66.幕末の生き残り
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遡ること、五月十四日、紀尾井坂。
馬車は地面を削って進んでいた。中で揺られる男の昂りを表すように荒々しい。
大きな音を鳴らし回る輪は硬い土を容赦なく抉り、深い轍を残す。まるで時代にしがみつく者の命を削るような激しさだ。
激しく走る馬車の中で、大久保は静かにこの国の行方に思いを馳せていた。
「緋村が動かねば、この国は亡びる」
国を案じて剣心の協力を願い続けた男が、馬車から降りるのは命が尽きてから。
自らの命運を知る由もなく、大久保はひたすら祈るように思案を続けた。
そんな彼の思考を止めたのは予想外の出来事。
走行中の馬車の扉が開いた。ありえない出来事だ。
疾走する馬車に追いついたり飛び移ったりするなど不可能。
だがそれを成したのか、青年が扉から顔を覗かせて何とも美しい笑顔を見せた。
「この国の行く末なんて今から死ぬ人には無用な心配ですよ」
志々雄が放った刺客、側近の宗次郎だ。
伝言を渡される。他の誰にも聞かせぬ、死者に贈る言葉。
口を塞がれ、ただ驚きの中、言われるままに聞くしかなかった。
志々雄真実からの伝言に希望が薄れていく。ここで内務卿としての役目も奪われてしまうのか。
……一つ希望があるとすれば、志々雄は緋村君の登場を快く思っていないという事。私を狙ったのは、緋村君を牽制し止めたいから……か……
青年は記憶した志々雄の言葉を流暢に口にしながら、懐から短刀を取り出した。
大久保が刃を向けられるのは初めてではない。
だが、己に向けられ刃に恐怖するのは初めてだ。
……この男、強い……志々雄はもっと……だが希望はある……
「この国は俺がいただく、だそうです」
「!!」
伝言が終わったのか、大久保を押さえる左手が更に強まる。
死を覚悟した刹那、青年は「あっ」と何か思い付いたように上向いた。
「すみません、忘れる所でした。最後に言ってやれって言われたんです」
「?!!」
大久保には最早表情を変える余裕すらない。
恐ろしいほどにこやかな、この青年の顔が見えているだけでも奇跡的だろう。
死にゆく男にこれ以上何の伝言があるのか、もう考える力は残っていない。
必死に命を繋いでいると、己の行いを後悔させる言葉が襲い掛かった。
「愉快、愉快、だそうです」
あははっ、小さく笑う声が聞こえた気がした。
それよりも自らの肉を穿つ大きな音が聞こえ、何も感じなくなった。
学問に耽った幼き日の景色、仲間と新時代を夢見た頃、走馬灯が駆け巡る。
今聞かされたばかりの青年の声が己の声に入れ替わり蘇る。
愉快!愉快!
朝敵と名指しして追い詰めた会津の者達が義を尽くして戦った場、鶴ヶ城が明け渡される際、己が手を叩きながら口にした嘲りの言葉だ。
……そうか、そうだ、あの頃の私は奢っていた……
志々雄がどうしてその言葉を知っているか分からないが、己が嗤った言葉を返されるとは。情けないが奴は侮れぬ。
この国を建て直そうと務めてきたが、まだまだ至らなかった。
これからの十年、国の発展に力を尽くしたかった。
……志々雄真実を斃してくれ……緋村……
すまないと、最期の願いを念じた大久保は息を引き取った。
その思いが通じたのか否か、その夜、剣心は京都へ旅立った。
何の因果か大久保が嗤った会津に尽くした男、斎藤一と共に志々雄真実の討伐に当たるのだった。
馬車は地面を削って進んでいた。中で揺られる男の昂りを表すように荒々しい。
大きな音を鳴らし回る輪は硬い土を容赦なく抉り、深い轍を残す。まるで時代にしがみつく者の命を削るような激しさだ。
激しく走る馬車の中で、大久保は静かにこの国の行方に思いを馳せていた。
「緋村が動かねば、この国は亡びる」
国を案じて剣心の協力を願い続けた男が、馬車から降りるのは命が尽きてから。
自らの命運を知る由もなく、大久保はひたすら祈るように思案を続けた。
そんな彼の思考を止めたのは予想外の出来事。
走行中の馬車の扉が開いた。ありえない出来事だ。
疾走する馬車に追いついたり飛び移ったりするなど不可能。
だがそれを成したのか、青年が扉から顔を覗かせて何とも美しい笑顔を見せた。
「この国の行く末なんて今から死ぬ人には無用な心配ですよ」
志々雄が放った刺客、側近の宗次郎だ。
伝言を渡される。他の誰にも聞かせぬ、死者に贈る言葉。
口を塞がれ、ただ驚きの中、言われるままに聞くしかなかった。
志々雄真実からの伝言に希望が薄れていく。ここで内務卿としての役目も奪われてしまうのか。
……一つ希望があるとすれば、志々雄は緋村君の登場を快く思っていないという事。私を狙ったのは、緋村君を牽制し止めたいから……か……
青年は記憶した志々雄の言葉を流暢に口にしながら、懐から短刀を取り出した。
大久保が刃を向けられるのは初めてではない。
だが、己に向けられ刃に恐怖するのは初めてだ。
……この男、強い……志々雄はもっと……だが希望はある……
「この国は俺がいただく、だそうです」
「!!」
伝言が終わったのか、大久保を押さえる左手が更に強まる。
死を覚悟した刹那、青年は「あっ」と何か思い付いたように上向いた。
「すみません、忘れる所でした。最後に言ってやれって言われたんです」
「?!!」
大久保には最早表情を変える余裕すらない。
恐ろしいほどにこやかな、この青年の顔が見えているだけでも奇跡的だろう。
死にゆく男にこれ以上何の伝言があるのか、もう考える力は残っていない。
必死に命を繋いでいると、己の行いを後悔させる言葉が襲い掛かった。
「愉快、愉快、だそうです」
あははっ、小さく笑う声が聞こえた気がした。
それよりも自らの肉を穿つ大きな音が聞こえ、何も感じなくなった。
学問に耽った幼き日の景色、仲間と新時代を夢見た頃、走馬灯が駆け巡る。
今聞かされたばかりの青年の声が己の声に入れ替わり蘇る。
愉快!愉快!
朝敵と名指しして追い詰めた会津の者達が義を尽くして戦った場、鶴ヶ城が明け渡される際、己が手を叩きながら口にした嘲りの言葉だ。
……そうか、そうだ、あの頃の私は奢っていた……
志々雄がどうしてその言葉を知っているか分からないが、己が嗤った言葉を返されるとは。情けないが奴は侮れぬ。
この国を建て直そうと務めてきたが、まだまだ至らなかった。
これからの十年、国の発展に力を尽くしたかった。
……志々雄真実を斃してくれ……緋村……
すまないと、最期の願いを念じた大久保は息を引き取った。
その思いが通じたのか否か、その夜、剣心は京都へ旅立った。
何の因果か大久保が嗤った会津に尽くした男、斎藤一と共に志々雄真実の討伐に当たるのだった。