戦闘民族メメメ人
「ブリーフ博士だよ……博士に解除のアイテム作って貰えば、問題解決じゃないか……」
ブルマの科学力に匹敵する、唯一の有能者……。
あの老人をきっかけに、ヤムチャは、やっとブリーフ博士の存在を思い出したのだった。
今抱えている難題をクリア出来たような開放感が、心の中に広がっていくようだった。
ヤムチャは嬉しさのあまりに、パア~~ッと顔を輝かせながら、沈む夕陽へガッツポーズを見せた。
その後、嬉々として〝博士に協力要請する案〟を熱弁した。
ベジータは果実を食いながら、特に喜ぶこともなく、白けた面を見せていた。
「だったらドクターに、早くアイテム作らせてこい」
と、まるで他人事のように命じてくるのだった。
せっかく良いアイデアを閃いたのに、喜んでも褒めてもくれない。
もっと感動してくれても良いのになあ……とヤムチャは少し寂しくなった。
まあベジータなのだからしょうがないか、と納得しながらバギーにエンジンをかける。
「じゃあ、今からCCに行こうか」
「は?」
ベジータが目を丸くして、果実を落とした。
明るい希望に燃えていたヤムチャは、はやる気持ちが抑えきれない。
「まずは事情を説明しないとな!お前の身体を、博士に調べて貰う必要もあるしな!」
サラッと言いながら、アクセルを踏んだ瞬間。
ベジータが横から手を伸ばしてきて、ハンドルを奪い取ってきた。
「身体だとーーーーーー!?」
「うわーーー!!」
ギャギャギャギャ!とバギーがスピンして樹木に激突しそうになった。
咄嗟にブレーキを踏んだので大事に至らずにすんだが、動転したヤムチャは、「何すんだ危ないだろ!!」と本気で怒鳴ってしまった。
ベジータは、まだハンドルを掴んだままである。
手がガチガチと震え、白い美貌には、ものすごい警戒心があらわれていた。
これには何事かと驚いて、
「な、なんだ、どうしたんだよ!」
「か、身体って、……裸を見られるってことか……?」
「へっ?」
ヤムチャが訊き返すと、ベジータは鬼のように怒鳴り散らしてきた。
「ドクターの前で、オレさまに、全裸になれと言うのか!?」
直前まで食っていた果実の芳香がブワッ!と香った。
「そ、そりゃそうだろ。まずは女体になっちまった事実を見せないことには……」
「じょ、冗談じゃねえッ……!!」
ベジータはオロオロと目を泳がせた。
そして、混迷の渦巻く切なげなまなざしでこちらを見つめてきた。
ヤムチャが絶句していると、ベジータは猫のごとく運転席になだれ込み、膝に馬乗りになり、胸ぐらを掴んで怒声を浴びせてきた。
「貴様ッ……、オレさまを誰だと思ってやがるんだ!?誇り高いサイヤの血を引くこのオレさまに、地球人の男の前で、素っ裸になれというのかーーー!そんな真似は、オレは死んでも出来んぞーーーーー!」
「ええええ~~??」
むなぐらを掴んで、激しく揺さぶってくる。
向かい合わせで身体が密着した状態なので、身体の柔らかさが嫌でも伝わってきた。
揺さぶるほどに、ベジータの胸もポヨポヨ揺れまくるので、ヤムチャはその性的な景観に目が釘付けとなってしまった。
「男に見られるぐらいなら、死んだほうがマシだぁーーー!ドクターの所なんか絶対に行かんぞ……!!事もなげにゲスな提案を出してくるんじゃねえ、このクソ野郎がーーーー!!」
「ええええ~~???」
いやいや、お前、もとは男じゃーーーーん!?
ヤムチャのたじろいだ声が、黄昏色の田園地帯に空しく響き渡った。
◇
田園地帯は、すっかり夜になっていた。
たき火にあたりながら、ふたりは草っ原に寝っ転がっていた。
さっきの老人に、野犬が出ると言われたので、ヤムチャが火を焚いてやったのだ。
あれからベジータは、博士に身体をさらすことを嫌がり続けて、ついには切れ長の瞳に涙を浮かべるまでになっていた。
『オレが博士にうまく話して、なんとかしてやるから……』
ヤムチャは必死に、ベジータをなだめ続けた。
抱きしめてヨシヨシしたくなるのを我慢しなければならなかったので、苦心した。
『博士に会わずとも解決できるような策を考えよう。ブルマに見つからないように気をつけなきゃならんしな。慎重にいこう。それならいいだろ?今日はここで野宿しよう』
ベジータが落ち着くまで、まるまる30分もかかってしまった。
このとき、ヤムチャは確信した。
今のベジータは、完全に女脳になってしまっているのだと。
橙色の拳闘ズボンを貸してやったときは、裸を見られる事など気にしなかったベジータ。
しかし今は、身体を異性に見られる事を恥じるまでになっているのだ。
この態度こそが、脳まで女体化している決定的な証拠に思えてくる。
水を断りフルーツを優先したのは、味覚が女に寄っているからではないのか。
さっき果実の選別がうまく出来たのも〝女脳〟が関係しているような気がした。
女は、甘いモノに目が無い。
男には無い感覚……つまり〝女の勘〟を発揮したから、初見の果実でも味の善し悪しを判定できた可能性がある。
果実を落としてちっぽけな嫌がらせをしてきたのも、いかにも女がやりそうな意地悪だった。
今のベジータに元の面影を見るとしたら、男っぽい言葉遣いしかなかったが、その言葉の内容が女100%みたいになっている……。
「あの星には名前はあるのか?」
仰向けに寝転んだベジータが、漆黒の天空を指さした。
バギーに積んであった携帯食と果実を夕食にして済ませた二人は、夜空を眺めて過ごしていた。
ヤムチャは、空にひときわ強く輝く、一等星のことを言ってるんだろうと思い、
「ああ、あれはゲルマニという星だな」
と穏やかな声で教えてやった。
言われたベジータは、何かを欲するような真剣なまなざしで、じっとその星を見つめ続けていた。
ヤムチャは、空に目を移して話を続けた。
「地球の星には星座があって、それには元となった神話があるんだ。サイヤの星にもそういうの、あったのか?」
「そんなものあるわけねえだろ。フラフラ夢を見ている貴様ら地球人とは違う」
ふんと鼻を鳴らして地球人をバカにしてくるベジータ。
けれども、ジッと星を見つめ続けることをやめなかった。
きっとベジータは、星が好きなのだろうなあ、と思った。
だからヤムチャは、うっとうしくない程度に、星座にまつわる古代の神話を語りきかせてやった。
あまたの神々の伝説
東と西の闘神の話
世界に火をはなった魔王の話
暗黒の空を剣で切り開いた英雄の話
……等々……
ベジータの気持ちを落ち着かせるために、ヤムチャは子守歌のように優しい声で語ってやった。
ベジータは文句もつけずに、黙って聞き入っていた。
静かに音楽を聴いているようにも見えた。
それはベジータらしからぬ柔らかい風情だった。
♪ロマンティックあげーるよー
みたいな音楽が流れてきてもおかしくない、不思議な情緒に満ちた時間であった。
このヘンテコな空気に、ヤムチャは居心地悪くなり、ゴホンと咳払いをした。
「大変だったけど、やっと男に戻れるな。そうなると、また訓練の日々か」
「…………」
「もうお前、二度とブルマとケンカしちゃ駄目だからな?」
「何を言ってる。もとは、てめえの不始末で……」
ベジータは言葉を切ると、身体を反転してヤムチャの方に向いてきた。
そばの焚き火に照らされて、白い顔がオレンジ色に染まっていた。
ヤムチャはゾワッとした。
しどけなく横臥するベジータの姿は、まるでベッドのナイトライトに照射されたような色っぽい姿に見えてくる。
ゾワゾワ~っと悪寒を覚えたヤムチャは、すぐに視線を天空に向けた。
「もう寝ようぜ!明日は明日で大変だぞ、慎重に計画を遂行しなくちゃならんからな!」
ドギマギしながら、明るい風を装ってヤムチャは言った。
するとベジータは静かな声で、
「さっきの魔王は、それっきり死んだのか?どこかに潜んでいて、復活したりはしなかったのか?」
と、神話の続きを所望してきた。
それは、モロに〝女〟の声であった。
ヤムチャは心臓の音を聞かれやしないかと恐れながら、魔王の話の続きを話してやった。
しばらく話してからベジータを見ると、彼は静かな寝息をたてて眠っていた。
「……」
コソッとベジータに近づいて、寝顔を確かめてみた。
与えてやったキャンプマットの上で、女体化ベジータは身体をまるめて赤ん坊のように眠っていた。顔から険が取れており、桃色の唇が薄く開いて、そこから静かな吐息が漏れていた。
可愛らしい寝顔だなあ、と思った。
ヤムチャは人さし指を、そーっとほっぺに近づけた。
ケーキ屋の丸いデザートみたいな、柔らかそうなほっぺだった。
そのとき、遠くから、野犬の遠吠えが聞こえた。
それを聴いて、ヤムチャは我に返った。
慌てて手を引っ込めて、「なにやってんだよ」と自分に突っ込みを入れてから、急いで薪を焚き火に追加した。
「明日になりゃ、こんなヘンテコな気分ともおさらばだ」
ふーっと疲れた溜息を吐くと、自分の寝床に横になり、目を閉じた。
石ころがあたって背中が痛かったが、マットはベジータに貸してあるので我慢である。
「大丈夫、大丈夫……。明日博士に話をすれば、きっと全部うまくいくんだ」
ベジータの女体が解除されれば、こんな変な気分も消えて無くなり、元通りの生活が取り戻せるはず……
ヤムチャは、何度も自分に言い聞かせた。
…………
…………
「なんですって?求婚を却下?」
「そうだ」
「なぜですか?あんなに素晴らしい武人を……。民衆からの人望もあつい男ですのに……」
「オレが気に入らんのだ、何か文句があるのか」
「王女……。これで何人目になるとお思いですか?こんな調子では、いつまでたっても結婚が出来ませんよ?あの天津飯という男なら、生涯、あなたのために命をかけてくれましょう、わたくしが保証します」
「お前がそう言うから、茶会に招待してみたが、……ハッキリ言ってあの男は退屈だ。お前のように猫の曲芸を見せてくれんし、星の話もしてくれんのだ」
「……。わたくしなぞは、学もない、ただの曲芸者です。でも天津飯は違います。一国を治める器を持った、素晴らしい人格者です。もう一度、考え直されては……」
「お前は何故、あの天津飯とかいう男を紹介してきたんだ?」
「え?」
ヤムチャは、枕元に猫ちゃんのぬいぐるみを並べる手を止めた。
猫のぬいぐるみに埋もれたベッドの中で、女体化ベジータは拗ねたように頬を膨らませていた。
「やたらと結婚させようと、やっきになってやがって……」
「それは、王女の〝つとめ〟を手伝いたいと思うからです。『西の王女よりも早く結婚を決めて、あのクソアマを見返してやりたい』とおっしゃったのは、王女、あなたなんですよ?」
「……だからと言って、好みでもない男と、くっつきたい訳じゃねえんだ」
「好みと適正は、別のものです。国を治める事を考えれば、やはりそれに応じた知性と風格を持った男でなければ、夫の役目はつとまりません」
「……お前は、オレが他の男と結婚しても平気なのか?」
ベジータは、まっすぐにヤムチャを見つめてきた。
その黒い瞳には、ベッド脇の燭台の火が映りこんで、儚く揺れていた。
ヤムチャは胸の奥から切ないものが湧き上がってくるのを感じたが、理性を働かせてグッと飲み込んだ。
「王女が、王女としての〝つとめ〟を果たせるよう、このヤムチャが精一杯お手伝いさせていただきますよ」
ヤムチャは、従者としての態度を徹底した。
するとベジータはギュッと眉間にしわを寄せて、あからさまに怒りを見せてきた。
「オレが他の男と一緒になっても、平気なのか。お前はなんとも思わんのか」
「結婚が王女の願いなのでしょう?わたくしはあなたが国王としての幸福を手にされることを、願っているだけです」
「……お前はあの時、オレの足に、接吻してくれたではないか」
ベジータは毛布を掴む手にギュッと力を込めていた。
その所作には、勇気をふりしぼって一世一代の大告白をしているような、尋常ならぬ感情が込められているように見えた。
ヤムチャは目を見開き、言葉を失ってしまった。
デデデデデと心臓が高鳴ってきた。
「オレをこの世で最も美しい女だと言った、あの言葉は嘘だったのか?」
「いえ……決してそんなことは……」
「お前にとって、オレは、……ナンバーワンの女じゃなかったのか?」
「も、もちろんナンバーワンですよ?ナンバーワンではありますが……」
「そのとびっきりの女が、他の男と一緒になろうって時に、貴様、黙って見ているだけなのか?」
「うっ、……しかし、その、オレはただの庶民ですし、意見できるような立場では……」
「そうやっていつも逃げてやがるから、前の女房とも駄目になったんだろうが!!」
「す、すみません……」
「もう逃げることは許さんぞヤムチャ。今宵こそ、このオレさまがナンバーワンの女だという証明を見せやがれ」
「しょ、証明、とは?」
「……言われんでも分かるだろう」
ベジータは、ヤムチャを殺すがごとく冷たく睨みつけてきた。
反面、ケーキ屋のデザートみたいな丸いほっぺは、ちょっと赤くなっている……。
ヤムチャの鼓動がますます速くなってきた。
「ちょ、待ってください、駄目です!こんなことは間違っています!」
「貴様、オレにここまで言わせておいて……、まさか、……オレを振るつもりじゃねえだろうな?」
「ふ、振る!?とんでもございません!オ……、オレみたいな男が、あなたにふさわしいとは思えないんですよ!オレがあなたに手を出したら、身長差や年齢差など考えると、世間一般で言うところの、〝ロリコン〟みたいな事になりはしないかと、オレはそれが怖いんですーーー!!」
「ロリコンぐらいでガタガタ抜かすんじゃねェーー!!パンツ盗んで頭に被ってるような変態ブタよりはマシだろうがーーー!!」
「まっ、待ってください、心の準備が、」
「やかましい!オレは毎晩、貴様が夜這ってくる事を願いながら、パンツを脱いで待ってたんだぞ!?」
「えええええ!?」
ヤムチャが真っ赤になって絶叫すると、ベジータは、この世の終わりみたいな絶望面を見せながら恥ずかしそうに俯いてしまった。
「……ううっ、畜生~~~!!よくもここまでオレさまに言わせやがったなあ〜〜……!!今宵が最後のチャンスだヤムチャーー!!ここで意気地が出せんようなクズならば、地下牢に閉じ込めて貴様を餓死させてやるぞ!!貴様は死にてえのか!?オレを抱きたいのか!?どっちだぁーーー!!」
ボス!ボス!と猫のぬいぐるみを投げつけてくるベジータ。
ヤムチャはそれを喰らいながら女々しく床に横倒れになってしまった。
それでも、真っ赤になって今にも泣きそうになっている王女に、ヤムチャは必死に訴えかけるのだった。
「し、死にたくない!オレは死にたくないです!!」
「だったら早く脱がせて、オレさまを抱きやがれ馬鹿野郎ーーー!!」
「うわあぁああ!!失礼しますーーーベジニャン王女ーーーーーーー!!!」
…………
…………
「ぶわああああああ!!!」
ヤムチャは絶叫しながら跳ね起きた。
グワッ!と見開いた目の中に、まばゆい光が差し込んできた。
やがて、青空の下に広がる田園風景が目に映り、ここが昨夜、野宿をした場所だという事を思い出した。
近くの樹木から、チュン、チュン、と小鳥のさえずる音が聞こえてくる。
対してヤムチャの心臓は、ドッカンドッカンとロック調の爆音を響かせて、体中にギュンギュン血液を送り出していた。
血管がぶち破れそうな勢いだった。
「あああ……」
ヤムチャは胸を押さえて小さくなってしまった。
服の中には、異様なほどに大量の汗が吹き出していた。
なぜ、こんな異常な夢を見てしまうんだろうと、自分が恐ろしくてならなかった。
「おい、起きろ、起きろ」
ヤムチャは火の消えた焚き火跡から木の枝を取り出すと、それで眠るベジータの身体をつっつき始めた。
もう恐ろしすぎて、直にベジータの身体に触る事ができなかった。
道ばたの糞塊をつっつくみたいにして、枝で触っていると、やがてベジータは目を覚ました。
彼は、ものすごく眠たがっていた。顔は昨日よりも、ますます白みを増しているように見える。
もしかしたら、生理の為に軽く貧血になっているのではないかと思った。ブルマも生理中には、このような症状を訴え、やたら眠たがっていたことを思い出す。
「早く公衆電話を探しに行くぞ!」
ヤムチャが急かすと、ベジータは目をこすりながら鈍い挙動でバギーに乗った。
本当に眠そうだった。
助手席のシートに身を預けて、腕を組み、なおも眠ろうとしている。
ヤムチャはかまわずエンジンをかけた。
とにかく一刻も早くブリーフ博士に話をつけるために最速で公衆電話を探さなければならなかった。
自分の口車だけでブリーフ博士をその気にさせて動かせるかどうか……
やってみなければ分からない。
そこは、賭けに出るしか無かった。
しかし、10分も走らぬうちにバギーの走行が阻まれてしまった。
頭上を、何かの機影が素早くよぎったような気がして上に目を向けると、中型のフライヤーが空を飛んでいた。それが旋回しながら高度をさげてきて、ヤムチャとベジータの乗るバギーの真ん前で強風を巻き起こしながら着陸したのだ。
「……あ!!」
ヤムチャは声を上げた。
その機体の側面には、見慣れた会社のマークがついていた。
隣で眠っていたベジータが、目を覚ましたようだった。
そして、「……うお……」と呻いて、目玉が飛び出んばかりに驚愕しながら、目の前の機体をガン見した。
バシュッと音がして、フライヤーの扉が羽のように開いた。
その中からニョキッと白い足が伸びてきて、地面に真っ赤なハイヒールがサクッと突き刺さった。
「探したわよベジータ」
中からゆっくりと出てきたのは、白い科学服に網タイツを着用したブルマであった。
クルクルのパーマ頭は色っぽく乱れて、化粧はいつもよりも濃厚で、口紅は真っ赤だ。
銀幕の中を活躍する超一級映画スターのような、強烈な存在感とオーラをまき散らしながらベジータに薔薇の微笑を向けてきた。
「こんなところで何をしていたの?さあ、私と帰りましょう……」
やたらとスローなモーションで、モデル歩きしながら近づいてくるブルマ。
ベジータはそれを見ると、
「ぎゃああああああ」
と絶叫して取り乱しながらバギーから転げ落ちた。
ブルマの科学力に匹敵する、唯一の有能者……。
あの老人をきっかけに、ヤムチャは、やっとブリーフ博士の存在を思い出したのだった。
今抱えている難題をクリア出来たような開放感が、心の中に広がっていくようだった。
ヤムチャは嬉しさのあまりに、パア~~ッと顔を輝かせながら、沈む夕陽へガッツポーズを見せた。
その後、嬉々として〝博士に協力要請する案〟を熱弁した。
ベジータは果実を食いながら、特に喜ぶこともなく、白けた面を見せていた。
「だったらドクターに、早くアイテム作らせてこい」
と、まるで他人事のように命じてくるのだった。
せっかく良いアイデアを閃いたのに、喜んでも褒めてもくれない。
もっと感動してくれても良いのになあ……とヤムチャは少し寂しくなった。
まあベジータなのだからしょうがないか、と納得しながらバギーにエンジンをかける。
「じゃあ、今からCCに行こうか」
「は?」
ベジータが目を丸くして、果実を落とした。
明るい希望に燃えていたヤムチャは、はやる気持ちが抑えきれない。
「まずは事情を説明しないとな!お前の身体を、博士に調べて貰う必要もあるしな!」
サラッと言いながら、アクセルを踏んだ瞬間。
ベジータが横から手を伸ばしてきて、ハンドルを奪い取ってきた。
「身体だとーーーーーー!?」
「うわーーー!!」
ギャギャギャギャ!とバギーがスピンして樹木に激突しそうになった。
咄嗟にブレーキを踏んだので大事に至らずにすんだが、動転したヤムチャは、「何すんだ危ないだろ!!」と本気で怒鳴ってしまった。
ベジータは、まだハンドルを掴んだままである。
手がガチガチと震え、白い美貌には、ものすごい警戒心があらわれていた。
これには何事かと驚いて、
「な、なんだ、どうしたんだよ!」
「か、身体って、……裸を見られるってことか……?」
「へっ?」
ヤムチャが訊き返すと、ベジータは鬼のように怒鳴り散らしてきた。
「ドクターの前で、オレさまに、全裸になれと言うのか!?」
直前まで食っていた果実の芳香がブワッ!と香った。
「そ、そりゃそうだろ。まずは女体になっちまった事実を見せないことには……」
「じょ、冗談じゃねえッ……!!」
ベジータはオロオロと目を泳がせた。
そして、混迷の渦巻く切なげなまなざしでこちらを見つめてきた。
ヤムチャが絶句していると、ベジータは猫のごとく運転席になだれ込み、膝に馬乗りになり、胸ぐらを掴んで怒声を浴びせてきた。
「貴様ッ……、オレさまを誰だと思ってやがるんだ!?誇り高いサイヤの血を引くこのオレさまに、地球人の男の前で、素っ裸になれというのかーーー!そんな真似は、オレは死んでも出来んぞーーーーー!」
「ええええ~~??」
むなぐらを掴んで、激しく揺さぶってくる。
向かい合わせで身体が密着した状態なので、身体の柔らかさが嫌でも伝わってきた。
揺さぶるほどに、ベジータの胸もポヨポヨ揺れまくるので、ヤムチャはその性的な景観に目が釘付けとなってしまった。
「男に見られるぐらいなら、死んだほうがマシだぁーーー!ドクターの所なんか絶対に行かんぞ……!!事もなげにゲスな提案を出してくるんじゃねえ、このクソ野郎がーーーー!!」
「ええええ~~???」
いやいや、お前、もとは男じゃーーーーん!?
ヤムチャのたじろいだ声が、黄昏色の田園地帯に空しく響き渡った。
◇
田園地帯は、すっかり夜になっていた。
たき火にあたりながら、ふたりは草っ原に寝っ転がっていた。
さっきの老人に、野犬が出ると言われたので、ヤムチャが火を焚いてやったのだ。
あれからベジータは、博士に身体をさらすことを嫌がり続けて、ついには切れ長の瞳に涙を浮かべるまでになっていた。
『オレが博士にうまく話して、なんとかしてやるから……』
ヤムチャは必死に、ベジータをなだめ続けた。
抱きしめてヨシヨシしたくなるのを我慢しなければならなかったので、苦心した。
『博士に会わずとも解決できるような策を考えよう。ブルマに見つからないように気をつけなきゃならんしな。慎重にいこう。それならいいだろ?今日はここで野宿しよう』
ベジータが落ち着くまで、まるまる30分もかかってしまった。
このとき、ヤムチャは確信した。
今のベジータは、完全に女脳になってしまっているのだと。
橙色の拳闘ズボンを貸してやったときは、裸を見られる事など気にしなかったベジータ。
しかし今は、身体を異性に見られる事を恥じるまでになっているのだ。
この態度こそが、脳まで女体化している決定的な証拠に思えてくる。
水を断りフルーツを優先したのは、味覚が女に寄っているからではないのか。
さっき果実の選別がうまく出来たのも〝女脳〟が関係しているような気がした。
女は、甘いモノに目が無い。
男には無い感覚……つまり〝女の勘〟を発揮したから、初見の果実でも味の善し悪しを判定できた可能性がある。
果実を落としてちっぽけな嫌がらせをしてきたのも、いかにも女がやりそうな意地悪だった。
今のベジータに元の面影を見るとしたら、男っぽい言葉遣いしかなかったが、その言葉の内容が女100%みたいになっている……。
「あの星には名前はあるのか?」
仰向けに寝転んだベジータが、漆黒の天空を指さした。
バギーに積んであった携帯食と果実を夕食にして済ませた二人は、夜空を眺めて過ごしていた。
ヤムチャは、空にひときわ強く輝く、一等星のことを言ってるんだろうと思い、
「ああ、あれはゲルマニという星だな」
と穏やかな声で教えてやった。
言われたベジータは、何かを欲するような真剣なまなざしで、じっとその星を見つめ続けていた。
ヤムチャは、空に目を移して話を続けた。
「地球の星には星座があって、それには元となった神話があるんだ。サイヤの星にもそういうの、あったのか?」
「そんなものあるわけねえだろ。フラフラ夢を見ている貴様ら地球人とは違う」
ふんと鼻を鳴らして地球人をバカにしてくるベジータ。
けれども、ジッと星を見つめ続けることをやめなかった。
きっとベジータは、星が好きなのだろうなあ、と思った。
だからヤムチャは、うっとうしくない程度に、星座にまつわる古代の神話を語りきかせてやった。
あまたの神々の伝説
東と西の闘神の話
世界に火をはなった魔王の話
暗黒の空を剣で切り開いた英雄の話
……等々……
ベジータの気持ちを落ち着かせるために、ヤムチャは子守歌のように優しい声で語ってやった。
ベジータは文句もつけずに、黙って聞き入っていた。
静かに音楽を聴いているようにも見えた。
それはベジータらしからぬ柔らかい風情だった。
♪ロマンティックあげーるよー
みたいな音楽が流れてきてもおかしくない、不思議な情緒に満ちた時間であった。
このヘンテコな空気に、ヤムチャは居心地悪くなり、ゴホンと咳払いをした。
「大変だったけど、やっと男に戻れるな。そうなると、また訓練の日々か」
「…………」
「もうお前、二度とブルマとケンカしちゃ駄目だからな?」
「何を言ってる。もとは、てめえの不始末で……」
ベジータは言葉を切ると、身体を反転してヤムチャの方に向いてきた。
そばの焚き火に照らされて、白い顔がオレンジ色に染まっていた。
ヤムチャはゾワッとした。
しどけなく横臥するベジータの姿は、まるでベッドのナイトライトに照射されたような色っぽい姿に見えてくる。
ゾワゾワ~っと悪寒を覚えたヤムチャは、すぐに視線を天空に向けた。
「もう寝ようぜ!明日は明日で大変だぞ、慎重に計画を遂行しなくちゃならんからな!」
ドギマギしながら、明るい風を装ってヤムチャは言った。
するとベジータは静かな声で、
「さっきの魔王は、それっきり死んだのか?どこかに潜んでいて、復活したりはしなかったのか?」
と、神話の続きを所望してきた。
それは、モロに〝女〟の声であった。
ヤムチャは心臓の音を聞かれやしないかと恐れながら、魔王の話の続きを話してやった。
しばらく話してからベジータを見ると、彼は静かな寝息をたてて眠っていた。
「……」
コソッとベジータに近づいて、寝顔を確かめてみた。
与えてやったキャンプマットの上で、女体化ベジータは身体をまるめて赤ん坊のように眠っていた。顔から険が取れており、桃色の唇が薄く開いて、そこから静かな吐息が漏れていた。
可愛らしい寝顔だなあ、と思った。
ヤムチャは人さし指を、そーっとほっぺに近づけた。
ケーキ屋の丸いデザートみたいな、柔らかそうなほっぺだった。
そのとき、遠くから、野犬の遠吠えが聞こえた。
それを聴いて、ヤムチャは我に返った。
慌てて手を引っ込めて、「なにやってんだよ」と自分に突っ込みを入れてから、急いで薪を焚き火に追加した。
「明日になりゃ、こんなヘンテコな気分ともおさらばだ」
ふーっと疲れた溜息を吐くと、自分の寝床に横になり、目を閉じた。
石ころがあたって背中が痛かったが、マットはベジータに貸してあるので我慢である。
「大丈夫、大丈夫……。明日博士に話をすれば、きっと全部うまくいくんだ」
ベジータの女体が解除されれば、こんな変な気分も消えて無くなり、元通りの生活が取り戻せるはず……
ヤムチャは、何度も自分に言い聞かせた。
…………
…………
「なんですって?求婚を却下?」
「そうだ」
「なぜですか?あんなに素晴らしい武人を……。民衆からの人望もあつい男ですのに……」
「オレが気に入らんのだ、何か文句があるのか」
「王女……。これで何人目になるとお思いですか?こんな調子では、いつまでたっても結婚が出来ませんよ?あの天津飯という男なら、生涯、あなたのために命をかけてくれましょう、わたくしが保証します」
「お前がそう言うから、茶会に招待してみたが、……ハッキリ言ってあの男は退屈だ。お前のように猫の曲芸を見せてくれんし、星の話もしてくれんのだ」
「……。わたくしなぞは、学もない、ただの曲芸者です。でも天津飯は違います。一国を治める器を持った、素晴らしい人格者です。もう一度、考え直されては……」
「お前は何故、あの天津飯とかいう男を紹介してきたんだ?」
「え?」
ヤムチャは、枕元に猫ちゃんのぬいぐるみを並べる手を止めた。
猫のぬいぐるみに埋もれたベッドの中で、女体化ベジータは拗ねたように頬を膨らませていた。
「やたらと結婚させようと、やっきになってやがって……」
「それは、王女の〝つとめ〟を手伝いたいと思うからです。『西の王女よりも早く結婚を決めて、あのクソアマを見返してやりたい』とおっしゃったのは、王女、あなたなんですよ?」
「……だからと言って、好みでもない男と、くっつきたい訳じゃねえんだ」
「好みと適正は、別のものです。国を治める事を考えれば、やはりそれに応じた知性と風格を持った男でなければ、夫の役目はつとまりません」
「……お前は、オレが他の男と結婚しても平気なのか?」
ベジータは、まっすぐにヤムチャを見つめてきた。
その黒い瞳には、ベッド脇の燭台の火が映りこんで、儚く揺れていた。
ヤムチャは胸の奥から切ないものが湧き上がってくるのを感じたが、理性を働かせてグッと飲み込んだ。
「王女が、王女としての〝つとめ〟を果たせるよう、このヤムチャが精一杯お手伝いさせていただきますよ」
ヤムチャは、従者としての態度を徹底した。
するとベジータはギュッと眉間にしわを寄せて、あからさまに怒りを見せてきた。
「オレが他の男と一緒になっても、平気なのか。お前はなんとも思わんのか」
「結婚が王女の願いなのでしょう?わたくしはあなたが国王としての幸福を手にされることを、願っているだけです」
「……お前はあの時、オレの足に、接吻してくれたではないか」
ベジータは毛布を掴む手にギュッと力を込めていた。
その所作には、勇気をふりしぼって一世一代の大告白をしているような、尋常ならぬ感情が込められているように見えた。
ヤムチャは目を見開き、言葉を失ってしまった。
デデデデデと心臓が高鳴ってきた。
「オレをこの世で最も美しい女だと言った、あの言葉は嘘だったのか?」
「いえ……決してそんなことは……」
「お前にとって、オレは、……ナンバーワンの女じゃなかったのか?」
「も、もちろんナンバーワンですよ?ナンバーワンではありますが……」
「そのとびっきりの女が、他の男と一緒になろうって時に、貴様、黙って見ているだけなのか?」
「うっ、……しかし、その、オレはただの庶民ですし、意見できるような立場では……」
「そうやっていつも逃げてやがるから、前の女房とも駄目になったんだろうが!!」
「す、すみません……」
「もう逃げることは許さんぞヤムチャ。今宵こそ、このオレさまがナンバーワンの女だという証明を見せやがれ」
「しょ、証明、とは?」
「……言われんでも分かるだろう」
ベジータは、ヤムチャを殺すがごとく冷たく睨みつけてきた。
反面、ケーキ屋のデザートみたいな丸いほっぺは、ちょっと赤くなっている……。
ヤムチャの鼓動がますます速くなってきた。
「ちょ、待ってください、駄目です!こんなことは間違っています!」
「貴様、オレにここまで言わせておいて……、まさか、……オレを振るつもりじゃねえだろうな?」
「ふ、振る!?とんでもございません!オ……、オレみたいな男が、あなたにふさわしいとは思えないんですよ!オレがあなたに手を出したら、身長差や年齢差など考えると、世間一般で言うところの、〝ロリコン〟みたいな事になりはしないかと、オレはそれが怖いんですーーー!!」
「ロリコンぐらいでガタガタ抜かすんじゃねェーー!!パンツ盗んで頭に被ってるような変態ブタよりはマシだろうがーーー!!」
「まっ、待ってください、心の準備が、」
「やかましい!オレは毎晩、貴様が夜這ってくる事を願いながら、パンツを脱いで待ってたんだぞ!?」
「えええええ!?」
ヤムチャが真っ赤になって絶叫すると、ベジータは、この世の終わりみたいな絶望面を見せながら恥ずかしそうに俯いてしまった。
「……ううっ、畜生~~~!!よくもここまでオレさまに言わせやがったなあ〜〜……!!今宵が最後のチャンスだヤムチャーー!!ここで意気地が出せんようなクズならば、地下牢に閉じ込めて貴様を餓死させてやるぞ!!貴様は死にてえのか!?オレを抱きたいのか!?どっちだぁーーー!!」
ボス!ボス!と猫のぬいぐるみを投げつけてくるベジータ。
ヤムチャはそれを喰らいながら女々しく床に横倒れになってしまった。
それでも、真っ赤になって今にも泣きそうになっている王女に、ヤムチャは必死に訴えかけるのだった。
「し、死にたくない!オレは死にたくないです!!」
「だったら早く脱がせて、オレさまを抱きやがれ馬鹿野郎ーーー!!」
「うわあぁああ!!失礼しますーーーベジニャン王女ーーーーーーー!!!」
…………
…………
「ぶわああああああ!!!」
ヤムチャは絶叫しながら跳ね起きた。
グワッ!と見開いた目の中に、まばゆい光が差し込んできた。
やがて、青空の下に広がる田園風景が目に映り、ここが昨夜、野宿をした場所だという事を思い出した。
近くの樹木から、チュン、チュン、と小鳥のさえずる音が聞こえてくる。
対してヤムチャの心臓は、ドッカンドッカンとロック調の爆音を響かせて、体中にギュンギュン血液を送り出していた。
血管がぶち破れそうな勢いだった。
「あああ……」
ヤムチャは胸を押さえて小さくなってしまった。
服の中には、異様なほどに大量の汗が吹き出していた。
なぜ、こんな異常な夢を見てしまうんだろうと、自分が恐ろしくてならなかった。
「おい、起きろ、起きろ」
ヤムチャは火の消えた焚き火跡から木の枝を取り出すと、それで眠るベジータの身体をつっつき始めた。
もう恐ろしすぎて、直にベジータの身体に触る事ができなかった。
道ばたの糞塊をつっつくみたいにして、枝で触っていると、やがてベジータは目を覚ました。
彼は、ものすごく眠たがっていた。顔は昨日よりも、ますます白みを増しているように見える。
もしかしたら、生理の為に軽く貧血になっているのではないかと思った。ブルマも生理中には、このような症状を訴え、やたら眠たがっていたことを思い出す。
「早く公衆電話を探しに行くぞ!」
ヤムチャが急かすと、ベジータは目をこすりながら鈍い挙動でバギーに乗った。
本当に眠そうだった。
助手席のシートに身を預けて、腕を組み、なおも眠ろうとしている。
ヤムチャはかまわずエンジンをかけた。
とにかく一刻も早くブリーフ博士に話をつけるために最速で公衆電話を探さなければならなかった。
自分の口車だけでブリーフ博士をその気にさせて動かせるかどうか……
やってみなければ分からない。
そこは、賭けに出るしか無かった。
しかし、10分も走らぬうちにバギーの走行が阻まれてしまった。
頭上を、何かの機影が素早くよぎったような気がして上に目を向けると、中型のフライヤーが空を飛んでいた。それが旋回しながら高度をさげてきて、ヤムチャとベジータの乗るバギーの真ん前で強風を巻き起こしながら着陸したのだ。
「……あ!!」
ヤムチャは声を上げた。
その機体の側面には、見慣れた会社のマークがついていた。
隣で眠っていたベジータが、目を覚ましたようだった。
そして、「……うお……」と呻いて、目玉が飛び出んばかりに驚愕しながら、目の前の機体をガン見した。
バシュッと音がして、フライヤーの扉が羽のように開いた。
その中からニョキッと白い足が伸びてきて、地面に真っ赤なハイヒールがサクッと突き刺さった。
「探したわよベジータ」
中からゆっくりと出てきたのは、白い科学服に網タイツを着用したブルマであった。
クルクルのパーマ頭は色っぽく乱れて、化粧はいつもよりも濃厚で、口紅は真っ赤だ。
銀幕の中を活躍する超一級映画スターのような、強烈な存在感とオーラをまき散らしながらベジータに薔薇の微笑を向けてきた。
「こんなところで何をしていたの?さあ、私と帰りましょう……」
やたらとスローなモーションで、モデル歩きしながら近づいてくるブルマ。
ベジータはそれを見ると、
「ぎゃああああああ」
と絶叫して取り乱しながらバギーから転げ落ちた。