ヘボ日記
今日のオタク 天才とは
2023/02/02 05:30日記
こんちはQ作です。
日記はこのサイトの大事なコンテンツなので毎日書きます☺️
タイトル、天才。
天才とはなんぞや!?(゚∀゚)
あらゆる分野に必ず存在し、賞賛される稀有な才能者。
ウィキにはこう書いてあります。
『天才は、天性の才能、生まれつき備わった優れた才能のことである。天才は、人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。天才は、極めて独自性の高い業績を示した人物を評価したり、若いのにあまりにも高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる。その才能が歴史や社会に影響を残すに至ったレベルの人物を指すことが多い』
…一番最後の、『歴史や社会に影響を残すに至った』という文には、強烈な違和感を覚えますな🤔
世の中には、広く世間には知られてない『天才』が、沢山いらっしゃるからです。
『世の中に広く影響を与える者が優れている』という価値観に、私は強く違和感を覚えます。これには反対の意を唱えたい😂
そりゃ、アレだろ?
その時代の価値観に、その人がたまたまマッチしたってだけの事だろ?
じゃ、違う世界線では、その人の評価はどうなるのさ?と疑問が生まれます(´∀`)
子どもは天才だ。
よく、こんな言い方がされます。
子どもは天才です。
普通の大人が持っていない発想や感覚を持っています。
言ってみれば誰しもが、幼い頃は天才を発揮していたはずなんです。
けれども、それがだんだんと消えてゆき、『凡人』となって、個性を失っていってしまう。
何が天才を封じてしまうんでしょうか?
私は、それは『周囲の環境』や、日々見せられる『常識』、強者側から与えられる『価値観』によって、ただ封じられてるだけじゃないか?と思うんですね(´∀`)
そんな事やってたら、カッコ悪いよ。
そんな事やってたら、変だと思われるよ。
そんな事を言われて、『天才を辞めないとお前は誰からも愛されないんだぞ』と、脅され続けるんです。(特に日本は、これが強いです)
そりゃ、恐ろしい事です。
子どもは成長するにつれ、自分は1人じゃ生きていけない無力な存在だと、気づくので、『出来るだけ愛される存在でいよう』と思って、本当の自分を横において、周りに合わせ始めます。
この頃から、『天才』は鳴りをひそめます。
これが、殆どの人間が辿るパターンではないでしょうか🤔
非常に優れた親のもとに生まれて、『天才』を発揮しまくる事を許されるケースもあるでしょうが、殆どは、そうはいかないのです。
『社会に適応』というミッションがあるからです。
この場合は、『日本の常識的な社会性』ですね。
これがほぼ全員に課せられますから、人に合わせて周りに合わせて…と生きてるうちに、『人とは違う事』をやるのは異常にリスキーで、『生きた心地がしない』というレベルにまで、恐ろしい事となるんです。当然の事です。
命を守るために、殆どの人は、内にある『天才性』を封じ込めているだけ。
私はこんなふうに思ってます(´∀`)
実は、みんな天才なんだと思います。
ただ、それが、色々なもので邪魔されて、自分の奥底に隠れてしまってるだけなんじゃないかな?🤔
同人界にだって、天才はゴロゴロ居ます。
この発想は無かった。
こんなの誰も思いつかない。
こんな上手いものはこの人にか生み出せない。
こう思わせる人が居ます。
常にそうでなくても、『この人のこの作品はめっちゃ凄い、傑作だ!』と思わせる瞬間があったりする。
それは創った人が、自由な心を持って、『好き、楽しい』という気持ちを、100%発揮した結果じゃないかなあ?と思います。
それから、天才は努力もしている。
創作物を見てもらうには、当たり前ですが、それなりの上手さ、技術が必要となってきます。
頭の中では傑作でも、具現化しなくては誰にも見てもらえないし、具現化には、やっぱりそれなりのレベルは必要になってくるし、それには練習や研究だって必要になってきます。
だから、光る人は、めちゃくちゃ努力してるんだと思います。
そして、この手の努力には絶対に『孤独』がつきまといます。誰も答えを教えてくれない、寂しく厳しい中でも、独りでコツコツと何かを頑張っていらっしゃるんじゃないかな…🤔
そのような苦労の中でも、『好き、楽しい』という気持ちがはるかに上回っているんだと思います。
邪魔はありますよ。
『たかがオタクの創作に、何を一生懸命になっちゃってんの?誰もそこまで求めちゃいねーよ。ププ』
このような言葉……。
私は今までに、こんな意地悪な言葉が、自分の心に生まれる瞬間を、何度も感じてきました。
どういう時に生まれるかって言ったら、自分よりも凄い事を実現している、他の創作者を見た時です。
嫉妬に苛まれる、というのは、自分が自分の好きな事を100%発揮出来ていない状態であるとも言えます。
だから、自分を調べるようにします。
誰かに合わせて自分を曲げてはいないか?
評価欲しさに自分を殺したりしてないか?
今本当に自分がやりたい事はなんなのか?
世間の声を優先してないか?
本当は他にやりたい事があるんじゃないのか?
めちゃくちゃ調べますね😂
なんか…オタ創作は、自分と向き合う作業でもありますね。
『たかが趣味。たかがオタクの妄想具現化』
このように馬鹿にされがちな、趣味の世界ですけど、そこで得た気づきはリアルにも使えますし、そこで磨いた技術をリアルにも活かして、人生をよりゆたかにする方々だって居ますね。
分かりやすいのは、とよたろう氏ですね。
本当に、好きだったんでしょうね。
ドラゴンボール、鳥山明が。
今、大変なプレッシャーの中で、やっておられると思います。
氏の気持ちを想像すると、私は引き裂かれるような思いになります。
とよたろう氏の中には、『好きな事を真っ直ぐにやる、子どもの天才性』があるのだと思います。
模倣の天才、画の天才、エンターテイナーの天才、色々だと思います。
ドラゴンボールは世界的な作品です。だから注目度は凄いし、ファンからの強烈なジャッジを受け続ける事が宿命づけられています。
それに負けずに描き続ける、磨き続ける姿を見ると、この方は、『振り回されずに己を強く持ち続ける、好きな事をずっと好きで居続ける天才』であるとも、私は思います。
嫉妬や、批判や、ジャッジに晒されながらも、懸命にやっておられる『天才』を見ると、私は応援したくなっちゃいますね(´∀`)
『天才』の努力のひとつには、『勇気を振りしぼる』というのが、あるんじゃないでしょうか。
そして、そんな天才は、素人の同人の中にも沢山いらっしゃるのですよ(´∀`)
ハートありがとうございます
ではでは
日記はこのサイトの大事なコンテンツなので毎日書きます☺️
タイトル、天才。
天才とはなんぞや!?(゚∀゚)
あらゆる分野に必ず存在し、賞賛される稀有な才能者。
ウィキにはこう書いてあります。
『天才は、天性の才能、生まれつき備わった優れた才能のことである。天才は、人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。天才は、極めて独自性の高い業績を示した人物を評価したり、若いのにあまりにも高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる。その才能が歴史や社会に影響を残すに至ったレベルの人物を指すことが多い』
…一番最後の、『歴史や社会に影響を残すに至った』という文には、強烈な違和感を覚えますな🤔
世の中には、広く世間には知られてない『天才』が、沢山いらっしゃるからです。
『世の中に広く影響を与える者が優れている』という価値観に、私は強く違和感を覚えます。これには反対の意を唱えたい😂
そりゃ、アレだろ?
その時代の価値観に、その人がたまたまマッチしたってだけの事だろ?
じゃ、違う世界線では、その人の評価はどうなるのさ?と疑問が生まれます(´∀`)
子どもは天才だ。
よく、こんな言い方がされます。
子どもは天才です。
普通の大人が持っていない発想や感覚を持っています。
言ってみれば誰しもが、幼い頃は天才を発揮していたはずなんです。
けれども、それがだんだんと消えてゆき、『凡人』となって、個性を失っていってしまう。
何が天才を封じてしまうんでしょうか?
私は、それは『周囲の環境』や、日々見せられる『常識』、強者側から与えられる『価値観』によって、ただ封じられてるだけじゃないか?と思うんですね(´∀`)
そんな事やってたら、カッコ悪いよ。
そんな事やってたら、変だと思われるよ。
そんな事を言われて、『天才を辞めないとお前は誰からも愛されないんだぞ』と、脅され続けるんです。(特に日本は、これが強いです)
そりゃ、恐ろしい事です。
子どもは成長するにつれ、自分は1人じゃ生きていけない無力な存在だと、気づくので、『出来るだけ愛される存在でいよう』と思って、本当の自分を横において、周りに合わせ始めます。
この頃から、『天才』は鳴りをひそめます。
これが、殆どの人間が辿るパターンではないでしょうか🤔
非常に優れた親のもとに生まれて、『天才』を発揮しまくる事を許されるケースもあるでしょうが、殆どは、そうはいかないのです。
『社会に適応』というミッションがあるからです。
この場合は、『日本の常識的な社会性』ですね。
これがほぼ全員に課せられますから、人に合わせて周りに合わせて…と生きてるうちに、『人とは違う事』をやるのは異常にリスキーで、『生きた心地がしない』というレベルにまで、恐ろしい事となるんです。当然の事です。
命を守るために、殆どの人は、内にある『天才性』を封じ込めているだけ。
私はこんなふうに思ってます(´∀`)
実は、みんな天才なんだと思います。
ただ、それが、色々なもので邪魔されて、自分の奥底に隠れてしまってるだけなんじゃないかな?🤔
同人界にだって、天才はゴロゴロ居ます。
この発想は無かった。
こんなの誰も思いつかない。
こんな上手いものはこの人にか生み出せない。
こう思わせる人が居ます。
常にそうでなくても、『この人のこの作品はめっちゃ凄い、傑作だ!』と思わせる瞬間があったりする。
それは創った人が、自由な心を持って、『好き、楽しい』という気持ちを、100%発揮した結果じゃないかなあ?と思います。
それから、天才は努力もしている。
創作物を見てもらうには、当たり前ですが、それなりの上手さ、技術が必要となってきます。
頭の中では傑作でも、具現化しなくては誰にも見てもらえないし、具現化には、やっぱりそれなりのレベルは必要になってくるし、それには練習や研究だって必要になってきます。
だから、光る人は、めちゃくちゃ努力してるんだと思います。
そして、この手の努力には絶対に『孤独』がつきまといます。誰も答えを教えてくれない、寂しく厳しい中でも、独りでコツコツと何かを頑張っていらっしゃるんじゃないかな…🤔
そのような苦労の中でも、『好き、楽しい』という気持ちがはるかに上回っているんだと思います。
邪魔はありますよ。
『たかがオタクの創作に、何を一生懸命になっちゃってんの?誰もそこまで求めちゃいねーよ。ププ』
このような言葉……。
私は今までに、こんな意地悪な言葉が、自分の心に生まれる瞬間を、何度も感じてきました。
どういう時に生まれるかって言ったら、自分よりも凄い事を実現している、他の創作者を見た時です。
嫉妬に苛まれる、というのは、自分が自分の好きな事を100%発揮出来ていない状態であるとも言えます。
だから、自分を調べるようにします。
誰かに合わせて自分を曲げてはいないか?
評価欲しさに自分を殺したりしてないか?
今本当に自分がやりたい事はなんなのか?
世間の声を優先してないか?
本当は他にやりたい事があるんじゃないのか?
めちゃくちゃ調べますね😂
なんか…オタ創作は、自分と向き合う作業でもありますね。
『たかが趣味。たかがオタクの妄想具現化』
このように馬鹿にされがちな、趣味の世界ですけど、そこで得た気づきはリアルにも使えますし、そこで磨いた技術をリアルにも活かして、人生をよりゆたかにする方々だって居ますね。
分かりやすいのは、とよたろう氏ですね。
本当に、好きだったんでしょうね。
ドラゴンボール、鳥山明が。
今、大変なプレッシャーの中で、やっておられると思います。
氏の気持ちを想像すると、私は引き裂かれるような思いになります。
とよたろう氏の中には、『好きな事を真っ直ぐにやる、子どもの天才性』があるのだと思います。
模倣の天才、画の天才、エンターテイナーの天才、色々だと思います。
ドラゴンボールは世界的な作品です。だから注目度は凄いし、ファンからの強烈なジャッジを受け続ける事が宿命づけられています。
それに負けずに描き続ける、磨き続ける姿を見ると、この方は、『振り回されずに己を強く持ち続ける、好きな事をずっと好きで居続ける天才』であるとも、私は思います。
嫉妬や、批判や、ジャッジに晒されながらも、懸命にやっておられる『天才』を見ると、私は応援したくなっちゃいますね(´∀`)
『天才』の努力のひとつには、『勇気を振りしぼる』というのが、あるんじゃないでしょうか。
そして、そんな天才は、素人の同人の中にも沢山いらっしゃるのですよ(´∀`)
ハートありがとうございます
ではでは
追記
なんだと…?
マイナー集結RNKにアクセス出来んのだが!?(゚∀゚)
コレは、もしかして、アレか!?
テメーは目立つなと!
テメーは表に出てくんなと!
一生ヒキってろと言う事か!?(゚∀゚)
Twitterも上手く出来んしよおおおお……
もういいよ!(゚∀゚)
…と思ったらアクセスできましたな。
なんだったんだ…
マイナー集結RNKにアクセス出来んのだが!?(゚∀゚)
コレは、もしかして、アレか!?
テメーは目立つなと!
テメーは表に出てくんなと!
一生ヒキってろと言う事か!?(゚∀゚)
Twitterも上手く出来んしよおおおお……
もういいよ!(゚∀゚)
…と思ったらアクセスできましたな。
なんだったんだ…