72.漆黒の艦
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日が暮れると宇水や鎌足達十本刀は、兵を率いて京の町へ火を放ちに向かった。
残された夢主は志々雄達に連れられて大阪湾を目指す。
今宵は満月。久しぶりに吸う外の空気と、夜空に浮かぶ大きな月が心に勇気を与えてくれた。
道中逃げる隙はないか気を張って機会を窺うが、宗次郎が張り付いてそんな機会は巡って来なかった。
方治が立てた計画通り港に到着し、先発隊が支度を整えた甲鉄艦・煉獄へついに乗り込んでしまった。
見た目はボロ船、事情を知らぬ由美が初めは驚くが、中を見た途端はしゃぎ始めた。昔吉原で船が嫌いと話した日を忘れる程、気持ちが昂っている。
その傍で夢主は駆動音と振動を全身で感じ、自分の中で何かが蘇るのが分かった。
「どうしたんですか、夢主さん」
「いえ……凄いと思って……」
「あははっ、本当に凄いですよね。僕、上に行って周囲を見てきます」
足の疾さを活かして、場所が変われば周辺状況を把握する。
艦上でも当然のように宗次郎は志々雄の側近として周囲の確認に向かった。
残された夢主は自分の中で波立つものが何か分からず引っ掛かっている。
「何だろう、この感覚……」
確かに知っている。未来の記憶、それとも遠い昔の記憶。
……そうだ、富士山丸……戊辰戦争で東京に渡った船、あの時に感じたんだ……
甲鉄艦の感覚、規模や装備は違えど体が覚えていたのだ。
記憶が蘇る。
世話になった山崎を看取った船室、あの籠った大きな音と重なった。幸せな最期と言われても泣くしか出来なかったあの日。
夢主は堪らず宗次郎の後を追った。
掴まえて何かしたい訳ではない。相手は感情を封じた修羅。
それは分かっている。それでも誰かにそばにいて欲しくて堪らなかった。
あの悲しみの航海では、いないはずの斎藤の声が聞こえた。
今、ここでは聞こえない。
親しい者の死を見た記憶と愛しい者がここにいない現実が突然襲い掛かる。
夢主は轟音から逃げるように甲板へ出た。
顔を出した途端、風に煽られる。勢いに目を瞑ってしまうが海風は嫌な音を消してくれた。
完全に出てしまえば風は弱まり、細めた目はすぐに開いた。
風の向こうでは、宗次郎が気持良さそうに海を眺めていた。
蔵が建ち並ぶ岸には幾つかの瓦斯燈の灯が見える。未来の電灯群に数は敵わなくとも、闇に浮かぶ色はとても綺麗だ。
遠い温かな灯りと余りに美しい宗次郎の横顔。夢主は思い出した悲しさを忘れて目を奪われた。
「夢主さんも風に当たりに来たんですか」
「いえ、船の音が……海を見たくなって」
「あははっ、そうですか。じゃあ僕と一緒に暫くここにいましょう、中は忙しそうですから」
とても穏やかに言い、また風を浴びるように海原へ目を向けた。
強い風に綺麗な髪が絶えずなびいている。とても愛らしく優麗な横顔。
いつもと何かが違って見えるのは、きっとアジトと環境が違うせい。夢主は楽しそうに微笑む横顔に問いかけた。
「海が……好きなんですか」
「ん?いえ、船が……ね。こんな大きな船は初めてですから。楽しいですね」
昔、米問屋にいた宗次郎。米問屋は米を運ぶため川に近く、屋敷以外に持つ商売用の蔵は多くが川沿いにあった。
無意識に船を見て何かを思い出し、単純に比べていた。
「船……」
「別に好きでも嫌いでもありませんけど、こんな立派な船なかなか乗れませんよね」
「そうですね……立派な船です。煉獄……」
もうすぐ沈む船。
もうすぐ一さんがやって来る。
涼しげに佇む宗次郎。
助けてはくれないだろう。志々雄に歯向かい、逃げだせば躊躇なく動く青年。
今夜、不利な海上、数に劣る奇襲。船は沈められても一緒には逃げ出せない。
でも一目顔を見られたら、次の機会まで耐えられる気がする。
斎藤の姿を求めるように夢主は月を見上げた。
今は届かなくても、きっと戻ってみせる。戻って間近で見つめたい、あの月明かりに煌めく瞳を。触れて確かめたい、あの温もりを。
残された夢主は志々雄達に連れられて大阪湾を目指す。
今宵は満月。久しぶりに吸う外の空気と、夜空に浮かぶ大きな月が心に勇気を与えてくれた。
道中逃げる隙はないか気を張って機会を窺うが、宗次郎が張り付いてそんな機会は巡って来なかった。
方治が立てた計画通り港に到着し、先発隊が支度を整えた甲鉄艦・煉獄へついに乗り込んでしまった。
見た目はボロ船、事情を知らぬ由美が初めは驚くが、中を見た途端はしゃぎ始めた。昔吉原で船が嫌いと話した日を忘れる程、気持ちが昂っている。
その傍で夢主は駆動音と振動を全身で感じ、自分の中で何かが蘇るのが分かった。
「どうしたんですか、夢主さん」
「いえ……凄いと思って……」
「あははっ、本当に凄いですよね。僕、上に行って周囲を見てきます」
足の疾さを活かして、場所が変われば周辺状況を把握する。
艦上でも当然のように宗次郎は志々雄の側近として周囲の確認に向かった。
残された夢主は自分の中で波立つものが何か分からず引っ掛かっている。
「何だろう、この感覚……」
確かに知っている。未来の記憶、それとも遠い昔の記憶。
……そうだ、富士山丸……戊辰戦争で東京に渡った船、あの時に感じたんだ……
甲鉄艦の感覚、規模や装備は違えど体が覚えていたのだ。
記憶が蘇る。
世話になった山崎を看取った船室、あの籠った大きな音と重なった。幸せな最期と言われても泣くしか出来なかったあの日。
夢主は堪らず宗次郎の後を追った。
掴まえて何かしたい訳ではない。相手は感情を封じた修羅。
それは分かっている。それでも誰かにそばにいて欲しくて堪らなかった。
あの悲しみの航海では、いないはずの斎藤の声が聞こえた。
今、ここでは聞こえない。
親しい者の死を見た記憶と愛しい者がここにいない現実が突然襲い掛かる。
夢主は轟音から逃げるように甲板へ出た。
顔を出した途端、風に煽られる。勢いに目を瞑ってしまうが海風は嫌な音を消してくれた。
完全に出てしまえば風は弱まり、細めた目はすぐに開いた。
風の向こうでは、宗次郎が気持良さそうに海を眺めていた。
蔵が建ち並ぶ岸には幾つかの瓦斯燈の灯が見える。未来の電灯群に数は敵わなくとも、闇に浮かぶ色はとても綺麗だ。
遠い温かな灯りと余りに美しい宗次郎の横顔。夢主は思い出した悲しさを忘れて目を奪われた。
「夢主さんも風に当たりに来たんですか」
「いえ、船の音が……海を見たくなって」
「あははっ、そうですか。じゃあ僕と一緒に暫くここにいましょう、中は忙しそうですから」
とても穏やかに言い、また風を浴びるように海原へ目を向けた。
強い風に綺麗な髪が絶えずなびいている。とても愛らしく優麗な横顔。
いつもと何かが違って見えるのは、きっとアジトと環境が違うせい。夢主は楽しそうに微笑む横顔に問いかけた。
「海が……好きなんですか」
「ん?いえ、船が……ね。こんな大きな船は初めてですから。楽しいですね」
昔、米問屋にいた宗次郎。米問屋は米を運ぶため川に近く、屋敷以外に持つ商売用の蔵は多くが川沿いにあった。
無意識に船を見て何かを思い出し、単純に比べていた。
「船……」
「別に好きでも嫌いでもありませんけど、こんな立派な船なかなか乗れませんよね」
「そうですね……立派な船です。煉獄……」
もうすぐ沈む船。
もうすぐ一さんがやって来る。
涼しげに佇む宗次郎。
助けてはくれないだろう。志々雄に歯向かい、逃げだせば躊躇なく動く青年。
今夜、不利な海上、数に劣る奇襲。船は沈められても一緒には逃げ出せない。
でも一目顔を見られたら、次の機会まで耐えられる気がする。
斎藤の姿を求めるように夢主は月を見上げた。
今は届かなくても、きっと戻ってみせる。戻って間近で見つめたい、あの月明かりに煌めく瞳を。触れて確かめたい、あの温もりを。