ヘボ日記
今日の日記 ちょっと振り返ってみる
2025/05/26 23:16日記字書きの気持ち
こんちはQ作です。
真面目です。
2024年の12月に二次創作を辞めまして、えー…、今で5カ月ほど経ちました。
ドン暗い字書きオタ歴14年の、振り返りをしてみようかと思います。
正直にな!(゚∀゚)
その前に注意喚起です。
今まさに「二次創作に力を入れているぜ!この先どんどんやっていくぜ!」という方は、この先を読まない方が良いかもしれないです。
ここを読まれている方はごくごく少数だと思うんで、ダイジョブだと思いますが、一応書いておきますね。
なんでそんなに長く、自分は二次創作をしていたのか。
自分にとって二次創作は「これが無ければ生きてはおれん」ぐらい大事なモノでありました。
この世で唯一の、感情発散の場所だったと思います。
リアルでは絶対に吐露できない類の、非常にネガティブな、重苦しい、自分でもどう対処したら分からんぐらいの苦しい感情。
これの長年の蓄積がありまして、も~~苦しくてね、なんとかその感情領域から脱出したかったんですね。
ちょくちょく申し上げてきましたが、私は生まれが最悪の、そりゃあもう、クソな人生を送ってきましたwww
ちょっともうね、冗談じゃなく、「生まれてこなければよかった…( ;∀;)」みたいな。
「どうやったら死ねるのかなあ…」みたいな事を、4歳の頃から真剣に考えちゃうようなヤッベー家庭に生まれてしまったんです。
ビックリされると思うんですが、自分は何度も、タオルを首にかけ、それをギリリリリ…と巻いて巻いて(←故・中尾彬のファッション風)、絞めて自殺を試みるという事をやっておったんです。4歳の頃からです。ベランダから、下を見下ろして、「この高さで確実に死ねるんかな?骨を折るだけで生き残ってしまうとまずいよな…」みたいな事を、そんな幼齢から考えておったんです。
ここはホンマに日本かよ?
法治国家?
はあ?冗談やろ?
ウソこけや!!!
だったらなんでワイの親は逮捕されへんのやボゲエ~~!!(゚∀゚)
…幼少から継続して喰らわされてきた、非道で理不尽な事柄というのが、自分の作文には色濃く現れてしまっている。
勘の良い人ならとっくに見抜いておられるのでしょうね。
「Q作さんの小説は暴力表現がすさまじいですね」と何度かお言葉をいただいたことがありますが、それは自分がそういう目にあってきたからだし、そういう目にあわせて復讐してやりたいとも思ってきたからです。
殺されるかもしれない「恐怖」と、殺してやりたいと思う「殺意」。
これを沢山持っていたから、そういうものを書く時は、苦しさと快感が同居したような強烈な面白さがありました。
一般にウケる訳が無いんですよ。
そんな世界は。
キモがられて疎まれちゃいますよ。
でも書いた。
恥ずかしげもなく書き続けてきました。
書きながら、ずっと思っていたことがあります。
地獄を味わってきた人って、水面下に存在しておられるはずで、そういう人に寄り添いたいなあ…と。
それはイコール、ズッタズタの自分に寄り添ってあげるのと同じなんですね。
ズッタズタの惨めな自分だけども、それを忌み嫌って「シッ!シッ!」ってしたくないんですよ。
ズタズタでも生き延びてこられた事が、凄い事だと思っているので。
だって、中には完全に精神を壊して自分を見失う人、命を絶つ人がいるんですよ。
地獄モードで生きてると、「愛いっぱい光キラッキラのハッピーな物語」がなかなか刺さらないような気がします。
地獄族にとっちゃ、そんな世界は到底信じられないんですよ。
感情の領域が違いすぎるからです。
自分とは全く無関係の「フィクション」だと思っちゃいますね。
「おめでてえな」と一蹴して終わりの、薄っぺらいフィクションでしかない。
そこまで擦り減ってしまった人間にとっての「希望」とか「光」になりうるモノとはどんなものだろう…と考えると、
「99,9%の闇の中に、見えるか見えないか分からんぐらいの0.1%の光」
↑こういうものなんじゃないか…と思います。
少なくとも自分はそうでしたし。
だからそういうものを好んで書いてきたと思います。
絶望だらけの人間には、強い光なんか説得力を持たんのですよ。
嘘でしかない、そんなものは。
けれどもほんの僅か、見えるか見えないかギリギリの光明だったら、逆に可能性を感じられる。
どこか説得力がある。
その光なら自分でも届くんじゃないか…と思わせる。
少し楽になる。
少し救いになる。
少し勇気がでる。
思い返すと、自分にとって作文は、セラピーのひとつになっていたんじゃないかと思います。
そして、無意識にそれをやってる創作者の人って、他にもたくさん居るんじゃないかな?
扱う感情の領域は、人によってさまざま。
ネガ感情の昇華は、音楽とか絵画とか、なにかしらの芸術活動で、他者を傷つけることなく可能にするものでありますが、自分にとってのそれが、二次創作であったと思います。
「そんなもんに漫画のキャラを使うなや!原作者に失礼だろうが!てめえは原作者と純粋なファンを傷つけてんじゃねーのか!」
↑ごもっともな意見だと思います。
ごめんね。
不快な思いをさせてしまって申し訳ないと思っている。
けれども、ヘボで愚かで無力な当時の自分には、これしか出来んかったんですよ。
そして、そんなヘボな歴史をネットから抹消するつもりもない。
過去のヘボも、大事な自分の一部だからですね。
あー、今思えば過去の日記とか全部残しておくべきでした。
カッコ悪い自分、ダメな自分、アホな自分、間違ってる自分、恥ずかしくて隠してしまいたい自分、そういうものを消さずに残しておくべきだった。
今なら全部許せると思うわ。どんな自分も。
しまったなあ…。
今日の日記、本当はPCサイトの方で書きたかったんです。
けれどもマイパソコンが…(゚∀゚)
なんか挙動がおかしくて、いつか壊れるんじゃないかとビビり散らかしてます( ;∀;)
あっちのサイト、頑張って作ったけど、PCでの管理が不安でしかない。
なのでPCサイトはしばらくしたら消えてしまうかもしれない。
しかし、すっかり文章が下手になったなあ~~。
やっぱり自分は、文章を書くために生まれてきた人間では無かったなあ。
でも自分が本当にやりたい事が分かったから、作文を書いた14年は無駄ではなかったと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます~(´∀`)
ではではまた~
真面目です。
2024年の12月に二次創作を辞めまして、えー…、今で5カ月ほど経ちました。
ドン暗い字書きオタ歴14年の、振り返りをしてみようかと思います。
正直にな!(゚∀゚)
その前に注意喚起です。
今まさに「二次創作に力を入れているぜ!この先どんどんやっていくぜ!」という方は、この先を読まない方が良いかもしれないです。
ここを読まれている方はごくごく少数だと思うんで、ダイジョブだと思いますが、一応書いておきますね。
なんでそんなに長く、自分は二次創作をしていたのか。
自分にとって二次創作は「これが無ければ生きてはおれん」ぐらい大事なモノでありました。
この世で唯一の、感情発散の場所だったと思います。
リアルでは絶対に吐露できない類の、非常にネガティブな、重苦しい、自分でもどう対処したら分からんぐらいの苦しい感情。
これの長年の蓄積がありまして、も~~苦しくてね、なんとかその感情領域から脱出したかったんですね。
ちょくちょく申し上げてきましたが、私は生まれが最悪の、そりゃあもう、クソな人生を送ってきましたwww
ちょっともうね、冗談じゃなく、「生まれてこなければよかった…( ;∀;)」みたいな。
「どうやったら死ねるのかなあ…」みたいな事を、4歳の頃から真剣に考えちゃうようなヤッベー家庭に生まれてしまったんです。
ビックリされると思うんですが、自分は何度も、タオルを首にかけ、それをギリリリリ…と巻いて巻いて(←故・中尾彬のファッション風)、絞めて自殺を試みるという事をやっておったんです。4歳の頃からです。ベランダから、下を見下ろして、「この高さで確実に死ねるんかな?骨を折るだけで生き残ってしまうとまずいよな…」みたいな事を、そんな幼齢から考えておったんです。
ここはホンマに日本かよ?
法治国家?
はあ?冗談やろ?
ウソこけや!!!
だったらなんでワイの親は逮捕されへんのやボゲエ~~!!(゚∀゚)
…幼少から継続して喰らわされてきた、非道で理不尽な事柄というのが、自分の作文には色濃く現れてしまっている。
勘の良い人ならとっくに見抜いておられるのでしょうね。
「Q作さんの小説は暴力表現がすさまじいですね」と何度かお言葉をいただいたことがありますが、それは自分がそういう目にあってきたからだし、そういう目にあわせて復讐してやりたいとも思ってきたからです。
殺されるかもしれない「恐怖」と、殺してやりたいと思う「殺意」。
これを沢山持っていたから、そういうものを書く時は、苦しさと快感が同居したような強烈な面白さがありました。
一般にウケる訳が無いんですよ。
そんな世界は。
キモがられて疎まれちゃいますよ。
でも書いた。
恥ずかしげもなく書き続けてきました。
書きながら、ずっと思っていたことがあります。
地獄を味わってきた人って、水面下に存在しておられるはずで、そういう人に寄り添いたいなあ…と。
それはイコール、ズッタズタの自分に寄り添ってあげるのと同じなんですね。
ズッタズタの惨めな自分だけども、それを忌み嫌って「シッ!シッ!」ってしたくないんですよ。
ズタズタでも生き延びてこられた事が、凄い事だと思っているので。
だって、中には完全に精神を壊して自分を見失う人、命を絶つ人がいるんですよ。
地獄モードで生きてると、「愛いっぱい光キラッキラのハッピーな物語」がなかなか刺さらないような気がします。
地獄族にとっちゃ、そんな世界は到底信じられないんですよ。
感情の領域が違いすぎるからです。
自分とは全く無関係の「フィクション」だと思っちゃいますね。
「おめでてえな」と一蹴して終わりの、薄っぺらいフィクションでしかない。
そこまで擦り減ってしまった人間にとっての「希望」とか「光」になりうるモノとはどんなものだろう…と考えると、
「99,9%の闇の中に、見えるか見えないか分からんぐらいの0.1%の光」
↑こういうものなんじゃないか…と思います。
少なくとも自分はそうでしたし。
だからそういうものを好んで書いてきたと思います。
絶望だらけの人間には、強い光なんか説得力を持たんのですよ。
嘘でしかない、そんなものは。
けれどもほんの僅か、見えるか見えないかギリギリの光明だったら、逆に可能性を感じられる。
どこか説得力がある。
その光なら自分でも届くんじゃないか…と思わせる。
少し楽になる。
少し救いになる。
少し勇気がでる。
思い返すと、自分にとって作文は、セラピーのひとつになっていたんじゃないかと思います。
そして、無意識にそれをやってる創作者の人って、他にもたくさん居るんじゃないかな?
扱う感情の領域は、人によってさまざま。
ネガ感情の昇華は、音楽とか絵画とか、なにかしらの芸術活動で、他者を傷つけることなく可能にするものでありますが、自分にとってのそれが、二次創作であったと思います。
「そんなもんに漫画のキャラを使うなや!原作者に失礼だろうが!てめえは原作者と純粋なファンを傷つけてんじゃねーのか!」
↑ごもっともな意見だと思います。
ごめんね。
不快な思いをさせてしまって申し訳ないと思っている。
けれども、ヘボで愚かで無力な当時の自分には、これしか出来んかったんですよ。
そして、そんなヘボな歴史をネットから抹消するつもりもない。
過去のヘボも、大事な自分の一部だからですね。
あー、今思えば過去の日記とか全部残しておくべきでした。
カッコ悪い自分、ダメな自分、アホな自分、間違ってる自分、恥ずかしくて隠してしまいたい自分、そういうものを消さずに残しておくべきだった。
今なら全部許せると思うわ。どんな自分も。
しまったなあ…。
今日の日記、本当はPCサイトの方で書きたかったんです。
けれどもマイパソコンが…(゚∀゚)
なんか挙動がおかしくて、いつか壊れるんじゃないかとビビり散らかしてます( ;∀;)
あっちのサイト、頑張って作ったけど、PCでの管理が不安でしかない。
なのでPCサイトはしばらくしたら消えてしまうかもしれない。
しかし、すっかり文章が下手になったなあ~~。
やっぱり自分は、文章を書くために生まれてきた人間では無かったなあ。
でも自分が本当にやりたい事が分かったから、作文を書いた14年は無駄ではなかったと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます~(´∀`)
ではではまた~
