戦闘民族メメメ人

ベジータの逃げ方と言ったら、これが本当に戦闘民族なのかと疑ってしまうぐらいの、みっともないモノだった。
貧血のせいなのか上手く走れず、なんと地面の石ころにつまづいて転んでしまったのだ。

可哀想な姿……
無様な姿……

これを見せられると、やはりヤムチャは弱きを助ける騎士モードとなってしまう。
急いで間に入って、ブルマに通せんぼをした。
そして、同時に頭に浮かぶのは、なぜブルマがこの場所を特定出来たのかという疑問であった。

「ブルマ、何があったのか知らんが落ち着け!」
「どきなさいよ」

薔薇の微笑から一転、ブルマは白けた顔で言った。
ヤムチャは、キッ!と眼力を強めてベジータを守る盾に徹した。
ベジータが言っていた事を思い出す。
ブルマには近づけないのだと言っていた。
そこには〝罠〟が張られているから、近づけないのだと……。
それが本当ならば、今のブルマはベジータに何らかの危害を加える可能性があった。

「お前、なんでここが分かったんだ?ベジータに発信器でもつけてたのか?」
「そんなものつけてないわよ」

ふん、と鼻を鳴らして、ブルマは乱れた髪を色っぽい仕草で掻き上げた。
そして聡明な青い瞳をキラリと光らせ、デカい態度で余裕たっぷりに言ってくる。

「ベジータがどっか行っちゃったから、ずっと探してたのよ。心あたりのある野外訓練場とか探したけど居ないし。お腹減ってるだろうに、どうしてんのかしらと思って、もしかしたらアンタに食べ物をたかってんじゃないかと思って砂漠に行ったのよ。そしたら、アンタのバギーが無くなってて。タイヤの跡を追跡してたら、ここに辿り着いたと言う訳よ」
「タ、タイヤ……?」

ヤムチャは愕然とした。
ブルマは、何を言っているのだ。
バギーのタイヤの跡を追跡するなど、そんな事は絶対に不可能なはずだ。

「嘘つけよ、砂漠にタイヤの跡なんか残るわけないだろ?砂紋なんか、風が吹けば一瞬で変わっちまうんだぞ?」
「まあ、そこは、女の勘よね、勘」

うふふ、と笑ってブルマは言った。
ゾワ~~~っと寒気がして、ヤムチャはみるみると青ざめてしまった。
女の勘、などと言う……。
ブルマは自信満々な様子で、ちょっと首を傾げて、含み笑いを続けていた。
〝勝者〟とか〝女王〟とか、そんなワードが思い浮かぶような、優越感あふれる薔薇の笑みであった。
ヤムチャは怖じけた。
科学者としても世界でトップを誇っているブルマが、〝女の勘〟とかいう一種非科学的な特殊能力を仄めかしてモノを言ってくるのが、もう怖すぎた。
そんなモノまで持ち出されては、こちらには太刀打ちできる術など皆無である。

〝無敵〟

という言葉が、どっかの書道家先生の筆跡でバーーーン!と見えてくるようだった。

「ところでベジータ、どうして女のままなの?解除スイッチを渡してあげたのに」

ブルマはヤムチャをすり抜けてベジータに歩み寄った。
ヤムチャは「えっ」と声を上げて、彼女の腕をとっさに掴んだ。

「ちょっと、はなしてよ」
「か、解除スイッチって、どういう事だ?」
「はあ?」

ブルマがめんどくさそうに手を振り払ってくる。
ヤムチャはそれをもう一度捕まえながら、

「女体の解除スイッチなんか、ベジータは持ってねえぞ?お前からそれを奪えないものだから、困って、オレの所に来たっていうのに……」
「何言ってるの?ベジータは、ちゃんと私に謝ってくれたし、スイッチを渡してあげたわよ?」
ブルマは眉をひそめて言い放ち、今度はベジータに向かって猫なで声をかけた。

「ねえベジータ、もしかしてスイッチの使い方が分からなかったの?バカねえ~、私に訊きにこればいいのに……。まあ分からなくもないわ。あんな事言った後だから、照れくさくて、私に逢いに来れなかったんでしょ~~?」

からかうように言いながら、頬を染めるブルマ。
ベジータは訳が分からないみたいに眉尻をさげていた。
少し、おびえているようにも見えた。

「な、なに、……お前は何を言ってるんだ?」

地面にへたりこんだまま、ブルマを見上げて訊いた。
ブルマはうふふふと妖しげに笑いながら、ベジータを上から見下ろして、

「やっと言ってくれたんだもんね……、『本当はお前を愛しているんだ』って。『オレのような捻くれ者が、お前を幸せに出来るか分からんが、オレの妻になってくれ』って……。ベジータ……!アンタがここまで言えたのは、すっごく偉いと思うわよ……!今までの事は全部水に流してあげる!さあ、早く男に戻って、帰って私と式場を探しに行きましょう!」
「な、なにィ……!?」

ベジータは目を白黒させながら、驚き果てている。
ブルマはベジータに抱きつきたがって、ヤムチャの掴む手を振り回した。

「ちょっと離してよヤムチャ!私とベジータは忙しいの!邪魔しないで!」
「オイ、ゴミクズ……!こ、このイカレ女は、一体何を言ってやがるんだぁーーー!!」
「えええ……」

ヤムチャはブルマの手を掴んだまま棒立ち状態となった。
ベジータの言うとおりだった。
ブルマは一体、なんの話をしているのだ。
まったく話が見えてこない。

ベジータはブルマに謝るのをずっと拒否し続けて、今ここに居るというのに。

「べ、ベジータが謝ったって、……それ、いつの事だよ?」
疑問まみれになりながら、バタバタ抵抗するブルマに質問してみた。
するとブルマは怒りの形相をヤムチャに見せながら、
「おとといよ!ベジータがCCに帰ってきてくれたのよ!それで私の前で、跪いて言ってくれたのよ、『オレが悪かった許してくれ』って!」
「なっ……!?オレがそんな台詞吐くわけねえだろ!あれからCCにも帰ってねえぞ!」
ベジータは首を振りながら反論し、「このキチガイ女をどうにかしろーー!」とヤムチャに怒鳴ってきた。
混乱の高まる状況であったが、ここで自分がしっかりしてなければ駄目だと思った。
ヤムチャは冷静な声で、ブルマに本当の事を語った。 

「ブルマ、ベジータはオレと、ずっと一緒だったぞ?おとといは、街に買い物行ってたし、CCには立ち寄ってない」
「何言ってんの?朝の10時ぐらいに帰ってきたわよ!CCの監視カメラにも映ってるはずだわ!」
「いやおかしい、その時間オレたちは街の下着屋で買い物してた。その店の監視カメラにもベジータは映ってるはずだぜ。レシートもある」 
ヤムチャは尻のポケットから財布を出して見せた。

「確かにベジータはオレと一緒だったぞ?お前は夢でも見ていたんじゃないのか?」
「違うったら!もう!ふたりとも変な事言って、なんなの?夏だからって怖い話して、私を脅かそうってふざけてるんじゃないでしょうね!?」
「そんな馬鹿馬鹿しいことするかよ。ベジータが解除スイッチを手に入れたならとっくに男に戻ってるし、すぐに訓練してるはずだぞ。こんな所でウダウダやってるヒマなんかあると思うか?」
「そうよ、早く男に戻って、いつも通りやってなきゃおかしいのよ!なのに、どうして女の身体のまんまで、ヤムチャと一緒に……」

ブルマはここまで言って、ピタリと動きを止めた。
しばらくジーーッとベジータを見下ろしていたが、ゆっくりと顔を振り向かせて、今度は真剣な面をヤムチャに向けてくる。
そして、新種の不気味な昆虫でも見つけたような、驚いた表情を見せながら、

「……あんた、まさかベジータに何かしたんじゃないでしょうね?」

と低く沈んだ声でヤムチャに訊ねてきた。

「……へ?」

ヤムチャは間抜けな声を出した。
ブルマは乱れたパーマ髪の隙間から、すがめた青目を突き刺すように向けてくる。
それは、異常な実験結果を目の当たりにした、科学者としてのまなざしに見えてくる。
異常な実験サンプルを見て、歯がみして怨恨を募らせているような、そんな目つきに見えてくる……。

「……ベジータは女体化すると、一般人レベルまで身体能力が落ちてしまうのよ。アンタ、そこに付けこんで、私のベジータに手を出したんじゃないでしょうね……?」

ヤムチャはポッカリと口をあけて、何も答えることが出来なかった。
一体この女は何を言い出すのだろうか。
手を出すとは、どういう事なのか……。
科学者の賢い面をしながら、この女はどこまでクレイジーな発想をぶちまけてくるのだろうか。

「……可愛いからって、私のベジータを口説いたんじゃないでしょうね……、この女体化ビームはねえ、時間が経つと脳まで女体化してしまうのよ……、あんたソレに気づいたんでしょ……、それでベジータを口説いて手を出したんでしょう……私にフラれて独りで寂しいからって……」

ブルマの手を掴むヤムチャの右手が、だんだんと、冷たく汗ばんできた。
地面に尻をついたベジータは、ブルマの発言に絶句していた。
絶句して怯えながら『オイゴミクズ、早くこの女の発言を全否定しやがれ』オーラを大噴出していた。

「……そんな訳……無いだろう」

ヤムチャはグルグルに目がまわりそうになりながらも必死に声をしぼり出す。
だが、かすれた声しか出てこない。
ブルマの発想がぶっ飛びすぎていて、これが現実として飲み込めないでいた。

「じゃあ、なんでベジータはアンタと一緒に居るのよ?」
「だから、解除スイッチを手に入れられなくて……、お前が怖くて近づけないと言って、オレに助けを求めてきて、解決策を一緒に考えてたんだ、それだけだ」
「スイッチはベジータに渡したって言ってるでしょ!」
「だから、持ってねえんだってば!」

ブルマは斜に構えた格好で、ゆっくりとヤムチャに人さし指をさしてきた。
それは超一級科学者の疑惑オーラによるものか、ブルマのパーマ髪は風も無いのに揺らめいて、怪人のメデューサみたいに暗鬱に蠢いていた。
「うお……」とうめいて、ヤムチャはたじろいでしまった。

「……アンタ、ベジータをおだてたんでしょ……ベジータが嬉しがるような事言って、ベッドに引きずり込んだんでしょ……お前はこの世で一番美しいナンバーワンの女だ、とか言って……だってアンタ、口説きのプロだもんねえ~……」
「……おいブルマ……しっかりしてくれよ……」
「脳まで女体化してるんだから、男にグラついちゃう可能性だってあるわ……ああなんてことベジータ……!あんたヤムチャに何をされちゃったの!?そこで服を脱ぎなさいッ!!」

ブルマは涙目になりながら、ヤムチャの手を振り切った。
振り切って、死地に向かう恋人を乗せた列車を追いかける悲劇のヒロインみたいな仕草でベジータに接近し、

「ヤムチャにやられた事を、このブルマさんが全部塗り替えてあげるから!!早くパンツを脱ぎなさいベジーターーーーーー!!」

と叫んで科学服のポケットから何かを取り出した。

「ぎゃあああああああ!!」

ベジータが絶叫した。
田園に点在する樹木群から鳥たちが一斉に飛び立った。

「ブ、ブルマ!お前、何をする気だーー!」

ヤムチャはおののいた。
ブルマが手に持っている物体のいかがわしさに、頭がぶん殴られたような気分になったのだ。それは所謂〝大人のおもちゃ〟であった。
こんなシロモノをちらつかせ、女体化野郎のパンツを脱がせようと接近するブルマ、そして怯えて地面にへたばっている可哀想なニョタベジ。
カラッとした晴天の田園風景の中で、そんな18禁百合展開みたいのを見せられて、ヤムチャは頭が混乱してきた。

一体オレは何を見せられているんだろうか……

ブルマは完全に狂っているように見えた。
自分が、元男であるベジータに手を出すなどと疑惑し、すでに〝貫通〟したと決めつけて、今現在はおもちゃを手にしてベジータのズボンをグイグイ脱がせようとしている……
それは客観的に眺めてみれば、

お気に入りの女学生に性的な身体検査をするレズ教師

みたいな事になっており、この倒錯ぶりは、そのような世界に免疫を持たないヤムチャにとってはどう対処すれば良いのか分からない〝魔境〟とも言えた。
けれども、ヤムチャは頑張らなければならなかった。
自分よりも体格の優れたクレイジー女から、セクハラされそうになって、怒りながらも涙目になっているベジータ……。

――ベジータを助けなければならない

「やめろブルマーーーーーーーーー!!!」

田園地帯に、正義の声が響き渡った。
それはめったに聞くことの無い、ヤムチャの〝闘士〟としての叫び声だった。
相手が女だからと言って、手加減している場合ではない。
ヤムチャは後ろからブルマを掻き抱き、無理矢理にベジータから引き剥がした。

「放しなさいよぉ!」
「お前はなんてことを考えてるんだ!可哀想だろベジータが!」
「可哀想!?可哀想ですって!?可哀想なのは私の方よ!普段どれだけベジータに酷いことされてるか、アンタは何も知らないから言えるのよーーーッ!」
「なんなんだよ、酷いことって!ちょっ……、バイブを捨てろ!バイブをーー!」
「だから懲らしめてやろうと思って、女体化してやったのよ!女の気持ちを分からせるには、ベジータを女にするしか無いのよーーー!」

ヤムチャとブルマが団子になっている横で、ベジータは「うわああぁあ」とうめき続けていた。
彼の切れ長の目はまっすぐに、ブルマの手にあるおもちゃに向けられていた。
それをガン見しながらガタガタと震え続けているのだった。
ブルマを怪我させないように抑えながら、ヤムチャはベジータに怒鳴った。

「ベジータ逃げろ!いまのうちに、なるべく遠くに逃げるんだーー!」

言われたベジータはオタオタと、みっともなく走り出した。相当に慌てているのか、バギーに乗って逃走する事も思いつかないようだった。
ともかくブルマを正気に戻そうと、ヤムチャはその後も頑張った。暴れて埒があかないので、ポケットからバンダナを取り出し、「スマン!許してくれ!」と詫びながらブルマの両手を後ろで交差させて縛ってやった。
その状態で、ブルマが乗ってきた飛行機に押し込もうとした。
静かな密室の中なら、少しは落ち着いて話が出来ると思ったのだ。
飛行機の中には、飲み物や軽食の類いも保管されているはずで、まずはそれでブルマを落ち着かせようと考えての事だった。 

「ベジータ……!行かないでベジーターー!」

悲劇のヒロインよろしく絶叫するブルマを操縦席に押し込もうとしていた時。

「おおーわりいわりい、ぶつかっちまったぁ。大丈夫かあ~?」

ヤムチャの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
ヤムチャはグルッとその方向へ顔を向けた。
10メートルほど先の草むらの中、ベジータが尻をついている。
その真ん前に、橙色の服を着た見覚えのあるヤツが立っていた。
ちょっと身体を前傾させて、転んだベジータの顔をのぞきこむようにして、話しかけているのだった。

「おめえ、その髪型、オラの知ってるヤツにそっくりだなあ~」

実に興味深そうに、ベジータをまじまじと見つめまくる男。

「ごっ…………!!」

ヤムチャはいきなり現れたソイツに驚愕し、目ん玉を飛び出させた。そして、ブルマを一気にコックピッドに押し込み扉を閉じると、ソイツに向かって駆け寄った。

「ご、悟空……!」
「おーヤムチャー。元気そうだなあ、ひっさしぶりじゃねえか!」

呼ばれた悟空は、太陽みたいな笑顔を向けてきた。
なぜこんな所に悟空がいるのだ。
それと同時にヤムチャは、ベジータの様子が気になった。
彼は尻餅をついたまま顔を背けており、顔色が見えなかった。

「悟空、お前がなんでここに?」

ヤムチャがたずねると、悟空はニカッと笑った。
いましがた繰り広げられていた、狂った人間ドラマと全くかけ離れた、健全度100%の笑顔である。

「いやさあ、このあたりの果物を、チチがジャムにして里の市場で売ってるもんだからよ。オラ仕入れに来たんだよ。そしたらおめえの気を感じたからよ~、珍しく闘いの気なんて出してやがるからオラわくわくして下りて来ちゃったぞ~」

悟空は明るく答えた。
それは健全度100%の態度ではあるが、ヤムチャの胸には何やら不穏なモノがうずまいてくる。
顔を背けて沈黙しているベジータの態度が、どうにも気になってしょうがない。

「買い物は終わったのか?終わったなら帰れ!チチさん待ってんだろ!早く帰れ!」

ヤムチャは早口で言うと、ベジータと悟空の間に身体を割り込ませた。
ヤムチャの頭の中には、さっきのブルマの言葉が残っていたのだ。

〝脳まで女体化してるんだから、男にグラついちゃう可能性だってあるわ〟

……この言葉が、警告音とともに脳内をビュンビュン飛び交っていたのだ。

女体化して以来、ベジータがこちらに、女としての好意を向けてくれたことは一度も無かった。ただひたすらに、クレームや命令等の嫌なアクションばっかりぶつけてくるだけだった。
それは自分が、ベジータにとってはサイヤよりは下位種族の〝地球人〟であるからだ。

しかしこれが、同じサイヤ種族となると、女脳となったベジータの目には、男サイヤの悟空は一体どのように映ってしまうのか……。

「なあ、ソイツ誰だ?おめえの友達かー?」

悟空は無邪気な様子で、ベジータに興味を示してくる。
ベジータは言葉を発することなく、石のようにかたまっていた。
ヤムチャは、いきなり現れた悟空にジワジワと怒りが湧いてくるのを感じた。

奇跡の戦士、悟空。
みんなを救うスーパーヒーロー、悟空。
奇跡のタイミングでやってきて、奇跡の強さで、なんか奇跡的な展開でもってして解決してしまう奇跡の男。
認めざるを得ない、奇跡のヒーローだという事は認めざるを得ないのだが。
それにしたって、その〝奇跡力〟を、こんなややこしい時に100%発揮してくるとは許すまじ奇跡の登場タイミングだと怒りが湧いてくるのだった。
ヤムチャの脳裏にはひとつの人影があった。

黒いレースで仕立てたマントを羽織って、硝子の靴を履いた麗しの王女。

「ほんとアイツにそっくりの髪型してんなあ~」

悟空がベジータに馴れ馴れしく喋りかけてくる。
ヤムチャは自分を盾にしてベジータの視界に入らないようにした。

「オレの友達なんだ。ロック歌手目指してる子だから、こういう尖った髪型してるんだ」

ヤムチャはスラスラ嘘をついた。
悟空は首を傾げて、うーんとうなった。

「そうなんか?歌手……?歌手って感じはしねえけどなあ……」

悟空はヒョコヒョコ体勢を変えて、ベジータを覗き見ようとしてくる。そのたびに、ヤムチャも体勢を変えてベジータをガードし続けた。
悟空はしつこかった。
座って黙り込むベジータに、異様なほどの興味を示してくるのだ。

「なあおめえ、名前はなんて言うんだ?」
「悟空、早く帰れよ。チチさんが待ってんだろ?そろそろ昼飯の時間じゃないのか?」
「何言ってんだ。まだ朝の9時だぞ?」
「う……」
「おめえはどっから来たんだ?名前はなんて言うんだ?オラ、悟空って言うんだ。東のパオズ山ってとこから来た。ところでおめえ、格闘技に興味ねえか?」
「やめろ悟空!この子はフツーの女の子なんだよ!格闘技なんかやるわけねえだろ!」
「フツーの女の子~?なんかフツーには見えねえけどなぁ……、なんかよー、なんでか分かんねーけど、コイツからは格闘家の匂いがすんだよなあ~」

ジーーーッとベジータを観察する悟空。
ヤムチャは悟空の言った〝格闘家〟というワードに、寒気を覚えた。
今のベジータは完全に女体化して弱体しているというのに。
悟空はその犬並みの嗅覚で、ベジータの戦闘民族の血を嗅ぎ取っているというのか……。
ヤムチャには、そんな特殊能力は無かった。
女体化ベジータを初めて見たときは、ただの子どもにしか見えなかったし、名を名乗られてもすぐにベジータだとは信じられなかった。
なのに、悟空は初見で格闘家としての気配を見抜いて、やたらと興味を示してワクワクとベジータを見つめている。

「なんかコイツ、鍛えたら強くなりそうな気がすっぞ」
悟空はしゃがみ込んで、嬉しそうにベジータを眺め回した。
ベジータは、相変わらず石のように硬直していた。
しかしヤムチャは見てしまった。
ベジータは今、まっすぐに悟空の顔を見つめ返していた。
何かに取り憑かれたような凝固のまなざしには、妙な光が揺れていた……。
それを見て思い出すのは、猫のぬいぐるみだらけのベッドで、燭台のロウソクを瞳にうつしていたベジニャン王女の事だった。

「やめろ悟空!この子が迷惑してるのが分からないのか!」

ヤムチャはピシャッと説教した。

「さっきから一言も喋らねえなあ、おめえ、口がきけねえんかあ?」

悟空はベジータに興味津々なのか、ヤムチャの発言を無視してくる。

「お前、初対面の子に失礼だぞ!早くどっか行けよ!」
「おめえさあ、きっと修行したらめちゃくちゃ強くなれっぞー。オラと一緒に格闘技やってみねえか?」
「だ!か!らぁーー!この子は歌手志望なんだって!こんな細身の小さい子が、格闘技なんか向くわけないだろう!」
「いや、わかんねえぞ?チチだってパッと見は細っこいけど、ビックリするような格闘をするんだ。女には、女の鍛え方があるのかもなあ、……考えたらワクワクしてくるよな!」
「いいや!全然ワクワクしねえぜ!この子には無理だ!諦めろ!」
「なあなあ、オラん家に一緒に来ねえか?そんで一緒に修行してみねえか?そんで強くなったらオラと勝負しようぜ!」
「悟空お前……ッ!いい加減にしろよこの野郎~~~!!勝手に格闘技とか言ってんじゃねえよ!強そうな相手見つけたら誰彼かまわず勝負に誘ってんじゃねえぞポ○モンのサトシかお前はーーーーーーーーーーーーー!!!」
「な、何怒ってんだあ……?」
「お前はなあ!自分のやりたいようにやりすぎなんだ!いつもいつも……!自由すぎるんだよ!ちょっとは周りの迷惑も考えろーーー!」
「ぽ……?ぽけもんってなんだ??サトシって誰だそりゃあ??」
「そういう無自覚の所で、自分がどれだけ迷惑かけてんのか分かってんのか!?オレはなあ!まだ忘れてねえからなあ!ピラフ城で大猿化したお前を、なんとかするの大変だったんだからな!?下手したらオレもプーアルもブルマも死んでたぞ!!そういう事をちょっとは反省して、少しは行動を慎めコンチクショーーー!!」
「ははは、おめえの言ってる事、オラよく分かんねえぞ。なんか今日のおめえ、滅茶苦茶めんどくせえなあ~~~。とりあえずこの子、オラん家に連れてっていいかな?」
「駄目だ駄目だ駄目だあーーーーー!!!」

ヤムチャは泣き叫ぶようにして首を振った。
そして、命がけで手に入れた財宝を守るようにして、ベジータの身体に覆い被さった。

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