78.お帰りなさいと、ありがとう
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夢主は木々の向こうを見つめていた。砦の出口に斎藤が現れるのを待っている。
あの闘場の周りは断崖絶壁。負傷した足で登れる崖ではない。
ならばアジトに詳しい宗次郎が当たりをつけたこの出口に賭けるしかない。
次々と出てくるのは志々雄一派の残党。待ち受ける警官達は次々縄を掛けていく。
ここで自分が出て行けば現場を混乱させてしまう。夢主は飛び出したい気持ちを堪え、騒動を見守っていた。
さらさらと葉が揺れる音が鳴り、辺りを木洩れ日が優しく照らしている。
激闘の後とは思えぬ程、穏やかな陽に包まれていた。
宗次郎に外へ連れ出してもらってから随分と時が経った。
賊もすっかり逃げ出したのか、警官達の動きが落ち着いてきた。
捕縛した男達を連行する者、入れ替わり現場へやって来る者。警官の数は変わらない。
しかしそこに夫である斎藤一の姿は無かった。
「一さん、無事に脱出したのかな……どこにいるんだろう」
待てども待てども姿が見えない。
やがて空は茜色に染まり始める。橙色の太陽はもう少しで山稜に触れそうだ。
宵が迫り、これ以上待てば自身の下山も危うくなってしまう。
夢主は痺れを切らして恐る恐る林から歩み出た。
賊の逃走に神経を尖らせる警官達はすぐさま夢主に気付き、行く手に立ち塞がった。
「何だお前は、こんな山中で何をしている!」
「賊の生き残りか!」
「情報があるぞ、賊頭の女がいると!貴様か!」
夢主はあっという間に取り囲まれた。
迫力に圧倒されて、警官達の顔を見回すのが精一杯。
国をひっくり返そうと企んだ一派を逃さんとする男達は、今にも武力に出そうな殺気を放っている。
「あ、あの……」
「名を名乗れ、ここにいる目的は」
「藤田……夢主……藤田警部補の、家内です。京都での陣頭指揮をお任せ頂いた警視庁の藤田五郎警部補……その妻です」
たどたどしい答えに警官達の顔が歪んだ。
眉間に皺を寄せて顔を見合わせている。
「藤田警部補の」
「本当か、いや、本当ですか……」
「何故このような場所に」
俄かには信じがたい、そんな疑いの目が夢主に突き刺さった。
言われてみれば、賊の女にしては装いが地味。それに賊の女ならば自ら出頭するとは考え難い。簡単に逃げられたはず。
事実を述べているのか嘘なのか、真実なら、か細いこの女人が本当にあの警部補の奥方なのか。
声に出したいが出来ぬ疑問を互いに視線でぶつけ合った。
その時、一人の警官が何かに気付き、夢主の背中を凝視した。
「待て、この紋は確か警部補の……」
「紋?」
男達の視線が夢主の背中に集まり、うなじが擽ったくなる。
夢主は何かの毛先でうなじを弄ばれるような感覚に俯いた。
「一さんの……主人の家紋です」
身の上を表す言葉を口にする度、妙な気恥ずかしさに襲われる。
家内、妻、主人。
突き刺さる視線と照れ臭い言葉で夢主の顔は赤らんでいた。
警官達は口々に情報を出し合った。
ある警官が、藤田警部補がその昔、まだ総髪の髪を揺らしていた頃に羽織にあったのが九枚笹の紋だったと話し、周りは間違いないのかと確かめる。
父が幕末の京で幕府の為に務めていたと話す男は、確信の顔で頷いた。
親から何度も新選組の話を聞かされ、局長副長はもちろん藤田先生の話も幾度と訊き、この京都で指揮官に就くと聞き興奮したものだと熱弁した。
そんな夫を褒め称える話に夢主の顔がどんどん熱くなっていく。
だが、話が纏りかけた時、紋などいくらでもある、偶然かもしれんし偽りかもしれんと一人の警官が強く夢主を疑い始めた。
もう砦から出て来る賊兵はいない。
最後に捕らえるとすればこの女ではないか。
夢主に厳しい視線が向けられた。
「一さ……旦那様は必ず脱出なさいます、早く見つけないと脚に大怪我を……だから急いで」
「何であれ、貴女の身柄は一旦警察で拘束します。本当に警部補の奥方なら警部補が戻れば分かるはずだ」
「それは……そうです……分かりましたから、お願いです、早く一さんを!」
「我々はここを離れる訳にはいかない。貴女の話が嘘で罠ではない保証がない」
「ですが、せめてお一人だけでも!捜索を!」
両腿だけではない、志々雄に突かれた肩や紅蓮腕を受けた傷、数々の爆発の中を進み、全身が限界に違いない。
夢主は今にも泣き出しそうな顔で砦の出口に目を向けた。
内部の爆破の影響か、濛々と立ち上る砂埃交じりの煙は量を増し、出口の形もはっきり見えなくなっていた。
こんな中を歩けば呼吸もままならないのでは。視界が無く方向を誤れば記憶した地図も意味を成さない。
心配は尽きず、斎藤を探しに自ら煙の中へ飛びこみたくて堪らない。
「ぁ……」
焦心する夢主が一点を見据えていると、煙の中でゆらりと動く影を見つけた。
すらりと背の高い影は真っ直ぐこちらへ向かって来る。
夢主の不安を取り除くように、風が強く吹き抜けた。
煙の届かぬ場所へ出てきた影は、斎藤の姿に変わった。
「一さん!!」
「すまんな、遅くなった」
姿を現した斎藤は、大仕事を終えて澄ました顔で笑んでいた。
あの闘場の周りは断崖絶壁。負傷した足で登れる崖ではない。
ならばアジトに詳しい宗次郎が当たりをつけたこの出口に賭けるしかない。
次々と出てくるのは志々雄一派の残党。待ち受ける警官達は次々縄を掛けていく。
ここで自分が出て行けば現場を混乱させてしまう。夢主は飛び出したい気持ちを堪え、騒動を見守っていた。
さらさらと葉が揺れる音が鳴り、辺りを木洩れ日が優しく照らしている。
激闘の後とは思えぬ程、穏やかな陽に包まれていた。
宗次郎に外へ連れ出してもらってから随分と時が経った。
賊もすっかり逃げ出したのか、警官達の動きが落ち着いてきた。
捕縛した男達を連行する者、入れ替わり現場へやって来る者。警官の数は変わらない。
しかしそこに夫である斎藤一の姿は無かった。
「一さん、無事に脱出したのかな……どこにいるんだろう」
待てども待てども姿が見えない。
やがて空は茜色に染まり始める。橙色の太陽はもう少しで山稜に触れそうだ。
宵が迫り、これ以上待てば自身の下山も危うくなってしまう。
夢主は痺れを切らして恐る恐る林から歩み出た。
賊の逃走に神経を尖らせる警官達はすぐさま夢主に気付き、行く手に立ち塞がった。
「何だお前は、こんな山中で何をしている!」
「賊の生き残りか!」
「情報があるぞ、賊頭の女がいると!貴様か!」
夢主はあっという間に取り囲まれた。
迫力に圧倒されて、警官達の顔を見回すのが精一杯。
国をひっくり返そうと企んだ一派を逃さんとする男達は、今にも武力に出そうな殺気を放っている。
「あ、あの……」
「名を名乗れ、ここにいる目的は」
「藤田……夢主……藤田警部補の、家内です。京都での陣頭指揮をお任せ頂いた警視庁の藤田五郎警部補……その妻です」
たどたどしい答えに警官達の顔が歪んだ。
眉間に皺を寄せて顔を見合わせている。
「藤田警部補の」
「本当か、いや、本当ですか……」
「何故このような場所に」
俄かには信じがたい、そんな疑いの目が夢主に突き刺さった。
言われてみれば、賊の女にしては装いが地味。それに賊の女ならば自ら出頭するとは考え難い。簡単に逃げられたはず。
事実を述べているのか嘘なのか、真実なら、か細いこの女人が本当にあの警部補の奥方なのか。
声に出したいが出来ぬ疑問を互いに視線でぶつけ合った。
その時、一人の警官が何かに気付き、夢主の背中を凝視した。
「待て、この紋は確か警部補の……」
「紋?」
男達の視線が夢主の背中に集まり、うなじが擽ったくなる。
夢主は何かの毛先でうなじを弄ばれるような感覚に俯いた。
「一さんの……主人の家紋です」
身の上を表す言葉を口にする度、妙な気恥ずかしさに襲われる。
家内、妻、主人。
突き刺さる視線と照れ臭い言葉で夢主の顔は赤らんでいた。
警官達は口々に情報を出し合った。
ある警官が、藤田警部補がその昔、まだ総髪の髪を揺らしていた頃に羽織にあったのが九枚笹の紋だったと話し、周りは間違いないのかと確かめる。
父が幕末の京で幕府の為に務めていたと話す男は、確信の顔で頷いた。
親から何度も新選組の話を聞かされ、局長副長はもちろん藤田先生の話も幾度と訊き、この京都で指揮官に就くと聞き興奮したものだと熱弁した。
そんな夫を褒め称える話に夢主の顔がどんどん熱くなっていく。
だが、話が纏りかけた時、紋などいくらでもある、偶然かもしれんし偽りかもしれんと一人の警官が強く夢主を疑い始めた。
もう砦から出て来る賊兵はいない。
最後に捕らえるとすればこの女ではないか。
夢主に厳しい視線が向けられた。
「一さ……旦那様は必ず脱出なさいます、早く見つけないと脚に大怪我を……だから急いで」
「何であれ、貴女の身柄は一旦警察で拘束します。本当に警部補の奥方なら警部補が戻れば分かるはずだ」
「それは……そうです……分かりましたから、お願いです、早く一さんを!」
「我々はここを離れる訳にはいかない。貴女の話が嘘で罠ではない保証がない」
「ですが、せめてお一人だけでも!捜索を!」
両腿だけではない、志々雄に突かれた肩や紅蓮腕を受けた傷、数々の爆発の中を進み、全身が限界に違いない。
夢主は今にも泣き出しそうな顔で砦の出口に目を向けた。
内部の爆破の影響か、濛々と立ち上る砂埃交じりの煙は量を増し、出口の形もはっきり見えなくなっていた。
こんな中を歩けば呼吸もままならないのでは。視界が無く方向を誤れば記憶した地図も意味を成さない。
心配は尽きず、斎藤を探しに自ら煙の中へ飛びこみたくて堪らない。
「ぁ……」
焦心する夢主が一点を見据えていると、煙の中でゆらりと動く影を見つけた。
すらりと背の高い影は真っ直ぐこちらへ向かって来る。
夢主の不安を取り除くように、風が強く吹き抜けた。
煙の届かぬ場所へ出てきた影は、斎藤の姿に変わった。
「一さん!!」
「すまんな、遅くなった」
姿を現した斎藤は、大仕事を終えて澄ました顔で笑んでいた。