ヘボ日記
ちょっと内省
2025/09/09 11:54日記
内省です。
読んでも意味が分からんかもしれませんので、宜しくお願いします〜。
一年前のヘボ日記を読んでみました。
今の自分と全く違っていてビックリします。
人間とは、たった一年でここまで変容する事が可能なのか…と、まことに信じ難い気分でおります。
「変われる」ってのを、自分で実践できると、世界に対する絶望感が激減してくるんだと分かりますた。
きっと世界も変容してゆけるんだろう!と信じられるようになるんですな。
だから、今生きていて、「ダイジョブ感」が凄いです。
変容を嫌がる人々も、それはそれでOKなんだろなと思っております。
この先、変容したい人と、変容したくない人で、ハッキリと棲み分けがなされてゆくと思うので、全体的な困り感は減ってゆくんじゃないかと思ってます。
今までは、自分と違った価値観の人とも、我慢して付き合わなければ、世の中は回らなかったのだと思います。
例えば商売だと。
大量生産&大量販売&大儲けの時代、大勢の人間が、トップが強いてくる理念のもとに集結し、無理して団結する必要があった。
しかもそれを安く売ろうと思ったら、ある一定の人々が必ず泣きを見る必要があった。
この仕組みは、組織のトップが沢山潤って、下に行けば行くほど、奪われちゃってる状態。
ウィン・ローズの状態です。
これが今までは、構造的に許されていたんだけど、今はもう、ウンザリしてる人が大多数だと思う。
「そういうの嫌だし、そもそも古いわ!辞めちゃいたい!(゚∀゚)」と思える人が、今や多数存在してるんではないかな〜。
人々の気持ちが、随分変わってきてるように感じる。
一方、変わりたくない!という人々も居ます。「このままサボって、悪だくみ続けて、自分だけ良い思いしてたいわ〜グヘへ」みたいな人は、厳然として存在し続けるんです。
居ても良いんだと思います。
そのような人は、変わりたい人にとってはジャンプ台みたいなモンです。
「ワイは絶対にこんな奴みたいになりたくねえぞ〜!」という断固拒否の気分は、限界突破するエネルギーにも繋がる。
乗り越えた後、「ワイを高くジャンプさせてくれてありがとな」と、感謝の念までわいてくるかもしれない。
◇
悪人にはそうなった理由や事情があるんやと思っとります。
今のところ、ワイは性善説を取り入れて生きております。
生まれたばかりの赤ちゃんの中に、「よっしゃ!これから大勢の人間を苦しめたるぞ〜!地上を苦しみだらけにして、それを高いトコから見下ろして嗤ってやるぞ〜!ワイの天下じゃ!ギャハハハ!」みたいな赤ちゃんって、居るんやろうか…?
どう思われます?
(フリーザはどうか知らん)
なんかねえ…、我々人間の場合は、こういう悪意って、後天的に身につけるもののような気がしてねえ…。
単に、色んなもの(愛とか、生きる安全とか、尊厳とか)を奪われすぎた人間が、あまりにも飢えすぎて、悪の方面に行ってるだけのような気がしてねえ…。
◇
不安や恐怖を100パー消し去りたい、と思っていたけど、それは違うんだと分かった。
不安や恐怖は、自分の命を守ってくれてたんだなあ。
だってそれが無かったら、人間はすぐに死んでしまう。
ただ、不安や恐怖を、過剰に持ちすぎてただけなんでしょうな。
いっぱい脅されすぎたんだよ。
親や教師、人生の先輩やら会社の上司やら、社会や世間やら……自分以外の人間から沢山脅され続けて育ったから、自分に可能性なんて無いんだと思い込むに至ってしまった。
これまでに教えられた信念って、ホンマに自分に必要なのかなあ…。
その信念を持ったまま、ワイは本当に幸せになれるんやろうか?
今は、もしかしたら、信念の断捨離をする時代なのかもしれん。
ワイは「親孝行」という名の信念を、二十年前に捨てますた。
親子だろうが、兄弟だろうが、魂は別々なんだと思っております。
ではではまた〜(゚∀゚)
