童遊戯

CCに到着したベジータは、持ってきた食糧(全て冷凍肉まん)を早速レンジで温めて食い始めたが、レンジの機能のノロさにイライラしてきて、そのうち自分で肉まんを温め出した。
肉まんは、生肉とは違って柔らかくもろい構造のため、気を放ってちょうどいい加減に温めるのには細心の注意が必要だった。下手をすると、手の中で破裂してこっぱみじんになってしまう。
ひたすら食って腹が満たされると、残った大量の肉まんを冷凍庫に無理矢理詰め込んだ。
今日と明日の食事は、この肉まんでまかなえそうだ、とベジータは思った。
だが、それは訓練で消費するカロリーを含めての計算だった。もしかするとブルマはしばらく帰ってこないかもしれない、その場合を考えると、訓練を控えて肉まんを節約すべきか、とも思う。あれこれと考えていると、だんだん腹が煮えくりかえってきた。

「あのクソアマ」

ベジータは憎々しげに舌打ちした。
悟空を超える道のりの険しさは、毎日イヤという程に味あわされている。一分一秒、流れてゆくこの時間は、悟空の強さを追いぬく為だけに与えられているのであり、無駄な事柄には一切消費したくない、消費されてはならない貴重なものだった。
貴重だから、それこそ時計細工のような精密さで、無駄を廃して、殆ど死に近いような滅私の訓練に身を投じているのだ、毎日毎日。
しかし、神経をすり減らせながら築き上げた生活様式は、ブルマによっていとも簡単にぶちこわされる。
時間を無駄に消費させられる。
今日のように。
そしてゆうべもだ。

「なんで“ここ”なんだ……」

ベジータはガクンと頭を垂れた。
今は無きフリーザ軍内で“永遠のサナギ”と称された職種、清掃班に左遷をされたらこういう気分になるのだろうか?と思った。

「いや。今に比べればなまぬるい」

2秒の即答であった。
ベジータは、被った泥水を払うようにして、首をブンブン振った。

「考えても無駄だ。今日はどうする。半日だけ重力室でやってみるか……」

無理矢理に予定をひねり出して、戦闘服に着替えると、いつも通りの訓練を始めた。あちこちにばらけていた意識を、一本の糸のように集中させながら己の体をいためつけた。

昼過ぎ、重力室が故障していない事を確認してから、電源を切った。
思う存分トレーニングできなかった為、不満が残った。
ムカついたので、脱いだ戦闘服は廊下に叩きつけてやった。
だが叩きつけても、壊れない。
戦闘服は頑丈だ。
ブルマが作ったものだからだ。
それを見ると、四方八方を柵で囲まれたような強い閉塞感が襲ってきた。
その閉塞感の正体と出所を、決して暴いてはならない、暴けば、今自分を支えている一本のピアノ線のようなルールが切れる可能性がある、ルールがなくなれば、自分の行く道を示す羅針盤を失う、そうなると、もう二度ともとの自分には戻れない、ただの落ちこぼれに成り下がる可能性が……。

「そんな事は絶対に無い、絶対にあってなるものか」

ベジータは独り言を言いながら、浴室で延々とシャワーを浴び続けた。
うなだれていると、湯に当たってゆらめき落ちる髪が、視界の中に入ってくる。
ブルマの言っていたアカナメを思い出す。

「うるさい!!黙れクソ女ーー!!」

一人で怒鳴って、ろくに体も拭かずに浴室から出た。
脱衣所には、着替えを入れる棚がしつらえてある。
いつもの癖で、棚を開けると、下着やら普段着がキレイに畳まれて収納されている。
Tシャツを乱暴につかみとって着ると、甘い香りが鼻をくすぐった。
ブルマの匂いだ。
いつもは感じない僅かな香りが、今はなぜか強烈であった。
――なぜか。
それも考えてはならない。
ベジータは、まだ濡れたままの頭をブンブン振った。

「……居ないくせに、なんなんだお前は!クソ!オレの前から消えちまえ!……いや、いやダメだ消えてはならん、その技術を、能力だけを残して、ここに……!」

そう叫んだ後、ベジータは狂ったように頭をかきむしった。



午後は居間で、辞書を片手に、興味のない分野の難解な本を読んだ。
謎を見つけては解く、という頭脳労働を、ひたすらに繰り返す。
空白の時間が生まれて、意識があらぬ方向に散ってしまわないように、とにかく読書に没頭した。
休む事無く“作業”しているうちに、時計が午後6時を鳴らした。
いつもより早いが、夕食をとることにした。
騙し取ってきた冷凍肉まんを手の中で温めていると、背後に小さな気配を感じた。

「腹減ったよう…」

それは、蚊の羽音のように小さな声だった。
ブルマのものではない。
後ろから聞こえたその声の方に、ベジータはゆっくりと振り向いた。
後方、3メートルほどの所に、服をボロボロに汚したウーロンが立っていた。
耳と耳の間に、でかいタンコブがひとつ出来ている。
ベジータは己の目を疑いつつ、何度も瞬きをした。
ウーロンが生きて帰ってきている事に驚いた。
ブタが札束に変身できる時間は5分……。
5分経てば、元の姿に戻り、店内はパニックになるはずであった。
ブタは勿論逃げるだろうが、どうせすぐに店員に捕まるだろうと予想していた。
なにせ高級スーパーマーケットである。変質者の類に対しては万全の対策…くもの巣のごとく容赦ない警備を張り巡らせているはずだ。
そして、店員共は捕らえたブタを間近で見て驚く。
ブタなのかニンゲンなのかを判断しかねて、警察に通報するのを躊躇する。
ブタは身分証明書など持っていない。
ゆえに人間とはみなされず、食肉関係のルートにまわされ、それなりに加工されてパック詰めにされ、産地も明記されないような激安スーパーの売り場に並ぶ、という末路を予想していたのだが、ブタは怪我をしているものの、生きて帰ってきている。

「……。よく帰ってこれたな」

驚嘆しながら、ベジータは言った。 するとウーロンは「ちっくしょーー!」と小さな足で地団駄を踏み、ベジータを指差しながら抗議を始めた。

「頑張って変身してやったのに、見捨てて行くなんて、ひでえじゃねえかよ~!あの後オレ、大変だったんだぞ!?」
「ハハハ。札束がブタに変化したんだから、店内はさぞかしにぎわった事だろうなあ。…しかしよく死なずに帰ってこれたものだ。お前、どういう知恵を使ったんだ?」

ウーロンは「知恵」という言葉に、少し気をよくしたようで、ばたつかせていた足をピタリととめた。
しかしすぐにきまりわるそうに口を尖らせて、頭をかきながらボソボソと説明をはじめた。

「いや、まあ、別に知恵使った訳じゃないんだけど……。実はよー、あのレジの女店員、札束に変身したオレをネコババしようとして、胸の谷間にこっそりつっこみやがってよ…」
「………」
「まあ、パフパフしまくれたから、それは役得で良かったんだけど……その後オレ、オッパイの谷間で元に戻っちまったんだよな。ねーちゃんのブラも制服もブチブチーー!って破れてよ、それでねーちゃん、オッパイ丸見えになっちまって…」
「………」
「まあ、オッパイ見れたからそれは役得で良かったんだけど、その後オレ、痴漢呼ばわりされちまって……。ほら、ネーチャンもよ、ネコババがバレたらヤバイだろ~?店内に響きわたる声で『痴漢が出たわーー!』って怒鳴りやがってさ。オレは必死に逃げ回ったよ」
「……どうやって逃げたんだ」
「小さい虫に変身したんだ。でも、オレ慌ててたから、ゴキブリに変身しちまってて……それがいけなかったのかなあ、店の連中総動員で、新聞紙で叩かれまくってこのザマだよチクショー」
「なるほど。とっさにゴキブリに変身するところが実にお前らしい。ヤムチャのネコならば、美しい小鳥に変身して、マジックショーのように連中を驚かせ、華麗にずらかりそうなもんだがな」

ふははは!とベジータが大笑いすると、ウーロンはまた怒って地団駄を踏んだ。

「うるせーやい!いちいちプーアルと比べるなよ!それよりオレにもなんか食わせてくれよ!お前の為に命がけで働いたんだから食う権利くらいあるだろ!?」

それもそうか、とベジータは納得して、ウーロンに冷凍肉まんを分けてやった。ウーロンはレンジで肉まんをあたためて、がっつくように食った。

「今日は変身しまくって逃げまくって、腹減って死にそうだったんだぞオレは!」

とベジータに文句を垂れながら肉まんを食うウーロン。
その時ふと、ベジータは、肉まんの中身がブタ肉である事を思い出した。中身がブタのミンチであるのに、なぜこのブタは平気で肉まんを食らっているのか……。ベジータは不審に思いながらウーロンを気味悪そうに観察し続けた。

「ブタ的カニバリズム。……名づけるとするならそんな感じか……?」
「ん?なんだって?」
「……何でもない」
「そうかよ、モグモグ、う~ん!さすが高級肉まんはうまいなあ~!」
「なんと気味の悪いブタだ。カニバブタか……同類食らいのカニブタ……」
「ん?なんか言ったか?」
「……何でもない」

腕組みしながら、ウーロンを観察し続けるベジータ。
それなりに知能を持つ生物は、普通、共食いなどしない。種の保存本能が働くので、他生物を食糧とするのが常である。知的生命体が共食いするとすれば、飢饉などで己の生命が脅かされて、理性が本能をはるかに凌駕してしまった時や、或いは何かの儀式として、同族を崇拝対象に捧げる贄に使い、他の者達と共に食らうという形も稀に見られるが、いずれも普段食として平然と食べる行為とはかけ離れたものである。 だからウーロンが「うまいな~うまいな~」と喜びながら肉まんを食っている姿が、奇怪で仕方が無かった。 いまだに、ウーロンがブタなのかヒトなのかも、ベジータにはよく分からない。 これはブルマにたずねても分からない事であった。 ……全く謎のブタである。 一体ウーロンとは何者なのか。ブタとヒトが奇跡的にかけあわさったものなのだろうか。ベジータはウーロンの食事風景を観察しながら考え続けた。 ウーロンは、そんなベジータの気味悪そうな顔には気づかず、肉まんをモリモリ食べた。

「なあ、ところでブルマのヤツから連絡あったか?いつ帰ってくるんだ?」

ウーロンが新しい冷凍肉まんを温めながらベジータにたずねた。

「知らん」

ベジータが他人事のように答えると、ウーロンは肩を落として大きくため息をついた。

「お前、この先どうすんだよ。もうあのスーパーは使えないぞ?」
「そうだな、では今度は違うスーパーマーケットに案内してもらおうか。そして今日と同じ方法で食糧を入手する、頑張れよブタ」

ベジータが手の中で肉まんを温めながら平然と言う。
ウーロンは「ひえっ」と高い叫び声をあげて、熱々の肉まんを床に落っことしてしまった。

「なっ!?なんだそりゃーー!またオレに、新聞紙で叩かれろっていうのかよ!」
「ゴキブリ以外のものに変身して逃げてこればいいだろ?バカかお前は」
「オレは極限レベルで焦るとなぜかゴキブリに変身しちまうんだよッ!!」
「そうなのか?ではこれからはお前を『ゴキブタ』と呼ぶことにするか。ゴキブタ、これは前払いの肉まんだ、遠慮なく食っていいぞ」

不敵に笑いながら、ベジータはウーロンに肉まんを渡した。
一個だけだった。
数もさることながら、ベジータのでかい態度には心底腹が立った。ウーロンは「ふざけんなー!」と怒鳴りながらソレをレンジにかけた。

「なんでお前が偉そうにしてんだよう!殆どオレの手柄で手に入れた肉まんなのに、オレの変身術に対する感謝の言葉はねえのかよ!チクショーそんな態度だからブルマに逃げられるんじゃねえか!モグモグ!」
「黙れゴキブタ。この共食い嗜好の変態野郎め」
「はあ~!?共食いってなんだよ!?」
「ふふふ、黙って食えよ、カニブタ」

ブタブタってうるせえよオレにはウーロンってれっきとした名前があんだぞ、と怒鳴りながらウーロンは肉まんをむさぼった。
ベジータも、バクバクと肉まんを食いまくった。
テーブルをはさんで、ブタとサイヤ人は競うように肉まんを食った。
そして二人は、ほぼ同時に満腹した。
「も、もう食えねぇ~」と言いながら、丸くなった腹をさすっているウーロンを見ていると、ベジータは猛烈な眠気に襲われた。
このしょうもないブタと二人きりでいると、自己を隠したり縛ったりする必要がなく、気が楽なのだった。
満腹も手伝って、非常にリラックスした状態である。
その後ベジータは、ジタバタ暴れるウーロンに再び首輪をつけながら、重力室さえ壊さなければ当分このブタとやっていけるのではないかと楽観した。
空き部屋のベッドの柵に、首輪の鎖をくくりつけて例によって凶暴に脅し、ウーロンの逃亡を完璧に阻止してからシャワーを浴びに行き、その夜は何も思い悩む事無く深い眠りに落ちた。



「ゴキブタ、起きろ」

翌朝の目覚めっぷりといったら、秋晴れのように爽やかで、笑いがこみ上げるぐらいだった。
良質の睡眠をたっぷり取れたので、ベジータの機嫌はすこぶる良かった。
あらかじめ、朝食用の冷凍肉まんを温めておいてからウーロンを起こしにいったのだが、その中には自分の分だけでなく、なんとウーロンの分もあった。
他人の為に“肉まん温め作業”をしてやっている事に、ベジータ自身も驚いたが、なかなかに悪くない生活だと思った。

――このブタとの生活は、悪くない。

「うう~~ん……」
「オイ、ゴキブタ。素晴らしい朝だぞ。早く起きて朝飯を食うんだ。そしてオレ様の為に今日も誠実な働きを見せろ」
「…………」

一方のウーロンの目覚めっぷりは、嵐前のドス黒い曇空のように最悪だった。
朝っぱらから、惨たらしい“現実”を突きつけられ、早くも顔が茄子色に染まってしまった。
ベジータに首輪を引っ張られながら、ションボリとあとをついていく。
無実の囚人の気分である。

「オレ……ちょっとションベン」

ウーロンが小声で訴えてトイレにUターンすると、ベジータもピッタリとついてきた。
1メートルと離れることは無い。
首輪をつけていながらの、この執拗さ……異常な疑い深さに、ウーロンはゾゾ気を覚えた。そして情けなく耳を垂らしながら、用を足した。緊張していたのでスムーズに放尿できず、トイレから出ても残尿感が残った。

「……あのさあ、絶対逃げねえから、この首輪外してくんねーか?」

ウーロンは両手をあわせてお願いしたが、ベジータは冷たく睨み返しただけだった。

「ダメだ。どうせ後で犬に変身するじゃねえか。つけはずしが面倒だからそのままでいろ」
「うう……ひでえよう……こんなの人権侵害だぁ……」
「人権?……モラルもクソもない“共食いブタ”に人権云々言われる筋合いは無い。ほら、さっさと歩け」
「はあ?共食いって何のことだよ?」

そんな会話を交わしながらキッチンに向かって廊下を歩く。
力なく歩くウーロンを急かすように、グイグイ鎖を引っ張るベジータ。
その瞳は、明るく、満足感で輝いていた。
対してブタの目は絶望感でいっぱいだ。
対照的な目をしながら二人がキッチンのドアにたどりついた時だった。
ふいに、廊下の末端にある玄関から、カチリと金属音が聞こえてきた。
玄関のドアが、ゆっくりと開かれて、外から風が吹き込んできた。
その風には、豊かな花の香りが混じっていた。

「ブ、ブルマ~~~~!!」

突然、ウーロンが泣き叫んだ。
ベジータはギョッ!と驚いて、玄関口に目を凝らした。
ウーロンが叫んだとおり、玄関に現れたのはブルマだった。
ドアを半分だけ開けて、そーっとこちらを見ているようだ。少しバツが悪そうに、ベジータに目を向けている。ベジータの体を上から下まで眺めて、ブルマは一瞬だけ、安堵の表情を見せたが、美貌をすぐにふくれっつらにしてツンケンしながら家の中に入ってきた。

「なあんだ、元気そうじゃないの。冷蔵庫に食べ物無かったから、おなかすかせて死に掛けてると思ったのに」

ブルマは持っていたスーパーの大袋を3つ、玄関口でおろした。 ドサッと重い音がした。 袋の中には、惣菜やらインスタント食品やら果物やら弁当やらパンなどの、すぐに食べられそうなものばかりが大量に入っていて、こぼれんばかりになっている。

「ああ重かった!無駄な労力使っちゃって、バッカみたい!」

アンタの食糧なんだからこの袋自分で運びなさいよね、とブルマがベジータに言った。
ベジータは愕然として動けずにいた。
この女はしばらく帰ってこないものと思い込んでいたし、ブタと二人きりの生活に希望を見出した直後の突然の帰宅……頭の中で描いていたブタとの生活様式がガラガラと崩れて、一時的に脳内が真っ白になってしまった。

「ブルマ~~!今までどこ行ってたんだよ~~!」

ウーロンは号泣し、廊下を転がるようにして走った。
ベジータは、突然帰ってきたブルマに気を取られていて、首輪の鎖を手から離していた。
ジャラララ!と床に鎖を滑らせながら、ウーロンがブルマの元にたどりつくと、その白い足にベッタリとしがみついた。
そこでやっとブルマは、ウーロンも一緒にいた事に気づいたようだった。

「あら、何かと思ったらウーロンじゃないの。久しぶりねえ。……アンタ、なんで首輪なんかつけてるの?」
「あいつだよ~~!あいつに着けられて、オレ、酷い目にあったんだよ~~!」

ブルマの後ろに隠れながら、まっすぐにベジータを指差すウーロン。

「えっ、ベジータに?」

ブルマはガタガタとおびえるウーロンを見て、それから不思議そうにベジータの方を見た。
ブタとサイヤ人の間を、青い目が何度か逡巡した。
ベジータはというと、黙りこくって知らんフリをしていた。
やがてブルマは、みるみると顔をこわばらせて、口を手で押さえつつ、震える声で言った。

「ベッ…、ベジータ!あんた……、まさか!」
「?」

その声の変化に気づき、眉をひそめながらブルマのほうを向くベジータ。

「何だ」
「まさかそんな……!あんた!私が居なくなっちゃったから……、よ……、欲求不満が高じて………ウーロンと……?」
「……」
「……」

ベジータとウーロンが同時に首を傾げた。
ブルマの言葉の意味が、よく分からなかったのだ。
数秒後、「ベッドで……」とブルマが言ったとたんに二人は目を限界まで開ききった。
「アホかーーーー!!」というベジータの咆哮を皮切りに、ウーロンも全力で否定を始めた。

「な、何言ってんだあ!?冗談よせよ!だだだ誰が男同士で!何言ってんだあ!?マジで何言ってんだお前!?」
「気でも狂ったのかーーー!そんな訳がないだろうがーーー!!」
「ウーロンを私に変身させたんでしょう!!私が恋しいあまりにウーロンを利用して、エ、エッチな事して、あんたって男は……!!」
「ななな、何言ってんだあ!?オレ達そんな事してねえって!」
「だってウーロン、首輪つけられてんじゃないの!」
「へ!?いや、この首輪はただ……」

説明しようとするウーロンの言葉を遮りベジータが怒鳴る。

「オレ様が、こんな醜悪なブタとやる訳無いだろうが!!お前はただちに脳病院へ行ってこい!!」
「ああーっ!よく見たらこの首輪、前に私に着けてたヤツじゃないの!!さてはウーロンに着けて、あの時みたいなプレイをしたのね!?『こんな目に遭えるのはお前“だけ”だどうだ嬉しいだろ』って、あの夜の言葉は嘘だったの!?うわ~~んベジータのバカ~~~!!」
「な!?どんなプレイしてんだ~~~!?」
「ゴキブタはひっこんでいろ!ブルマ、お前は正気に戻れ!」
「結構イカレたヤツだとは思ってたけど……ううっ……ここまでひどいと思わなかったわ……この半分浮気者ーーッ!!」
「だからこのブタとはやってないと言ってるだろうが!!聞こえんのか!!」
「もうやめてくれーーー!!うわああこれ以上聞きたくねえーーー!!」

――真実が明らかになるまで、30分もかかった。

ブルマはヘンテコな嫉妬で大混乱となり、聞く耳を持たなかったし、ウーロンも2人の性生活を赤裸々に聞かされて、その過激な内容に拒絶反応を起こして、ぎゃあぎゃあと喚いていた。
喧騒の中でベジータは、食糧を調達するためにウーロンを犬に変身させてマーケットへ行き、札束に変身させて肉まんを手に入れた事、生きて帰ってきたウーロンがこの先も使えそうだったので逃げないように首輪をしていた事を何度も説明した。
特に、首輪は逃亡を阻止する為の手段であり、決して性的な意味合いはない事を強調し続けた。
やがてブルマはベジータの話を理解した。

「なあんだ、そうだったの~。ああビックリしたわあ~。良かった~あんたとウーロンが一線越えてなくて」
「どうすればそんな下品な発想が生まれるんだ!」
「……オレから言わせて貰えば……お前ら二人とも……十分下品だよ……」

ウーロンがへたれた声で突っ込んだが、声が小さくて二人の耳には届いていなかった。

「ハイハイ、どうせ私は下品な女ですよ。でもアンタと決定的に違うのは、犯罪を働かない所だけどね!まさか、サイヤの王子がドロボーの下賤民に成り下がるなんてねえ~」
「げっ……下賤……民……??」

ベジータは真っ青になって絶句した。
生まれて初めて言われた言葉だった。
そのショックの表情を見たブルマが、眉を吊り上げ勝ち誇ったように笑みを見せた。フンと鼻を鳴らしてさらに続ける。

「そこまで落ちぶれるなんてサイテーよ。見損なったわ」
「下賤民……ゲセンミンと言ったのか……?オレ様に向かってなんという暴言を……!!土下座しろそこで!!」
「土下座!?なんでドロボーの、しかも居候なんかのヤツに、私が土下座しなくちゃいけないのよ!」
「お前は今、オレに絶対に言ってはいけない言葉を口にしたのだ!ワースト3に入る暴言をなあ!!今すぐ土下座しろ!!土下座しながら足を舐めて詫びやがれーー!!」

ドカッと片脚を前に出す。
それを床にガンガンと踏みつけながらベジータが顎で指図すると、ブルマは肩を怒らせて叫んだ。

「格付けばっかしてんじゃないわよ、ナンバー1とかワーストナントカとか、もう聞き飽きたわ!そんなに数字が好きなんだったら、私とじゃなくて、電卓とお喋りしてればあ!?」
「お前なんぞ…!こっちは最初から口もききたくねえんだ!だがお前の方からしつこく絡んできやがるからオレは仕方なく相手を…」
「仕方なくですって!?じゃあなあに!?ベッドでも仕方なく私の相手をしてるっていうの!?それにしちゃアンタすっごく喜びながらやってるわよねえ~~!!ゲラゲラ笑っちゃってさ!!仕方なくやってるようには見えませんけど!?」
「今はそんな話はしてな…」
「何ソレ!?逃げる気!?あー分かった!都合悪くなったからでしょ!」
「ふ、二人とももうやめてくれえ~~……うわああああこんな話聞きたくねえよ~~……」

ウーロンの泣き声は、ベジータとブルマの激しい諍いでかき消された。
まるで小学生並の口喧嘩はしばらく止まる事は無かった。
ウーロンはどうすることもできずにシクシクと泣き続けた。

「ふう、なんか大声だしたらおなかへっちゃったあ!いったん休止して朝ごはんにしましょうよ」

というブルマの言葉でやっと口喧嘩が終わったのが、更に30分後の事である。
ブルマは言いたい事を言いまくってスッキリしたようだったが、ベジータは相手の弾丸トークに押され気味だったので、どっと疲れていた。
言い返したい事は、山ほどある。
しかし、反論を始めれば、ブルマは必ず性的な方へ話題を引っ張るので、軌道修正ばかりになってしまう。ベジータが何か言えば、ブルマは、性的な恋愛色をベッタ塗りにして言い返してくる。その変な尾ひれをとっぱらうのに追われるから、ブルマとの口喧嘩はとても疲れるものだった。

「ウーロンは何食べる~?」
「……もう何でもいいよ……」
「ベジータは~?」
「………」
「なんでもいいわよね♪」

疲れ果てて、返事が出来ないベジータ。
テーブルの隣には、もっと疲れ果てたウーロンが座っている。
ブルマ一人だけが機嫌よくキッチンで立ち回っていた。
鼻歌まで歌っている。
いやにピチピチした姿を、ベジータはぼんやりと見ていた。

「疲れた……」

かすれた声でベジータが漏らした。
ウーロンも、元気いっぱいのブルマを、ぼんやりと見ていた。

「なあ……お前さあ……ブルマとどういうカンケー?一応は、恋人なのか?」
「知らん……何がなんだか……オレにも分からん……」

ベジータにとってはそれが本音であり、疲れていたのでポロリと口から漏らしたのだったが、ウーロンは「なんだそりゃ」と呆れて、顔をテーブルに突っ伏した。

「ブルマってよー、ヤムチャと同棲してた時もよく喧嘩してたけど、あん時はもっと普通の喧嘩だったぞ~?」
「ヤムチャ……、ああ、あのネコの付き人か……」
「違うよ、ヤムチャが主人だっつーの」
「……どうでもいい……」
「お前らは変だよ。オレもそりゃあ、自他ともに認めるスケベだけどよ、お前らの喧嘩のアブノーマルな感じにはちょっとついていけねえよ」
「なんだこのブタ野郎。オレに文句をつけているのか。そんなに居心地が悪いなら、なぜCCなんかに来やがる」
「何言ってんだよ、お前が脅迫してオレを呼んだんじゃねえかよう」
「そうだったか……もう忘れた」
「お前、廃人みたいになってるぞ?」

うるせえてめえこそ鏡を見やがれ廃ブタが、と言い返してから、ベジータは黙りこくった。
先ほどの口喧嘩で駆使したためか、頬の筋肉が引きつり痙攣を起こしかけていた。
キッチンではブルマが鼻歌を歌いながら惣菜を皿に盛り付けていた。巨大なサラダボウルにはリンゴやオレンジが大きめにカットされて山盛りになっている。

「なあに?二人ともゲッソリしちゃって。そっか、よっぽどお腹が減ってるのね。はい召し上がれー、ブルマさんお手製のスペシャル朝御飯でえーす」
「惣菜盛っただけじゃねーか」

ウーロンだけがツッコミを入れた。
ベジータは、会話する気力すら削がれていたので無言のまま食事にとりかかった。
「もう二度と家出みたいな真似すんなよ?こっちはいちいちこの宇宙人に呼び出されて、大迷惑なんだからよ」とウーロンが文句を付けるとブルマは、ベジータの日頃の無礼な態度や気まぐれな性格にどれ程振り回されているかを、かなりオーバーに話し聞かせた。ベジータは無視していた。ウーロンが「いや、ブルマも似たようなもんじゃねえか?」と突っ込むと、ブルマは怒ってウーロンから惣菜を取り上げるフリをした。
ゴチャゴチャやりとりしている二人には目もくれず、ベジータは大量の果物を独り占めして食った。

食事が終わるとブルマが洗い物を始めた。
ベジータはそっとキッチンを出た。
首輪をつけたままのウーロンを引っ張りながらである。
ウーロンはベジータに、首輪を外すようにお願いした。
昨日からずっと着けられていたので、いい加減この拘束感にはウンザリしていたのだ。

「なあ、ブルマも帰ってきた事だしよ、この首輪外してくれよ~。オレはもう用なしだろ?」

だが、ベジータはウーロンの訴えを聞いても冷たい眼を向けるばかりだった。

「首輪を外す?何を言ってるんだブタ。用事なら他にいくらでもあるぜ。お前は今日からオレの小間使いとなれ」
「なっ!?なんだって~~~!?なんでオレが小間使いなんかに……冗談じゃねえよ!」

うろたえるウーロンを、ベジータは冷たく見下ろしている。口元に悪略の笑みが浮かんでいた。ベジータはいくらか優しめの声質を使ってウーロンに語りかけた。

「ブタ。話は聞いているぞ。変な飴でブルマに操られていた頃、お前は無給で働かされていたんだってなあ。あの女は褒美をやらんかったそうだが、オレ様はそこまでケチじゃねえぜ。なぜだか分かるか?それはオレが、高貴の生まれの王子だからだ。オレの為に働けば、お前のほしいものを何でも買ってやろうじゃないか、どうだ悪くない待遇だろう?」
「買うって……お前ゼニ持ってねえじゃねえかよ!」
「金なら大丈夫だ。いい作戦がある。ふはははは」
「そ、その笑い方は全然大丈夫じゃねえ感じがするぞ!?うわあああもういやだよーーー!!誰か助けてくれえーー!!」

この脅迫行為はCCの隅っこの物陰で、ヒッソリを行われていた。ベジータがウーロンを無理矢理ひっぱって連れ込んだのである。
ウーロンの絶叫は、CC内に響き渡った。
洗い物をしていたブルマは、その尋常ならぬ悲鳴を聞きつけて、二人の居場所まで走ってやってきた。

「どうしたのウーロン!あっ、ベジータ!あんた何してんのよ!」
「ブルマ~~~、助けて~~~、コイツが首輪外してくんねえんだよ~~。おまけに、オレに小間使いになれって言うんだよ~~~」
「クソ…」

ブルマは腰に手を当てて、ベジータを睨んだ。

「ベジータ、弱いものいじめは止めなさい」
「ブルマ…」

毅然とした態度のブルマを見て、ウーロンは驚いた。こんなにまともな、学級委員長みたいな正義感をブルマが見せるのは初めて見た気がした。
舌打ちするベジータを真っ向から睨みつけて、ブルマは更に続けた。

「ウーロンを虐めたくなっちゃう気持ちは私にも分かるわ。でも虐めたくても我慢しなさい!アンタが虐めたらすぐに死んじゃうじゃないの!」
「こっ!この女もダメだ!この施設は、もうダメだあ~~~!!!」

悪魔の巣だ~~~!!と叫びながらウーロンはギャン泣きした。ブルマもまたSっ気の強い人間だった事を思い出した。一瞬抱いた感激の念は、泡のように消えてしまった。ブルマはすぐに「冗談よ冗談」と笑ったが、どこまで本当か分からないのでウーロンの涙は止まらなかった。
ブルマは、ウーロンの首輪に手をかけて外そうとした。
すると突然ベジータが、横からかっさらうようにウーロンをぶんどった。
小脇に抱えて、放さない。突拍子もない行動にブルマは呆気にとられた。当のベジータは、全くの無表情でブルマから目をそらしていた。
ウーロンはベジータの腕の中に抱えられている事が信じられず、目を丸くした。高級スーパーへ行く時、あれ程触るのを嫌がっていたのに、今、素手で己の体に触れている。
ベジータの腕は硬くて、まるで金属のようだ。
首輪とは比較にならぬ、強力な拘束…。ウーロンの体からジットリと汗が吹き出てきた。“はなせこの野郎”と怒鳴るつもりが、緊張のせいで変な台詞に自動変換されてしまった。

「ドウカ放シテクダサイ宇宙人サン」
「ベジータ!なんでウーロンにそこまで執着するの!?」

ブルマが厳しく追及する。
ベジータはブルマの顔から目をそらしたまま、冷静に答えた。

「…便利だからだ。このブタはお前よりも言うことを聞くし、お前よりも口数が少なく静かだし、お前なんかより役にたつからだ」

ウーロンを抱えるベジータの腕に、ぐっと力がこもった。
このブタは絶対逃がさねえ、という執念が伝わってくるかのようだった。ウーロンは、宇宙人の腕力に半端なく恐怖した。金玉やらチンコなどはかつてない程に縮み上がりすぎて、オカマと言っても通用するレベルとなっている。
冷や汗をダラダラ流しながらウーロンは思った。なんとかしてこの宇宙人から逃れなければならない。このまま言いなりになってしまえば、巷で怖いと噂のホラー映画など屁でもないレベルの、超絶オカルト生活を余儀なくされる事は目に見えているのだ。並みの根性すら持ち合わせていない自分が、極悪宇宙人の提示する地獄ミッションに長期間耐えられる訳がない。急速に精神が破壊され、飛び降り自殺に追い込まれる予感しかしない。
いいように使われて、ボロ雑巾のように抹殺されるも同然である。
…もって3日ぐらいだろうな、となんとなく思った。
ウーロンは懸命に頭を回転させた。
命がけで知恵を絞った。
そして、奇跡的にあるアイデアを思い付いた。
火事場のなんとやらである。
これはひょっとしてイケるのではないか、とウーロンは目を細めてニヤついた。しかしすぐに真っ青になって震えだした。そのアイデアを使えば、宇宙人に瞬殺されるかもしれないのだ。でもうまく行けば逃げる隙が生まれるかもしれない…。
ウーロンに迷っているヒマは無かった。
今、狂悪宇宙人は、首輪の鎖をグルグル巻き付けて手足の動きを封じはじめている。あばらのあたりを腕で圧迫されていたから、窒息寸前だった。
やべえ死ぬ、と危機を感じたウーロンは、もうどうにでもなれという心境のまま、絞り出したアイデアを言い放った。

「こ、こいつッ!ブルマに惚れてるからッ!照れてやがんだよーー!ブルマと二人ッきりになんのが、照れ臭いんだーー!だから、照れ隠しに、オレをここに住まわせようとして、コソコソと脅して」

最後まで言い終わらぬうちに、ウーロンは床に落とされた。
ボテッ!と肉のかたまりが落ちる音がした。
三人共、そこで石のように硬直した。
床に落とされたウーロンがぎこちなく起き上がり、恐る恐るベジータを見上げた。

「ギャア~~~~!!」

ベジータのてのひらが、真っ直ぐに、ウーロンに向けられていた
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