【明】花
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斎藤の仕事が途切れた。珍しい。
ふと生まれた、任務に負われぬ時。
差し迫ってすべき事はなく、強いて言えば部下の任務完了を待つのが仕事。
様々思案した結果、斎藤は一服した後、家路についた。
「無理に仕事を探す必要もあるまい」
探せば幾らでも仕事は見つかってしまう。
せっかく出来た任務の隙間。家に戻り、夢主の顔を見るのが良い。
帰り道、斎藤は花が溢れる土手を歩いた。
心地良い日差しの下、はしゃぐ子供達が見える。手には思い思いに集めた野草の花束。
河原には様々な花が競いあって咲いている。
しかし斎藤が歩く道の脇に咲いているの花は一つ。小さな青い花が無数に並んでいた。
「可憐で愛らしいとでも言うべきか」
己には似合わない、百も承知で花を摘もうと手を伸ばした。
似合わずとも構わない、花を添えるのは己ではなく、夢主なのだから。
誰も文句は言えまい。
誰よりも素直に花笑みを見せるお前に、ひとつ花が増えたところで。
しかし茎に触れる寸前、手が止まった。
摘んでは花が可哀想と言いだしそうな夢主だ。
愛らしい青い花、夢主に見せてやりたいが、顔を曇らせるのは望まない。
「……花など、見飽きているか」
屈めた腰を戻して、斎藤は再び歩き始めた。
ここ数日、心地良い日が続いている。
夢主もそぞろ歩きをしてこの景色を楽しんでいるに違いない。
土手を離れて小道を進むと、味気ない土の道に椿の花が色を添えていた。
「落ちた花ならば、あいつも悲しみはせんだろう」
咲いては落ちて、落ちても次の蕾が花開き、花数多い椿は冬が過ぎても咲き続ける。
斎藤は落ちた椿のひとつを拾い上げた。
普段なら家に戻る時間ではない。
驚く顔が見られるなと、斎藤は密かな期待を抱いて玄関の戸を開けた。
間髪入れず、部屋を飛び出す足音が聞こえる。
転ぶなよと念じて待っていると、夢主が嬉しそうな顔を覗かせた。
「お帰りなさい、一さん!……その、花は」
「あぁお前にな。帰り道、随分と沢山の花が咲いていてな。見せてやりたいと摘みたかったんだが、花を摘んではお前の顔が曇り兼ねん」
「そっ、そんなことは……確かにちょっと、可哀想かも……でも、嬉しいです」
花の命を奪うのは気が引ける。
けれども斎藤が自分を想って摘んだ花ならば、喜んで受け取れる気がする。
我が儘な自分ですと笑って見せる夢主に、斎藤は硝子のグラスでも掲げるように椿を差し出した。
「フッ。しかし椿だ、考えてみれば我が家の庭にも咲いていたな」
「ふふっ、それでも嬉しいです。だって一さんが持ち帰ってくださったんですから」
私の……為に。
恥ずかしそうに小首を傾げ、夢主は微笑んだ。
「せっかくですから暫く水に浮かべましょう。こんなに早く戻るなんて久しぶりですね、一さんもお風呂入りますか、沸かしますよ、まだ早いですけど入ると落ち着きますよね」
「ククッ、お前が落ち着いてくれたら風呂をもらうさ」
椿を浮かべる水と、俺が浸かる風呂を一緒にするなと指摘したくなるが、指摘するより早く笑いが込み上げる。
何から手をつければ良いかと、迷って右往左往する夢主。
斎藤が笑うと、夢主は立ち止まって、こくんと頷いた。
「風呂は俺が。お前は鉢代わりでも探せ」
「はい」
斎藤が風呂場に向かい、すぐに湯を沸かす支度の音が聞こえてきた。
夢主は台所の物入れを覗いて中を探り、程良い器を見つけた。
埃を払って綺麗に洗い、水で満たすと斎藤が持ち帰った椿を乗せる。器を床の間に運ぶと、湯浴みを始める音が響き始めた。夢主は耳を澄まして、優しい花笑みを浮かべた。
やがて風呂から戻った斎藤は、花を前に微笑む夢主を見て、土手の青い花を思い出した。
あの花は、夢主が初めに身に付けていた洋装の柄の花に、よく似ていると閃いた。
「お前に見せてやりたいと思っていたが、そうか、俺が見たかったのか」
「一……さん?」
「青い花が、愛らしかったのさ」
「はぃ……」
斎藤はあの花は持ち帰らずとも良かったのだと思い至り、花を愛でる喜びを身をもって愉しんだ。
目の前の花、滴る甘い蜜は己の為に溢れ出て、香りも彩も全てが刺激となり、昂った気は体を熱く滾らせる。
温かな昼下がり、誰より愛らしく咲いて己を惹きつける自分だけの甘美な花を、斎藤は余さず味わった。
やがて戻った穏やかな時、夢主に覆いかぶさる斎藤は、ニッと笑んでから口を開いた。
「お前は花が好きだな」
息を乱して揺れる夢主は微かに頷くばかり。
斎藤は構わず、俺も好きだぞ……と囁いた。
二人の周りには、甘い花香が漂っていた。
ふと生まれた、任務に負われぬ時。
差し迫ってすべき事はなく、強いて言えば部下の任務完了を待つのが仕事。
様々思案した結果、斎藤は一服した後、家路についた。
「無理に仕事を探す必要もあるまい」
探せば幾らでも仕事は見つかってしまう。
せっかく出来た任務の隙間。家に戻り、夢主の顔を見るのが良い。
帰り道、斎藤は花が溢れる土手を歩いた。
心地良い日差しの下、はしゃぐ子供達が見える。手には思い思いに集めた野草の花束。
河原には様々な花が競いあって咲いている。
しかし斎藤が歩く道の脇に咲いているの花は一つ。小さな青い花が無数に並んでいた。
「可憐で愛らしいとでも言うべきか」
己には似合わない、百も承知で花を摘もうと手を伸ばした。
似合わずとも構わない、花を添えるのは己ではなく、夢主なのだから。
誰も文句は言えまい。
誰よりも素直に花笑みを見せるお前に、ひとつ花が増えたところで。
しかし茎に触れる寸前、手が止まった。
摘んでは花が可哀想と言いだしそうな夢主だ。
愛らしい青い花、夢主に見せてやりたいが、顔を曇らせるのは望まない。
「……花など、見飽きているか」
屈めた腰を戻して、斎藤は再び歩き始めた。
ここ数日、心地良い日が続いている。
夢主もそぞろ歩きをしてこの景色を楽しんでいるに違いない。
土手を離れて小道を進むと、味気ない土の道に椿の花が色を添えていた。
「落ちた花ならば、あいつも悲しみはせんだろう」
咲いては落ちて、落ちても次の蕾が花開き、花数多い椿は冬が過ぎても咲き続ける。
斎藤は落ちた椿のひとつを拾い上げた。
普段なら家に戻る時間ではない。
驚く顔が見られるなと、斎藤は密かな期待を抱いて玄関の戸を開けた。
間髪入れず、部屋を飛び出す足音が聞こえる。
転ぶなよと念じて待っていると、夢主が嬉しそうな顔を覗かせた。
「お帰りなさい、一さん!……その、花は」
「あぁお前にな。帰り道、随分と沢山の花が咲いていてな。見せてやりたいと摘みたかったんだが、花を摘んではお前の顔が曇り兼ねん」
「そっ、そんなことは……確かにちょっと、可哀想かも……でも、嬉しいです」
花の命を奪うのは気が引ける。
けれども斎藤が自分を想って摘んだ花ならば、喜んで受け取れる気がする。
我が儘な自分ですと笑って見せる夢主に、斎藤は硝子のグラスでも掲げるように椿を差し出した。
「フッ。しかし椿だ、考えてみれば我が家の庭にも咲いていたな」
「ふふっ、それでも嬉しいです。だって一さんが持ち帰ってくださったんですから」
私の……為に。
恥ずかしそうに小首を傾げ、夢主は微笑んだ。
「せっかくですから暫く水に浮かべましょう。こんなに早く戻るなんて久しぶりですね、一さんもお風呂入りますか、沸かしますよ、まだ早いですけど入ると落ち着きますよね」
「ククッ、お前が落ち着いてくれたら風呂をもらうさ」
椿を浮かべる水と、俺が浸かる風呂を一緒にするなと指摘したくなるが、指摘するより早く笑いが込み上げる。
何から手をつければ良いかと、迷って右往左往する夢主。
斎藤が笑うと、夢主は立ち止まって、こくんと頷いた。
「風呂は俺が。お前は鉢代わりでも探せ」
「はい」
斎藤が風呂場に向かい、すぐに湯を沸かす支度の音が聞こえてきた。
夢主は台所の物入れを覗いて中を探り、程良い器を見つけた。
埃を払って綺麗に洗い、水で満たすと斎藤が持ち帰った椿を乗せる。器を床の間に運ぶと、湯浴みを始める音が響き始めた。夢主は耳を澄まして、優しい花笑みを浮かべた。
やがて風呂から戻った斎藤は、花を前に微笑む夢主を見て、土手の青い花を思い出した。
あの花は、夢主が初めに身に付けていた洋装の柄の花に、よく似ていると閃いた。
「お前に見せてやりたいと思っていたが、そうか、俺が見たかったのか」
「一……さん?」
「青い花が、愛らしかったのさ」
「はぃ……」
斎藤はあの花は持ち帰らずとも良かったのだと思い至り、花を愛でる喜びを身をもって愉しんだ。
目の前の花、滴る甘い蜜は己の為に溢れ出て、香りも彩も全てが刺激となり、昂った気は体を熱く滾らせる。
温かな昼下がり、誰より愛らしく咲いて己を惹きつける自分だけの甘美な花を、斎藤は余さず味わった。
やがて戻った穏やかな時、夢主に覆いかぶさる斎藤は、ニッと笑んでから口を開いた。
「お前は花が好きだな」
息を乱して揺れる夢主は微かに頷くばかり。
斎藤は構わず、俺も好きだぞ……と囁いた。
二人の周りには、甘い花香が漂っていた。