戦闘民族メメメ人
どいつもこいつもイカれている、と思った。
自分はずっと、ベジータを守ってきた。
いかに理不尽な暴言を吐かれようとも、弱いベジータを守るために、心も頭も使ってきた。
恥をしのんで女性下着店にも行ったし、生理用品も買ってやった。
それには、多大な勇気が必要だった。
飲食店で、労働者にジロジロ見られた時は、彼のこの先を憂慮した。
今のベジータを本気で心配しているのは、自分だけだと思う。
ブルマは、一体どうしてしまったのだろう……。
事情がどうあれ、性的玩具を持ち出して、いたいけなベジータをアレコレしようなどと発想が出てくる時点で、どうかしていると思う。
悟空に至っては。
自分がこれだけ守り抜いてきたモノを、パッと現れて、サクッと奪おうとしてくるイージーな態度には、どうにも納得がいかない。
なんか知らないがめちゃくちゃ腹が立ってくる。
簡単に手渡してたまるかと、悔しい気持ちがわいてくるのだ。
だからヤムチャはベジータを抱き起こした。
驚いたベジータが「わっ」と声を上げた。
その柔らかい体を肩に乗っけたまま、ヤムチャは上空へと舞空した。
眼下に田園が広がった。
どうやって抜け出したものか、ブルマがフライヤーから脱出してこちらに何か喚いていた。
悟空はポカンと口を開けながらこちらを見上げていた。
「悟空、ブルマを頼む!どうかオレを許してくれ……!」
ヤムチャはそう叫ぶと、一発の気弾をフライヤーに向けて撃ち下ろした。
白い光弾が機体の胴部分に命中し、時間差で引火した燃料タンクが大爆発を起こした。
田園に白い爆煙が立ち上り、やがて風に払われた大地にはブルマをかばってうずくまる悟空の姿が見えた。
何すんのよバカーーー!
ブルマの元気な声が聞こえた。
予想通り悟空が守ってくれたので、彼女は無傷のようだった。
おめえ何考えてんだーーーあっぶねえだろーーーー
悟空の怒鳴り声が下から聞こえてくる。
ヤムチャは強く目をつぶり、それらに返事をすることなく東の太陽にむかって舞空した。
「はなせ畜生!」
怒鳴りながらベジータが背中を殴りつけてくる。
本来ならば、一発でも喰らえば、こちらが重体に陥るであろう戦闘民族の殴打。
しかし、今はうんともすんともない。
くすぐったい程の弱い殴打は、彼の無力の象徴にも思えてくる。
――今のベジータを守れるのはオレだけなんだ
ヤムチャは哀れなベジータの姿に泣きそうになりながら、ひたすらに空を飛び続けた。
◇
どこをどう飛んだのかも分からなかった。いくつも街を越えたし、何本も川を見た。
飛ぶうちに、眼下に、広い草原が見えてきた。
民家はひとつもなく、そよ風がおだやかに吹き、小鳥がピヨピヨ鳴きながら飛び交う野花の咲き乱れた美しい景色。
ヤムチャはそこに羽のように着地した。
ベジータを手放し、花の群生の中に座らせる。
花びらが可憐に散り、芳香が微かに香った。
全身黒ずくめのベジータには全く似つかわしくない景色であった。
すぐ近くにハトが居て、ポーポーポッポーとのんきな鳴き声を上げていた。
「結婚しよう!!」
ヤムチャは唐突に叫び、ベジータの前で土下座をした。
「こうなったら、もう、オレたちは結婚するしかない!!この状況を打破する方法と言ったら、それしか思いつかんッ……!!」
ヤムチャは、勇気を振り絞って叫んだ。
それは世界を滅ぼす魔王が住まう洞穴に命を捨てて飛び込むような莫大なエネルギーであった。
近くに居たハトが、ビックリしたのか「ポ」とひと鳴きして、それきり黙り込んでしまった。
ベジータは、科学者のセクハラやら、突然の舞空やらでヘロッヘロに疲労したのか、
「……キチガイかてめえは……」
と、消え入るような声で、一言返してくるだけだった。
ヤムチャは、へたれた女体化サイヤに、キッ!と精悍なまなざしを向けた。
「勘違いするんじゃないぞ!言葉通りに受け取るな!これはひとつの〝戦略〟だ!奴らはもう駄目だ……!特にブルマは、あれはもう正気じゃない!何されるか分かったもんじゃないし、お前はしばらくブルマから距離をおくべきだ!」
ヤムチャは、拳に固めながら語った。
結婚など、気色悪い案だとは分かりきっているが、ベジータを守ってやりたい気持ちの方が上回っていた。
「ドクターに……協力要請する話はどうなったんだ……」
ヘロヘロになりながらベジータが返してくる。
ベジータの言葉に、ヤムチャは憤慨を覚えた。
このイカレた状況で、まだなお〝まともな方法論〟を求めようとする清潔っぷりに腹立たしくなってくるのだ。
「バカかお前!ブルマの口車でブリーフ博士が懐柔されていたらどうなる!そこに新たな罠が仕掛けられてもおかしくないんだぞ!?ブルマが敵なら、博士も敵であるという事を忘れるなーーーーー!」
「……だからと言って、何故、結婚などという……気色の悪い選択肢が発生するんだ」
「それは、結婚には法律の力が大きく働くからだ!」
ヤムチャは正座になると、武士のごとくベジータに対峙した。
ベジータは、だらしなく胡座をかき、だるそうにヤムチャを眺めていた。
疲労して、考える力も失っているようだ。
そんなベジータを力づけるように、ヤムチャは真剣な面持ちで力説した。
「結婚すれば、夫のオレはブルマより強い権利を持てる!オレたちが結婚した後に、もしもブルマが、お前に〝レズ〟的に手を出そうもんなら、オレは弁護士をつけて訴え出て、ブルマを法的に追い詰める事が可能だ!あいつはCCの看板を背負った女だし、そんな危ねえスキャンダルに見舞われたら、大きな社会的損失を喰らっちまう!前もって釘を刺しておけば、ブルマはお前に近づけないはずだ!どうだ、この案は!?」
既に裁判所で闘ってるような気分で、ヤムチャは堂々と言い放った。
今のオレが背広を着ていれば超一級弁護士に見間違えられるんじゃないか……そのぐらいにヤムチャは燃え上がっていた。
自信満々のアイデアだった。
「……法的に……強くなれるだと?……法律なんかで……?」
しかしベジータは、フラフラと目を泳がせて不安な声を返してくるのだった。
その怯えように、ヤムチャは目を見張った。
先日、ベジータは、CCには帰れない、ブルマには近づけないと言っていた。
もしかしたら、彼は既にあのおもちゃ攻撃を喰らいかけたのではないか。
それが半分トラウマになっているのではなかろうか……?
こちらに訪ねてくる前に、ブルマにバイブでやられかけたのかもしれない。
「……納得いかん。あんなイカレた、しかも地球の中じゃ相当に権力を持ってそうな女に、法律なんかが通用する訳が無いだろう」
「大丈夫だ!お前は知らんだろうが、地球では、法の下には全ての人間は平等なんだよ!」
「……だが、ブルマだぞ?なんでもアリな行動様式と、あの倫理の欠けっぷりだ……司法の連中をまるごと洗脳するアイテムを作って、今ある法律をぶっ壊す事も可能ではないのか……?法律など、あてになるわけが無い……」
「べ、ベジータ……」
ヤムチャは、絶句してしまった。
力なく俯くベジータを見て、胸が張り裂けそうになった。
ベジータのこの、ブルマに対する圧倒的な〝強敵〟扱いはどうした事なのだ。
どんな目に遭ったのだ。
ここまで恐怖感を抱いて、ブルマを畏れるなど……やはり相当の〝攻撃〟を喰らったのではないか。
バイブ以外のおもちゃも併用しながら、高貴の生まれでは絶対に発想できないようなえげつない何かをされそうになったのではないか……?
下品さにおいては、ブルマは一級領域に君臨する女である。
ヤムチャ自身も、彼女の好奇心で、色々恥ずかしい事に付き合わされてきた身である。
その下品度が〝報復〟の方面に働けば……と考えると、今のベジータの怯えようも納得がいくというものである。
「ベジータ、大丈夫だから……オレを信じろ」
ヤムチャは、ベジータの肩にそっと手を置いた。
消沈しすぎているのか、ベジータはヤムチャの接触を拒否しなかった。
この無力な様に、ヤムチャは己を重ね合わせてしまうのだった。強いやつらに囲まれて、どれだけ努力しようとも次々と抜かされて、能力の差に絶望し、枕を密かに濡らしていた苦渋の日々。
「もしも法律が駄目でも、逃げればいい。地球は広いんだ。オレが気を消していれば、誰にも見つかりっこないさ」
「駄目だ、あの女はなんでも出来ちまうんだ。どうせすぐに見つかるに決まっている……」
情けなく弱音を吐くベジータ。
ヤムチャは掴んだ肩を揺さぶって明るい声をかけてやった。
「ベジータ!暗い思考は手放せ!しばらくブルマと距離をおいて、あいつが落ち着いた頃に会いに行けば、また元通りの生活を取り戻せるはずだ!それまでは、訓練にブランクが出来ちまうが……、お前なら絶対に取り戻せる!お前はサイヤの王子なんだろ!?」
ヤムチャが激励すると、ベジータは遠い記憶をよみがえらせたようにハッと目を開いた。
「……オレは……サイヤの王子……そうだ、サイヤの頂点の……」
「そうだよ!お前は悟空を超えるんだろ!?」
「………………」
ベジータは急に押し黙った。
ヤムチャから顔をそらして、ほっぺを膨らませ、唇を尖らせたのだ。
なぜか、そのほっぺが桃色に染まっていた。
ヤムチャはデッカい悲鳴を上げそうになった。
何故、ベジータは赤面などしているのか。
考えたくも無いことだが。
もしやベジータは、さっきの悟空を思い出して、同種族の女として、そんな反応を見せているのか?
女体脳のために、悟空にそういう気持ちを仄かに抱いてしまったのではないか……?
だとしたら、ヤバいと思った。
なんかもう、色々とヤバすぎる。
「早く役場へ行って婚姻届を出すぞーーーーー!」
焦りを覚えたヤムチャは、ベジータの手を掴み立ち上がった。
ヤムチャの脳内では〝悟空だけは駄目だ〟という絶叫が、真っ赤なサイレンを伴ってギャンギャン鳴り響いていた。
引っ張られたベジータは、フラフラしながら立ち上がった。
下に向いた目は、不規則に揺らいでいた。
この急な展開に、混乱しているのが明らかだった。
卑怯かもしれないが、ベジータの意思が定まらぬうちに結婚契約を実行するしかないと思った。
「もうどこでも……そうだ一番近くの村役場を探そうぜ!そこで婚姻届を出して、空き民家でも探して、しばらく潜伏するぞ!」
ヤムチャが叫んだ直後、優しいそよ風が、西から吹いてきて野花を揺らした。
二人の近くを小鳥の群れが飛び、青い空へと吸い込まれていった。
その景色は、ヤムチャの目には神の祝福のように映り込んだ。
この戦略により全ては丸く収まるのだと、確信めいたモノを感じたヤムチャはベジータを再び抱っこしようと両手を広げた。
ベジータはまだオロオロと目を泳がせていた。
いじめられて怯えている、子猫のような仕草だ。
何も心配要らないぞ、と心の中でなだめながら、ヤムチャは優しいまなざしを向けてやった。
黙っていたハトが「クルックー」と鳴いた。
「お前ら結婚しちゃいなよ」と言われてる気がした。
たちまちに胸が高揚してきた。
もう間違いない、と思った。
幸せの象徴であるハトまで賛同しているのだからこの戦略で間違いは無いとヤムチャは確信を深めるのだった。
ブルマは気分屋だ。一時の執念はすさまじいものがあるが、飽きっぽい性質ゆえにひとつの感情を長期間とどめておける女ではない。
彼女の復讐心がしぼむまで、形式的婚姻でベジータを法的にガードするのだ。
無論、二人が仲直りできれば、婚姻は抹消する。
これはベジータの地球歴に〝黒〟を残す事になるかもしれないが、地球の事などバカにしているベジータの事だ、そんな記録ごときで恥じたり落ち込んだりする筈は無いと思った。
「何も心配するな!」
ヤムチャはベジータの手を握り、舞空の準備に入った。
善は急げだ。ブルマに見つかってはいけない。
「地球人には地球人の解決法がある!今は、オレを信じて従ってくれ!」
ベジータは迷っていたが、未知の物質を確かめるような仕草でヤムチャの手を握り返してきた。
ヤムチャはそんなベジータに明るい笑みを向けた。
いざゆかん、新天地へ。
……みずみずしい希望てんこもりの、キラッキラの目を上空に向けて、ヤムチャはギュッと気を高めた。
――その瞬間だった。
一筋の稲妻が天空から一閃し、ベジータの脳天に直撃した。
鼓膜を破るような激しい落雷音とともに、直撃を受けたベジータの身体から太陽光に匹敵するまばゆい光線が乱射した。あまりのまぶしさにヤムチャは咄嗟に目をかばった。そしてベジータから手を引き、反射的に地面にうずくまってしまった。
熱線まで感じるほどの、強烈な光だった。
一体、何が起こったのだろう。
空は晴天で雷なんか生じるわけもないのに。
時間にすれば、二秒ほどだった。
光はやがて消えて、草原には静寂だけが残されていた。
ヤムチャはおそるおそる目を開けて、目の前の光景を確かめてみた。
そこには、今居たベジータの姿が無かった。
自分はずっと、ベジータを守ってきた。
いかに理不尽な暴言を吐かれようとも、弱いベジータを守るために、心も頭も使ってきた。
恥をしのんで女性下着店にも行ったし、生理用品も買ってやった。
それには、多大な勇気が必要だった。
飲食店で、労働者にジロジロ見られた時は、彼のこの先を憂慮した。
今のベジータを本気で心配しているのは、自分だけだと思う。
ブルマは、一体どうしてしまったのだろう……。
事情がどうあれ、性的玩具を持ち出して、いたいけなベジータをアレコレしようなどと発想が出てくる時点で、どうかしていると思う。
悟空に至っては。
自分がこれだけ守り抜いてきたモノを、パッと現れて、サクッと奪おうとしてくるイージーな態度には、どうにも納得がいかない。
なんか知らないがめちゃくちゃ腹が立ってくる。
簡単に手渡してたまるかと、悔しい気持ちがわいてくるのだ。
だからヤムチャはベジータを抱き起こした。
驚いたベジータが「わっ」と声を上げた。
その柔らかい体を肩に乗っけたまま、ヤムチャは上空へと舞空した。
眼下に田園が広がった。
どうやって抜け出したものか、ブルマがフライヤーから脱出してこちらに何か喚いていた。
悟空はポカンと口を開けながらこちらを見上げていた。
「悟空、ブルマを頼む!どうかオレを許してくれ……!」
ヤムチャはそう叫ぶと、一発の気弾をフライヤーに向けて撃ち下ろした。
白い光弾が機体の胴部分に命中し、時間差で引火した燃料タンクが大爆発を起こした。
田園に白い爆煙が立ち上り、やがて風に払われた大地にはブルマをかばってうずくまる悟空の姿が見えた。
何すんのよバカーーー!
ブルマの元気な声が聞こえた。
予想通り悟空が守ってくれたので、彼女は無傷のようだった。
おめえ何考えてんだーーーあっぶねえだろーーーー
悟空の怒鳴り声が下から聞こえてくる。
ヤムチャは強く目をつぶり、それらに返事をすることなく東の太陽にむかって舞空した。
「はなせ畜生!」
怒鳴りながらベジータが背中を殴りつけてくる。
本来ならば、一発でも喰らえば、こちらが重体に陥るであろう戦闘民族の殴打。
しかし、今はうんともすんともない。
くすぐったい程の弱い殴打は、彼の無力の象徴にも思えてくる。
――今のベジータを守れるのはオレだけなんだ
ヤムチャは哀れなベジータの姿に泣きそうになりながら、ひたすらに空を飛び続けた。
◇
どこをどう飛んだのかも分からなかった。いくつも街を越えたし、何本も川を見た。
飛ぶうちに、眼下に、広い草原が見えてきた。
民家はひとつもなく、そよ風がおだやかに吹き、小鳥がピヨピヨ鳴きながら飛び交う野花の咲き乱れた美しい景色。
ヤムチャはそこに羽のように着地した。
ベジータを手放し、花の群生の中に座らせる。
花びらが可憐に散り、芳香が微かに香った。
全身黒ずくめのベジータには全く似つかわしくない景色であった。
すぐ近くにハトが居て、ポーポーポッポーとのんきな鳴き声を上げていた。
「結婚しよう!!」
ヤムチャは唐突に叫び、ベジータの前で土下座をした。
「こうなったら、もう、オレたちは結婚するしかない!!この状況を打破する方法と言ったら、それしか思いつかんッ……!!」
ヤムチャは、勇気を振り絞って叫んだ。
それは世界を滅ぼす魔王が住まう洞穴に命を捨てて飛び込むような莫大なエネルギーであった。
近くに居たハトが、ビックリしたのか「ポ」とひと鳴きして、それきり黙り込んでしまった。
ベジータは、科学者のセクハラやら、突然の舞空やらでヘロッヘロに疲労したのか、
「……キチガイかてめえは……」
と、消え入るような声で、一言返してくるだけだった。
ヤムチャは、へたれた女体化サイヤに、キッ!と精悍なまなざしを向けた。
「勘違いするんじゃないぞ!言葉通りに受け取るな!これはひとつの〝戦略〟だ!奴らはもう駄目だ……!特にブルマは、あれはもう正気じゃない!何されるか分かったもんじゃないし、お前はしばらくブルマから距離をおくべきだ!」
ヤムチャは、拳に固めながら語った。
結婚など、気色悪い案だとは分かりきっているが、ベジータを守ってやりたい気持ちの方が上回っていた。
「ドクターに……協力要請する話はどうなったんだ……」
ヘロヘロになりながらベジータが返してくる。
ベジータの言葉に、ヤムチャは憤慨を覚えた。
このイカレた状況で、まだなお〝まともな方法論〟を求めようとする清潔っぷりに腹立たしくなってくるのだ。
「バカかお前!ブルマの口車でブリーフ博士が懐柔されていたらどうなる!そこに新たな罠が仕掛けられてもおかしくないんだぞ!?ブルマが敵なら、博士も敵であるという事を忘れるなーーーーー!」
「……だからと言って、何故、結婚などという……気色の悪い選択肢が発生するんだ」
「それは、結婚には法律の力が大きく働くからだ!」
ヤムチャは正座になると、武士のごとくベジータに対峙した。
ベジータは、だらしなく胡座をかき、だるそうにヤムチャを眺めていた。
疲労して、考える力も失っているようだ。
そんなベジータを力づけるように、ヤムチャは真剣な面持ちで力説した。
「結婚すれば、夫のオレはブルマより強い権利を持てる!オレたちが結婚した後に、もしもブルマが、お前に〝レズ〟的に手を出そうもんなら、オレは弁護士をつけて訴え出て、ブルマを法的に追い詰める事が可能だ!あいつはCCの看板を背負った女だし、そんな危ねえスキャンダルに見舞われたら、大きな社会的損失を喰らっちまう!前もって釘を刺しておけば、ブルマはお前に近づけないはずだ!どうだ、この案は!?」
既に裁判所で闘ってるような気分で、ヤムチャは堂々と言い放った。
今のオレが背広を着ていれば超一級弁護士に見間違えられるんじゃないか……そのぐらいにヤムチャは燃え上がっていた。
自信満々のアイデアだった。
「……法的に……強くなれるだと?……法律なんかで……?」
しかしベジータは、フラフラと目を泳がせて不安な声を返してくるのだった。
その怯えように、ヤムチャは目を見張った。
先日、ベジータは、CCには帰れない、ブルマには近づけないと言っていた。
もしかしたら、彼は既にあのおもちゃ攻撃を喰らいかけたのではないか。
それが半分トラウマになっているのではなかろうか……?
こちらに訪ねてくる前に、ブルマにバイブでやられかけたのかもしれない。
「……納得いかん。あんなイカレた、しかも地球の中じゃ相当に権力を持ってそうな女に、法律なんかが通用する訳が無いだろう」
「大丈夫だ!お前は知らんだろうが、地球では、法の下には全ての人間は平等なんだよ!」
「……だが、ブルマだぞ?なんでもアリな行動様式と、あの倫理の欠けっぷりだ……司法の連中をまるごと洗脳するアイテムを作って、今ある法律をぶっ壊す事も可能ではないのか……?法律など、あてになるわけが無い……」
「べ、ベジータ……」
ヤムチャは、絶句してしまった。
力なく俯くベジータを見て、胸が張り裂けそうになった。
ベジータのこの、ブルマに対する圧倒的な〝強敵〟扱いはどうした事なのだ。
どんな目に遭ったのだ。
ここまで恐怖感を抱いて、ブルマを畏れるなど……やはり相当の〝攻撃〟を喰らったのではないか。
バイブ以外のおもちゃも併用しながら、高貴の生まれでは絶対に発想できないようなえげつない何かをされそうになったのではないか……?
下品さにおいては、ブルマは一級領域に君臨する女である。
ヤムチャ自身も、彼女の好奇心で、色々恥ずかしい事に付き合わされてきた身である。
その下品度が〝報復〟の方面に働けば……と考えると、今のベジータの怯えようも納得がいくというものである。
「ベジータ、大丈夫だから……オレを信じろ」
ヤムチャは、ベジータの肩にそっと手を置いた。
消沈しすぎているのか、ベジータはヤムチャの接触を拒否しなかった。
この無力な様に、ヤムチャは己を重ね合わせてしまうのだった。強いやつらに囲まれて、どれだけ努力しようとも次々と抜かされて、能力の差に絶望し、枕を密かに濡らしていた苦渋の日々。
「もしも法律が駄目でも、逃げればいい。地球は広いんだ。オレが気を消していれば、誰にも見つかりっこないさ」
「駄目だ、あの女はなんでも出来ちまうんだ。どうせすぐに見つかるに決まっている……」
情けなく弱音を吐くベジータ。
ヤムチャは掴んだ肩を揺さぶって明るい声をかけてやった。
「ベジータ!暗い思考は手放せ!しばらくブルマと距離をおいて、あいつが落ち着いた頃に会いに行けば、また元通りの生活を取り戻せるはずだ!それまでは、訓練にブランクが出来ちまうが……、お前なら絶対に取り戻せる!お前はサイヤの王子なんだろ!?」
ヤムチャが激励すると、ベジータは遠い記憶をよみがえらせたようにハッと目を開いた。
「……オレは……サイヤの王子……そうだ、サイヤの頂点の……」
「そうだよ!お前は悟空を超えるんだろ!?」
「………………」
ベジータは急に押し黙った。
ヤムチャから顔をそらして、ほっぺを膨らませ、唇を尖らせたのだ。
なぜか、そのほっぺが桃色に染まっていた。
ヤムチャはデッカい悲鳴を上げそうになった。
何故、ベジータは赤面などしているのか。
考えたくも無いことだが。
もしやベジータは、さっきの悟空を思い出して、同種族の女として、そんな反応を見せているのか?
女体脳のために、悟空にそういう気持ちを仄かに抱いてしまったのではないか……?
だとしたら、ヤバいと思った。
なんかもう、色々とヤバすぎる。
「早く役場へ行って婚姻届を出すぞーーーーー!」
焦りを覚えたヤムチャは、ベジータの手を掴み立ち上がった。
ヤムチャの脳内では〝悟空だけは駄目だ〟という絶叫が、真っ赤なサイレンを伴ってギャンギャン鳴り響いていた。
引っ張られたベジータは、フラフラしながら立ち上がった。
下に向いた目は、不規則に揺らいでいた。
この急な展開に、混乱しているのが明らかだった。
卑怯かもしれないが、ベジータの意思が定まらぬうちに結婚契約を実行するしかないと思った。
「もうどこでも……そうだ一番近くの村役場を探そうぜ!そこで婚姻届を出して、空き民家でも探して、しばらく潜伏するぞ!」
ヤムチャが叫んだ直後、優しいそよ風が、西から吹いてきて野花を揺らした。
二人の近くを小鳥の群れが飛び、青い空へと吸い込まれていった。
その景色は、ヤムチャの目には神の祝福のように映り込んだ。
この戦略により全ては丸く収まるのだと、確信めいたモノを感じたヤムチャはベジータを再び抱っこしようと両手を広げた。
ベジータはまだオロオロと目を泳がせていた。
いじめられて怯えている、子猫のような仕草だ。
何も心配要らないぞ、と心の中でなだめながら、ヤムチャは優しいまなざしを向けてやった。
黙っていたハトが「クルックー」と鳴いた。
「お前ら結婚しちゃいなよ」と言われてる気がした。
たちまちに胸が高揚してきた。
もう間違いない、と思った。
幸せの象徴であるハトまで賛同しているのだからこの戦略で間違いは無いとヤムチャは確信を深めるのだった。
ブルマは気分屋だ。一時の執念はすさまじいものがあるが、飽きっぽい性質ゆえにひとつの感情を長期間とどめておける女ではない。
彼女の復讐心がしぼむまで、形式的婚姻でベジータを法的にガードするのだ。
無論、二人が仲直りできれば、婚姻は抹消する。
これはベジータの地球歴に〝黒〟を残す事になるかもしれないが、地球の事などバカにしているベジータの事だ、そんな記録ごときで恥じたり落ち込んだりする筈は無いと思った。
「何も心配するな!」
ヤムチャはベジータの手を握り、舞空の準備に入った。
善は急げだ。ブルマに見つかってはいけない。
「地球人には地球人の解決法がある!今は、オレを信じて従ってくれ!」
ベジータは迷っていたが、未知の物質を確かめるような仕草でヤムチャの手を握り返してきた。
ヤムチャはそんなベジータに明るい笑みを向けた。
いざゆかん、新天地へ。
……みずみずしい希望てんこもりの、キラッキラの目を上空に向けて、ヤムチャはギュッと気を高めた。
――その瞬間だった。
一筋の稲妻が天空から一閃し、ベジータの脳天に直撃した。
鼓膜を破るような激しい落雷音とともに、直撃を受けたベジータの身体から太陽光に匹敵するまばゆい光線が乱射した。あまりのまぶしさにヤムチャは咄嗟に目をかばった。そしてベジータから手を引き、反射的に地面にうずくまってしまった。
熱線まで感じるほどの、強烈な光だった。
一体、何が起こったのだろう。
空は晴天で雷なんか生じるわけもないのに。
時間にすれば、二秒ほどだった。
光はやがて消えて、草原には静寂だけが残されていた。
ヤムチャはおそるおそる目を開けて、目の前の光景を確かめてみた。
そこには、今居たベジータの姿が無かった。