戦闘民族メメメ人


かわりに草の上に横たわっていたのは、石のような黒い物体だった。
それが白い煙を発生させながら、質量を感じさせる重厚さをもって柔らかな地面に食い込むように落ちていた。

突然現れたその物体を見て、ヤムチャはビタッ!と硬直した。

岩石はしばらく微動だにしなかったが、やがてゴロッと反転し、
「どうなってんだ……」
と一声あげた。
ヤムチャは、己の耳を疑った。
鋼鉄のような声だった。
先ほどまで耳をくすぐっていたプラチナの高音は消え、地獄を思わす低いものとなっている。ヤムチャは口をあんぐり開けて、現象を見つめつづけた。
やがて岩石がノロッと起き上がり、熊のような四肢のシルエットがあらわれた。
ゆっくりとした挙動だったが、それには地殻変動で大地が隆起するかのような膨大なエネルギーがこもっていた。
ヤムチャは何度も目をこすった。
何度もこすってみたが、信じがたい光景は変わることなく存在していた。

そこには、男の形態を取り戻したサイヤの王子が魔剣のごとく立っていた――

「ど……どうなってんだ……」

ヤムチャは呆然としながら、同じ言葉をつぶやいた。
女体から一転……
暴発寸前のマグマを内包した「鬼」みたいな男が、目の前に立っている。
――女体化が、何故か分からないが、解けているのだ。
ヤムチャはヘナヘナと腰を抜かして動けなくなってしまった。

復活おめでとうベジータ!

と、この場合は言葉をかけて喜んでやるべきなのか……?
けれども、まったくこの状況が飲み込めない。
なぜ、いきなり女体が解除されたのだ?
野原全体を見渡してみても、自分たち以外は誰も居ないというのに。
解除ビームなど、ここには存在していないのに。
何故解除されたのだ。

何故だ……何故……

「何が起こったんだ……?」

ベジータも同様に驚いていた。
『こ、これが……力……』とか言い出しそうな、驚愕混じりの声である。
ベジータは、己の身体のあちこちを撫でさすった。
筋肉の膨張によって服が裂けているのを見つけては「何が起こったんだ?」と繰り返した。
スニーカーが裂けているのに気づくと、乱暴に脱ぎ捨てて裸足になった。
可憐な花が、その下で無残に潰された。

沈黙すること、約一分。
長く息を吐いたのちに、ベジータは静かに顔を上げた。

「よく分からんが、まあいい……。オレは都に帰って、直ちに日常を取り戻すまでだ……」

彼はブツブツと独り言をこぼした。

「だがその前にひとつだけ、やっておかねばならん事があるな……」

地平を見つめるベジータの目が、ギラリと光ったように見えた。
次の瞬間、どこからか風が吹き始めた。
夏のはずなのに、吹きつけるそれは酷く冷たく感じられた。
四方から灰色の雲が流れてきて、夏の青空を覆い隠していった。
ふいに、天空から悪魔の嘔吐みたいな音が聞こえてきて、ヤムチャが驚いて見上げると、暗雲の中に一閃の稲妻が走った。それは神経網を思わす模様を伝いながら空中を切り裂き、近くの地面に直撃して、すさまじい轟音を叩き出した。
みるみる景色が暗くなる中、ヤムチャは背中に汗が伝ってゆくのを感じた。
何故か、ベジータが、殺気を放っているからだった。
そしてその殺気の度合いが、尋常では無かった。
何故、〝殺気〟なんてものが、この場面で発生するのだろうか?
ヤムチャには全く分からない。
分からないが、ひたすらに、嫌な予感がわきあがってくる……。

「〝無かったこと〟にしないとな」

ベジータは低くつぶやくと、ヤムチャに視線を投げてきた。
まるでやじりのような黒い双眸には〝怨敵抹殺〟の想念が呪いをまとって渦巻いているかに見えた。
「ひっ」と声を漏らし、ヤムチャは怯んだ。
〝ナカッタコト〟という音は捉えられるものの、言葉の意味が全く分からなった。
恐る恐る、「……なんのことだ?」とたずねてみた。
すると、冷たく笑みを浮かべたベジータが、鼻を鳴らしながら言い放った。

「言われんでも分かるだろう」
「いや、分からんが……」
「貴様の記憶を、消さねばならんということだ」
「記憶……?」
「オレが女体化した全ての事実を、貴様の脳から抹消せねばならん」
「……」

ヤムチャは硬直し、言葉を失った。
いきなりの展開、いきなりの発言に、全く頭がついていけなかったが、本来のベジータの凶悪性を思い起こせばなんとか理解できた。

〝抹消〟などと言う……。

がっつり三日間、付き合い続けた女体化野郎とのやりとりを綺麗さっぱり〝抹消〟などと言う……。
それはベジータ自身が、女体化に恥と屈辱を覚えているからそう言うのだろうが、さすがに〝抹消〟というのは乱暴すぎるのではないか……
そこは、もう少し柔らかい感じで

〝誰にも言うなよ〟

とか

〝バラしたら殺す〟

ぐらいにとどめておくのが、人としての真っ当な感覚ではないのだろうか?
このサイヤからは、救済者に対する恩義というものが全く見えてこない。

「命は取らんが、記憶は貰う」

能面のまま、ベジータが言った。
言われたヤムチャは、無我のまま首を振った。
この先に待つすさまじい暴力の予感に、怖気が立ってきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ずいぶんと、恥をかかせてくれやがったな……」
「はっ……!?恥なんか、かかせた覚えはねえけど!?」
「〝結婚〟ってなんだソレは……。気色悪い妄想話を聞かせやがって変態野郎が……」

嫌悪丸出しのベジータの言葉に、ヤムチャは胸をえぐられる思いだった
そこまで言われる筋合いはねえよと、叫びたくなってくる。
結婚の件はベジータを救う為に懸命にしぼり出した苦渋の解決案であるというのに。
それがこんな風に、変態呼ばわりされて終わるとは、余りに無慈悲な話だと思った。

「き、気色悪いのは分かってるよ、でもそれしかブルマから逃げる方法が、」
「貴様のようなゴミが、このオレさまと同等の人種を気取って、血統も無視したような思い上がった発想を見せたことが死ぬほど許せん、万死に値する」

理不尽かつ残酷な、いつもの〝ベジータ理論〟がヤムチャを追い込んできた。
ヤムチャは泣きそうになった。
だが、ここで負ける訳にはいかなかった。
こんな無慈悲なクソ理論ひとつで、己の生命がピンチになったりならなかったりするのは絶対にごめんである。
ヤムチャは顔を怒りにゆがませて、ビシッ!と指をさした。

「だってあのままブルマに狙われ続けるのだって屈辱的だったろ!?バイブで襲われるのと、法律で守られながら純潔の身でいるのと、どっちがマシか考えろ!オレはブルマからお前を守ろうとしただけだ!」
「今となっては、あんな女は脅威でもなんでも無い」

にべもなく言うと、ベジータは冷たくヤムチャを見下ろした。
何を言っても通じない感じに、ヤムチャのみぞおちが冷たくなった。

「貴様はどれだけ痛めつけりゃ記憶が飛ぶんだ?」

突如、ベジータの足元から強風が吹き上がった。
それはスクリューのような気流を生み、無残に散った花びらが舞い上がり火花を散らして塵芥と化していった。
黒魔術で『魔王』クラスを召喚したらこんな感じかもなあ……、と思わせる、おどろおどろしい佇まいにヤムチャは恐れをなしてしまった。

「ちょっと待ってえ~!?」

声がひっくり返った。
制止のために、必死にてのひらを振った。
そんなアピールがこの王子の前では抑止力になるわけが無かったが、追い込まれたヤムチャはごく一般的な人間の抵抗反応を繰り出す事しか出来なかったのだ。
『なんでオレがボコられなきゃいけないの?』
という正当な問いが脳内を駆け巡り、
『オレがどれだけお前を守ってきたのか分かんねーのかよ~~~~!!』
という反論がわくものの、圧倒的な恐怖の前には、これを言語として発する事ができなかった。

「待て待て、早まるな!何も記憶飛ばす事はねえだろーー!」
「冷静に考えりゃ、これが最も手っ取り早い方法だぜ」
「こ、この三日間のことは誰にも言わねえよ!胸が膨らんで泣いてた事も、生理になってナプキン使ったことも、すっげー弱くてダサかった事も誰にも言わないからさあ~~!」
「なんなんだ、貴様殺されたいのか?」
「うおお……ちょっ、ごめ~~ん!今の無しにしてーーー!?」
「やはり記憶を消すしか無いな。言いふらされたらたまったモンじゃねえ、……特にカカロットにはな……」
「かかろっと?何だソレ?音楽用語かなにかか?」

アハハハハハとヤムチャは笑った。
カルテットなら知ってるぞ~?と笑って、明るい調子を貫いた。
そのように軽薄なノリを作って、理不尽サイヤの構築する恐怖空間から身を守ろうと頑張ったのだ。
しかし、そんな笑い声も天から轟く悪魔のゲロにかき消されるのだった。
ビシャーッ!!と稲妻が落ちてきて、大地に衝撃が走り、風はますます乱れ狂った。

「……何を言ってるのかさっぱり分からん」

どああああああ!!と乱れ吹く強風の中、ベジータの殺意あふれる声だけが明瞭に響いてくる。
このとき、ヤムチャは焦った。
〝真の敵ボス〟は一番近くに居たのだと絶望しながら、猛烈に焦った。
ベジータの左手の中に禍々しい光が生み出されるのを見て、生き延びる方法を直ちに捻り出さねばならなかった。
しかし、猛スピードで考えるものの、頭に浮かんだ事柄をべらべら口に出すしか出来なかった。
言うつもりもない言葉が、勝手に出てきてしまうのだ。

「さっきからお前は何の話をしてんだよ!?〝かかろっと〟とか〝にょたいか〟とか、聞いたこともねえ言葉だぜ!」
「……とりあえず、貴様は4分の3殺しだが……加減を間違って万一死んだとしても安心しろ、あの猫はオレが面倒みてやる」
「プ、プーアルが飼いたいのか!?だったらレンタルぐらいしてやるって!プーアルが好きなら素直にそう言えよ~~~!何も飼い主を始末して奪い盗る事はねえだろワハハハハハハ!!」

ヤムチャはドバーーッと汗をかきながら、なおも言い逃れを試みた。
だが、それを続けるほどにベジータの眼光はギラギラと尖って、凄みを増してくるのだった。

「女体化の記憶以外にも色々消えるかもしれんが、気にするな」
「だ・か・らぁ~~~~!!〝にょたいか〟ってなんの事だよ!?聞いたこともねえって!」
「髪が全部ふっ飛ぶかもしれんが、気にするな。地球人は不気味に髪を伸ばす民族なのだからな……」

スッと掌を頭に向けてくるベジータ。
地獄の訓練ではるかにパワーアップしたサイヤの王子の一撃が襲いかかろうとしていた。
ヤムチャはこの状況からなおも逃れようと、拳をかためて地面を叩き〝合点〟のポーズをとった。

「あーーーー分かったぞ!!もしかして、ポ○モンかーー!?お前、ポ○モンのモンスターの事言ってんのか!?そりゃあ、アレか!?イカの仲間か!?み、水ポ○モンで『ニョタイカ』とか、そういう新キャラが居るのか!?」

ベジータの気弾がギュアアアア!と急激に膨張しはじめた。  

「オレもポ○モン好きだからさあーーー!!今度一緒にゲームしようぜベジーターーー!!」

とヤムチャは号泣しながら笑った。

「ぐだぐだくだらん事を抜かすんじゃねえーーーー!!そもそも『ぽけもん』とは何なのだぁーーーーー!!!」
「おいおいおいデカすぎだろ!!そこまでデカくすることねえだろオレを殺す気かーー!!」
「貴様のようなゴミクズ!命を取られんだけでも有り難いと思えーーー!!」
「ぎゃああああ!!助けてドラえもーーーーーーーーーーーーん!!!」

……天まで貫く絶叫だった。

あふれる涙も吹っ飛ぶぐらいにヤムチャは叫んだ。
次の瞬間、眼前に白い光が飽和し、全身60兆個に及ぶ全ての細胞が炙られるような強烈な熱波が襲いかかった。
ああ、ベジータの気弾を喰らったのだな、となんとなく分かった。
衝撃を喰らった肉体から、スッと魂が抜け出るような感覚がした。
ヤムチャは、どこか遠くで、自分のすさまじい断末魔を聞いた。
彼の目に、稲妻走り止まぬ暗雲の空がうつる。
そのさなかに、何かがポツンと浮遊しているのが見えた。
目をこらして見ると、それは青いボディーと白い手足を持った小さな生き物だった。

『…………ドラえもん……?』

ヤムチャは心の中で、幼子のごとくつぶやいた。

それっきり、ヤムチャの視界は闇に閉ざされてしまった。

…………
…………
…………

「待ってください王女!」
「離せ」
「そんな理由で別れるなんて……私は納得できません!」
「黙れ。オレが心許したのは〝猫使い〟としての貴様なのだ。プーアルに見限られた貴様など、タコの入ってないタコ焼きと同じだ。そんな野郎にオレの愛を受ける資格があると思うのか?」
「違うんです!きっと、プーアルはどこかで迷子になってるだけで……必ず探し出しますから、私を捨てないでください!」
「猫一匹支配できねえ野郎に、オレさまは興味は無い」
「お、王女!?その黒い筋斗雲はなんなんですか!?やめてください!そんな変な雲に乗らないでくださいーー!」
「安心しろ。オレの後継にはランチという女を任命した。よってこの王国は崩壊を免れ、貴様ならびに全ての愚民共の生活はギリギリ守られるという訳だ、……オレはこの先、自由に暮らしてゆく」
「待ってください!あなたのお腹には、私との子どもが……!!」
「………!」
「隠していたって分かります!妊娠されている事は……、そんな身重の身体で、独りでどうやって暮らしてゆくんですか!?」
「……貴様には関係のないことだ」
「いいえあります!その子の父親は私なんです!あなたの身体はもう、あなただけのものじゃないんですよ!?」
「うるさい!」
「この……バカ王女!家も生活費も無いくせに無謀な事をするんじゃない!意地張ってないで戻ってくるんだ!」
「貴様がいなくたって、オレはなんでも出来るんだ!なめるんじゃねえぞクソ野郎ーー!」
「いやいや無理だろ!?猫依存症のお前が、猫無しでどうやって生きてゆくんだよ!?店で猫のぬいぐるみを万引きして窃盗罪で逮捕される未来しか見えねえぞーー!!」
「だッ……、黙れ黙れェーーーー!!」
「ベジニャン……!!行かないでくれベジニャーーーーーーン!!」

…………
…………
…………

「……さま、……さま、しっかりしてください」
「……ううう」

目を開けると、夏の青空がぼんやりと映った。
誰かが自分の胸を優しく撫でる感覚がして、ヤムチャはそれにそっと手を触れてみた。

「…………。プーアルか?」
「ヤムチャさま!」
「……オレ、……オレは一体……、ここはどこだ……」
「良かったです!ご無事で良かった……!」

すぐそばでプーアルがうずくまり、わああっと泣いている。
ヤムチャはぼんやりしながらその姿を見た。
プーアルは青い服を着用していた。
それは、緊急避難時にプーアルが高速で飛べるように与えてやった、最新式のジェットフライヤースーツ(ペット用・青)であった。

ぼんやりしているヤムチャにしがみつきながら、プーアルは必死に語り始めた。


……ヤムチャさま。
ボクは、あの少女がベジータだという事は、なんとなく察していました。
次の日の朝にゴミ箱を見たら、ベジータが書いた文章が見つかったので、このままではいけないと思って、ボクはCCへ行く事にしました。
ヤムチャさまが、女体化ベジータに振り回されて酷い目にあうのは、どうしても許せなかったんです。

解除ビームをブルマさまから貰うために、ボクは急いで飛んでいったんですが。
……なかなかブルマさまに近づく事が出来ませんでした。
ブルマさまは、変なキノコみたいなモノを手に持って、CCの玄関付近を徘徊してたんです。
そのクレイジーな感じの姿は、恐ろしい魔女にしか見えませんでした。
でもボクは勇気を出して、女体のベジータの姿に変身して、ブルマさまに近づきました。
そして、ブルマさまが欲しがっていそうな言葉の数々を、土下座しながら言ってやったんです。
許してくれとかオレが悪かったとか、死ぬまでお前を愛し続けるとか結婚してくれとか、かなりオーバーに言ってやりました。

そしたらブルマさまは泣き崩れました。
泣いて、ボクに解除ビームを渡してくれたんです。

ボクはブルマさまを放置して、急いでヤムチャさまのもとへ行きました。
でも、ヤムチャさまは家に居ませんでした。
あちこち探しました……
探して探して……
日をまたいで、やっと見つけたのが、この草原でした……。

でもボクはビックリしました。
だってヤムチャさまが、女体化ベジータにプロポーズしていたからです。
一体何が起こっているのか、ボクには分かりませんでした。
結婚なんて、この人は何を言ってるんだろう……と。
でも、ボクが一番ビックリしたのは、それにベジータが応じようとしている事でした。
こんなことは絶対に間違ってると思いました。
ボクは、空の上から解除ビームを撃ってやりました。

そしたら……
そしたら、ベジータのヤツ、ヤムチャさまを殺そうとして……
ボク、怖くて、とても近づけなくて……。
すみませんヤムチャさま……ボクがもっと早く動けていれば、こんな事には……

「……オレは、ベジータに殺されかけたのか?」
「そうですよ。ヤムチャさまお願いです、この先はどんな理由があっても、ベジータなんかに関わらないでください!」
「……うーん……今のお前の話……本当なのか?……よく覚えてないなあ……」
「え?」
「にょたいとか、解除ビームとか……なんの事だ?……オレは一体……」
「ヤ、ヤムチャさま……!」
「……頭がぼんやりして、記憶が……」
「い、いいんです!もう何も……、あなたは思い出さなくってもいいんです!!」

プーアルはヤムチャにしがみついて号泣しはじめた。
ヤムチャは何故プーアルがこんなにも悲しむのか分からなかったが、落ち着かせるためにプーアルの頭をゆっくり撫でてやった。
やがてプーアルが落ち着いてくると、ヤムチャの身体に激痛が襲ってきた。

「なんか、身体が痛いな……」
「ボクに捕まってください!ヤムチャさまひとりぐらいなら、このスーツのパワーで持ち上げることは出来ます!家に帰って、ボクが看病します!」

プーアルは勇んでヤムチャを抱えようとしたが、「あっ……」と声を上げた。
そして、しょんぼりうなだれながら、悲しそうにヤムチャに言った。

「ヤムチャさま……。今、ボクたちの家は半壊していて、住める状態じゃなくなってます。あの壊れ方、たぶん、サンドドラゴンの襲撃にあったんじゃないかと……」
「……はあ、そうなのかぁ……オレには何が何だかわからんなあ……」
「どうしましょう……こんな所じゃヤムチャさまの看病出来ないし……どこか落ち着いて休める所……カメハウスに行きますか?」
「…………いや」

ヤムチャは妙にスースーする頭を不思議に感じながら、ふと頭に浮かんだ場所を口に出した。

「天津飯の所へ行こう……なぜだか今は……天津飯に会いたい気分なんだよ……」

言い終わると、ヤムチャの目に涙があふれてきた。
プーアルはすぐに返事をして、ヤムチャを天津飯の住処へと運んでくれた。

その後しばらく、ヤムチャは天津飯の住処で世話になりながら暮らした。
心配した天津飯は色々と事情を訊いてきたが、ヤムチャが記憶を失っている事を知ると、深くは詮索してこなかった。
時々、憐憫の混じった目で見つめられながら、でもちょっと温かい包容も受けながら、ヤムチャはだんだんと回復していった。
髪もおおかた生えそろい、体力も戻ったところで、天津飯に深く礼を言って寺院を後にした。
それからは、半壊した家の修復にいそしむ日々が続いた。
特に何も無い、穏やかな日々を取り戻したヤムチャだったが、ひとつだけ謎の問題が残った。

…………
…………
…………

「ベジニャンただいまー」
「遅い!どこをほっつき歩いてやがったんだ!」
「ごめんごめん。サンドドラゴンを追っかけてたら、手こずっちまって……」
「遅くなる時は伝書鳩を使えと言ってるだろう!オレは時間を守れん野郎が大っ嫌いなんだ!」
「ごめん……」
「まあいい。それで今日の戦果はどうだったんだ?」
「今日は10メートル級の雌のドラゴンを仕留めたよ」
「ふん、まあまあだな。燻製にして売れば当分の生活に困らんぜ」
「ベジニャンに沢山良いものを食べさせたくて、オレ頑張ったよ!」
「褒めてはやらん。妻を守るのは夫の当然の義務なのだからな」
「はは。相変わらずベジニャンは厳しいなあ……」

トホホ笑いをしながら帽子を脱いで弓矢を置くと、窓際にあるベビーベッドに目を向けた。

「ただいまプーアルー、今日もいい子にしてたか~?」
「バブー」

生後一ヶ月の第一子プーアル。
そのかわいらしさに目を細めて抱き上げ、健やかな成長を祈りながら高い高いをした。

「馬鹿野郎ッ!そんな雑な抱き方があるかーー!」

ズドン!!と包丁をまな板に突き立て、ベジニャンが青ざめながら突進してきた。

「まだ首もすわってないんだぞ!しっかり頭を支えろーー!」
「ご、ごめん」
「……こうやって左腕で頭を包んで、ケツを右手で支えてやるんだ。こちらの心臓の音を聞かせるつもりでな」
「上手に抱っこするなあ、ベジニャンは」
「当然だろう。一日に何回授乳の時間があると思ってるんだ?」
「ああ、すっかりお母さんだな……。なんかオレ……感動して涙が出てくるよ」
「貴様、それでも父親なのか?こんな事でいちいち泣くんじゃねえ、しっかりしろ」
「だって、すごく幸せでさ……」
「戦争がいつ勃発するかも分からんのだ。それまでにプーアルを強く育てておかねばならんのだから、常時父親として気合いを高めていろ!」 

真剣な面持ちのベジニャンに、優しく微笑みかけてやった。

「この国は大丈夫さ。武器マニアのランチ王女は武器製造に一番力を入れてるけど、他国との戦争が起こらないように天津飯国王が上手く外交しているから、この王国はずっと安泰だと思うぞ?」
「何が起こるのか分からんものだぞ」
「何が起こったって……オレたち家族はきっと大丈夫さ……愛の力があるからさ」
「ふぬけた言葉抜かしやがって……。ところで次のガキはいつにするんだ?」
「またその話か……プーアルが小さいうちはゆっくりやっていこうぜ?ベジニャンも初めての育児だし、無理が祟っちゃいけないだろ?」
「構わん。ガキは何人いたって困らん」
「ベジニャンは本当に猫が好きだなあ……」
「単なる好き嫌いの話ではない」

元王女は冷静な面で、静かにプーアルをベビーベッドに戻した。

「まず、猫を増やして地球最強の猫村を作るのだ。ゆくゆくは世界を猫まみれにして、全ての人間どもを『猫中毒』にしちまえば、猫を支配するオレさまに絶対的権力が生まれるはずだ。くくく……青髪の王女め……猫が欲しければオレさまに土下座して、てめえの全財産オレに捧げるしか無くなるだろうぜ、あの女が泣きむせびながらオレに猫を乞う姿を想像するだけで、胸が踊ってきやがるぜ!ふはははは!」
「ベジニャンは野心家だなあ……やっぱりただ者じゃないよ」
「今夜仕込むぞ」
「えっ!?」
「一度の出産で一匹だけじゃ間に合わん。一発の性交で20匹産める合理性が欲しい所だ。だから貴様が頑張れ」
「が、頑張るって、どうやって??」
「一個の卵子を20分割できるパワーを宿した、1000年に一度と言われる最強の精子。これをぶっ放してこい」
「えええええ~~~!?」
「……さっきてめえ、愛の力と言ったよな?だったら出来るはずだ。……出来んのか?」
「いや、あの、」
「出来んかったら、てめえは死刑だ」
「うう~、はい……。やります……。頑張ってみます」
「生まれたら、貴様はいっそうドラゴンを狩りに精を出せ。死ぬ気で稼げ。死ぬ気で父親をやれ。分かったな?」
「はい……」
「ふふ……それでいいんだ……見ていやがれ地球の愚民どもめ……この世を支配する者はこのベジニャンさまなのだ……ナンバーワンの女とはランチでも青髪の女でもない!オレさまのことだーーーー!!ハーーッハッハッハッハ!!」
「じゃあオレ、布団敷いてくるよ」

…………
…………
…………

この、奇妙な夢だけが、ヤムチャの脳に残されてしまったのだ。

ヤムチャは、なぜこんな夢を見てしまうのか自分でも分からず、目覚めるたびに深く悩む日々が続いた。 

夢の中で自分はベジータと結婚しており、プーアルを二人の子として育てている。
しかも奇っ怪なことに、それに出てくるベジータは男の姿をしているのだった……

訳が分からなすぎて頭がおかしくなりそうだった。

そして、夢を見た日には必ずプーアルから、

「……あの……ヤムチャさま、べじにゃんってなんですか?……気持ち悪いので寝言で言うの、やめてほしいです……」

と、薄気味悪そうに言われるので、ヤムチャは変な恥ずかしさと夢をコントロールできない苦しみとで、どうしようもなく独り泣き続けたのだった。



【完】

2023/8/18
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