奇怪戦線惑星ニョロ(未完)
◇
舟の窓の外、色とりどりの星が煌めいている。
リクームは腕を組み、その美しい景色を切なげな眼差しで眺めていた。
侵略地に着くまでのヒマな時間、愛しいベジータとステキな雑談をしようと通信を試みたのだが、相手はスカウターの電源ごと切っているようだった。ならば、と思い、舟に搭載されている通信機器を使って彼の舟に信号を送ってみたりもしたのだが、そちらも電源から切られているようで、意思の疎通は不可能と判断し、想い人との雑談を断念した所である。
「ボクちんはさみしんぼだよ……ベジータちゃん……」
リクームは、ひときわ青く輝く星をひとつ見つけ、それにベジータの面影を重ねながらポツリと呟いた。
サイヤ人のみで編成される、フリーザ軍特攻専門部隊、第四小隊。
これに「見習い戦闘員」の肩書きで同行し、共に侵攻する事で、ベジータの戦死を回避させるのがリクームの目的であった。
絶対にベジータを守ってやるんだという清い心。
稀有なズリネタを失いたくないという強い意志。
そしてベジータに対する曇りなき情愛。
これらでもって、リクームは見事に漕ぎつけた。
リクームは、非常に苦心した。
軍隊最強と謳われる特戦隊の一員が、格下の小隊に「見習い」として配属されるなど有り得ない事だった。
そこをリクームは、フリーザに直談判して無理矢理に通したのだ。
〜回想〜
コンコン
「誰か?」
「お忙しい所、大変に失礼いたしますですーー!」
「……その声は、……リクームか?」
「ですです!ギニュー特戦隊のリクームです!」
「……何用だ?」
「あの!実は!フリーザさまに大事なお話がありまして!その前に、このドア、超〜〜邪魔だなあ〜〜〜!ドアを開けてくれませんかねーー?」
「……。話があるならギニューを通せ。長の資格を持った者でしか、フリーザさまとの直接の対話は許されん」
小虫でも払い落とすような口ぶりで、ザーボンが中から言ってくる。
リクームは忌々しげに舌打ちした。
そして、スカウターのスイッチを入れてザーボンのスカウターに通信を合わせると、聞こえるか聞こえないかの小さな低い声で、
『……いいから開けろやザーボン……テメー金持ってるからって……遊興施設の上玉男娼、根こそぎ攫って、私室で飼育してるらしいなあ〜?……相当恨まれてんぞ?オレの友達のタチ野郎共が、もうな……怒って怒って、テメーを少年化させてブチ犯す妄想して、その妄想絵を克明に描いてタチ界隈に広めるぐらいには恨まれてんだぞ、知ってたか?……ドア開けろや……フリーザさまと話をさせろ……さもないとテメー、バリタチ共が描いたテメーの被虐画、全部で120パターン、コピーしまくって連日基地内にバラ撒いてやるぞ……』
スカウターから息を飲む音がした。
『ふざけておるのか』
ザーボンがスカウターで返してきた。
不気味がっているのが、極小の声で分かった。
『仮にそのような者が居るなら、侮辱罪とみなし、即刻捕らえて死刑処分するまでだ」
『へへへへ……そんな脅しは通用しないねぇ〜〜。ソイツらクズすぎて、人生に絶望してるようなヤツばっかだ。テメーに一矢報いて死ねるんなら本望、とまで思ってるようなイカれた野郎ばっかりよ。今はオレが止めてやってるから何も起こらんが、オレが手綱を離せば……テメーはたちまち羞恥地獄に突き落とされるんだあ。へーッヘッヘッヘ、……恥かきたくなかったら、ドアを開けろザーボン』
部屋の中で、小声のやり取りがされている。
ややあって、重厚なドアが開かれた。
開けたのはザーボンだった。
口元にハンカチを当ててリクームから思いっきり顔をそらしながら、「手短に済ませろ」と抑揚の無い声で命じた。
「おはようございますフリーザさまぁーー!!」
リクームは室内に突進し、フリーザのデスクの前でスライディング土下座をした。
「おはようございますリクームさん。とても大事なお話とはなんですか?」
フリーザはいつもの浮遊ポットに乗り、窓辺で静かに飲み物を飲んでいた。
リクームは床にベッタリと土下座して、真摯な眼差しをフリーザに向けた。
「実は!こないだギニュー隊長から、自分のふざけた戦闘態度についてこっぴどく叱られまして!このままじゃイカーーン!と思い、もっと、特戦隊以外の場所で勉強したいと思いまして!……私をサイヤの小隊に、見習いとして仮入隊をさせていただきたく、お願いに参った次第でございますーーー!!」
「ベジータさんの小隊に、ですか?」
フリーザが不思議そうな顔をしてたずねてきた。
「なぜ、ベジータさんの小隊に……」
そう言いかけたのを、叩き潰す勢いでリクームは床を叩いた。
バチーーン!!とデカい打擲音が鳴った。
「あれほど厳しい小隊長は、他には居ないからでありますーー!」
リクームは必死の形相で訴えた。
気圧されたのか、フリーザは少しのけぞった。
「ギニュー隊長が素晴らしいお方なのは確かです!しかしギニュー隊長は友情心の強いお方で、イマイチ厳しさに欠けるお方なのです!ダメな私は、そんな隊長の優しさに甘え、己を律する事から逃げてしまうのでありますーー!このクソな根性を叩き直す為には、もっと厳しく容赦の無い『鬼教官』が必要ではないかと!そう思い至った訳でして、ならば適任は誰かと言ったら、軍隊一のスパルタを誇るサイヤ部隊!ベジータ小隊長しかおりません!戦闘民族の研ぎ澄まされた『闘いの理念』に触れる事でしか、私のふざけた心根は直りません!お願いしますフリーザさまーー!」
「……いや、……しかし、あなた」
フリーザは異様なテンションに圧倒され、困惑しながらハンカチを取り出した。それを握りしめて手汗を拭いながら言った。
「しかしあなた、それではギニューさんの立場はどうなります?それにあなたがサイヤ部隊に仮入隊してしまっては、その間、ギニュー特戦隊の任務に支障が」
「何も問題ありません!ギニュー隊長からは許可をいただいてます!」
「お待ちなさい、そういう事なら、なおさらギニューさんの口から説明して貰わねば、」
「ギニュー隊長並びに他の特戦隊員は、現在重病に罹っておりまして動けない状態でありますーー!」
リクームは額を床につけながら絶叫した。
「なんですって?」
フリーザが目を見開いた。
「聞いてませんよそんなお話は」
リクームはガバッと顔を上げた。
「な、なんか、宇宙通販で買った食いものが悪かったようで、腹が痛いと言って全員医務室に!」
「……フリーザさま、本当のようです。現在4人ともがメディカルマシンで毒物対応の治療を受けているとの事です」
ザーボンがスカウターに手をかざしながら、冷静な声でフリーザに伝えた。
「なんてドジな事ですか……ギニューさんともあろうお方が……」
フリーザは呆れた声で言った。
「そ、そんな状況ですので余計に!私がしっかりせねばと!一刻も早くベジータ小隊長の下につき!気高い戦闘理念を学び!優れた戦闘員となって働き、もっともっとギニュー隊長が勲章を授かれるように……!そうだベジータ小隊長といえば勲章数も凄いです!あの若さでギニュー隊長に次ぐ数をいただいている、やはり高度な「教育」を受けるにはベジータ小隊長しか思いつきませんーー!」
リクームはだんだん感極まってきて、「ぬおああああ!!」と雄叫びを上げながら立ち上がった。
フリーザがビクついて「うお」と変な声を漏らした。
リクームは全身から燃えるようなオーラを噴き出しながら、フリーザにキッ!と目を向けて、
「聞いていただけないのならこのリクーム!フリーザさまに願いが通じるまで『お願いの舞い』を披露させていただきますーーー!!」
「……いやあの、ちょっと、」
たじろぐフリーザをガン無視して、リクームはその場で力強くポージングをとった。それはジースの特戦隊ポーズを自己流にアレンジしたものだった。
「『お願いの舞い』第一の型!始めーーーッ!!」
リクームは雄々しい掛け声と共に『お願いの舞い』を踊り始めた。力が込められている為にリクームの額からは夥しく汗が吹き出し、キメポーズをやる度にフリーザの所まで汗が飛び散った。
「格下であっても!私はずっと!聡明なベジータ小隊長に憧れておりましたー!私の不真面目を直せるのは!クソ真面目なベジータ小隊長しか居ないのですー!」などと力説しながら激しく踊るリクーム。
舞いの真っ最中にドドリアが戻ってきた。
彼はリクームの狂態を見た途端、「何の騒ぎだ、うわああああ!!」と絶叫した。
ザーボンはハンカチで口を押さえて壁に顔を向けていた。一切関わりたくない、という態度だった。
フリーザの私室は異様な空気に満たされた。
奇妙な踊りを見せられた為に、フリーザの顔が紅潮し、変な汗が止めどなく流れ落ちた。
激しい羞恥にかられたフリーザは1分もしないうちに降参してしまった。
「もう良いです、お気持ちは分かりました」
フリーザは早口で言って、リクームの舞いを止めた。
ハンカチは汗を吸ってビッチョビチョになっていた。
「良いでしょう、サイヤ部隊の見習いの件、許可します。ただし、今回の侵攻だけですよ?……ザーボンさん、ベジータさんへの連絡など、後はあなたに全てお任せします……」
〜回想おわり〜
リクームは閉じていた目をゆっくりと開けた。
フリーザに見せた己の勇姿を思い出しながら「オレってなんてカッコいいんだろう……」と呟いた。「こんなにカッコいい男は他に居ないよ?なんで付き合ってくんないのよベジータちゃ〜〜ん」と言ってバタバタ地団駄を踏んだ。
「みんな大丈夫かな……」
他の特戦隊員を案じてリクームはまた目を伏せる。
サイヤの小隊に仮入隊するなど、ギニューが許すはずが無かった。
邪魔させない為にギニューの動きを封じる必要があった。
だから、リクームはオヤツの時間に、みんなのジュースに『宇宙サナダムシ』の卵を大量に入れてコッソリ飲ませたのだ。
『宇宙サナダムシ』とは強い下痢作用を引き起こす特殊な虫である。リクームがお気に入りの『宇宙ペットショップ』で極秘にゲットしたものだ。
いつかそれを想い人に使用して、「我慢プレイ」をさせて楽しもうと夢見ていた……その虫を全て使い、ギニューその他をメディカルマシン送りにしたのだった。
腹痛を訴えて苦しむギニューを思い出すと、リクームはギュッと胸が痛んだ。
「すいません隊長……オレはどうしてもベジータちゃんを救わなければならないんです……盟友たちの為にも……」
闇の中でキラキラと輝く星を眺めながら、リクームは彼らの言葉を思い出す。
”なあなあ斬り込み隊長〜!今日の全体朝礼で、ベジータさまが尻尾の毛繕いをされていたよな?オレ、毛繕いなんて初めて見たよ!愛らしいお姿だよなあ〜、うふふっ”
”高いけど、ベジータと同じシャンプー買ったぞー!ちょっとお近づきになれた気分だな!なんか生きる希望わいてきたぞーー!”
”聞いてくれ斬り込み隊長!ベジータを犯すスッゲーシチュエーション思いついちゃったわ!お前だけに教えてやるけど、エグい内容だから誰にも内緒だぞ〜?”
”相談があるんです……ベジータさまが、使い古しのブーツを共用ゴミ箱に捨てるのを見たんです……オレ、ズリネタにしたくて、思わずそれを拾って持ち帰ってしまったんです……これは、ぐ、軍法的に、窃盗罪に当てはまったりするんでしょうか……初心者丸出しの質問ですみません……”
リクームの目から大粒の涙が溢れ出す。
盟友たちとの素晴らしい談義。
彼らの、生命力みなぎるイキイキとした声を思い出すと、リクームは涙が止まらなかった。
死なせたくない。
誰一人として死なせたくない。
ベジータを失い、盟友たちが絶望して自殺するなど、絶対に見たくない不幸であった。
「すいません隊長……、どうかオレを許してください……」
リクームは手で口を覆って、肩を震わせながら、静かな舟の中でいつまでも咽び泣いた。
◇
ベジータ率いるサイヤ部隊は目的の星に到着した。
舟から出るとそこら一帯は何も無い荒野で、湿っぽい風の中には何かが腐ったような異臭が混じっていた。
ベジータは空を見上げた。
天には陽光があり、雲が散見された。
風が吹いてくる方向を見ると地平に湖のようなものが見え、その周りには緑の叢林が見えた。風に湿り気があるのは湖があるからか。
しかし匂ってくるこの異臭はなんだろう……水が腐りでもしているのだろうか?
水辺に近いという事は、通常、人が集まりやすい場所でもある。けれども、そこには建物も人の気配も無かった。
地面を見ると、あちこちに、何かの大きな破片が落ちている。
見ると建造物の一部のようだった。よく見渡すとあちこちに建物の土台部分だけが残されており、見ようによっては襲撃を受けた後のようにも見えてくる。
「王子、見て下さい」
ラディッツがしゃがみこんで瓦礫だらけの地面を指差した。ベジータが歩み寄って見ると、人形のような物体が埋もれていた。
ベジータは足で瓦礫を蹴った。
中から現れたのは、ボロボロの衣服をつけて、砂塵を被った死体だった。
ベジータは眉をひそめた。
その死体には首が無かった。
それを見たベジータは小さく舌打ちした。
「まるで襲撃を受けたみてえだな」
ナッパが顎をさすりながら呟いた。
「オレ達の前に、何者かがやってきて、先を越されちまったのかな?」
ラディッツが首を傾げて言った。
ベジータは地を蹴った。
空高く飛び上がり大地を俯瞰して見回す。
「他に、住居が無いか探すぞ」
ナッパとラディッツも同じ高さまで飛びあがった。三人はスカウターを起動して索敵を開始した。
しかしラディッツが溜め息をついて首を振る。
「やっぱり戦闘力が弱いっていうのは本当なんですかね?目立った数値が出てきませんよ」
「……まさか、全滅してる訳じゃないだろうな〜?」
ナッパが苛立たしげに言った。獲物を先に殺られた事に、腹を立てているようだ。
「一匹でもいいから探すぞ」
ベジータは鋭い声で言った。「死体でも構わん、とにかく首だ。首を一つでも良いから手に入れる」
ベジータは、効率を優先し、三方に別れて捜査しようと考え、北と南に散るよう部下に指示しかけた。しかし、ナッパに指をさした瞬間に声が詰まってしまった。
じきにリクームの舟がここに到着する事を思うと、単独で行動するのは気が引けたのだ。
飛行場を飛びたった後、リクームの舟がこちらと同じ軌道で追跡しているのは知っていた。おそらく惑星の座標をザーボンから聞いたのだろう。
リクームがどのような経緯でサイヤ部隊に「見習い」入隊したのかは謎である。
しかし、今はそんな事はどうでも良かった。
リクームが「見習い」として入り、行う事といったら何なのだ……
自分に対する、性的なアレコレではないのか……
その考えが頭の中に生じた瞬間、ざわわわ!とベジータは怖気たった。
「……貴様らオレについてこい」
ベジータは俯いて、ナッパとラディッツに命じた。その声は僅かに震えてしまった。
言われた二人はいつもとは違う命令に、ハッと目を見開いた。
「三人で共に、獲物を見つけて、最速で軍基地に帰還するのだ、貴様らオレについてこい!」
「共に」という言葉に、二人の部下はギョッとした。
そして、ベジータの恐怖を先に感じとったのはラディッツだった。……王子が怯えている。……リクームに怯えて腰抜けになっておられる。弱虫だからこそ分かる「弱者の気持ち」……ラディッツは胸が詰まってしまった。
だが部下としては、王子の怯えを陽の下に晒す事など出来なかった。サイヤの同胞として王子のプライドを守ってやらねばならない。
ラディッツはわざと不敵な笑みを浮かべた。
「そうですね『先客』がいるとしたら、どんな奴らか分かりませんしね。王子のおっしゃる通り、ここは三人で行くべきだと思います」
ラディッツはそのように合わせて、密かにベジータをフォローした。
するとナッパも、うんうんと何度も頷いて、
「『異変』を見たなら用心するのが鉄則よ!三人一緒に居りゃあ〜知恵もパワーも3倍だぜ!」
明るく言って、ガハハと豪華な笑いを見せた。
ベジータは部下の気遣いに居た堪れなくなり、プイとそっぽを向いてから西の方向へ飛んだ。ナッパとラディッツはそんなベジータに大人しくついて行った。
飛ぶ間、ナッパとラディッツはブツブツ言っていた。
「しかしよ〜、弱い先住民の首狩るだけなら、もっと下等の小隊にやらせりゃいいのに、なんでオレ達を使うんだろなあ?」
「もしかしたら、『叡智』を無傷で取る作業が難しいのかもしれないぞ?王子の仕事はいつだって難しいものばかりだ」
「脳ん中にある玉を取るだけだろ?何が難しいんだよ、そんなもん」
「いや、だから、例えば、取られないように自爆能力を持ってるとか……一筋縄ではいかんような事があるのかもしれんだろ?」
二人の話を聞きながら、ベジータは事前に聞かされていたこの星の民族の詳細を思い出していた。
流浪の民なのだと聞いていた。
かつてはいくつもの星を拠点とし、高度な宇宙文明を築いて栄華を見せていた。貪欲な性質を持ち、当時は多くの異星民族を支配していたのだという。しかし規模が大きくなりすぎてやがて統制が取れなくなり、その隙をついて滅ぼそうとしたのがフリーザの先代であった。
すさまじく暴力的な侵略の果て、数少ない生き残りは、彼らが誇った高度な文明を全てデータ化し、脳の中心に所有する「玉」と呼ばれる器官にインプットして、流浪の民として宇宙を逃げ回りながら世代を繋げていた。……いつかは、先祖がそうしたように、宇宙に栄華を花開かせる事を夢見ていたのだろうか。
フリーザが欲しがっているのは、その「玉」と呼ばれるものである。そこに、かつては短期間ながら先代と拮抗した程の高度な文明情報が詰め込まれているのだから、軍の発展の為に欲しがるのは当然だった。
その名の通り、「玉」とは硬い結晶状の物質であるらしかった。
この星の生き残りは百人弱、と聞かされている。頻繁に居住星を変える民族なので、足取りを追うのが難しく、やっと見つけた宝物なのだから必ず持ち帰ってきなさいとフリーザから厳命されていた。
この機会を逃せば次はいつになるか分からない、と言われて。
人数も少なく、戦闘力も高くない。
首をもいで頭を割るだけの容易な仕事である。けれどもかつては、フリーザの先代と拮抗した民族。どんな力や能力を隠しているか分からないし、流浪の民なら逃げ足も速いはずで、そこを絶対に失敗せずに任務遂行となると軍内でも有能の部隊が求められる。
白羽の矢がサイヤに当たった。
ベジータは、眼下に居住地らしき建造物をいくつか見つけた。
すぐに地に降り立った。
豊かに枝を広げる大樹が点在し、その間を縫うようにして四角い建物が10軒ほど建っている。
ベジータは間近に建物を見て、すぐに顔をしかめた。後からやってきたナッパとラディッツも「ここもかよ!」と叫んだ。
外壁は無傷だが、入り口や窓が破壊されており、戸口には首の無い身体が転がっていた。いつやられたものか、近づいて見るとそれは半分ミイラ化しており、すっかりと干からびていた。最初の首無し死体と同様、ボロボロの服を身につけている。
「……首がねえ、オレらと同じ目的を持った侵略者の仕業か?」
ナッパが悔しげに舌打ちした。
その後、三人で他の住居を調査した。死体は17体見つかったが、やはりその全てに首が無かった。
ベジータは苛立ち、死体を乱暴に蹴り飛ばした。
すぐに頭を切り替えて、勢いよく舞空する。
「まだどこかに生きているかもしれん、探すぞ!」
「おう!」
「はい!」
三人が揃って西へ飛ぼうとした時だった。
……ちゃーん
……ジータちゃーん
サイヤ達は一斉に息を飲んだ。
そして三つ子のような動きでグワッ!とその声の方へ首を捻った。
「ベジータちゃん待ってよ〜〜!!」
東の地平の彼方に、トゲトゲしたオレンジ色の飛翔波が見えた。
リクームだった。
ナッパとラディッツは蒼白となった。
ベジータは蒼白など超えて、ナスビ色にまで血色を変えてしまった。
「見習いのリクーム!ただいま到着しました〜〜!お手柔らかに宜しくねベジータちゃーーーん!」
「うわあああああ」
「来たあああああ」
「ううっ、ううう〜〜!」
ピピピピ!とスカウターの索敵音を鳴らしながらリクームが迫ってくる。まるで青春真っ盛りの熱血クラブ野郎みたいなパワフルな笑顔だった。
「ベジータちゃんと夢の侵略!何が起こるか分からない!男達のワクワクアドベンチャーが始まるよーーー!!」
このセリフを聞いたベジータは、一気に狼狽してしまい、その場から逃亡してしまった。
ナッパとラディッツは、高速で舞空するベジータを必死に追った。
後ろから迫る怪物を、どうして良いか分からなかった。
ラディッツはたびたび振り返り、リクームに向けてペッペッと唾を吐いた。
◇
それから、5分ほど逃亡を続けたベジータであったが、ついには観念した。
逃げる間に己の心中にわいてくるのは、屈辱感ばかりだったからだ。
――このオレさまが敵に怯えて、尻尾巻いて逃げまくるとはどういう事だ?
こんなパワーだけしか取り柄のない変態野郎が、なんだというんだ?クソ野郎が……。
考えろ考えろ考えろ……――
やがて一つの策が浮かび、肚を決めたベジータは急停止した。後ろから追従してきたナッパが激突寸前の所で止まり、ラディッツは止まりきれずにナッパの背中に顔をぶつけた。
鼻血がちょこっと出た。
「おーっとっと」
高速で追ってきていたリクームは、急停止が出来ずに3人を空中で追い越してしまった。
「なになに、どうしたのぉ〜」と振り向きながら問うてきたが、ベジータは無視して真下に降り立った。ナッパもラディッツも訳が分からぬままそれに従う。
「どうしたのベジータちゃ〜ん」
リクームが不思議そうな顔をしながら降りてきた。
その足が地面についた瞬間だった。
ベジータは目を尖らせ、一発の気弾をリクームの顔面へ放った。高い爆破音があたりに鳴り響き、白い煙の中から目を丸くしたリクームの面が現れた。さしてダメージは食らっていないが、突然の攻撃に戸惑っているのは見てとれた。ポカンと口を開けている。
「い、いきなり何すんの、ベジータちゃ……」
ベジータは一気に詰め寄り、ソイツの口を塞ぐようにして張り手を食らわせた。
バチーーン!と乾いた音があたり一帯に鳴り響いた。ナッパとラディッツはベジータの行為の意図が分からず棒のように立ちすくんだ。
「この隊の指揮官は誰だ」
ベジータはリクームより頭一個分上の位置まで舞空して言い放った。
「この隊の指揮官は、誰か、と訊いているのだ」
リクームが口を開きかけた所に、再びベジータの張り手が飛んだ。その張り手には、激とした怒気が込められており、リクームの頬に直撃すると火花が飛び散る程だった。
「あぁ……」
リクームは頬に手を当ててよろめいた。
その顔には相変わらず戸惑いの色が浮かんでおり、何やら恍惚めいた不気味な色も滲んでいて、目には薄っすらと涙も浮かんでいた。ベジータはこの異様な反応に怖気たったが、こんな事で負けてはおれなかった。
更に高く舞空して、リクームの顔面を蹴りやすい位置で身を構えてから、
「上官に対して『ちゃん』づけで呼ぶとは何ごとだーー!!見習い戦闘員の自覚があるのか貴様ーーッ!!」
切り裂くような怒鳴り声で罵倒しながら、リクームの横っ面に蹴りを入れたのだった。そして体勢を崩したリクームの頭部に、真上から踵を落としてぶちのめした。衝撃でリクームのスカウターが弾けとび、顔面が勢いよく砂利の中に埋まった。その後頭部を足裏でグリグリと踏みにじりながらベジータはおどろの声で語った。
「見習いってのは、まだ兵とは認められてない。つまり、貴様は兵の最下等、『二等兵』にも及んでいないクズという訳だ」
「ぐむむむ」
「そのクズが、このオレ様の名を気安く呼び、肩を並べようなどと……貴様がオレ様の名を口にするなど百万年早い。オレを呼ぶ時は『小隊長閣下』と呼べ。呼ぶ際には、デカい図体を見せるんじゃねえ。地面に跪いて『小隊長閣下』と呼ぶんだ、分かったか」
命じると、リクームがモゴモゴと何か言おうとするので、ベジータは頭を踏みにじる脚に力を込めて、発言を封じた。封じながら「早く返事をしろ」と命じ、彼の背中目掛けて一発の気弾を放った。
ドギャ!と派手な爆破音が鳴り、リクームが一瞬ビクついた。
「分かったのか?」
「うむむむ」
「返事はどうした」
「うー、ぐぐぐ」
「早く返事をしろ。上官命令だ」
「いだだ、ベジ、ベジータちゃ、」
ベジータの額に、ブチ!と一筋の血管が浮いた。
「『小隊長閣下』と呼べと言ってるだろーー!!一度で覚えられんのかーー!!」
怒鳴りながらベジータは、地面に縫い付けた巨体目掛けて、ひたすらに気弾を連発した。ドガガガガ!と白い硝煙が爆発し、轟音のさなかにはリクームの「ひい、ひゃあ」という情け無い喚き声が途切れて聞こえた。
容赦などしなかった。
この先の侵略の行程で、いかほどの敵対生物が現れるのかは、未知であった。だがスカウターで索敵する限り、今のところ飛び抜けた戦闘力数値は見えてこない。在来民族が首無しとなっていて、脳内の玉を入手できるかどうか分からない――懸念すべきはその点のみであって、今の時点で戦闘力を温存する必要は無いとベジータは判断したのだった。
この先、もしも。
もしも道中に思わぬ強敵が現れたとしても、ナッパに月を見せてパワーアップさせてやれば事足りるだろうと思った。
自分は月を作る余力だけを残し、残りのエネルギー全てリクームを叩き潰す為に、今ここでぶちまける……そう考えたベジータは殺すつもりでリクームをリンチした。
そうせざるを得ないほどに、リクームに対する嫌悪感は大きかった。イカれた挙動を封じるには、このような折檻で意志を剥奪する以外に方法が思い浮かばなかったのだ。
「しょお……たいちょー……かっかぁ〜」
爆煙の中から、リクームの泣き声が聞こえた。
ベジータが一方的なリンチを開始して5分程たった頃だった。
「ふみまへん……しつれいしまひたぁ……ゆるしてくだしゃい〜」
爆煙が、風に流される。
地面に突っ伏すリクームが現れた。プロテクターの背面に幾つもヒビが入り、橙色の髪は半分爆発して焦げていた。リクームは顔面を地面につけたまま、頭の上で両手を合掌した格好で、
「もう名前を呼んだりしません〜……許して下さい小隊長閣下ぁ〜……」
と情けない声で訴えてきた。
少しは効いたのだろうか。
リクームの態度には全く反抗の色が見えなかった。
ひとまずは、従順な態度を見て安堵したベジータだったが、すぐさま湧いてくるのは底無しの疑念ばかりだ。
……コイツがこのまま従順に、命令通りに動くものなのか?
……そもそも我が隊に見習い志願してきたのは、良からぬ企てを孕んでいるからだろ?
……何をする気だ。オレの身体に何をする気でいやがるんだ……
全く信用できない相手である。
これだけ痛めつけて、謝罪の言葉を吐かせても、やはり疑念と恐怖感は払拭出来ない。
ベジータはラディッツに命じて、リクームのスカウターを拾わせた。「拭け」と命じて綺麗にさせてから、そのスカウターを受け取った。見るとそれはやはり録画と録音の可能な新型高性能スカウターであった。
ベジータは自分の旧型スカウターを捨てて、奪ったスカウターを装着した。
旧型は即座に踏み潰した。
「なにするんだいベジータちゃーーん!」
早くも命令違反したリクームの横っ面に、思い切り蹴りを入れてやった。ドゴ!と凄い打撃音が鳴った。
リクームはほっぺをさすりながら情け無い声で「ごめんちゃい」と返してきた。
「貴様はこの先、一切口をきくな」
ベジータは地面に這いつくばるソイツに淡々と言葉を落とした。
「勝手な動きを見せるな。ずっとラディッツの後ろについていろ。敵性生物が現れても貴様は手出しせずに見習いらしくサイヤの戦法を見学していろ。ここからは、貴様の挙動を全て『記録』してゆく。オレの命令に背いた場合には『記録』を証拠とし、軍法違反の嫌疑で上に報告するから覚えておけ」
言いながら、高性能スカウターのスイッチを入れ録音を開始した。リクームは気に入らないのか、口を尖らせてジトリとベジータを見上げてきた。
ベジータは無視して、今度はラディッツに横目をやった。
「お前が責任持ってコイツを見張ってろよ」
そう言われたラディッツは、ハイ、と小声で返事して、ちょっと泣きそうな面になった。
未完ですm(__)m