【明】花火
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつか二人で花火を見たいです。
そんな約束をしてから幾年か、二人の間に子供が生まれ、三人で共に花火を見た。
それから数年後、花火を楽しむ輪の中に次男の剛も加わった。
家族で大川の花火を楽しむようになってどれ程の歳月が流れたか。
この年、子供達はそれぞれの知人と花火を見に出かけていた。
二人きりだと気付いた夢主と斎藤は、新鮮な感覚に包まれていた。
「今日は少し特別な花火を見るか」
そう言って斎藤は夢主を家から連れ出した。
外には同じ目的で道を行く人々がいる。若者達がはしゃいで二人を追い抜いて走って行き、夢主はふふっと肩を揺らした。
斎藤はすたすたと速い歩みで前を行く。河川敷にでも行くのだろうか。
でも、それではいつもと似たような花火だ。
夢主が大人しく後をついて行くと、斎藤はある屋敷の前で立ち止まった。
「ここだ」
「ここは……どちらの……お知り合いのお宅ですか」
「まぁそんな所だ。断わりは入れてある。いいから来い」
斎藤は子供達が出掛けると知り、それならばと一つ仕込みをしていたのだ。
立派な門の脇にある潜り戸を押すと、何の抵抗も無く戸が開いた。
「行くぞ」
「はっ、はぃ」
戸惑いながらも斎藤の後に続き戸を潜ると、すぐに玄関扉が見えた。
斎藤は玄関を素通りして家屋の脇に回る。他人様の敷地で案内役を見失う訳にはいかない。
急いで夢主も家屋の角を曲がり斎藤の姿を探すと、庭の奥で腕を組み、夢主を待っていた。
「上に上がるぞ」
「えっ」
突然夢主は斎藤に抱えられた。
「覚えているぞ、お姫様抱っこ、だったか」
夢主はハッと目を丸くした。
子供達が大きくなり、抱えられる機会は無くなっていた。
体は感覚を覚えており、一気にあの頃の記憶が蘇る。
「はぃ、覚えていてくれたんですね……」
「奇妙な名だからな、忘れんさ」
お姫様抱っことは子供染みた言い回しだ。
夢主が教えた時、斎藤はそう言って笑った。
何度もこうして抱えられ、運ばれた日を思い出す。夢主はそっと斎藤の首に手を回した。
温かくて優しい感覚。
酔って寝てしまった日も、甘えて運んでもらった日も、強い衝撃に言葉を失い、ただ運んでもらった日もあった。
「久しぶりです……こんな風に……」
「あぁ。忘れていたな。いい感覚だ」
夢主を抱えた斎藤が一歩二歩と進み、踏みしめられた地面がじゃりと音を立てた。
「それで、あの……知らないお宅で、こんな……」
「いいからしっかり掴まっていろ」
「あっ」
斎藤の手に力が加わり、夢主は咄嗟にしがみついた。
次の瞬間、斎藤は地面を蹴った。
高く跳び上がり、気付いた時には屋根瓦を踏む音が聞こえた。
「一さん……凄いです……」
「これくらい朝飯前だ。今でもな」
子供達が親に頼らず花火を見に行けるまでになったのだ。
親である二人も歳を重ねている。
強靭な脚で牙突を繰り出していた斎藤も、歳を取った。
夢主はどれほど強いこの人でも、老いからは逃れられないと考えていたが、斎藤は歳を感じさせぬ見事な跳躍で、夢主を屋根の上に運んだのだ。
「ここから花火が良く見える。二人きりで見る花火だ、特別だと言っただろう」
「ありがとうございます、嬉しいです……お知り合いの方にもお礼を言わないとです」
「それは俺に任せて、お前はこれから始まる花火にだけ気を向けていればいい」
「一さん……」
大川から程良い距離にある屋敷の屋根の上。
並んで腰を下ろし、花火が始まるまでの時を楽しむことにした。
通りを行く人々の姿は見えぬが、通り過ぎる楽しげな声が二人の耳に届く。
「初めてですよね……二人で、花火を見るの」
「あぁ。何だかんだで俺は家を空けていたからな。ようやく落ち着いた頃には勉がいた。まぁ、こうして子供らが俺達の手を無事に離れた今、いい思い出か」
「ふふっ、一さんがそんな話をするなんて。でも本当に……一さん、長い間、お勤めご苦労様です」
「どうした急に」
「だって、警視庁を……」
長年勤めた警察の職を離れたのは昨年末。
ささやかな宴を催して、斎藤の人生の転機を祝った。
「祝うのも妙な話だが、お前や勉らが労わってくれただろ、それで十分だ。これ以上何の言葉もいらん」
「本当はまだ、前線にいたいのではありませんか」
己の正義を貫き、刀を振るい続けた斎藤。
覚悟していた夢主だが、突然離職を告げられた時は、全身から力が抜けるような感覚が起きた。
この人にとって一番大切なものを失ってしまうのではないか。
夢主は恐れたが、職を離れても斎藤の心持は変わらなかった。
心配そうに己を見つめる夢主の上目に、ニッと笑って見せる斎藤。その炯眼は出会った頃と変わらない。
花火を待つ夜空に浮かぶ月に照らされ、強く光り輝いている。
「正直、刀を手放す気は無い。だが己の体に目を向けねばならんのも事実。実際、負ける気はせんが託せる若い連中が出てきたんだ、後は任せて、老いた俺にしか出来ない何かをなしてみせるさ」
「ふふっ、本当は歳を取ったなんて思ってないんじゃありませんか」
「ククッ、感じているさ、歳は取ったさ」
花火が上がり始め、周囲から歓声が上がる。
夢主からも小さな歓声が上がった。
「わぁ……始まりました……」
ほんのりと花火に照らされる横顔。
始まりの花は温かな橙の色。
フッと優しい息遣いが聞こえ、夢主は夜空から斎藤に視線を移した。
出会った頃と変わらない前髪が、温かな夜風に揺れている。
僅かに刻まれた目尻の皺が、共に過ごした日々を感じさせた。
そんな約束をしてから幾年か、二人の間に子供が生まれ、三人で共に花火を見た。
それから数年後、花火を楽しむ輪の中に次男の剛も加わった。
家族で大川の花火を楽しむようになってどれ程の歳月が流れたか。
この年、子供達はそれぞれの知人と花火を見に出かけていた。
二人きりだと気付いた夢主と斎藤は、新鮮な感覚に包まれていた。
「今日は少し特別な花火を見るか」
そう言って斎藤は夢主を家から連れ出した。
外には同じ目的で道を行く人々がいる。若者達がはしゃいで二人を追い抜いて走って行き、夢主はふふっと肩を揺らした。
斎藤はすたすたと速い歩みで前を行く。河川敷にでも行くのだろうか。
でも、それではいつもと似たような花火だ。
夢主が大人しく後をついて行くと、斎藤はある屋敷の前で立ち止まった。
「ここだ」
「ここは……どちらの……お知り合いのお宅ですか」
「まぁそんな所だ。断わりは入れてある。いいから来い」
斎藤は子供達が出掛けると知り、それならばと一つ仕込みをしていたのだ。
立派な門の脇にある潜り戸を押すと、何の抵抗も無く戸が開いた。
「行くぞ」
「はっ、はぃ」
戸惑いながらも斎藤の後に続き戸を潜ると、すぐに玄関扉が見えた。
斎藤は玄関を素通りして家屋の脇に回る。他人様の敷地で案内役を見失う訳にはいかない。
急いで夢主も家屋の角を曲がり斎藤の姿を探すと、庭の奥で腕を組み、夢主を待っていた。
「上に上がるぞ」
「えっ」
突然夢主は斎藤に抱えられた。
「覚えているぞ、お姫様抱っこ、だったか」
夢主はハッと目を丸くした。
子供達が大きくなり、抱えられる機会は無くなっていた。
体は感覚を覚えており、一気にあの頃の記憶が蘇る。
「はぃ、覚えていてくれたんですね……」
「奇妙な名だからな、忘れんさ」
お姫様抱っことは子供染みた言い回しだ。
夢主が教えた時、斎藤はそう言って笑った。
何度もこうして抱えられ、運ばれた日を思い出す。夢主はそっと斎藤の首に手を回した。
温かくて優しい感覚。
酔って寝てしまった日も、甘えて運んでもらった日も、強い衝撃に言葉を失い、ただ運んでもらった日もあった。
「久しぶりです……こんな風に……」
「あぁ。忘れていたな。いい感覚だ」
夢主を抱えた斎藤が一歩二歩と進み、踏みしめられた地面がじゃりと音を立てた。
「それで、あの……知らないお宅で、こんな……」
「いいからしっかり掴まっていろ」
「あっ」
斎藤の手に力が加わり、夢主は咄嗟にしがみついた。
次の瞬間、斎藤は地面を蹴った。
高く跳び上がり、気付いた時には屋根瓦を踏む音が聞こえた。
「一さん……凄いです……」
「これくらい朝飯前だ。今でもな」
子供達が親に頼らず花火を見に行けるまでになったのだ。
親である二人も歳を重ねている。
強靭な脚で牙突を繰り出していた斎藤も、歳を取った。
夢主はどれほど強いこの人でも、老いからは逃れられないと考えていたが、斎藤は歳を感じさせぬ見事な跳躍で、夢主を屋根の上に運んだのだ。
「ここから花火が良く見える。二人きりで見る花火だ、特別だと言っただろう」
「ありがとうございます、嬉しいです……お知り合いの方にもお礼を言わないとです」
「それは俺に任せて、お前はこれから始まる花火にだけ気を向けていればいい」
「一さん……」
大川から程良い距離にある屋敷の屋根の上。
並んで腰を下ろし、花火が始まるまでの時を楽しむことにした。
通りを行く人々の姿は見えぬが、通り過ぎる楽しげな声が二人の耳に届く。
「初めてですよね……二人で、花火を見るの」
「あぁ。何だかんだで俺は家を空けていたからな。ようやく落ち着いた頃には勉がいた。まぁ、こうして子供らが俺達の手を無事に離れた今、いい思い出か」
「ふふっ、一さんがそんな話をするなんて。でも本当に……一さん、長い間、お勤めご苦労様です」
「どうした急に」
「だって、警視庁を……」
長年勤めた警察の職を離れたのは昨年末。
ささやかな宴を催して、斎藤の人生の転機を祝った。
「祝うのも妙な話だが、お前や勉らが労わってくれただろ、それで十分だ。これ以上何の言葉もいらん」
「本当はまだ、前線にいたいのではありませんか」
己の正義を貫き、刀を振るい続けた斎藤。
覚悟していた夢主だが、突然離職を告げられた時は、全身から力が抜けるような感覚が起きた。
この人にとって一番大切なものを失ってしまうのではないか。
夢主は恐れたが、職を離れても斎藤の心持は変わらなかった。
心配そうに己を見つめる夢主の上目に、ニッと笑って見せる斎藤。その炯眼は出会った頃と変わらない。
花火を待つ夜空に浮かぶ月に照らされ、強く光り輝いている。
「正直、刀を手放す気は無い。だが己の体に目を向けねばならんのも事実。実際、負ける気はせんが託せる若い連中が出てきたんだ、後は任せて、老いた俺にしか出来ない何かをなしてみせるさ」
「ふふっ、本当は歳を取ったなんて思ってないんじゃありませんか」
「ククッ、感じているさ、歳は取ったさ」
花火が上がり始め、周囲から歓声が上がる。
夢主からも小さな歓声が上がった。
「わぁ……始まりました……」
ほんのりと花火に照らされる横顔。
始まりの花は温かな橙の色。
フッと優しい息遣いが聞こえ、夢主は夜空から斎藤に視線を移した。
出会った頃と変わらない前髪が、温かな夜風に揺れている。
僅かに刻まれた目尻の皺が、共に過ごした日々を感じさせた。