戦闘民族メメメ人



その夏は夕風が吹いても、熱だけを運んでくるような酷暑の夜が続いていたのだ。
彼らの居城は砂漠のさなかにある。
熱気のこもる部屋の中、扇風機と麦茶で涼みながらダラダラしていたヤムチャとプーアル。
あー、とか、ダリー、とか唸るばかりで、雑談すらも生じない退屈な時間を二人きりで過ごしていたある日のこと。

夜7時を過ぎたころ、玄関扉がノックされた。
……ような気がした。
宅配便の心あたりは無いので、2人は動かなかった。
なにせ暑くて応対するのもダルい。小石か何かが扉にぶつかっただけだろうと決めつけ、テレビのバラエティーなんかを眺めていたのだが。
「ヤムチャさま、誰か来てますよ」
ノックが止まないので、寝転んだままのプーアルが玄関を指さした。
「……はあ」
ヤムチャは、誰だよめんどくせえ、と言いながら汗にまみれた身体をノロリと起こした。「どちらさまー?」と、なじるように声を張ってみたが、玄関から返事は無かった。この辺りには時々、水を欲して救いを求める旅行者が出るので、今回もその手合いかと思いつつ扉を開けた。
室内の照明光が闇に立つ来訪者を照らした。
そこに立っていたのは、黒いパーカーを羽織ってフードを被った小柄な人間だった。
ヤムチャは無言でその者を見下ろした。
フードを被って黙ったまま、俯くその姿。
ヤムチャが真っ先に連想したのは『強盗』という言葉だった。両手はズボンのポケットに隠されているし、中に武器を隠し持つ仕草に見えた。そして、その者の全身からピリピリと緊張感が迸っているのが分かった。
攻撃を控えているような、不穏な気配が伝わってくる。
「ここには、金目のものは無い」
ヤムチャは平静の声で言った。
小柄なその者は身じろぎすると、ジリッと靴を鳴らした。砂にまみれているが随分と派手なスニーカーを履いていた。ヤムチャは目線をソイツの顔に戻してから、
「金目のものは無い。助けてやれるのは水と少しの食料ぐらいだ。そうでなけりゃ帰ってくれ」
背筋を伸ばして、上から言った。
何かする素振りがあれば、どの程度の反撃でコイツを諦めさせられるかと戦闘力をはかった。……気を探ると、とても弱い相手だった。
無駄に怪我はさせられない。
「てめえのせいだ……」
来訪者が言った。
高く細い声をしていた。
ヤムチャは目を丸くした。
それは、ちっぽけな子どもの声だったのだ。
「てめえが、男としての役目を全うせんかったから、いちいちこんな目に遭わされる」
その子は静かに呟くと、かすかに震えはじめた。
ヤムチャは言われた意味が分からなかったが、相手が子どもと分かると急に気持ちが柔らかくなってしまった。
「キミ、迷ったのか?どこから来たんだ?」
腰を屈めて顔を覗きこむと、その子は慌てたように一歩退いた。
そして、小さな声で「オレだ」と呟いた。
ヤムチャが訳も分からず首を傾げていると、その子はたちまちに苛立ち、ポケットから何か取り出して乱暴に投げつけてきた。
腹に当たって地面に落ちたのは、しわくちゃになった手紙の封筒だった。
宛て名のところに『ベジータへ』と書かれていた。
ヤムチャはギョッと目を剥いた。
「はあ!?」
と叫んで、封筒とその子の間に何度も目を走らせ、
「はあ!?」
と再び驚声を上げた。
「……どうにかしろ……」
ワナワナと震えながら、声の主が言った。
「……てめえのせいで、この通り、オレさまは迷惑三昧だ……、早くどうにかしやがれ……」
ザクッ、ザクッ、と砂を踏む派手なペイントのスニーカーには見覚えがあった。
ブルマの所持する、お宝モノのスニーカーだったのだ。

何か深い悩みを抱えた迷い人、という事にして、プーアルにはその者の正体は伏せた。
「なんか人生に行き詰まって、悩んでる子みたいでさ。オレ、この子の相手するから、プーアルは先に寝ててくれよ」
そんな事を言ってプーアルを納得させ、別室の寝床に行かせた。
「座れよ」
ヤムチャは座卓のあたりを指さして、来訪者に麦茶をいれてやった。正体は察しがつくものの、彼の名を呼ぶ事が出来なった。
余りにも、容貌が異なり過ぎていたのだ。
身長は本来より20センチぐらい低くなっているし、顔も髪型もフードに隠されていて表情は分からない。鼻から下が見えるだけで、時々動く唇は男女の判別もつかないぐらいに幼い肉感をしていた。肌はみずみずしく日に焼けたあともなく、本来あるはずの闘士の分厚い表皮が消えてしまっている。
「なあ、本当にベジータなのか?」
麦茶のコップを差し出しながら、ヤムチャは座卓を挟んだ向かい側に座った。
そうだ、と小さな声が返ってくるのだが、やはり別人のものなのでヤムチャはこの事態を飲み込めないでいた。
来訪者は、胡座をかいて俯いている。
全身から力が抜けていて覇気が無かった。よく見ると服のあちこちに砂漠に特有の枯れ草がくっついている。途方にくれ、風に吹かれながら彷徨って、最期の救済所にやっとたどり着いた『難民』のような風情だった。
ヤムチャは改めて『ベジータへ』と表書きされた手紙を開けてみた。

ベジータへ
アンタいい加減にしなさいよ。
調子に乗るのはアレを最後にしてちょうだい。
アンタはもっと女の心を知って学ぶべきなのよ。
言っても分からないなら身体で思い知らせてやるわ。
ブルマさんに誠心誠意の謝罪を見せれば、アンタを元に戻してあげます。
ついでにその悪い口も直しなさい。
アンタが誰かの悪口言ったらアンタの女体が進化するようにしてあるからね。
それがイヤなら、早くブルマさんに謝って生活態度を改める事よ。
いいこと?
ブルマ先輩より

「女体……」
ヤムチャは手紙の中にあるそのワードを食い入るように見つめた。
「今のお前は、女の子にされちまってるらしいが、……そんな事が……科学で可能なのか……?」
「……」
黙りこくる小柄の来訪者に、ヤムチャはグイッと身を乗り出しながら、
「だってさ、お前がベジータだってのが、とても信じられないんだよ。気も小さいし、全くベジータらしさが感じとれないというか、」
「何か書くものを寄越せ」
来訪者は白い手を出して、紙と筆記具を要求してきた。てのひらには薄桃色の綺麗な手相が走っていて、『良家のしとやかな女の子』を連想させた。
ヤムチャは言う通りに小棚から紙とペンを出してきた。
来訪者はそれをひったくると、何かぶちまけるような仕草でもって文字を書き始めた。
ガリガリガリ!と、ペン先の疾駆する音がしばらく続いた。
書き終えた紙をシャッ!と滑らせてきたので、ヤムチャは目を通してみた。

てめえは何年あの女の腰巾着をやってきた
なんだその、未知なる世界に怯えるような情けねえ仕草は?
それとも、ちょっと会わんうちに奴の科学力のおぞましさを忘れやがったか
奴は人体を矮小させ、小人のように縮める技術を持っている
知らんのか?
どういう理屈か分からんがそこまで人体を激変させられる技術を保有するならば、性を反転させるのも奴にとっては容易い事なんだろうぜ
だがそれを、たかだか一個人の私的な恨みをぶちまける為に使用するとは科学者としての倫理に欠けているのではないのか
全部全部、あの女のしつけ教育を怠ったてめえの責任だ
なんとかしやがれ
てめえはどこまでボンクラなのだ?
てめえみたいなボンクラ能無し野郎がオレさまと同じく、酸素を吸って排気して毎日毎日この星を穢しているのだと思うと、オレさまはてめえを今すぐぶっ殺したくて仕方ないのだが、わずかでも利用価値があるうちは生かしておいてやるからてめえはオレさまに感謝しろ

「………………」 
ヤムチャは読み終えると、スーッとそれを卓の隅っこに押しやり、大きく二度頷いて、
「お前はベジータだ」
と真摯な声で言った。
「間違いなくベジータだ。こんな文章を書ける奴は、ベジータ以外に居ない」
「分かったんならとっとと解除アイテム盗ってこい」
すかさずベジータが返してきた。
そしてヤムチャの面に、ビシッ!と人さし指を向けながら、
「どうせてめえはヒマなんだろうが。大気を汚した罪を消したければオレさまの為に労働してこい。そしてあの女を堕落させた詫びとして、このオレさまに30分間の土下座を見せやがれ。さもなくば殺す。早くどうにかしやがれクソ野郎」
などと、悪質クレーマー級の命令を下してきた。
ヤムチャはしばらく開いた口が閉じられなかったが、
「……本当にベジータだな……」 
と感心したように呟いた。

見た目は別人だが、中身は120%ベジータ、という感じだった。
ベジータに違いない者が、こうして辛辣に脅迫してくる訳だが、ヤムチャは全く恐怖を感じなかった。
その声は子供のものだった。
性転換で、体は本来の逞しさを失くしているし、何よりも『気』が小さすぎたのだ。
そこらの一般人と同じぐらいに弱体化している。
衣服にはいくつも、砂漠に特有の枯れ草がくっついている。
コイツは徒歩でここまでやってきたのではないか?
ブルマの派手なスニーカーは砂にまみれて傷だらけだった。
今のベジータは舞空術も失っているのではないかと思った。
――弱者、という言葉が脳裏に浮かんだ。
浮かんだ後に自然と湧き上がるのは、弱きを助けるヤムチャの男心であるのだが…
「解除のアイテムと言ってもなあ」
うーんと困りながら、ヤムチャは首を傾げた。
「どうやって盗むんだよ。ブルマの事だ、そういうのは厳重に隠して管理してるだろうし……オレは科学はサッパリだから、研究室に忍び込んだとしてもどれがアイテムなのかも分からん。お前の要求に応えられそうに無い。ブルマに謝った方が早いと思うぜ?」
「オレは何も悪くない」
スパッ!とベジータが切り返してきた。
ヤムチャはでっかいため息をついて、眉尻を下げながら、
「お前なあ、何も悪いことしてなくて、なんでそんな復讐めいたアイテム喰らってんだよ?さすがにオレにもねえよ。男の性を取り上げられるなんて、そこまで酷い嫌がらせは……」
「しのごの言わずになんとかしやがれ!」
「困ってるのは分かるけど、オレにはなんとも……」
ヤムチャはここまで言って、ハッと気づいた。
ベジータが俯きながらワナワナと震えていた。黒いパーカーの前を、白くなよやかな手で押さえながらか細い声で
「……デカくなってきやがった」
と漏らしながら、不安げに震え続けるのだ。
「? 何がデカくなって……」
言いかけて、ヤムチャはまたハッと気づいた。
さっき読んだブルマからの手紙を、急いで広げて読み返し、その文章に何度も何度も目をこらした。

〝ついでにその悪い口も直しなさい
アンタが誰かの悪口言ったらアンタの女体化が進化するようにしてあるからね〟
 
ゾワ〜ッと寒気を感じつつ、恐る恐るベジータに目をやった。ベジータは背を丸めてこちらから顔を逸らしていた。
「……ああ、そうか、今オレに暴言吐いたから、お前の女体化が進んでしまった訳だな?それで、胸が……」
「………………」
「ベジータ、なるべくその……筆談で喋った方がいいかもしれんな。言葉遣いをいきなり直せと言われてもなあ」
「……なんなんだ畜生……言葉吐いただけで体が変わっちまうなんて……どこが科学なんだ……これじゃ魔法じゃねえか……ううう」
「ベジータ、ブルマは恐ろしい奴だ。オレもたまにコレが科学なのかと不思議になる時がある。訳が分からんしオレはアイツの科学に勝てた事は一度も無い。怒ったアイツは正直怖いしその方面では関わりたくないって気持ちは今も昔も変わらない。頼むから大人しくブルマに謝ってくれ」
「断る!オレは絶対に悪くない!」
「……今、CCに忍びこむなんて、オレには出来んぞ。ブルマを説得できるだけの自信もない。だってオレは〝昔の恋人〟なんだからな。そんなオレに強い発言力があると思うか?」
静かに語り聞かせてから、はあーーっとため息をついた。
なんと不憫な目に遭っているのだろうか。
そしてブルマの科学はどこまでぶっ飛んでいるのだろうか。
ヤムチャは未知の科学に改めておそれをなした。
そして、驚異的な戦闘力と高い聡明を誇るベジータが呆気なくアイテムにやられて情け無い有り様となっているのが、同じ女を知るヤムチャとしては、同情を誘う〝ネタ〟となってしまうのだった。
「なあ、CCって地下室あるだろ」
ヤムチャは神妙な声を出した。
俯いていたベジータはノロリと顔を上げた。
フードでほとんど隠れたままだが、鼻から下の肌色が真っ青になっている。
彼の明らかな焦燥が見てとれる。
「地下室……それがどうした」
「もしかして、ブルマの奴、そこで何か飼ってんじゃないか?」
「何か、とは?」
「あのさ、背はこのぐらいでさ、」
ヤムチャは床から1メートルぐらいの空中に手をやった。ベジータは真面目にそれに注視した。
「手と足が白いボールで、ボディーは青いんだ。顔にヒゲが生えてて……、ソイツさあ、もともとネコなんだけどネズミに齧られて耳が無いから丸坊主なんだよ。それで、腹にポケットがついてる。その中からあらゆる不思議アイテムが出せるヤツがいて。ドラ○もんっていうロボットなんだけど」
「…………」
「もしかしてブルマは、ソイツを飼ってるんじゃないか?」
「てめえは何の話をしてるんだ?」
「えーと、だから、ブルマが作ったアイテムじゃないかもしれないって事だ」
「は?」
「アイテムを出したのは、そのロボットかもしれないぞ?」
「何の話をしてやがる」
「ロボットがバグってそういうヘンテコアイテムを出した。それをブルマが遊び半分で使ったかもしれない、という事はだな」
「…………」
「ブルマは半分、悪くないって事だよな?」
「何を言ってるのか全く分からん」
ヤムチャは居住まいを正して咳払いした。
……ブルマばかりが悪者になるような話はしたくなかった。その思いがヤムチャにめちゃくちゃな事を口走らせ、なんとなく後にひけない流れを自ら作ってしまった。
「つまり、ロボットのバグりが原因なんだ。ドラ○もんはブルマから、女体化アイテムを出せと言われた時に、その目的を聞き出し、使用の是非を道徳的に判断した上で断るべきだった。だから、それを怠ったドラ○もんが悪いんだと思うぞ?これがオレの仮説だ。どうだベジータ」
「病院に行ってこい」
「ブルマばかりが……悪いんじゃないと思うんだ」
「耳か頭か知らんが直ちに調べてこい」
ブルマと早く仲直りして、平常を取り戻して欲しいという一心……
それが故に「ドラ○もん黒幕説」をぶちまけたヤムチャ。
女体化だけでも困難極まる現象なのに、そこへ訳の分からない仮説妄想をぶつけてくるヤムチャにベジータは猛烈にイラついたようで「病院行け」と6回ぐらい厳命した。あと、地球の真理的なものを見つけようとしたのか「どらえもんってなんだ」と何度も何度も糞真面目に質問してきた。
「ちょ、もう、今日は、とりあえず、寝ようぜ?」
「なんなんだ、ドラえもんって、オイ」
「お前は今日、疲れただろ?なあ?」
「質問に答えやがれ」
「オレも今日は……ははは、暑くてさあ、上手く頭が回らねえよ」
「なっ……!?てめえ!暑さごときで知能を鈍らせるとは…!どこまで軟弱で無能な男なんだクソ野郎ーー!」

その後、再び胸を押さえて丸まってしまったベジータに、ヤムチャはそっと枕を渡してやった。
明日考えようぜと言って、自分の寝室へ行った。
ベジータは態度も口も最悪だった。
けれどもヤムチャは悪い気がしなかった。
普段、あれだけ恐ろしく強く賢いベジータが、女体化に怯えるあまりに冷静を失い対策も見いだせず、悩んだ末に縋りついてきたのが自分という人間。
無頼で誰も寄せ付けない、サイヤのてっぺんがそうして自分を頼ってくれた事にヤムチャはちょっと優越感をくすぐられたのだ。
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