63.ひたぶる感情
夢主名前設定
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壁で時を刻む西洋時計、そばにある日めくりの暦が五月七日を示している。
日付を眺めていた夢主は不意に大久保卿の言葉を思い出した。
「七日……そっか、一週間後に返事をって……今日だ!一さんが剣心と闘うの、今日!」
京都へ向かう要請に対し剣心へ告げられた返事の期日、五月十四日。
それは『一週間後』を指す日付。即ち今日今宵、斎藤や大久保卿、幕末の男達が神谷道場を訪れるのだ。
既に日は暮れている。
今まさに刃を交えているかもしれない。
気付いてしまった夢主は落ち着かず、目的もなく家中を歩き回った。手にした燭台の炎は揺れ、ふとした衝撃で消えてしまいそうだ。
やがて居室戻り、元の場所に戻っている日本刀を見つけた。
「刀がある……」
二振りを持ち出し一振りはそばに置いて予備とする。
同時に手入れしたのはその為だと考えたが、違ったのか。
幕末からの斎藤の愛刀が剣心との激闘の最中に折れてしまうのは確かだ。
「取りに来るよね、一さん……」
任務を下した川路に闘いを止められ、神谷道場を出て向かうのは粛清の場。政治家と手下の人斬りを手にかける。
粛清相手や同僚の道具を使う可能性もあるが斎藤の性格だ、自分の刀で仕事をするだろう。
夢主は刀に手を伸ばすが触れる寸前、躊躇いで手が止まった。
大切な刀に触れていいのだろうか。
夢主は記憶に習い、着物の袖で手を隠して刀を持ち上げた。
持ち主以外が刀を預かる時の所作を思い出したのだ。
刀を大切に抱え暗い玄関へ行くが、いつ戻るか分からない夫をここで待つ無意味さに心が惑う。
やはり元の場に戻すべきだろうか。少しでも手助けになればと持ってきたが、勝手に刀が移動しているのは夫にとって忌事かもしれない。
悪いことをしてしまったかも……
胸騒ぎを覚えて刀を元に戻そうとしたその時、玄関の戸が開いた。
閉ざされた空間に僅かな月明かりが入る。
その明かりを背に立つのは斎藤。
珍しく制服を大きく着崩している。上着の釦は全て外れ、帯刀用の革帯もない。折れた刃が納った鞘を直接手に持っていた。
目が合う二人だが、斎藤の目は大事そうに抱えられた己の刀に移った。
「夢主」
「一さん……これを」
「よく分かったな」
「その……」
「風呂を沸かしておけ」
「え……」
「手間取る相手じゃない」
すぐに済む。終わり次第戻る。
短く意を伝え、斎藤は夢主から刀を受け取った。
入れ替わりに折れた刀を抱かせる。刃が短くなった分だけ僅かに軽い。
……一さん、確かに戦ったんだ……
軽くなったにも関わらず、夢主は重く押されるような感覚に捉われた。
やにわに神谷道場の光景が鮮明に浮かび上がる。
『お前の全てを否定してやる』
剣心に突きつけた言葉、放たれた牙突を皮切りに続く攻撃、闘いの始まり。
そばで見ていればとても正気ではいられなかっただろう。
刀を抱える手が小さく震え始めた。
闘う二人の意識は幕末へ飛び、明治の時代で背負う責務を忘れ互いに明確な殺意を向けた。
『もう殺す』
斎藤と剣心の声が頭に響く。
二人の熱い殺気とそれに反する冷たい道場の空気、薄ら感じる血の臭い、怒号と悲鳴。
ハッと我に返り顔を上げると、出て行く斎藤の横顔が見えた。
未だ興奮冷めやらぬものの正気を保っている。昂りはあるが剣心に向けられた鳴動した感情は治まっているようだ。
「っあの、……お気をつけて」
「案ずるな」
夢主の声は震えていた。
対する斎藤は落ち着いた声。しかし、いつものしたり顔は少し霞がかっても見える。
斎藤は詮索を拒むようにニィと笑んで背を見せた。颯爽と行く後姿、手にある刀は振り子のよう。
夢主は強張った顔で再び闇を行く夫を見送った。
日付を眺めていた夢主は不意に大久保卿の言葉を思い出した。
「七日……そっか、一週間後に返事をって……今日だ!一さんが剣心と闘うの、今日!」
京都へ向かう要請に対し剣心へ告げられた返事の期日、五月十四日。
それは『一週間後』を指す日付。即ち今日今宵、斎藤や大久保卿、幕末の男達が神谷道場を訪れるのだ。
既に日は暮れている。
今まさに刃を交えているかもしれない。
気付いてしまった夢主は落ち着かず、目的もなく家中を歩き回った。手にした燭台の炎は揺れ、ふとした衝撃で消えてしまいそうだ。
やがて居室戻り、元の場所に戻っている日本刀を見つけた。
「刀がある……」
二振りを持ち出し一振りはそばに置いて予備とする。
同時に手入れしたのはその為だと考えたが、違ったのか。
幕末からの斎藤の愛刀が剣心との激闘の最中に折れてしまうのは確かだ。
「取りに来るよね、一さん……」
任務を下した川路に闘いを止められ、神谷道場を出て向かうのは粛清の場。政治家と手下の人斬りを手にかける。
粛清相手や同僚の道具を使う可能性もあるが斎藤の性格だ、自分の刀で仕事をするだろう。
夢主は刀に手を伸ばすが触れる寸前、躊躇いで手が止まった。
大切な刀に触れていいのだろうか。
夢主は記憶に習い、着物の袖で手を隠して刀を持ち上げた。
持ち主以外が刀を預かる時の所作を思い出したのだ。
刀を大切に抱え暗い玄関へ行くが、いつ戻るか分からない夫をここで待つ無意味さに心が惑う。
やはり元の場に戻すべきだろうか。少しでも手助けになればと持ってきたが、勝手に刀が移動しているのは夫にとって忌事かもしれない。
悪いことをしてしまったかも……
胸騒ぎを覚えて刀を元に戻そうとしたその時、玄関の戸が開いた。
閉ざされた空間に僅かな月明かりが入る。
その明かりを背に立つのは斎藤。
珍しく制服を大きく着崩している。上着の釦は全て外れ、帯刀用の革帯もない。折れた刃が納った鞘を直接手に持っていた。
目が合う二人だが、斎藤の目は大事そうに抱えられた己の刀に移った。
「夢主」
「一さん……これを」
「よく分かったな」
「その……」
「風呂を沸かしておけ」
「え……」
「手間取る相手じゃない」
すぐに済む。終わり次第戻る。
短く意を伝え、斎藤は夢主から刀を受け取った。
入れ替わりに折れた刀を抱かせる。刃が短くなった分だけ僅かに軽い。
……一さん、確かに戦ったんだ……
軽くなったにも関わらず、夢主は重く押されるような感覚に捉われた。
やにわに神谷道場の光景が鮮明に浮かび上がる。
『お前の全てを否定してやる』
剣心に突きつけた言葉、放たれた牙突を皮切りに続く攻撃、闘いの始まり。
そばで見ていればとても正気ではいられなかっただろう。
刀を抱える手が小さく震え始めた。
闘う二人の意識は幕末へ飛び、明治の時代で背負う責務を忘れ互いに明確な殺意を向けた。
『もう殺す』
斎藤と剣心の声が頭に響く。
二人の熱い殺気とそれに反する冷たい道場の空気、薄ら感じる血の臭い、怒号と悲鳴。
ハッと我に返り顔を上げると、出て行く斎藤の横顔が見えた。
未だ興奮冷めやらぬものの正気を保っている。昂りはあるが剣心に向けられた鳴動した感情は治まっているようだ。
「っあの、……お気をつけて」
「案ずるな」
夢主の声は震えていた。
対する斎藤は落ち着いた声。しかし、いつものしたり顔は少し霞がかっても見える。
斎藤は詮索を拒むようにニィと笑んで背を見せた。颯爽と行く後姿、手にある刀は振り子のよう。
夢主は強張った顔で再び闇を行く夫を見送った。