で元十本刀・沢下条張に遭遇した。
志々雄のアジトで出会った時と同じく、廊下の曲がり角でバッタリと。
夢主は驚くが、張はそれ以上に驚いていた。
「なんでアンタがこんな所におんねん!」
慌てた様子で周りを見回す張、焦っているが苛立ってもいた。
「私は……連れの所にいるだけです」
「連れ?」
斎藤が事務仕事に専念する間、夢主は傍に大人しく控えていた。昼食までは部屋から動かない。
張は既に斎藤と自分の関係を知っているのか、夢主は張の顔色を窺った。
署内を一人で歩いているからには密偵の手伝いを引き受けた後なのだろう。
目立つ金髪を逆立てて、異形の刀を背負う姿は変わらない。
だが夢主に向ける視線は六連ねの鳥居の叢祠で向けたものとは異なっていた。
「こんな所で会うとは奇遇やな」
張の態度は攻撃的でも誘惑的でもなく、面倒は御免だと夢主に出会った事を後悔して見える。
やはり斎藤との関係を知ったのか。夢主が疑問の目で張を見つめていると、
「あぁもう!」
張は大きな声で苛立ちを口にした。
「アンタ、斎藤一の嫁やろ、ホンマ人が悪いわ!何でこんなトコにおんねん!それに、何であんなトコにおったんや!」
「ご存知なんですね、一さんとの関係」
「ハ、ジ、メ、さん!一さんやて!」
嫌な言葉を聞いたと張は苦い顔をして、何かを払うように大袈裟に手を振った。
「あぁご存知も何もそのオッサンの下で働く事になったんや!今から改めて渋々挨拶やで。それだけでも憂鬱やのに何でアンタがおんねん!嫁連れ仕事てオカシイやろ」
「すみません、アジトにいたのは志々雄さんの命令で宗次郎が動いて……ここにいるのは、東京に帰るまで数日警察署でお世話になるからです」
「成る程、あそこにいたんは志々雄さんの命令で不可抗力、ここにいるんも偶然か」
「はい」
「そうかそうか、はぁ寿命が縮むわ」
「?」
張は何やら納得して深い溜め息を吐いた。
怒ったり嘆いたり、どうしたのかと夢主が首を傾げると、アジトでしたのと同じように、張が夢主を壁に押し付けた。
「アンタの言ぅてた事、ようやっと分かったで、アンタに手ぇ出さんでホンマに良かったわ」
「ぁ……あの」
「ワイの首が飛ぶとこやったわ。アンタの旦那は恐ろしい男やで」
「そ、そうでしょうか……意外と、優しいお方です」
「優しい!あのオッサンが!優しいとすればアンタに対してだけやろ!せや、アンタも妙な女やな」
「私が……」
「荒井赤空最後の一振り、なんで存在を知っとったん。赤空の息子夫婦しか知らんかったんちゃうんか」
「えぇと……ほら、警部補の妻ですからそれなりに情報は……」
「ほぉん、嘘臭いのぉ」
張は責めるように夢主に顔を寄せるが、アカンあかんと気を取り直して顔を離した。
「忘れたらアカン、あんさんはあのオッサンの嫁……手ぇ出したら殺されるんやったわ。勿体ないのぉ」
「もったいない……」
「アンタみたいな別嬪がなんであんなオッサンと一緒におんねん、勿体ないやろ」
「ふふっ、別嬪はさておき、一さんはいいお方なんですよ、一緒に働けばきっと張さんも」
使い走りであちこち走り回り、掻き集めた資料も足りんの一言で突き返される。
これからの張の姿を思い出した夢主は言葉を続けられなかった。
「あはっ、とにかく……一さんはいいお方です」
「はいはい、お熱いことで。まぁオッサンに嫌気さしたらワイが相手したるさかい、いつでも言うたって」
「お気持ちだけ……あ、一つお願いが!」
斎藤の目が無ければいつでもうぇるかむやと決め顔を作った張、夢主の頼みに満更でもない顔を見せた。
「なんや、ワイに頼みって」
「葵屋へ行くことがあれば……私は先に東京へ帰るとみなさんにお伝えいただけませんか」
「葵屋へ」
「はい。緋村さん達がいるので伝えてください。私は一足先に東京へ帰ると」
「抜刀斎達か」
言いながら、張は白山神社での戦いを思い出した。
ムカツク男や、お返しをお見舞いしたいが密偵を引き受けた身では許されない。それに想像以上の剣腕、悔しいが今は勝てる相手ではない。
渋い顔をした張だが、眉間に寄せた皺はすぐに消えた。
「警察の保護で帰ると伝えてください。そうすれば優しいみなさんが心配なさることもありませんから」
「ワイが裏取引に応じたんは今さっきやで、葵屋行きの話もな。ホンマにあんさん普通やないな」
「ぇ、えぇ……まぁ……」
「まぁえぇで。確かにオッサンは生きてんの黙っとけ言うし、アンタが連中と知り合いならややこしいわな。えぇで、引き受けたわ。ワイは優しいからなぁ」
「ふふっ、本当に」
「信じてへんな、まぁちょっくらぶちかましたる」
「お手柔らかに」
上司の嫁の願い、別嬪さんの頼みは断れないと、張は大袈裟に肩を竦めた。
葵屋の連中に敵対する気は無いが、普通にこんにちはする気も無いでと、悪戯な態度で夢主を笑わせた。
「折角や、オッサンとこ行って面倒な挨拶済ませよ。アンタが一緒なら手短に終わるやろ。一緒に来てぇな」
「はい、もちろんです」
おかしなもので、アジトで会った時は恐ろしかった張が、同じ目的で隣を歩くと随分頼もしく感じられる。
敵意を受けないだけで、こうも違って見えるのか。
元々刀好きで人を斬る男、警察の協力者となり少しは性質が変わるものなのか。
夢主は歩きながら張を見上げ、「ん?」と目が合うと苦笑いで目を逸らした。