5.もう一つの条件
夢主名前設定
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斎藤から夢主へ踊りの指南。一度目は二人の感情の乱れから流れてしまった。二度目以降、二人は淡々と作業をこなし、二週間後の当日、難なく任務を終えた。
夢主はその間、言葉少なに振る舞っていた。常に何かを考え込む様子で、斎藤が任務実行に支障が出ないか案じるほどだった。
だが、夢主は僅かな過誤も起こさず、毅然と役目を全うした。
そして警視庁に帰参し元の姿に戻った後、おもむろに斎藤に告げた。
「男は嫌い」
任務の労いも無く唐突に、夢主は沈んだ声で言った。
そいつは知っているが、と斎藤も首を傾げるしかない。さっさと続きを話せと促している。
「だからね」
斎藤を見上げた夢主の目が、悲しく輝いた。
「何」と言いそうになった斎藤は、煙草を咥えて口を塞いだ。何故悲しそうな顔をする。聞けば引き返せない。二人の間に埋められぬ亀裂が生じそうな、危うい空気が漂う。
対処し兼ねて、煙草の煙で間を埋める斎藤だが、夢主は自ら強張った空気を打ち払った。
仕切り直すように目を閉じて、大きく一度、息を吸う。吸った息を吐ききった時には、清々しい顔を取り戻していた。
「私の男嫌いを直してくれたらいいわよ、考えても」
「……ほぉ」
想定外の返事に、斎藤は声にもならない声を出した。
「……でも、きっと無理よ」
「いや」
煙草を外した斎藤の口から紫煙が広がる。斎藤は指を弾いて、灰皿に灰を落とした。
男嫌いを直すのは骨が折れそうだ。が、俺を嫌っていないのであれば、話は別。
「今度の任務は無事終了」
「え、えぇ……」
「密偵はいつどこに飛ぶか分からん身だ。互いにその気が無ければ時に再会すら困難」
「その通りよ……」
「どうにかしろと言うからには今後も顔を合わせてくれるんだろう。夢主、その話、受けよう。願ったり叶ったりだ」
「か、簡単そうに言わないでよ」
斎藤の返答に夢主の口元がむずついた。喜んでいる自分がいる。自分もこの男が気になる。悟られまいと、夢主は反発して見せた。
「あぁ、簡単だなんて思っちゃいないさ」
斎藤は一瞬、ポン、と夢主の頭に触れた。
「急くことは無い」
子供扱いしないでと、夢主は手を払う。けれども、まんざらでも無かった。ほんの少し、胸の奥が弾んだのだ。
「……私も少しだけ興味がある。警視庁切っての密偵、その過去は新選組幹部、数々の激戦を生き抜いた不死身の男」
夢主は、自分が払った斎藤の手を見つめた。
踊りの最中に散々触れた手。自分より大きくて分厚くて、骨ばった手。時折妙に柔らかにしなやかに触れてきて、自分を混乱させた手。
「男の手で刀を持つと、随分と違うのでしょうね」
「何?」
ふふっと笑い、夢主は目を伏せた。
この男の手が腹立たしい時もあるが、案外好きだ。羨ましいのかもしれない。
夢主は顔を上げると一刹那、目を煌めかせた。
「いつか聞かせて、会津の為に闘った貴方の戦の記憶」
「……分かった。フッ、いいだろう」
瞬時の煌めきに息を呑んだ斎藤は、らしくない己を払拭すべく、その程度、と軽く笑った。
肩を掴んで瞳を覗き込みたい。今のは何だと確かめたい。そんな衝動は、気付く間もなく消えて行った。
──昔語りは好まぬが、たまには良いと思えるのは。
「どこか落ち着ける場所で話すか」
「今は結構よ」
「ハハッ、成る程」
──今はまだ、俺の話を聞く気にもならんと言うことか。
「こいつは本当に先が長そうだ」
「だったらやめる?」
「いいや、こんな愉しみは久しくない。手離さんぞ」
ニッと口元を歪めてほんの僅か顔を寄せると、夢主はそっぽを向いて赤くなった耳を晒した。
先は長く骨は折れそうだが、挑む価値はありそうだ。
斎藤が一人で忍び笑んでいると、不意を突いた平手が斎藤の頬を掠めた。間一髪避けた斎藤。夢主は斎藤の間合いから逃げ出して、当て損ねた手を小さく振った。楽しそうに笑顔を見せている。
「じゃあまた次の任務でね、お先にっ!」
夢主は斎藤のにやけ顔を崩して、部屋を出て行った。
斎藤の頬には掠めた空気の感覚が残っている。思わず頬に触れて、クククと笑った。
夢主はその間、言葉少なに振る舞っていた。常に何かを考え込む様子で、斎藤が任務実行に支障が出ないか案じるほどだった。
だが、夢主は僅かな過誤も起こさず、毅然と役目を全うした。
そして警視庁に帰参し元の姿に戻った後、おもむろに斎藤に告げた。
「男は嫌い」
任務の労いも無く唐突に、夢主は沈んだ声で言った。
そいつは知っているが、と斎藤も首を傾げるしかない。さっさと続きを話せと促している。
「だからね」
斎藤を見上げた夢主の目が、悲しく輝いた。
「何」と言いそうになった斎藤は、煙草を咥えて口を塞いだ。何故悲しそうな顔をする。聞けば引き返せない。二人の間に埋められぬ亀裂が生じそうな、危うい空気が漂う。
対処し兼ねて、煙草の煙で間を埋める斎藤だが、夢主は自ら強張った空気を打ち払った。
仕切り直すように目を閉じて、大きく一度、息を吸う。吸った息を吐ききった時には、清々しい顔を取り戻していた。
「私の男嫌いを直してくれたらいいわよ、考えても」
「……ほぉ」
想定外の返事に、斎藤は声にもならない声を出した。
「……でも、きっと無理よ」
「いや」
煙草を外した斎藤の口から紫煙が広がる。斎藤は指を弾いて、灰皿に灰を落とした。
男嫌いを直すのは骨が折れそうだ。が、俺を嫌っていないのであれば、話は別。
「今度の任務は無事終了」
「え、えぇ……」
「密偵はいつどこに飛ぶか分からん身だ。互いにその気が無ければ時に再会すら困難」
「その通りよ……」
「どうにかしろと言うからには今後も顔を合わせてくれるんだろう。夢主、その話、受けよう。願ったり叶ったりだ」
「か、簡単そうに言わないでよ」
斎藤の返答に夢主の口元がむずついた。喜んでいる自分がいる。自分もこの男が気になる。悟られまいと、夢主は反発して見せた。
「あぁ、簡単だなんて思っちゃいないさ」
斎藤は一瞬、ポン、と夢主の頭に触れた。
「急くことは無い」
子供扱いしないでと、夢主は手を払う。けれども、まんざらでも無かった。ほんの少し、胸の奥が弾んだのだ。
「……私も少しだけ興味がある。警視庁切っての密偵、その過去は新選組幹部、数々の激戦を生き抜いた不死身の男」
夢主は、自分が払った斎藤の手を見つめた。
踊りの最中に散々触れた手。自分より大きくて分厚くて、骨ばった手。時折妙に柔らかにしなやかに触れてきて、自分を混乱させた手。
「男の手で刀を持つと、随分と違うのでしょうね」
「何?」
ふふっと笑い、夢主は目を伏せた。
この男の手が腹立たしい時もあるが、案外好きだ。羨ましいのかもしれない。
夢主は顔を上げると一刹那、目を煌めかせた。
「いつか聞かせて、会津の為に闘った貴方の戦の記憶」
「……分かった。フッ、いいだろう」
瞬時の煌めきに息を呑んだ斎藤は、らしくない己を払拭すべく、その程度、と軽く笑った。
肩を掴んで瞳を覗き込みたい。今のは何だと確かめたい。そんな衝動は、気付く間もなく消えて行った。
──昔語りは好まぬが、たまには良いと思えるのは。
「どこか落ち着ける場所で話すか」
「今は結構よ」
「ハハッ、成る程」
──今はまだ、俺の話を聞く気にもならんと言うことか。
「こいつは本当に先が長そうだ」
「だったらやめる?」
「いいや、こんな愉しみは久しくない。手離さんぞ」
ニッと口元を歪めてほんの僅か顔を寄せると、夢主はそっぽを向いて赤くなった耳を晒した。
先は長く骨は折れそうだが、挑む価値はありそうだ。
斎藤が一人で忍び笑んでいると、不意を突いた平手が斎藤の頬を掠めた。間一髪避けた斎藤。夢主は斎藤の間合いから逃げ出して、当て損ねた手を小さく振った。楽しそうに笑顔を見せている。
「じゃあまた次の任務でね、お先にっ!」
夢主は斎藤のにやけ顔を崩して、部屋を出て行った。
斎藤の頬には掠めた空気の感覚が残っている。思わず頬に触れて、クククと笑った。