【明】紅葉明かりの夜
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今日は弱くも長い雨が降っていた。夜になりようやく雨が上がり、屋根に残った雨粒が少しずつ軒先に垂れている。
部屋で落ち着く夢主は雨戸を一枚開けて、夜空を眺めていた。
雨上がりでも、心地よい夜気が部屋に入り込んでくる。木々が色づく季節らしい穏やかな冷気だ。
少し肌寒い、夢主がそう感じた頃、雨濡れた夜のしじまを破る乾いた音が響いた。玄関から聞こえた音、斎藤だ。
夢主は弾むように立ち上がって玄関へ向かった。
「おかえりなさい、一さん。雨に打たれませんでしたか」
「大丈夫だ」
上着を受け取ろうとした夢主だが、斎藤は上着を脱ぐ気配を見せない。
制服の表面が少しきらりと見えるのは、どこかで細かな雨を身に受けたからだろう。拭いて干して乾かさないと、手を伸ばす夢主だが、斎藤もまた夢主に手を伸ばした。
「それより夢主、今から出られるか」
来い、と誘い手招く斎藤に、夢主は首を傾げた。
夜分遅く帰宅して、自分を誘い出そうとは。不思議に思う夢主だが、傾げた首ですぐに頷いた。
「出られます。でも、今からどこへ……」
「いいから来てみろ」
誘う斎藤の顔がどこか嬉しそうで、夢主は気付くと差し出された手を取っていた。
二人は斎藤が来た道を戻っていく。少し早足で、濡れた道を進んでいく。
会話もなく先を目指すが、足元が異なる二人、濡れた道に足を取られた夢主が、体を滑らせた。
「大丈夫か夢主、悪い。急いてしまったな」
「いえ、大丈夫です」
傾いた夢主の体は、しっかりと斎藤に支えられていた。
先を急ぐあまり、革靴を履いた己の歩調になっていた。
すまんと詫びる斎藤に、夢主は笑って見せた。
「一さんが私を連れて急ぐなんて珍しいですね、どうしたんですか」
「いや、大したことではないんだが、かと言ってお前に早く見せてやりたいと急いてしまったな」
「見せる?」
姿勢を戻した夢主の手を取ったまま、斎藤は歩き出そうとした。
夢主は手を添えた斎藤の白手袋を見て、まるでエスコートされているみたいと、斎藤を見上げた。とても不思議な感覚だ。擽ったい嬉しさが込み上げてくる。
ほんのり頬を色づかせた夢主と目が合うと、斎藤は「んっ?」と俄かに眉を動かした。
「もう少しだ」
滑らないよう慎重に歩けと言わんばかりに、斎藤の歩みは静まった。
見せたいものとは何なのか、斎藤の口から聞いた途端気になり始める夢主だが、何も言わぬのだからと聞くまいと、密かに胸を躍らせるに留めている。
きっともうすぐ。
また足を滑らせぬよう視線を下ろし慎重に歩むが、視界に入る斎藤の足や手を辿って、顔を見上げそうになる。
いけないと自省して視線を戻す夢主は、斎藤に添えた手を強く握られて、立ち止まった。
石畳の道に出たところで、斎藤は歩みを止めた。
「ここだ」
「わぁ……」
雨上がりの月明かりが二人を照らす道で、夢主は感嘆の声を上げた。
濡れて輝く石畳の両脇に、美しい紅葉が並木を成していた。
赤く染まった紅葉の葉もまた雨濡れて、月明かりを繊細に反射していた。
僅かな空気の流れに葉が微かに揺れて、煌めいて見える。
「雨上がりの夜って、こんなに綺麗なんですね」
「あぁ。今宵は特にな、雲から出た月が明るい。それに」
「雨で、紅葉が……輝いて見えます、まるでイルミネーションみたい」
「イルミネーション?」
赤々とした無数の葉が照り返す小さな光、葉が揺れて見せる光の強弱は、明かりが瞬いているようだ。
夢主は遠い記憶を手繰り寄せた。
「はい、小さな明かりを沢山飾るんです、爪の先もないような小さな明かりを、木にも飾るんですよ。だから道沿いの木々も綺麗に輝いて……この景色みたいなんです」
そうだ、覚えている。
無数の光に彩られた中を、通り抜けた気がする。寒い季節、暖かな服を着て、辺りには人の声が溢れ、町中が輝いていた。寒いはずなのに、きらびやかで温かい季節だった。
「そうか。随分と変わるもんだ」
「そうですね……でも、私はこの景色が好きです。一さんと見る雨上がりの月夜の紅葉狩り」
自分たち以外、誰もいない雨上がりの夜。
これ以上ない静寂の中、時折聞こえる雨名残の音。水溜まりや石の上に、水滴が垂れる小さな音。
澄んだ空に現れた大きな月が見せる、小さな光の瞬きが広がっている。
ふふっと笑うと、斎藤がフッと笑み返した。
「一さんは帰り道にいろんな景色を見てるんですね」
「夜道を歩くコトが多いからな。今宵の景色はお前に見せたいと思ったんだよ、帰り道、月明かりを受ける紅葉を見ていたらお前が浮かんでな」
「ふふっ、嬉しいです。私を思い出してくれるなんて」
「美しい景色を見ると何故かお前を思い出す。もともと嫌いじゃないが、以前とはまた違うな」
昔から景色の美しさを眺めることはあった。世の穏やかさを確かめる感覚で辺りを見回すこともある。
だが、琴線に触れて胸の奥で何かが鳴るようになったのは、夢主と過ごす時間が増えてからだ。
道端で美しい物を見つけた時、夢主が喜ぶ顔を思い浮かべるようになった。
「お前の影響だな」
斎藤は夢主を見つめて、笑った。
嬉しくて、恥ずかしい言葉。
夢主は照れ隠しに、斎藤の手を握りしめた。
「一さん」
添えていた手に力を込めて、もう一方の手も添えて、斎藤の手を握った。白い手袋の、少し雨に打たれた手だ。
「一さんも少し、濡れています。紅葉と一緒」
「あぁすまんな、冷たいか。中までは染みていないんだが」
濡れた手で触れて悪かったなと気遣う斎藤だが、夢主は違いますよと首を振った。
「一さん、髪の毛やお洋服も少し濡れているみたいです。表面に霧雨のあとがあるのかな、だから一さんも、きらきら輝いて見えるんです」
景色と一体となって、私には輝いて、煌めいて見えます。
夢主は少しだけ体を離して、斎藤を紅葉の中に見た。
「おいおい」
何を言っていると笑う斎藤が、少しはにかんで見える。
夢主は肩を竦めてふふっと微笑んだ。
「私にとって、一さんは本当に輝きの存在なんですから」
愛おしさの滲む眼差しには、憧れ、敬愛、さまざまな感情が含まれている。
一言で言うと大好き、なんです。
心の中で語らいを続けた夢主だが、湧き起こる感情に抗えず、「えいっ」と無邪気に抱き着いた。
「おい、俺は濡れているんだろう、お前が濡れるぞ。俺は平気だか、お前の恰好では冷えるぞ」
「少しくらい平気です」
「全く」
自分を大事にしろと言わんばかりに、斎藤は上着を脱いで夢主に掛けてやった。
「一さん……」
「ほら、これでお前もイルミネーションとやらの一部だ。だろう?」
俺に抱き着いて付いた細かな雨滴に、着せてやった俺の上着に残る雨滴。
これでお前も俺と同じだと、斎藤は夢主を煌めく石畳と紅葉並木と同化させて眺めてみた。
「俺がお前の輝きだと? そっくりそのまま返してやりたい言葉だな」
繊細な光の中に佇む夢主は、儚いほど美しく見え、斎藤は目を細めた。
目に映る以上に月明かりが輝いて感じる。
「うむ、確かに悪くないな。綺麗だぞ」
「そ、そんなことは……う、嬉しいですけどそんなに、はっきり言われると、何だか照れ臭いです……」
「景色が、美しい」
「っ、はぁぁっ、あぁっ、あの」
「冗談だ。お前も綺麗だ」
「も、もっ、一さんっ!」
思わせぶりな言葉に勘違いをしてしまった。頬を火照らせた夢主に、斎藤は追い打ちをかけて揶揄った。
掌で転がされた夢主だが、怒る間もなく斎藤に腕を強く掴まれた。
引き寄せられて、二人の影がひとつになる。
このまま瞬きの中一人立たせていたら、光にのまれて消えてしまうのではないか。
不意に浮かんだ恐れに似た想いが、斎藤を動かした。
強く夢主を抱きしめて、存在を確かめてみる。
心の内は微塵も表さず、力強く夢主を抱きしめている。小さな体を胸に抱いていると、斎藤の中に生じた恐れは消えていった。
「確かに少し、冷たいな」
夢主に掛けた己の上着、表面に残る雨粒を肌に感じた斎藤が、目を細めた。
静かに頷く夢主に目を閉じさせて、煌めく光の中、斎藤は夢主に口づけた。
抱き着いた時に雨の名残が移ったのか、夢主の睫毛が細かな光をまぶしたように、きらきらとして見える。
幾度か優しく唇を重ねた斎藤は、その温かさに安堵して顔を離した。
濡れて輝く睫毛をよく見ようと首を傾げると、夢主がどうしたんですかと、薄ら目を開いた。
「何でもない。いや、お前の睫毛が濡れていて」
「わ、私泣いてませんよ」
「ククッ、あぁ。俺から移った水滴だろう。霧のような雨だったからな、なかなか消えんな」
そう言う斎藤の髪も、夢主から見れば光の粒で覆ったように薄ら輝いている。
「雨が残してくれた贈り物ですね」
「贈り物か。そうだな、霧雨と月明かり、それに紅葉が起こした奇跡か」
「あと、一さんもです。一さんが連れてきてくれたから見られたんです」
「ならばお前もだな。お前がいなければこんな景色も素通りだ」
「ふふっ、じゃあ全部ですね、今夜は全部、奇跡なんです。奇跡だけど、きっとまた出会える夜ですよ、一さん」
「そうだな」
お前といると奇跡が奇跡ではなくなるからな。
笑った斎藤は夢主の頭を一撫でして、頷いた。
それからおもむろに手袋の先を咥え、器用に外すと、素手で夢主の頭をもう一度、一撫でした。
間近で見せられた艶めかしい仕草に、「あっ」と色づく頬に手を添えて、斎藤は再び夢主に唇を重ねていた。
素手に感じた霧雨の名残を拭うように、斎藤は夢主の頬に触れ、他に濡れた場所はないかと探るように優しく撫でて、耳の後ろから首筋まで触れたところで、唇を離した。
「さぁ、戻るか。美しい夜だが、風邪を引かせるわけにもいかん」
それに、より美しいものが見られるのは家に帰ってから、だからな。
夢主の耳元でそっと囁いた斎藤は、顔を離して紅葉のように強く色づいた夢主を見た。
今度は恥ずかしさから、本当に睫毛が濡れていた。
愛おしすぎるんだよ、お前は。
心で漏らした本音は、今宵閨で告げてやろう。
そんなことを考えながら、斎藤は再び夢主の手を取り、帰路を導いた。
部屋で落ち着く夢主は雨戸を一枚開けて、夜空を眺めていた。
雨上がりでも、心地よい夜気が部屋に入り込んでくる。木々が色づく季節らしい穏やかな冷気だ。
少し肌寒い、夢主がそう感じた頃、雨濡れた夜のしじまを破る乾いた音が響いた。玄関から聞こえた音、斎藤だ。
夢主は弾むように立ち上がって玄関へ向かった。
「おかえりなさい、一さん。雨に打たれませんでしたか」
「大丈夫だ」
上着を受け取ろうとした夢主だが、斎藤は上着を脱ぐ気配を見せない。
制服の表面が少しきらりと見えるのは、どこかで細かな雨を身に受けたからだろう。拭いて干して乾かさないと、手を伸ばす夢主だが、斎藤もまた夢主に手を伸ばした。
「それより夢主、今から出られるか」
来い、と誘い手招く斎藤に、夢主は首を傾げた。
夜分遅く帰宅して、自分を誘い出そうとは。不思議に思う夢主だが、傾げた首ですぐに頷いた。
「出られます。でも、今からどこへ……」
「いいから来てみろ」
誘う斎藤の顔がどこか嬉しそうで、夢主は気付くと差し出された手を取っていた。
二人は斎藤が来た道を戻っていく。少し早足で、濡れた道を進んでいく。
会話もなく先を目指すが、足元が異なる二人、濡れた道に足を取られた夢主が、体を滑らせた。
「大丈夫か夢主、悪い。急いてしまったな」
「いえ、大丈夫です」
傾いた夢主の体は、しっかりと斎藤に支えられていた。
先を急ぐあまり、革靴を履いた己の歩調になっていた。
すまんと詫びる斎藤に、夢主は笑って見せた。
「一さんが私を連れて急ぐなんて珍しいですね、どうしたんですか」
「いや、大したことではないんだが、かと言ってお前に早く見せてやりたいと急いてしまったな」
「見せる?」
姿勢を戻した夢主の手を取ったまま、斎藤は歩き出そうとした。
夢主は手を添えた斎藤の白手袋を見て、まるでエスコートされているみたいと、斎藤を見上げた。とても不思議な感覚だ。擽ったい嬉しさが込み上げてくる。
ほんのり頬を色づかせた夢主と目が合うと、斎藤は「んっ?」と俄かに眉を動かした。
「もう少しだ」
滑らないよう慎重に歩けと言わんばかりに、斎藤の歩みは静まった。
見せたいものとは何なのか、斎藤の口から聞いた途端気になり始める夢主だが、何も言わぬのだからと聞くまいと、密かに胸を躍らせるに留めている。
きっともうすぐ。
また足を滑らせぬよう視線を下ろし慎重に歩むが、視界に入る斎藤の足や手を辿って、顔を見上げそうになる。
いけないと自省して視線を戻す夢主は、斎藤に添えた手を強く握られて、立ち止まった。
石畳の道に出たところで、斎藤は歩みを止めた。
「ここだ」
「わぁ……」
雨上がりの月明かりが二人を照らす道で、夢主は感嘆の声を上げた。
濡れて輝く石畳の両脇に、美しい紅葉が並木を成していた。
赤く染まった紅葉の葉もまた雨濡れて、月明かりを繊細に反射していた。
僅かな空気の流れに葉が微かに揺れて、煌めいて見える。
「雨上がりの夜って、こんなに綺麗なんですね」
「あぁ。今宵は特にな、雲から出た月が明るい。それに」
「雨で、紅葉が……輝いて見えます、まるでイルミネーションみたい」
「イルミネーション?」
赤々とした無数の葉が照り返す小さな光、葉が揺れて見せる光の強弱は、明かりが瞬いているようだ。
夢主は遠い記憶を手繰り寄せた。
「はい、小さな明かりを沢山飾るんです、爪の先もないような小さな明かりを、木にも飾るんですよ。だから道沿いの木々も綺麗に輝いて……この景色みたいなんです」
そうだ、覚えている。
無数の光に彩られた中を、通り抜けた気がする。寒い季節、暖かな服を着て、辺りには人の声が溢れ、町中が輝いていた。寒いはずなのに、きらびやかで温かい季節だった。
「そうか。随分と変わるもんだ」
「そうですね……でも、私はこの景色が好きです。一さんと見る雨上がりの月夜の紅葉狩り」
自分たち以外、誰もいない雨上がりの夜。
これ以上ない静寂の中、時折聞こえる雨名残の音。水溜まりや石の上に、水滴が垂れる小さな音。
澄んだ空に現れた大きな月が見せる、小さな光の瞬きが広がっている。
ふふっと笑うと、斎藤がフッと笑み返した。
「一さんは帰り道にいろんな景色を見てるんですね」
「夜道を歩くコトが多いからな。今宵の景色はお前に見せたいと思ったんだよ、帰り道、月明かりを受ける紅葉を見ていたらお前が浮かんでな」
「ふふっ、嬉しいです。私を思い出してくれるなんて」
「美しい景色を見ると何故かお前を思い出す。もともと嫌いじゃないが、以前とはまた違うな」
昔から景色の美しさを眺めることはあった。世の穏やかさを確かめる感覚で辺りを見回すこともある。
だが、琴線に触れて胸の奥で何かが鳴るようになったのは、夢主と過ごす時間が増えてからだ。
道端で美しい物を見つけた時、夢主が喜ぶ顔を思い浮かべるようになった。
「お前の影響だな」
斎藤は夢主を見つめて、笑った。
嬉しくて、恥ずかしい言葉。
夢主は照れ隠しに、斎藤の手を握りしめた。
「一さん」
添えていた手に力を込めて、もう一方の手も添えて、斎藤の手を握った。白い手袋の、少し雨に打たれた手だ。
「一さんも少し、濡れています。紅葉と一緒」
「あぁすまんな、冷たいか。中までは染みていないんだが」
濡れた手で触れて悪かったなと気遣う斎藤だが、夢主は違いますよと首を振った。
「一さん、髪の毛やお洋服も少し濡れているみたいです。表面に霧雨のあとがあるのかな、だから一さんも、きらきら輝いて見えるんです」
景色と一体となって、私には輝いて、煌めいて見えます。
夢主は少しだけ体を離して、斎藤を紅葉の中に見た。
「おいおい」
何を言っていると笑う斎藤が、少しはにかんで見える。
夢主は肩を竦めてふふっと微笑んだ。
「私にとって、一さんは本当に輝きの存在なんですから」
愛おしさの滲む眼差しには、憧れ、敬愛、さまざまな感情が含まれている。
一言で言うと大好き、なんです。
心の中で語らいを続けた夢主だが、湧き起こる感情に抗えず、「えいっ」と無邪気に抱き着いた。
「おい、俺は濡れているんだろう、お前が濡れるぞ。俺は平気だか、お前の恰好では冷えるぞ」
「少しくらい平気です」
「全く」
自分を大事にしろと言わんばかりに、斎藤は上着を脱いで夢主に掛けてやった。
「一さん……」
「ほら、これでお前もイルミネーションとやらの一部だ。だろう?」
俺に抱き着いて付いた細かな雨滴に、着せてやった俺の上着に残る雨滴。
これでお前も俺と同じだと、斎藤は夢主を煌めく石畳と紅葉並木と同化させて眺めてみた。
「俺がお前の輝きだと? そっくりそのまま返してやりたい言葉だな」
繊細な光の中に佇む夢主は、儚いほど美しく見え、斎藤は目を細めた。
目に映る以上に月明かりが輝いて感じる。
「うむ、確かに悪くないな。綺麗だぞ」
「そ、そんなことは……う、嬉しいですけどそんなに、はっきり言われると、何だか照れ臭いです……」
「景色が、美しい」
「っ、はぁぁっ、あぁっ、あの」
「冗談だ。お前も綺麗だ」
「も、もっ、一さんっ!」
思わせぶりな言葉に勘違いをしてしまった。頬を火照らせた夢主に、斎藤は追い打ちをかけて揶揄った。
掌で転がされた夢主だが、怒る間もなく斎藤に腕を強く掴まれた。
引き寄せられて、二人の影がひとつになる。
このまま瞬きの中一人立たせていたら、光にのまれて消えてしまうのではないか。
不意に浮かんだ恐れに似た想いが、斎藤を動かした。
強く夢主を抱きしめて、存在を確かめてみる。
心の内は微塵も表さず、力強く夢主を抱きしめている。小さな体を胸に抱いていると、斎藤の中に生じた恐れは消えていった。
「確かに少し、冷たいな」
夢主に掛けた己の上着、表面に残る雨粒を肌に感じた斎藤が、目を細めた。
静かに頷く夢主に目を閉じさせて、煌めく光の中、斎藤は夢主に口づけた。
抱き着いた時に雨の名残が移ったのか、夢主の睫毛が細かな光をまぶしたように、きらきらとして見える。
幾度か優しく唇を重ねた斎藤は、その温かさに安堵して顔を離した。
濡れて輝く睫毛をよく見ようと首を傾げると、夢主がどうしたんですかと、薄ら目を開いた。
「何でもない。いや、お前の睫毛が濡れていて」
「わ、私泣いてませんよ」
「ククッ、あぁ。俺から移った水滴だろう。霧のような雨だったからな、なかなか消えんな」
そう言う斎藤の髪も、夢主から見れば光の粒で覆ったように薄ら輝いている。
「雨が残してくれた贈り物ですね」
「贈り物か。そうだな、霧雨と月明かり、それに紅葉が起こした奇跡か」
「あと、一さんもです。一さんが連れてきてくれたから見られたんです」
「ならばお前もだな。お前がいなければこんな景色も素通りだ」
「ふふっ、じゃあ全部ですね、今夜は全部、奇跡なんです。奇跡だけど、きっとまた出会える夜ですよ、一さん」
「そうだな」
お前といると奇跡が奇跡ではなくなるからな。
笑った斎藤は夢主の頭を一撫でして、頷いた。
それからおもむろに手袋の先を咥え、器用に外すと、素手で夢主の頭をもう一度、一撫でした。
間近で見せられた艶めかしい仕草に、「あっ」と色づく頬に手を添えて、斎藤は再び夢主に唇を重ねていた。
素手に感じた霧雨の名残を拭うように、斎藤は夢主の頬に触れ、他に濡れた場所はないかと探るように優しく撫でて、耳の後ろから首筋まで触れたところで、唇を離した。
「さぁ、戻るか。美しい夜だが、風邪を引かせるわけにもいかん」
それに、より美しいものが見られるのは家に帰ってから、だからな。
夢主の耳元でそっと囁いた斎藤は、顔を離して紅葉のように強く色づいた夢主を見た。
今度は恥ずかしさから、本当に睫毛が濡れていた。
愛おしすぎるんだよ、お前は。
心で漏らした本音は、今宵閨で告げてやろう。
そんなことを考えながら、斎藤は再び夢主の手を取り、帰路を導いた。