【幕】憂いの斎藤、土方と沖田の口添え
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斎藤は夜の町に度々血煙を立てた。
斬るのは泰平を乱し民を混乱にいざなう不逞浪士ども。剣に狂い血を求めて向かってくる者もいれば、真に国の行く末を憂いて向かってくる者もいる。
何れの者も、斎藤は斬り捨てた。
己の正義に従い、新選組の任務として人を斬る。
信念を貫く斎藤だが、多過ぎる血は時に妙な昂ぶりを生んだ。体の奥が甚く乾いて仕方がない。
そんな時は必ず、夜通し部屋を空けた。
今宵も斎藤は羽織を脱ぎ、夜道を一人歩いていた。頬を撫でる冷えた風が吹いても、昂ぶりはおさまらない。体の奥の渇きは、歩くほどに増していった。
自ずと行く場所は限られる。見慣れた場所へ足を運ぶと、考えることを放棄したもう一人の自分が、見知った太夫を呼んでいるのであった。
もとは心地良かったはずの太夫との時間も、やがて斎藤に闇を与えるだけの時間へと変わってしまった。胸の奥が酷くぬかるんで、深みにはまっていく。
いつからこうなってしまったのか、斎藤にも分からなかった。
────俺は何をしているのか……
呆然と見つめるもう一人の自分をよそに、乱暴に馴染みの女を組み敷く自分がいた。
最早、相手の顔も見えてはいなかった。
やがて、太夫のもとへ行くのは止めた。
それでも斎藤は、花街通いを続けた。
朝の食事は、幹部連中、揃って済ませることが多い。
斎藤も食事の頃合いには屯所に戻っていた。
いつもの引き締まった顔で食事を終え、日常の任務に戻っていく。
だが、斎藤に染み付いた血の臭いと白粉の臭いを感じ取る者は少なくなかった。幹部連中、それに、夢主も気づいてしまうのだった。
朝、夢主が目覚めても、部屋に斎藤の姿はない。
けれども夜間、巡察の後に一度部屋に戻っていると知っていた。朝の部屋には、仄かに血の臭いが残っているのだった。
夢主が目覚めて間もなく、斎藤は鼻を突く白粉の香りを抱えて帰って来る。とても虚ろな顔立ちで、夢主の前に現れるのだった。
あんなに凛々しかった斎藤が近頃見せる、虚ろな表情。
夜が近付につれ何やら気が立つらしく、斎藤が纏う空気が、傷口に息を吹きかけようなヒリヒリと痺れるものに変わっていった。
夜、斎藤は毎度夢主を見据えてから巡察に赴く。その表情が、夢主を不安にさせた。
以前の頼もしく、力強い顔で巡察へ赴く斎藤を思い返しては、どうして変わってしまったのだろうと思い悩む。今の斎藤は、まるで獲物を見定めるような目で夢主を見据えて出て行くのだ。怖いと感じる時すらあった。
更には、女のもとへ通っている事実が夢主を不安にさせた。斎藤を慕う一人の女として、悲しかった。
池田屋事件の後、夢主が斎藤の遊びを知った朝、あの時の斎藤はとても清々しい顔つきをしていた。夢主が淋しければ淋しいほど、斎藤はいい顔つきになるのではと感じるほど、晴れた表情だった。
最近の朝帰りの斎藤は、酷く浮かない顔を見せる。
夢主には理由が分からず、元気付けることも出来ない。訊ねるわけにもいかず、夢主は相談できそうな数少ない男を訪ねた。
土方だ。
土方は部屋の前に留まって動かない気配に気が付いた。声を掛けてくる気配はないが、立ち去る様子も無い。
仕方なく土方は重い腰を上げ、部屋の障子を明けた。
「何か用か、夢主」
「土方さん……」
部屋の前に立って俯いていた夢主は、土方を見上げた。
「あの、忙しい土方さんに声をかけてまでお聞きするような事じゃないと思ったので……でも、その、もし、偶然出ていらしたらと思って」
「そうか」
だったら気配を消して待っていろよ。そう思う土方だが、夢主にそれを望むのも無理な話だ。小さく苦笑いをすると、縁側に腰かけ、夢主を隣に座らせた。
「何が聞きたい、何かあったのか」
夢主は「えぇと……」と、言葉を詰まらせた。
ここまで来たのだ、多忙な新選組副長の時間を奪っておいて逃げ出すなど出来ない。夢主は勇気を振り絞った。
「斎藤さんは……花街に通っているんですよね」
「おぉっ、……まぁ……そうみてぇだな」
真っ直ぐ訊ねる夢主に、土方は怯んでしまった。
土方の返事を耳にした夢主は、そうですよねと言わんばかりに、無表情で庭を見つめている。庭を見つめる夢主の目は、落ち着きなく瞬きを繰り返していた。
「どこで気付いたんだ」
「それは……何となく分かったんです。白粉の匂いは鼻につきます。それに、そんな日の斎藤さんは……血の匂いが濃くて、きっと、お辛いんだと……私、斎藤さんが心配で」
「優しいな」
土方は夢主に笑いかけた。
気づいて苦しんで尚、相手を思いやる。お前には敵わねぇなと、見つめていた。
「前は……そんな所に行かなかったのに、最近どうしたのかなって、正直、わからなくて……私は何か言える立場じゃありません。でも哀しいと言うか、淋しいと言うか……胸がもやもやして、頭では分かるんですけど……心配だけじゃなくて、気になっちゃって……」
「お前ぇも苦しいな」
夢主は小さく頷いた。
「でも、土方さんにお聞きしたかったのは、そのことじゃないんです」
「なんだ」
土方は皆目見当も付かないといった表情で首を傾げた。
斬るのは泰平を乱し民を混乱にいざなう不逞浪士ども。剣に狂い血を求めて向かってくる者もいれば、真に国の行く末を憂いて向かってくる者もいる。
何れの者も、斎藤は斬り捨てた。
己の正義に従い、新選組の任務として人を斬る。
信念を貫く斎藤だが、多過ぎる血は時に妙な昂ぶりを生んだ。体の奥が甚く乾いて仕方がない。
そんな時は必ず、夜通し部屋を空けた。
今宵も斎藤は羽織を脱ぎ、夜道を一人歩いていた。頬を撫でる冷えた風が吹いても、昂ぶりはおさまらない。体の奥の渇きは、歩くほどに増していった。
自ずと行く場所は限られる。見慣れた場所へ足を運ぶと、考えることを放棄したもう一人の自分が、見知った太夫を呼んでいるのであった。
もとは心地良かったはずの太夫との時間も、やがて斎藤に闇を与えるだけの時間へと変わってしまった。胸の奥が酷くぬかるんで、深みにはまっていく。
いつからこうなってしまったのか、斎藤にも分からなかった。
────俺は何をしているのか……
呆然と見つめるもう一人の自分をよそに、乱暴に馴染みの女を組み敷く自分がいた。
最早、相手の顔も見えてはいなかった。
やがて、太夫のもとへ行くのは止めた。
それでも斎藤は、花街通いを続けた。
朝の食事は、幹部連中、揃って済ませることが多い。
斎藤も食事の頃合いには屯所に戻っていた。
いつもの引き締まった顔で食事を終え、日常の任務に戻っていく。
だが、斎藤に染み付いた血の臭いと白粉の臭いを感じ取る者は少なくなかった。幹部連中、それに、夢主も気づいてしまうのだった。
朝、夢主が目覚めても、部屋に斎藤の姿はない。
けれども夜間、巡察の後に一度部屋に戻っていると知っていた。朝の部屋には、仄かに血の臭いが残っているのだった。
夢主が目覚めて間もなく、斎藤は鼻を突く白粉の香りを抱えて帰って来る。とても虚ろな顔立ちで、夢主の前に現れるのだった。
あんなに凛々しかった斎藤が近頃見せる、虚ろな表情。
夜が近付につれ何やら気が立つらしく、斎藤が纏う空気が、傷口に息を吹きかけようなヒリヒリと痺れるものに変わっていった。
夜、斎藤は毎度夢主を見据えてから巡察に赴く。その表情が、夢主を不安にさせた。
以前の頼もしく、力強い顔で巡察へ赴く斎藤を思い返しては、どうして変わってしまったのだろうと思い悩む。今の斎藤は、まるで獲物を見定めるような目で夢主を見据えて出て行くのだ。怖いと感じる時すらあった。
更には、女のもとへ通っている事実が夢主を不安にさせた。斎藤を慕う一人の女として、悲しかった。
池田屋事件の後、夢主が斎藤の遊びを知った朝、あの時の斎藤はとても清々しい顔つきをしていた。夢主が淋しければ淋しいほど、斎藤はいい顔つきになるのではと感じるほど、晴れた表情だった。
最近の朝帰りの斎藤は、酷く浮かない顔を見せる。
夢主には理由が分からず、元気付けることも出来ない。訊ねるわけにもいかず、夢主は相談できそうな数少ない男を訪ねた。
土方だ。
土方は部屋の前に留まって動かない気配に気が付いた。声を掛けてくる気配はないが、立ち去る様子も無い。
仕方なく土方は重い腰を上げ、部屋の障子を明けた。
「何か用か、夢主」
「土方さん……」
部屋の前に立って俯いていた夢主は、土方を見上げた。
「あの、忙しい土方さんに声をかけてまでお聞きするような事じゃないと思ったので……でも、その、もし、偶然出ていらしたらと思って」
「そうか」
だったら気配を消して待っていろよ。そう思う土方だが、夢主にそれを望むのも無理な話だ。小さく苦笑いをすると、縁側に腰かけ、夢主を隣に座らせた。
「何が聞きたい、何かあったのか」
夢主は「えぇと……」と、言葉を詰まらせた。
ここまで来たのだ、多忙な新選組副長の時間を奪っておいて逃げ出すなど出来ない。夢主は勇気を振り絞った。
「斎藤さんは……花街に通っているんですよね」
「おぉっ、……まぁ……そうみてぇだな」
真っ直ぐ訊ねる夢主に、土方は怯んでしまった。
土方の返事を耳にした夢主は、そうですよねと言わんばかりに、無表情で庭を見つめている。庭を見つめる夢主の目は、落ち着きなく瞬きを繰り返していた。
「どこで気付いたんだ」
「それは……何となく分かったんです。白粉の匂いは鼻につきます。それに、そんな日の斎藤さんは……血の匂いが濃くて、きっと、お辛いんだと……私、斎藤さんが心配で」
「優しいな」
土方は夢主に笑いかけた。
気づいて苦しんで尚、相手を思いやる。お前には敵わねぇなと、見つめていた。
「前は……そんな所に行かなかったのに、最近どうしたのかなって、正直、わからなくて……私は何か言える立場じゃありません。でも哀しいと言うか、淋しいと言うか……胸がもやもやして、頭では分かるんですけど……心配だけじゃなくて、気になっちゃって……」
「お前ぇも苦しいな」
夢主は小さく頷いた。
「でも、土方さんにお聞きしたかったのは、そのことじゃないんです」
「なんだ」
土方は皆目見当も付かないといった表情で首を傾げた。