戦闘民族メメメ人


人里から離れたこの山奥で、古寺院を手直しして、餃子とともに暮らしながら修行に明け暮れていたのだ。
今朝、ヤムチャは、今のベジータと二人きりで居ることに危惧を覚えた。
第三者と一緒でないと自分が正しく保てないかもしれないという恐怖を覚えてしまった。
だから、誰かの家に身を寄せようと思ったのだ。
女体化ベジータを同伴して、寝泊まりさせてくれる場所を考えると……。
真っ先に思いつくのはカメハウスだったが、今のベジータを見た亀仙人がどういう行為に走るかと考えると、ソッコー却下となった。
ならば、次に思いつくのは、天津飯だ。
女の色香になどに動じない、潔癖の人格者。
この男のそばに身を寄せていれば、己の心のふらつきも自然と正されて、もしかしたら女体化問題を解決できるようなアイデアも、閃いてしまうのではないか……?
都合の良すぎる考えなのかもしれなかった。
うまくいくとは限らない。
けれども不安が少しでも払拭できるのなら……と思い、ヤムチャは天津飯の真面目さと揺るぎない精神性にすがりつくことにしたのだ。

「この先に友人が居るんだ。しっかり者で、頼りになるヤツで……お前も見たことあるヤツだ」
寺院の門前にバギーを停め、ヤムチャは地面に降りる。
ベジータについてくるように言うと、彼は黙って、五メートルの距離をおきながらついてきた。
あたりの霧が濃かった。
離れたベジータの姿が、白みがかって幻影のように見えた。
「静かで、快適だろ?こういう環境に居れば、良いアイデアも浮かぶかもしれんだろ?」
とにもかくにも、心を落ち着けたい。
ベジータの女体化にドギマギしてしまう自分を、しっかりさせたいという気持ちが一番強かった。
ベジータはフードを被って、黙ってついてきた。

龍の彫像つきの外門をくぐると、寺院の入り口を守る古い鉄扉があらわれた。
その上方には鐘があり、一本の鎖が垂れていて、鳴らせるようになっている。
ヤムチャは鎖を左右に振ってみた。
ガランガランと、密教儀式を連想させるような音が鳴り、それと同時に鉄扉がゆっくりと開かれた。
深い霧に荘厳な鐘が鳴り響く中、質素な武道着をまとった天津飯が姿を見せた。
「元気にしてたか?」
そのたたずまいを見ただけで、ヤムチャの心は安堵で満たされるようだ。
ホッとしながら挨拶をすると、
「ああ、久しぶりだな」
と、少し笑みをこぼしながら、天津飯はこたえてくれた。
界王星で、共に修行した期間は長く濃密だった。
二人の間には、しっかりとした友情があった。
「いきなり押しかけてきて、スマン。実は、困った状況になっちまって」
ヤムチャは遠慮がちに、後ろを振り向いた。
ベジータは、こちらの体を盾にするようにして、真後ろに立っていた。
フードに隠されていて、表情が見えない。両手はポケットの中に隠されていて、何を考えているのか分からなかった。
ヤムチャは天津飯に向き直り、
「ちょっと深刻な事情を抱えた子で、しばらく面倒見ることになったんだけど、オレの住んでる所、今ひどい暑さでさあ……」
申し訳なさそうなポーズをとりながら、作り話を始めた。
天津飯は澄んだまなざしで、静かに耳を傾けていた。
だが、額の目のほうは、ギロリとこちらを凝視していた。
なんとなく、その目に睨まれているように感じた。
ヤムチャは、喉のあたりにひきつるような緊張を覚えた。
「あんな暑いトコに居たんじゃ、この子が干上がっちまうよ。いきなり来てこんな話……迷惑は承知の上で頼むんだが、……しばらくお前の所に間借りさせてもらえないだろうか?」
ヤムチャはてのひらを見せ、低姿勢で救済を求めた。
天津飯は、黙ったまま少し首を傾げた。
今の彼は、ヤムチャの後ろにいる者にジーッとまなざしを向けている。
「もちろん、食うものは自分たちでなんとかするし。手伝いだってするぞ」
「……その者は、どういう素性だ?お前とは一体どういう関係なんだ?」
天津飯はいぶかしむように言った。
何かを見定めるような目つきで、ベジータばかりに注目している。
まさか、正体がバレてやしないだろうか……。
焦りを感じたヤムチャは、てのひらをヒラヒラ動かしながら、自分に視線を集めようと早口で喋った。
「オレの知り合いの会社の、社長の娘さんなんだ。この子の家、ひどく荒れててさ、家出して夜の街をさまよってる所を、その知り合いが見つけてさ」
ヤムチャはちょっと、しどろもどろになってしまった。
相変わらず、天津飯の額の目だけが、ヤムチャをにらみつけているのだ。この目に見られると、心の中まで見透かされているような気がして、ウソをついているヤムチャはどうにも緊張してしまう。
「しばらくは、知り合いがこの子を保護してたんだけど……彼も新婚さんでさあ、奥さんが居るもんだから……」
「……」
「で、独身のオレに、頼み込んできたって訳なんだよ」
ヤムチャは、問題の深刻さを強調したくて、真剣な面を保ち続けた。
このように、作り話をするしか無かった。
可哀想な家出少女という、誰もが手を差し伸べたくなるような不幸な人間像。
ヤムチャは、少女が家の中で、父親からどんなに非道い目に遭っているかをワイドショーよろしく情感たっぷりに語ってきかせた。
後ろの女体が、実はベジータだなんて、絶対に言えなかった。
正体を知ったら、天津飯は門前払いをやるに決まっているからだ。
「……。そういうことは、しかるべき機関に相談すべきじゃないのか?」
ヤムチャの話を最後まで聞いてから、天津飯は静かに言った。
全ての目がヤムチャに向けられている。
「え?」
思わぬ切り返しに、ヤムチャはぽかっと目を見開いた。
天津飯は腕を組むと、思慮を深めるようにして、指を顎のあたりにそわせながら
「例えば警察や、……そのような不遇の者を保護するような機関が、街にはある。そこへ連れて行った方がいいんじゃないか?」
提案してくる様子は、冷静そのものだった。
「確かに可哀想ではあるが……、なぜ無関係のお前が、その者の不遇を背負う必要があるんだ?」
不思議そうに首を傾げて、重ねて訊いてくるのだった。
ヤムチャは、詰まって言葉を失ってしまった。
人里離れた所で修行ばかりしているのだから、この男は、世間に疎いはずだと思いこんでいたのだ。
それがこのような現実的な解決方法を提示してくるとは、全くの予想外である。
「……時々、この近くの崖から、身投げしようとする者がいてな」
天津飯は目を伏せて、補足するように語り続けた。
「見つけてしまったら、止めないわけにもいかん。そういう者を、一時は保護して、話を聞いてやればその者と似たような境遇に身を置く人間が多かった。オレは、いちいち世話なんかしてやれん。……だから、色々と調べたんだ。大きな街には、そういう人間を救済するための施設があるはずだ」
「……」
何も言い返せないような、至極まっとうな解決案だった。
後ろに控えている者が本当に家出少女ならば、礼を言って、すみやかに街に向かうべきところだ。
でもそうはいかない。女体化ベジータとふたりっきりで居るのはマズいのだ。どうしてもここに居させて欲しいと思ったヤムチャは反論を考えなければならなかった。
そして、同時に、全く別の所で、天津飯の言葉には抵抗を覚えてしまった。
何故だか分からないが胸中に、怒りのようなものが湧き上がってくるのだ。
そんなに簡単に切り離し、手放せるモノでは無いのだと、意地のような気持ちが生まれてしまったのだ。
「それが出来ないから、こうして頼ってきてるんじゃないか」
対抗心を抱きながら、ヤムチャは即席で思いついた〝偽の境遇話〟を語った。
「この子の父親は、でかい会社の社長で、強い権力を持ってるんだ。その権力は公的機関すらも押さえつけちまうほどで、この子がそういう機関につながった瞬間に、バレて家に連れ戻されちまうんだ。誰もこの子の言うことなんか信じちゃくれねえし、名前を変えて雲隠れするしか無いんだよ」
「……」
過去、CCでは、社員たちと交流を持つこともあった。
優しくて、武道をたしなむヤムチャのもとに、人助けの相談事が舞い込む事は少なくなかった。
だからこの手の〝ネタ〟には事欠かない。
実際に起こっている案件という体で、説得力を纏わせながら話を作ることは難しくなかった。天津飯はジッと耳を傾けていた。
こちらの話を、真剣に聞いてくれているのが分かる。
「もちろん、いつまでも面倒を見るつもりは無いさ。ただ、今のこの子には安全な場所が必要なんだよ。だから少しの間ここに居させてくれ、頼む」
「いつまでだ?」
深く頭を下げるヤムチャの肩に、天津飯はそっと手を置いてきた。
受け入れてくれたのだと思い、ヤムチャは身を起こしてにこやかに答えた。
「えっと……、一週間、いや二週間ぐらいかな。砂漠の暑さがマシになるまで……」
「その間、何をして過ごすんだ」
「うーんと、山に食料探しに行ったり、手伝いとか掃除とか」
「それで一体、何が解決出来るんだ?」
「……え」
良い流れをせき止められた感じがして、ヤムチャは言葉を切ってしまった。
天津飯はまっすぐにこちらを見つめている。……まるで師範のような雰囲気をただよわせながら、なおもヤムチャに詰問を続けた。
「その者は、山で生きる術を身につけたいのか?オレたちのように、山奥にひっこんで陰徳者のように生きていきたいと?」
「え、いや……、そういうわけでは」
「もしもそのように生きたいなら、まっさきに尼寺に連れて行くべきだ」
天津飯の低めの声に、ピシャ!と説教の色が混じった。
その声音に一種冷たさのようなものを感じながら、ヤムチャは手のひらを見せて、真摯に訴え直した。
「天、そんなカタイことじゃなくてさ……、オレはただ、一時でもこの子に安心を与えてやりたいと思って」
「ここに身を潜めたあとは、お前の家に連れて行くんだろう?その後はどうするつもりなんだ」
「……えっ……」
「親のもとにも返さず、街の救済機関も頼らず、その者を背負ってお前はこの先どうするつもりなんだ」
「えーっと、だから、どこか遠い街で仕事を見つけてやったり、住むとこ探してやったり、独り立ちが出来るまで面倒を見てやろうかと」
「いくつだ」
「ん?」
「その者の年齢はいくつだ」
「え……、年は15、6ぐらい……だと思うけど」
ヤムチャは今のベジータの見たまんまの年齢を言った。
「知力はあるのか」
「まあ、それなりにはあると思うけど」
「だったらお前の力がなくとも生きていけるだろう。親の手の届かない遠い街に連れて行き、言葉で励まし送り出すだけでじゅうぶんだと思うぞ。お前が手取り足取り、面倒を見てやる必要なんかない、赤ん坊じゃないんだ」
鋼鉄のような断言だった。
天津飯はしっかりと腕を組んで、毅然とし、反論など許さない態度を見せていた。
ヤムチャはビックリしてしまって、しばらく口がきけなかった。
うしろに控えているのは、ただの〝小柄な女の子〟のはずなのに。
どうしてここまで厳しい言葉が吐けるのかと、驚いてしまったのだ。
天津飯は、ここまで冷たく、厳しい男だっただろうか……。
「それは、出来ないぜ」
ヤムチャは、同じように腕を組んで、片足に重心をあずけた。
斜に構える態度だった。
ただ間借りさせてもらうだけの話が、なぜここまで難しくなるのか……、ヤムチャはだんだん天津飯に対して苛立ってきたのだ。
「顔を隠してるから分かりにくいけど、とっても可愛い子なんだよ。何度も悪い男連中から狙われかけた。ひとりで街にほっぽり出したら、きっとひどい目に遭っちまう。自立できるまで、オレが守ってやる必要があるんだよ」
「その、守ってくれる者を自分で探す努力も、この先を生き抜く上では必要なんじゃないのか?見目が良いなら、そんな男を見つけるのは容易いことではないのか?」
「……そ、そりゃあ、そうかもしれんが……でもこの子は弱い子なんだ、放っておけないんだよ」
「家から逃げる力があったのだから、全くの無力では無いはずだ」
「…………」
「世話を焼きすぎだ。それに、お前に甘えすぎているんじゃないのか?……だからあんな態度をとれる……」
天津飯が、遠くに目を向けていた。
ヤムチャはハッとして、後ろを振り向いてみた。
真後ろにいたはずのベジータが、離れた場所に停めてあるバギーの助手席に乗り込んでいたのだ。霧が濃く、バギーもベジータも、おぼろげな灰色のシルエットでしか視認出来なかった。
「……あ、あいつ……!」
離れたことに全く気づけなかった。
こちらの会話のやりとりに、もしかしたら退屈を覚えてしまったのかもしれなかった。ベジータは、時間の無駄を非常に嫌う男だ。
天津飯の低い声が続いた。
「お前ひとりが懸命になっているように見えるぞ。あの者には、こちらに頼ろうとする気も、お前が言うほどの弱さも持ってるようには見えないな」
「…………」
「それに、ずいぶんと不遜な態度に見える。これから世話になるかもしれん人間に対して、挨拶すらもないとは」
「違う。あれはお前を怖がってるだけだ」
ヤムチャは、なおも意地を張った。
なんだか引き下がれないのだ。
心の奥底に、うっすらと悔しさのようなものが蠢いている。
ヤムチャは、人さし指を天津飯の顔に向けた。
「お前は女を知らなさすぎるから、簡単にモノが言えるんだ。ちゃんと見た事あるのはランチぐらいだろ。女がみんな、ランチみたいに強い子ばかりだと思うなよ?」
言葉にトゲが混じった。
天津飯はジッとヤムチャを観察していた。……真意を探るような、とても真剣なまなざしを向けながら。
「落ち着けヤムチャ」
「オレは落ち着いてるよ」
「オレはお前を、大切な友人だと思っている。だからこそ、道を外して欲しくないという想いがある」
「なんにも外しちゃいねえよ。可哀想な女の子を助けようとするのは、男として正しい態度だろ」
「……それについては、その通りだヤムチャ。だがオレたち戦士は、あの少年の言っていた凶事に備えて、己を研ぎ澄ませていなければならないんだぞ?今のお前は、あんな他人の問題ごときで自分をすり減らしてる場合じゃない」
「……〝ごとき〟?」
「忘れたのか。人造人間は人類の大量殺戮を目的にやってくるんだ。お前はこんな小さな問題に振り回されてる場合じゃない。オレたちが守るべきものはもっともっと大きなもので、」
「小さな問題って、そりゃねえだろ。本人が居る前でよくそんな残酷な事が言えるな」
「よく聞けヤムチャ。オレたちが抱えている問題の大きさを考えろ。たくさんの人の命がかかっているんだぞ」
「大勢の人間の命に比べりゃ、あの子一人の命なんか、どうでもいいってのかよ」
「そんな事は言ってない。あの者の生きる世界は、オレたちとはまったく違う――領域が違いすぎるということだ。どうしてしまったんだヤムチャ。なぜそんなに気が乱れている?」
「頭のかたいお前の話を聞いてたら、苛ついてきたんだよ!それだけだよ!」
「まさか、あの者に、心を奪われてしまったのか」
疑念混じりに天津飯が訊いてきた。
これを耳にしたヤムチャは、たちまちに胸の中がかき乱され、耳のあたりが紅潮するような灼熱感を覚えた。
「はああ!?」
「だからそんなに、懸命になっているのか?」
「ちっ……、違うよ、そんなんじゃねえよ!なんでオレがあんなヤツに」
「〝あんなヤツ〟……なら、どうでも良い人間ということか。だったらすぐにでも手放せるはずだ」
「さ、さっきからなんなんだよ、オレとあの子を引き剥がそうって、やっきになってんのか?なんでそんなに、あの子を追っ払おうとするんだよ?」
「あの者には、邪悪なものが感じられるからだ」
天津飯の声が、格段に低くなった。
それには強い警戒心だけではなく、こちらを叱咤するような厳しい波動も伴っていて、言われたヤムチャは「うっ」とひるんで一歩退いてしまった。
今のベジータは、本来の戦闘力も、男としての容姿も完全に失っている。
未だ正体はバレてない。
それでも天津飯は、こちらには感じ取れないほどの繊細なベジータの〝気配〟を感じ取って、無意識に嫌悪し、警戒し、ヤムチャを案じてこのような言葉を投げかけているのだろうか。
だとしたら、なんという鋭さだろうか。
自分が最初に女体化ベジータを見たときは、彼の気配など、微塵も気づけなかった。
「お前は、あの者にそそのかされてるんじゃないか?」
詰めるように、天津飯は続けた。「そんなんじゃねえって」とヤムチャがあがいても、まるで通用しなかった。
「だいたいお前は、なぜこんな問題を抱えるハメになったんだ?毎日修行で忙しくしていれば、お前の知り合いからこんな話が舞い込む隙など生まれないはずだ」
「そ、それは」
「まさか、修行をサボってフラフラしてるのか」
「そんなことねえって、ちゃんとしてるよ!たまたま家に居るときに、知り合いから電話かかってきて、それで」
「なぜ受けてしまったんだ、相手が綺麗な女だからか?」
「違うよ、知り合いの頼みかたが、あんまり必死だったもんだから……」
「界王星で修行している時のお前はもっと、気が研ぎ澄まされていたぞ。下界に降りた途端に他人に毒されて、闘気も志もなまくらになってしまったのか。お前は界王星での修行を、そんな些事で無駄にするつもりなのか?」
「あーあー!はいはい!言われなくても分かってるよ!お前はオレと違って、立派な修練者だよなあ!!」
耐えられなくなったヤムチャは、思わず怒鳴ってしまった。

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