ヘボ日記

ややオカルト話。長い。あと文章ってムズい。

2026/08/24 21:45
こんちはQ作です。

自分は、オカルトが好きです。
オカルトを好きになった理由として、何度も言ってますが「育った家庭環境がクソすぎた」というのがあります。

幼少の頃から、「心底安心できる場・人間関係」というものが無く、生活の根底には常に予測不能の危険があり、時々命に関わるほどの逼迫した状況にさらされるガキの自分にとって、唯一安息できるのが、自然と相対する時間だったんですね。

草花や虫や鳥は、私に対して不条理なジャッジをしません。
こちらから何もしなければ攻撃をしてこない。だから絶対的な安心感がありました。可愛いですしね。
あと、虫なんか見てますと、同種同士で虐め合ってる姿はあまり見えなかったです。
ミツバチとか、同種同士で喧嘩してるトコを見たことない。

で、4歳の頃の私は不思議でしょうがなかったです。

「人間はなぜ同種同士で殺し合うんだろ?何故、親が子を虐めたり、兄が妹を虐めたりするんだろう?同種同士なのに殺人がおこるのは何故だろう?自分の命がかかってる訳でもないのに、なぜ相手を攻撃したり殺したりするんだろ?」

なんか私は、4歳ぐらいで確信してた事がありまして、それは、「地球上の生き物の中で、唯一人間だけが、異常に歪んで穢れて狂っている。」って事だったんです。
こんな事を確信してる訳なので、私にとって、人間は基本的に恐怖の対象でしかなかった。
対人恐怖症になるのも道理なんですな。

でも、子供の頃は心理の仕組みとか分からなかったんで、「それでも、他の子と同じように、人と普通に関われない自分は異常で、酷くおかしく、存在していてはいけない悪なる人間なのだ」と、結論して生きていたんですよ。

もうね、私にとっては人間界がね、わけ分からん過ぎるんですww(゚∀゚)
なんかもう無理すぎるんです。
なんで生まれてきてしまったんだろ。人間以外が良かったのに。←何度思ったか分からんです。
人間以外が良かった。人間以外が良かった……。
でもどうしよう、人間として生まれてきてしまったじゃないか。もう変更がきかないよね?今から草花にはなれないし。今から虫にはなれないし。石ころにもなれないよね……。

こうやって思い詰めてゆくと、現実の物質世界の中には救いが見いだせなくなってきます。すると、お空にいる天使になりたいなー、とか、自然の中にいる妖精になりたいなー、とか、もうええ、人間以外やったら何でもええ、妖怪でもなんでも……という気分になる。

つまり目に見えないモノにしか可能性を感じられなくなってくるんです。

そうすると、そのような存在を現実に確かめたくなってくるんです。
決しておとぎ話ではなく、現実に、その姿を目視できて、もし会話が出来たら、ひょっとしたら魔法の力で仲間にしてもらえるかもしれない。
おぞましい人間界から脱出が出来るかもしれない。
子供の自分は、なんとか生き延びる為に、このように考え、絶望をやわらげてたんだと思います。
幼少期の私の脳は、私を守り生かす為に、一生懸命に救命システムを構築してたんですな。「妄想」という救命システムです。

もうなんでも……、幽霊とかも見てみたかったですよ。
怖い存在だけど、幽霊が見えたら、イコール、天使や妖精や妖怪の存在もあるって事になる。

しかし、私には全く霊感めいたモノがないんですな。
なんも見えないです。
それを目撃した人の体験談を聞いて、きっと存在してるんだろなあと思いはするけど、自分の体験ではないから確信が持てないんです。

もう一生見えんのだろうな。

とか諦めつつも、オカルト好きは続いてました。
でもなんか、一度、不思議な出来事があったんですよ。


自分は両親兄弟親戚一同と、27歳の頃に絶縁しとります。20年経ちます。
兄弟親戚とも切っておかなけば、そこから両親とつながってしまう可能性があるので、血族はまるごと縁を切る必要があった。
それほどに、親を切り捨てたかったんですな。
縁を切れなければ、やつらが自分や自分の子供に何をしてくるか分からないし、いつか自分が親を殺しに行っちゃうかもしれないからです。

それから長らく、虐待の世代間連鎖を絶つ、という仕事が自分の人生の命題としてあり、虐待の体験記憶により歪んでしまった心理やら脳やらのアレコレをなんとかするっていう超難題に取り組んでいましたが、これがハッキリ言って地獄でした。だって難しすぎるんです。

まあでも、縁切って20年……。
心の傷を癒やす手法も色々出てきて、沢山手を出して試行錯誤してきたからか、記憶と共に当時の感情までも襲ってくる事は無くなってきたんですよ。

ただ絶対に許せない気持ちはある。だって犯罪ですしね。許す必要が無いんです。

早く死んで地獄に落ちてくんねーかな、と、冷めた感じで思い出すばかり。


8ヶ月ぐらい前だったか。
昼間に、家でウトウトしている時にです。半分寝てて、半分起きてるみたいな、あやふやな状態でした。
薄く目をあけると、部屋のドアの向こう側に、縁を切ったはずの父親が佇んでいるのが見えました。
えっ?と思って、夢かな?とも思うんだけど、見える室内とか家具はハッキリと今の現実なのだと分かる。なんか父親の姿も、やたら鮮明なんです。で、その姿というのが、新品の綺麗な服を着ていて、背筋がピシッとしていて、容姿が若い。30代後半ぐらいに見える。
その父親が、微笑みを浮かべて、こちらを静かに見つめているんです。
全く邪気が無いんです。そして、えらく聡明に見えるんです。あの浅はかで愚かな父親が。
私の幸せを心から喜び祝福しているような、ふわーっと柔らかい、慈しみというか、見たことないような優しい顔してたんですよ。
一度瞬きをしたら、もう見えなくなりました。

私はこのとき、直感的に、「あ、父親、死んだんだな」と思いました。
オカルト界の噂によると(どんなんやww)、人は死んだ後、しばらくは現世をフラフラ出来るらしい。しかも、自分の好きな時代の姿でフラフラできるらしい。49日間は可能らしい。
肉体から出ると、生前の苦しみ全てから解放されると聞いた事がある。
父親は、やっと全てから解き放たれたのかな。

「よくやった、今までよくがんばった、よく乗り越えた、おめでとう」
そう言われてるような気がしました。

そうすると今度は、私の中で、ガラッと何か変わりました。
あ!そうか!と納得がいったんですよ。
父親は、役目を負ったのではないか?と。
私という人間を、大きくジャンプアップさせるために、あえて「嫌な役者」を請け負っていたのではないか?

勝手に涙が出てきて困りました。
信じられない事ですがそれは父親に対する感謝の涙だったんですよ。思い出すたび即座に、脳内で瞬殺しまくってた父親に対して、私が感謝?

ありえない。そんな事はありえないはずなのに、じゃあこの心境の変化は一体なんなんや。

実父からの性的虐待など絶対に許せないし、一生この恨みは消えないと思ってたんですけど、この時完全に恨みが消えてしまったんです。
こんなことがあるのかと、もうビックリしました。

父親の姿は、夢かもしれなかったし。
「父親はあえて悪役を請け負った」なんて考えは、私の個人的な解釈であって、これが他の人にも通用するものではない。

でもそれが一番、ハラに落ちるんですよ。
自分でも訳わからん。
この世は不思議です。

なんとかかんとか生き続けていると、こういう不思議な事も起こるんだなあと、ちょっぴりこの世に希望が抱けた瞬間でした。

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