桜咲いたら (BLヘボ話)
社会に出て世の役に立てる日々を思えば、胸がときめく。
俺は夢を抱いていた。
誰かの役に立てることが素晴らしい生き様なのだと教えられてきた。
だから、故郷を出発し、新たな土地に向かう列車に乗るときは、綺麗に正装した自分の姿が誇らしくってしょうがなかった。
故郷の幼なじみのなかには、道が定まらないままぐずぐずと過ごし「用なし」と見なされ、村の掟で殺されるヤツもいるのだと聞いたのが社会デビューの翌日の事だった。
配属された店舗で、先輩諸君がそんな噂話をしたり顔で語っていたんだ。
「社会デビューをしくじったヤツ」の末路がどんなに酷いモノかを、誇張や妄想たっぷりに語られる所には、先輩諸君の勝ち組としての優越感が見えるようだった。
村で生まれたばかりの頃は、大人になったらどんなふうに活躍したいかなんて皆で語り合ったものだ。
でも皆が皆、うまく流れに乗れる訳では無いのだと、俺はその時世の厳しさと酷烈さを思い知り、自分だけは社会から排除されまいと決意を固めたのだ。
実戦の現場は、とても厳しかった。
こんなの聞いてない、と泣きそうになるぐらいに無遠慮な要求に応え続けなければならなかった。
……俺は、毎日毎日削られていった。
誰かの要求に応えるばかりで、自分のペースというものが保てない世界だったんだ。
それでも、村で教えられた通り、信じ続けた。
俺は世の役に立つために存在していて、俺の働きは必ず誰かを助け、誰かを光らせ、その光は世界中を照らして、世の中どんどん良くなっていって最後には自分に返ってくるはずなのだと……。
「ずいぶんすり減ってるなあ」
ある日、同じ部署にいるヤツに笑われてしまった。
俺が今居るのは、狭くて暗い部署だった。なんの為に存在しているのか分からないような仕事をさせられ、褒められる事もなく、ただただ削られる毎日。
この劣悪な部署に所属している男は、俺以外にも居た。
ソイツは色白の男だった。
身綺麗さのかけらも無い容姿だった。何ヶ月も替えてないような服を着ていて、しかもあちこちボロボロになってた。誰かにやられて気づきもしないのか、背中のところに「バカ」と書かれていた。
「来たばかりの頃はシャキッとしたイケメンだったのになあ」
色白は、ニヤニヤしながら煽ってきた。
こんな薄汚いヤツに言われたもんだから俺は頭にきた。
同部署の者にケンカを売ることは法度であることは分かっていたが、悪口を返してしまったんだ。
「うるせえんだよ根暗」とか、「きたねえナリなんとかしろよ」とか、酷いことを言ってしまった。
「俺だって、こんな風になるとは思ってなかったんだ……」
色白は目に涙を浮かべて悲しそうに震えた。
俺はすぐに謝った。劣悪な環境に身を置いているんだから、ストレスが高じて嫌な態度になってしまう気持ちは俺にもよく分かった。
こんな所で、罵り合っても何も生まれないんだ。
「お前、出身はどこなの?」
俺は今まで聞いたことの無かった、ソイツの素性をたずねてみた。
聞くと、まあまあデカい村の出身である事がわかった。しかもエリートコースが約束されるような高度な教育と技術を教え込まれたヤツなのだと知った。
「お前みたいな凄いやつが、なぜこんな所に……?」
俺は驚いてしまって、同時にこの男を不憫に思った。
「お前こそ、尖ってかっこいい面してんのに、こんな職場じゃあ宝の持ち腐れだな」
色白は悲しそうに微笑みながら返してきた。
それ以来、俺たちは語りあった。
毎日夢を語り合った。
夢を語る色白は、同じ男であっても、美しいと感じた。よく見ればソイツの瞳は、なんの汚れもなく透明で、湖のように澄み切っているんだよ。
「世界の間違いを、綺麗になくすことが俺の夢なんだ」
色白は天を見上げて、よくこんな風に語った。
信念を語る色白は、溜息がでるほどに美しかった。こんな職場に来てなけりゃ、きっと凄い仕事をして世の中をピカピカに綺麗にしてくれただろうなと、俺はソイツの境遇を心から残念に思った。
「そして、俺が綺麗にしたあとに、あたらしい世界を作るのはお前なんだ」
色白の言葉に、まだ半人前の俺は恐縮した。
「俺にはそこまでだいそれた事、出来やしねえさ……」
「いや出来るさ、その為に生まれてきたんだろう?お前は、ここから出られるとしたら、世の中をどんなふうに作ってみたいんだ?」
「そうだなあ、みんなが笑顔になれるような、明るくて面白いものがあふれる世界にしたいな」
「きっと出来るぞ。芯の強いお前なら」
「そうかな?いつか出来るといいなあ……」
現実には、絶対に叶わないことだと分かっていた。
俺たちは二度と、この部署から出ることは叶わない。
絶望的な日々、生きている喜びを感じられる時間といったら、仕事の後に色白と語り合うこの時間だけだった。
俺はいつのまにか色白を、自分にとってかけがえのない存在だと思うようになった。
そして毎日見つめているうちに、色白の肌の綺麗さにドキドキするようになっていったんだ。自分でも変だと思った。
男相手にそんな感情を持つなんて、どうかしているけれども、色白の隠された上品さとか美意識とか、こちらの真意を見抜いて気遣ってくる繊細さとか、そんなものに触れているうちにヤツに対する好意はどんどん膨らんでいくんだ。
でもこんな気持ちを知られたら、絶対に嫌われると思ったから、慕情を必死に隠して格好つける毎日だった。
ある日、色白は、ひどい状態で部署に帰ってきた。
身体が傷だらけで、服はいっそうボロボロになっていた。
顔には、叩かれた痕が残っていた。
「ど、どうしたんだ、お前!」
「見ないでくれ……」
色白はやっと呟くと、部署のすみっこにうずくまって静かに泣き始めた。
俺は駆けより、色白のそばにたたずんだ。よく見ると、色白の服の中には、もっと酷い傷が隠されていた。……これを、言葉にするなんて、俺にはとても出来ない……。
「だ、誰に……、お前一体、誰にやられたんだ!?」
「…………」
「医務室に……いや、病院、け、警察に、」
「やめてくれ、頼む、誰にも言わないでくれ」
「こんなこと……、こんなこと許されるもんじゃないだろう!仕事の範疇をこえているじゃないか!」
「仕方ないだろう、俺たちが生きていけるのはここだけなんだから」
「殺してやる!お前を襲ったのはどいつだ!こんな事許されるもんじゃねえぞ!」
「やめてくれ……!」
色白が俺にしがみついてきた。
俺はへなへなと崩れながら、色白を包み込んでやった。
色白は泣きながら吐露してきた。
「こんな惨い姿をさらせるのは、世界でお前ひとりだけだよ……こんな侮辱的な姿を見ても、俺を嫌わないでいてくれるか?」
それを聞いて、俺は泣いた。
そして普段から隠し通してきた本当の気持ちを色白に告白してしまった。
色白は驚きもしなかった。
そんな事は薄々感じていたのだと、弱く微笑みながら返してきたのだ。
そのあと、俺はものも言わずに色白をなぐさめてやった。
俺には色白の傷を消すことは出来ないけれども。
その傷を上から書き換える事は可能なはずだと思ったんだ。
だから色白を抱いたんだ。色白は痛がってたと思う。でも俺は自分の欲望をおさえることが出来なかった。
彼の身体は白くて綺麗で柔らかかった。
この身体を他の誰にも触らせたくないと思った。
それ以来俺たちは傷を舐め合った。
それで何か状況が好転するわけでもなかったが、逃れられない環境の中で生きる意味を見いだすには、こうして愛を交わし合う肉体関係が不可欠だったんだ。
爛れた日々が続いた。
ある日、地域に大災害が起こった。
すさまじい衝撃によって部署はこっぱみじんとなり、俺と色白は離ればなれとなってしまった。
俺は叫んだ。色白の名を必死になって叫んだ。このまま二度と会えなくなるのかと思うと胸が引き裂かれそうだった。
結局、色白は行方不明となった。
茫然自失になった俺は、いつのまにやら、災害難民を収容する施設に送り込まれていた。
俺以外にも、迷子になった子どもや、怪我をした若者、身寄りのなさそうな老人が詰め込まれていた。
俺は特に怪我も無かったので、一応、就労可能の意思を表しながら、ぼんやりと雇用を待ち続けた。
やがて、雇用が決まった。
派遣された先は、以前の所とは全く違った清潔な場所だった。電話の音がうるさかったが、以前の狭く暗い場所に比べたら天国みたいな所だった。
働く者は皆、生き生きとしていて、自分の力を発揮できる事に喜びを覚えているようだった。俺は以前のように、無闇矢鱈に削られる事も無く、規則正しい勤労スケジュールを組むことが可能となった。
やっと、俺らしい生き方を取り戻せたと思った。
けれども、どこか空しい気持ちの残る日々だった。
色白を思えば、今の恵まれた環境も、意味の無いうすっぺらい空事のように思えてくるんだ。
「今日からここでお世話になります。最後まで精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
ある朝、どこかで聞いたことのある声を聞いた。
身支度をしていた俺は、そちらに振り向いた。
「あっ!」
見ると、そいつは色白だった。
丁寧に補修された服を着て、傷の残る身体をちょっと恥ずかしそうにしながら、みんなの前で挨拶していたんだ。
俺は嬉しくて泣いてしまった。
色白は生きていた。
しかも奇跡的に、同じ部署に働きにやってきたんだ。
色白はすぐに俺に気づいて、微笑みを向けてきた。目には涙が浮かんでいた。あのとき見たのと同じ、湖みたいに透明な眼差しだった。
新しい部署で、俺と色白の新しい生活が始まった。
色白が、世界の間違いを消し、俺はそこに新しい世界を作る。
どちらかの命が果てるまで、俺と色白はタッグを組み、世界の間違いを消し、新しい世界を作り続ける。
どちらが欠けても出来ない、大事な仕事だったと思う。
互いに小さくなってゆく身体を、時には労りあい、死を思う時が近づけば、来世でも共になろうと誓って互いの想いを確かめ合った。
やがて色白が旅立っても。
俺は寂しくなかったさ。
新しく来た後輩に、色白の生き様を語り彼の遺志を伝える事で色白は永遠に生き続けるのではないかと思ったからだ。
いつか俺の命が果てる時には。
きっと対岸から色白が船に乗って迎えに来てくれる。
そして一緒に来世の計画を立てるんだ。
だいたい決まってるけどもな。
もう文房具はコリゴリだから、次は麒麟に生まれようって約束だ。
終わり
「腐女子はえんぴつと消しゴムでもBL化出来る」という噂が本当なのかを実験したヘボ話。
舞台はたぶん小学校。
俺は夢を抱いていた。
誰かの役に立てることが素晴らしい生き様なのだと教えられてきた。
だから、故郷を出発し、新たな土地に向かう列車に乗るときは、綺麗に正装した自分の姿が誇らしくってしょうがなかった。
故郷の幼なじみのなかには、道が定まらないままぐずぐずと過ごし「用なし」と見なされ、村の掟で殺されるヤツもいるのだと聞いたのが社会デビューの翌日の事だった。
配属された店舗で、先輩諸君がそんな噂話をしたり顔で語っていたんだ。
「社会デビューをしくじったヤツ」の末路がどんなに酷いモノかを、誇張や妄想たっぷりに語られる所には、先輩諸君の勝ち組としての優越感が見えるようだった。
村で生まれたばかりの頃は、大人になったらどんなふうに活躍したいかなんて皆で語り合ったものだ。
でも皆が皆、うまく流れに乗れる訳では無いのだと、俺はその時世の厳しさと酷烈さを思い知り、自分だけは社会から排除されまいと決意を固めたのだ。
実戦の現場は、とても厳しかった。
こんなの聞いてない、と泣きそうになるぐらいに無遠慮な要求に応え続けなければならなかった。
……俺は、毎日毎日削られていった。
誰かの要求に応えるばかりで、自分のペースというものが保てない世界だったんだ。
それでも、村で教えられた通り、信じ続けた。
俺は世の役に立つために存在していて、俺の働きは必ず誰かを助け、誰かを光らせ、その光は世界中を照らして、世の中どんどん良くなっていって最後には自分に返ってくるはずなのだと……。
「ずいぶんすり減ってるなあ」
ある日、同じ部署にいるヤツに笑われてしまった。
俺が今居るのは、狭くて暗い部署だった。なんの為に存在しているのか分からないような仕事をさせられ、褒められる事もなく、ただただ削られる毎日。
この劣悪な部署に所属している男は、俺以外にも居た。
ソイツは色白の男だった。
身綺麗さのかけらも無い容姿だった。何ヶ月も替えてないような服を着ていて、しかもあちこちボロボロになってた。誰かにやられて気づきもしないのか、背中のところに「バカ」と書かれていた。
「来たばかりの頃はシャキッとしたイケメンだったのになあ」
色白は、ニヤニヤしながら煽ってきた。
こんな薄汚いヤツに言われたもんだから俺は頭にきた。
同部署の者にケンカを売ることは法度であることは分かっていたが、悪口を返してしまったんだ。
「うるせえんだよ根暗」とか、「きたねえナリなんとかしろよ」とか、酷いことを言ってしまった。
「俺だって、こんな風になるとは思ってなかったんだ……」
色白は目に涙を浮かべて悲しそうに震えた。
俺はすぐに謝った。劣悪な環境に身を置いているんだから、ストレスが高じて嫌な態度になってしまう気持ちは俺にもよく分かった。
こんな所で、罵り合っても何も生まれないんだ。
「お前、出身はどこなの?」
俺は今まで聞いたことの無かった、ソイツの素性をたずねてみた。
聞くと、まあまあデカい村の出身である事がわかった。しかもエリートコースが約束されるような高度な教育と技術を教え込まれたヤツなのだと知った。
「お前みたいな凄いやつが、なぜこんな所に……?」
俺は驚いてしまって、同時にこの男を不憫に思った。
「お前こそ、尖ってかっこいい面してんのに、こんな職場じゃあ宝の持ち腐れだな」
色白は悲しそうに微笑みながら返してきた。
それ以来、俺たちは語りあった。
毎日夢を語り合った。
夢を語る色白は、同じ男であっても、美しいと感じた。よく見ればソイツの瞳は、なんの汚れもなく透明で、湖のように澄み切っているんだよ。
「世界の間違いを、綺麗になくすことが俺の夢なんだ」
色白は天を見上げて、よくこんな風に語った。
信念を語る色白は、溜息がでるほどに美しかった。こんな職場に来てなけりゃ、きっと凄い仕事をして世の中をピカピカに綺麗にしてくれただろうなと、俺はソイツの境遇を心から残念に思った。
「そして、俺が綺麗にしたあとに、あたらしい世界を作るのはお前なんだ」
色白の言葉に、まだ半人前の俺は恐縮した。
「俺にはそこまでだいそれた事、出来やしねえさ……」
「いや出来るさ、その為に生まれてきたんだろう?お前は、ここから出られるとしたら、世の中をどんなふうに作ってみたいんだ?」
「そうだなあ、みんなが笑顔になれるような、明るくて面白いものがあふれる世界にしたいな」
「きっと出来るぞ。芯の強いお前なら」
「そうかな?いつか出来るといいなあ……」
現実には、絶対に叶わないことだと分かっていた。
俺たちは二度と、この部署から出ることは叶わない。
絶望的な日々、生きている喜びを感じられる時間といったら、仕事の後に色白と語り合うこの時間だけだった。
俺はいつのまにか色白を、自分にとってかけがえのない存在だと思うようになった。
そして毎日見つめているうちに、色白の肌の綺麗さにドキドキするようになっていったんだ。自分でも変だと思った。
男相手にそんな感情を持つなんて、どうかしているけれども、色白の隠された上品さとか美意識とか、こちらの真意を見抜いて気遣ってくる繊細さとか、そんなものに触れているうちにヤツに対する好意はどんどん膨らんでいくんだ。
でもこんな気持ちを知られたら、絶対に嫌われると思ったから、慕情を必死に隠して格好つける毎日だった。
ある日、色白は、ひどい状態で部署に帰ってきた。
身体が傷だらけで、服はいっそうボロボロになっていた。
顔には、叩かれた痕が残っていた。
「ど、どうしたんだ、お前!」
「見ないでくれ……」
色白はやっと呟くと、部署のすみっこにうずくまって静かに泣き始めた。
俺は駆けより、色白のそばにたたずんだ。よく見ると、色白の服の中には、もっと酷い傷が隠されていた。……これを、言葉にするなんて、俺にはとても出来ない……。
「だ、誰に……、お前一体、誰にやられたんだ!?」
「…………」
「医務室に……いや、病院、け、警察に、」
「やめてくれ、頼む、誰にも言わないでくれ」
「こんなこと……、こんなこと許されるもんじゃないだろう!仕事の範疇をこえているじゃないか!」
「仕方ないだろう、俺たちが生きていけるのはここだけなんだから」
「殺してやる!お前を襲ったのはどいつだ!こんな事許されるもんじゃねえぞ!」
「やめてくれ……!」
色白が俺にしがみついてきた。
俺はへなへなと崩れながら、色白を包み込んでやった。
色白は泣きながら吐露してきた。
「こんな惨い姿をさらせるのは、世界でお前ひとりだけだよ……こんな侮辱的な姿を見ても、俺を嫌わないでいてくれるか?」
それを聞いて、俺は泣いた。
そして普段から隠し通してきた本当の気持ちを色白に告白してしまった。
色白は驚きもしなかった。
そんな事は薄々感じていたのだと、弱く微笑みながら返してきたのだ。
そのあと、俺はものも言わずに色白をなぐさめてやった。
俺には色白の傷を消すことは出来ないけれども。
その傷を上から書き換える事は可能なはずだと思ったんだ。
だから色白を抱いたんだ。色白は痛がってたと思う。でも俺は自分の欲望をおさえることが出来なかった。
彼の身体は白くて綺麗で柔らかかった。
この身体を他の誰にも触らせたくないと思った。
それ以来俺たちは傷を舐め合った。
それで何か状況が好転するわけでもなかったが、逃れられない環境の中で生きる意味を見いだすには、こうして愛を交わし合う肉体関係が不可欠だったんだ。
爛れた日々が続いた。
ある日、地域に大災害が起こった。
すさまじい衝撃によって部署はこっぱみじんとなり、俺と色白は離ればなれとなってしまった。
俺は叫んだ。色白の名を必死になって叫んだ。このまま二度と会えなくなるのかと思うと胸が引き裂かれそうだった。
結局、色白は行方不明となった。
茫然自失になった俺は、いつのまにやら、災害難民を収容する施設に送り込まれていた。
俺以外にも、迷子になった子どもや、怪我をした若者、身寄りのなさそうな老人が詰め込まれていた。
俺は特に怪我も無かったので、一応、就労可能の意思を表しながら、ぼんやりと雇用を待ち続けた。
やがて、雇用が決まった。
派遣された先は、以前の所とは全く違った清潔な場所だった。電話の音がうるさかったが、以前の狭く暗い場所に比べたら天国みたいな所だった。
働く者は皆、生き生きとしていて、自分の力を発揮できる事に喜びを覚えているようだった。俺は以前のように、無闇矢鱈に削られる事も無く、規則正しい勤労スケジュールを組むことが可能となった。
やっと、俺らしい生き方を取り戻せたと思った。
けれども、どこか空しい気持ちの残る日々だった。
色白を思えば、今の恵まれた環境も、意味の無いうすっぺらい空事のように思えてくるんだ。
「今日からここでお世話になります。最後まで精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
ある朝、どこかで聞いたことのある声を聞いた。
身支度をしていた俺は、そちらに振り向いた。
「あっ!」
見ると、そいつは色白だった。
丁寧に補修された服を着て、傷の残る身体をちょっと恥ずかしそうにしながら、みんなの前で挨拶していたんだ。
俺は嬉しくて泣いてしまった。
色白は生きていた。
しかも奇跡的に、同じ部署に働きにやってきたんだ。
色白はすぐに俺に気づいて、微笑みを向けてきた。目には涙が浮かんでいた。あのとき見たのと同じ、湖みたいに透明な眼差しだった。
新しい部署で、俺と色白の新しい生活が始まった。
色白が、世界の間違いを消し、俺はそこに新しい世界を作る。
どちらかの命が果てるまで、俺と色白はタッグを組み、世界の間違いを消し、新しい世界を作り続ける。
どちらが欠けても出来ない、大事な仕事だったと思う。
互いに小さくなってゆく身体を、時には労りあい、死を思う時が近づけば、来世でも共になろうと誓って互いの想いを確かめ合った。
やがて色白が旅立っても。
俺は寂しくなかったさ。
新しく来た後輩に、色白の生き様を語り彼の遺志を伝える事で色白は永遠に生き続けるのではないかと思ったからだ。
いつか俺の命が果てる時には。
きっと対岸から色白が船に乗って迎えに来てくれる。
そして一緒に来世の計画を立てるんだ。
だいたい決まってるけどもな。
もう文房具はコリゴリだから、次は麒麟に生まれようって約束だ。
終わり
「腐女子はえんぴつと消しゴムでもBL化出来る」という噂が本当なのかを実験したヘボ話。
舞台はたぶん小学校。
1/1ページ