奇怪戦線惑星ニョロ(未完)


ベジータは、へしゃげたラディッツを眺めながら、呆然と立ち尽くした。
ナッパも、キュイの軍団も、黙ってベジータを眺め続けた。皆スカウターの通信を拾って今のザーボンの「謎指令」を耳にしていたのだ。
あり得ない事である。
軍内最強の特戦隊の一員が、格下のベジータの小隊に「見習い」として配属されるなど、何をどう考えたってあり得ない事である。
ベジータの脳内には、「リクーム」と「見習い」と「情操教育」の三つのワードがビュンビュン飛び交っていた。そのどれもが全く噛み合わず、納得いく落とし所が見つからないまま、混乱の極みに叩き落とされてしまった。
シンと静まりかえる中、ベジータはゆっくりとナッパに振り向いた。

「ナッパよ」

ベジータは無表情のまま静かに呼びかけた。

「お、おう……」

ナッパもまた混乱中であり、返事する声がどもってしまった。
一方のベジータは、青ざめた顔をナッパに真っ直ぐ向けている。両の腕には力が無く、常にきつく巻かれている尻尾はダラリと床に落ちていた。

「今のザーボンの指令を聞いたか?」

問いかけるベジータの声は、静かで知的な響きを持っている。しかしその黒瞳は、何やら焦点が定まらず瞳孔がグルグルと渦巻いているように見える。
ナッパはその眼差しにベジータの激しい狼狽を読みとった。なんとか落ちつかせてやらねば……と焦るのだが、混乱中のナッパは何を言ってやれば良いのか分からない。

「お、おう、……何がなんだか、サッパリ分かんねえよ、なんでリクームが……」
「ナッパよ」
「おう、」
「三発殴らせろ」

突然すぎて、ベジータが何を言ってるのかよく分からなかった。「えっ?」と聞き返しながらもナッパは椅子から降りて、床に棒立ちになった。……そうしなければならないのだと、身体が勝手に反応して動いていた。未だ「サンパツナグラセロ」という言葉の意味が分からないままだったが、身体は分かっているようでガッチガチに緊張が始まり、禿げた頭からは瞬く間に汗粒が吹き出してきた。

「歯を食いしばれェーーーッ!!!」

フロア全体が炸裂するような高い絶叫だった。静かだったベジータの気が一転し、その小さな身からは赤黒いオーラが業火のごとく噴射した。
ナッパは鞭打たれたように硬直し、条件反射的に歯を食いしばった。周りに居たキュイ軍団は顎を外して成り行きを見つめていた。いやいや、なんでナッパが……?という不可解な思いにかられて、キュイ軍団もまた混乱に陥った。

「喰らえーーーッ!!!」

疾風のごとくベジータが飛びかかった。同時に「ぐへえ!」とナッパの叫び声が上がり、その巨軀はテーブルや椅子をぶち壊しながらフロアの末端まで吹っ飛ばされた。
横っ腹に、ベジータの回し蹴りを食らったのだった。

「歯を食いしばれ」という事は、「今から顔を殴ります」という事である。

そこへ来てベジータが繰り出したのは、「いきなり横っ腹に回し蹴り」である。

この滅茶苦茶さにキュイ軍団は洒落にならない恐怖を覚え、フロアの隅っこに固まりながら互いに抱き合った。「怖えええ」「このチビやべえ」「なんでナッパが?」「三発どころじゃねえじゃん」などと、ベジータの狂った私刑を見つめながら正直な言葉を吐露した。

「何故リクームなのだー!説明しやがれナッパーーー!!まだ寝るなーー!!上級サイヤの気概を見せやがれーー!!」
「ぐわあああ!」

馬乗りになってナッパをボコボコにするベジータ王子(15歳)
いつの間にか目覚めたラディッツは、ナメクジのごとく匍匐前進しながら喫茶フロアの出口を目指していた。どうやら逃亡をはかっているようだった。
サイヤが巻き起こす地獄絵図を眺めながら、キュイは静かに部下達に語りかける。

「お前らよく見とけ。アレが戦闘民族サイヤ人だ」
「何度見てもおっかないですね……」

一番古株の部下が神妙に言った。
うむ、とキュイは真面目なツラで頷いた。

「キュイさま、戦闘員に対する暴力は禁じられているはずでは……?」

新入りの部下が怯えながらたずねた。
キュイは真面目な面をその者に向けながら、

「『教育』の名目があれば、部下に対しては多少のしごきは許されてんだ」
「いや……、あの、ベジータさまのやってる事は、教育ではなく、ただの八つ当たりの暴力にしか見えませんが?」
「いいんだよ別に」
「ナッパさんが可哀想じゃないですか」
ぐへえ!ぐわあ!とナッパの絶叫が続いていた。
キュイは物憂げな眼差しでその私刑を眺めながら、溜め息をひとつ溢した。
「いいんだよ、あれがサイヤ部隊のルールだ。ナッパもラディッツもアレで納得してんだろ」
「……そうなのですか」
「まあ、オレはお前らに対しては暴力はしねえから安心しろよ」
「キュイさま……」

新入りが、パアーッと顔を輝かせた。
キュイはへへっと笑って、

「だからよ、戦地では頑張れよ、頑張ったヤツにはその分たっぷり払ってやるからよ」
「キュイさまの小隊に入れて良かったです……」
「サイヤに比べたら、こちらの小隊は天国に見えてきますね」
「これからもお世話になります、キュイさま」
「へへっ」

部下達に笑顔で言われると、キュイはちょっと照れくさくなり、鼻の下をチョイチョイとこすった。



その後、当たり前のようにナッパとラディッツをメディカルマシンに放り込み、さっさと回復させたベジータ。
2時間もすると二人は復活し、アクビをしながら隊列を組んで廊下を歩いた。ベジータに暴力を受けた事など頭から消し飛んだようにケロリとしている。
やさぐれたベジータのリンチなど、二人にとっては茶飯事だ。
ナッパもラディッツも慣れたものである。
ベジータの暴力の理不尽さを詰る者は、この小隊には存在しないのだ。
私室に向かって歩く間、ベジータはしきりにスカウターを弄くっていた。

「ザーボンにもドドリアにも通信が届かん……くそったれめ、スカウターを切ってやがるな……」
「訳が分からん……なんでリクームが見習いなんだ?」
「不気味っスね王子〜〜」

この三人は、リクームという怪異な男に警戒の念を持っていた。
もっとハッキリ言えば、特殊性癖ホモ野郎に対する、生理的嫌悪感と怯えの念をたっぷりと持っていた。
ベジータが12歳で精通した時、リクームがバナナを持ってきて、それをベジータに食わせて盗撮しようとした事件を、ナッパもラディッツも忘れちゃいなかった。

サイヤ小隊に潜り込み、またベジータにセクハラをするつもりなのだろうか……。ナッパもラディッツもこのような疑惑にかられていたが、デリカシーが先立ってしまって口にする事が出来ない。
何が何やら分からないが、セクハラが目的ならば、なんとしてでも王子をホモの毒牙から守ってやらねばならない……ナッパはそのように決意した。
ナッパは後ろを歩くラディッツに、バシ!と尻尾をぶつけてやった。
そして尻尾語でメッセージを送ってやった。

――何がなんだか分からんが、とにかくベジータの身を守ってやらなきゃなんねーぞ。

ラディッツはすっかり怯えきっており、尻尾語を返す余裕も無く、ナッパの尻尾の先っちょをコソッと握り返しただけだった。

その夜サイヤ人三人は、なんとなーくナッパの私室に集まって、全く関係ない雑談に興じた。
リクームの件に斬り込む者は居なかった……。
斬り込んだ所でどうする事も出来ないからだ。
どんなに納得いかない命令だろうが、それに絶対服従するのがフリーザ軍の鉄則である。
だから三人とも現実逃避をするように、ひたすら食い物の話をしていた。
そしてベジータが自分の私室に戻るのを面倒がったのを切っ掛けに、三人はなんとな〜く床の上で身を寄せ合って、サルの一家みたいにして朝まで一緒に眠ったのだった。



翌朝。
起床時間になり、三人は揃って洗面に向かった。
いわゆる連れションというヤツだった。
昨日から引き続き、一人もはぐれず三位一体となって行動がなされた。それは彼らの深層心理に「リクームに対する恐怖」がバッチリ食いこんでいるからであり、表向き平然としていても極度の緊張状態にさらされていたからである。
三人は同時に洗面の鏡に顔を映した。
それぞれが早くも憔悴したツラになっている。
それを言葉にして指摘する者は誰も居なかった。
ギリギリまで現実逃避していたいという思いは、三人ともに共通していたのだった。
その後食堂へ行き、おえっ、うえっ、と三人でえずきながら朝食のモグロサンドイッチを食った。栄養価は抜群だが、ダントツの不味さだった。
同じ食堂を共有しているキュイが少し遅刻してきて、滅茶苦茶美味そうな魚肉サンドイッチを食い始めたので、ベジータはキュイをぶっ殺したくて仕方なかった。
そのサンドイッチの芳香は強烈だったので、サイヤ達は居た堪れなくなり、まるで逃げるように食堂を出て行った。
扉を閉める瞬間、「頑張れよ……」というキュイの声が聞こえたような気がした。
何かを慮るような調子だった。
それが果たしてこちらに向けた言葉であったのか、はたまた空耳であったのか、ベジータには分からなかった。
ただ、仮にキュイが、本当に慰めの意を向けていたのだとしても。
こちらの状況は何も変わらないのだ。
ホモ野郎を入隊させなければならないという、極めて凶悪なミッションは変わらず存在し続け、消える事は無い。

殆ど通夜みたいな暗い顔で、携帯食や薬品その他の準備を終えると、三人は重い足取りで飛行場へ向かった。
色とりどりの惑星を浮かばせた惑星フリーザの空の下、舟を整列させた飛行場で三名の整備士が敬礼をしながら待ち構えていた。
「ベジータさま、おはようございます!」
元気に挨拶する整備士に無言で頷くと、ベジータは戦闘服の内ポケットから貨幣を取り出し、素早く彼らに手渡していった。
整備士達は素知らぬフリをして受け取り、慣れた手つきで胸ポケットにおさめる。
――賄賂だった。
「整備部門、特に変わった動きは無いか?」
ベジータは尋ねながら、鋭い眼差しを彼らに飛ばした。三人の中のリーダーらしき整備士が最敬礼しながら、「問題ありません」と即答した。
「……新入りの中に、不穏な動きを見せる者は居ないか?」
ベジータは重ねて質問した。
言われた整備士は清冽な眼差しを向け、「何も問題ございません。我々は互いに見張りあって任務をこなしておりますので、ベジータさまの舟に何かを仕掛ける隙など絶対に生まれません」とハキハキと答えた。
「よし」と頷き、そのリーダー格に追加の賄賂を渡してやった。「これでいい酒でも飲め」
言いながら渡したものはかなりの高額だったので、整備士はパッと顔を輝かせた。
軍内で、生意気な態度で上から反感を買っていたベジータは、こうして末端の隊員に賄賂をばら撒く事で、各方面からの嫌がらせを防ごうとしていた。
金だけは潤沢に持っていた。……即物的な生き方をしている末端の者なら、金で動かす事は比較的容易であった。

「王子、リクームのヤツが居ませんね……」
舟の扉を開けながら、ラディッツが声をひそめて言った。
ナッパもあたりを見回した。
リクームの影も気配も感じられなかった。
「なんでだ?リクームなら早起きして、オレ達を待ち伏せしててもおかしくないだろうに……」
ナッパが不審に思いながら呟くと、整備士の一人が声をかけてきた。
「リクームさまが、どうされました?」
「ん?」
ナッパは整備士に振り向いた。
見られた整備士は、キョトンとしている。
ナッパは頭をガリガリと掻きながらソイツに指をさして、
「今回の侵攻はリクームを同行させるように命じられてんだよ、お前らも知ってるだろ?」
「いえ、存じませんが……」

その瞬間、空気が止まった。
ベジータはすぐにスカウターの電源を切り、「貴様らもスカウターを切れ!」と二人の部下に声を飛ばした。
ナッパとラディッツがビクつきながら、それに従った。ナッパが訳の分からぬ顔でベジータに尋ねた。
「な、なんでスカウターを切るんだよ?」
「リクームに会話を拾われちまうだろ!我々が今、ここに居る事を知らせてはならん!」
ベジータは舟の中に片足を突っ込みながら早口で言った。
「おそらくザーボンが手配を怠ったのだ!オレがリクームの舟を手配するものと、たかをくくりやがったんだ!」
「あ!」
ナッパが目を丸くして声をあげた。
ラディッツは自分の膝小僧をペシッと叩いて、
「そうか!丸投げとなれば、王子が連絡しなけりゃリクームはこちらの出陣時刻だって知りようもありませんよね!」
「気付かれる前に舟を飛ばすぞ!」
ベジータは、ナッパとラディッツに侵略先の座標を早口で伝えた。それに合わせて二人は慌てて舟内のパネルに座標数値を打ち込んだ。
「早く行くぞ!さっさと行って、一瞬で仕事を終わらせて帰還しちまえば、野郎の面倒を見る事も回避でき……」

……ちゃーーん
……ベジータちゃーーん

ひっと三人は息を飲んだ。
声のする方向へ、一斉に顔を向ける。

「ベジータちゃーーーーん!!!」

軍基地の建物部分、一階の出入り口付近から、シュババババ!と陸上選手のフォームで猛突進してくる者が居る。
……リクームだった。
紐をたすき掛けて丸型の舟をおんぶし、嵐のごとく髪を靡かせながら、青春ど真ん中のフレッシュな笑顔を見せて突進してくるのは紛れもなくリクームだった。

(来たーーーーーーーーーーーー!!)
(バケモン来たーーーーーーーー!!)
(感づいてたのかクソッタレーーー!!)

ベジータの前でキキー!と急停止する音が鳴り、その者のブーツの底からブワッと煙が立ちのぼった。
自分の身長の倍以上はある邪悪な巨体が目の前に立った瞬間、ベジータは硬直して動けなくなってしまった。リクームはニッコリとベジータを見下ろした。

「ごめんごめん!新品の舟を取りに行ってたら遅れちゃった〜〜!見て見て、今回の侵攻に合わせてカスタムしたこのデザイン!カッコイイでしょ〜〜〜?」

リクームが、どっこいしょ〜と言いながらたすきを解いて新品の舟を見せてくる。それには派手なペイントがしてあった。全体がオレンジ色に着色されており、扉の部分には赤いサイヤの紋章と、『リクーム参上!!』という文言がフリーザ語で書かれていた。
三人のサイヤ人は、一斉に青ざめた。
……特にサイヤの赤い紋章。
その小さな紋章をグルリと囲むようにして『リクーム参上!!』とデッカくデザインされている所に、デザイン主の『サイヤはリクームさんのものだよ〜ウヘヘ』という支配的欲望が込められているように見えてくる。
三人はゾゾ気を覚えた。
ラディッツが真っ先に「うおぇ」とえずいた。
リクームは特別カスタム舟を愛おしげに撫でながら、

「今回は、誇り高いサイヤ人に敬意を表して、サイヤの紋章をペイントしてみました〜〜。いやあ〜〜憧れのサイヤ一族に仲間入り出来るなんて、夢のようだなあ〜〜〜。お兄さんワクワクして昨夜は眠れなくってさあ〜〜、緊張もしてたから頻尿がハンパじゃなくてさあ〜〜、ションベンしすぎてもう、オレのチンコはクッタクタでーす」
「うおぇ」
ナッパが後ろに身をよじり、盛大にえずいた。
リクームは恥ずかしそうに両手を股間にやり、内股になってモジモジしながら、
「ううっ……男のくせに……チンコが弱体化してるなんて……こんな情け無い体たらくだけど……お手柔らかに頼むよベジータちゃ〜〜ん」
「王子早く乗ってくださいーーーーー!!」

ベラベラと喋りまくるリクームの前にラディッツが割り込み、ベジータを無理矢理に舟に押し込んだ。ベジータはそこでようやく正気に戻り、扉をしめて発進スイッチを踏み込んだ。
一言も発せなかった。
バシュ!と舟が飛翔し、大気圏を焼きながら宇宙空間へと消えた。次いで、ナッパとラディッツの舟もそれに追従した。

置いていかれたリクームは腕組みして、平然とそれを見送った。
三人の整備士はあっけにとられて立ち尽くしていた。

「置いていこうったって、そうは行きませ〜ん」

リクームはニカーッと笑うと、胸ポケットからパステルノートを取り出した。そして、『ハグレスパイM係』から事前に聞きとっていた惑星座標数値を舟のパネルに打ち込んだ。

「ぽちぽちぽち、ぽちっとな〜〜!」

るんるん♪と変な鼻歌をまじえて、舟に乗り込むリクーム。
三人の整備士は、訳が分からず、無言で見守るほか無かった。

「リクーム!行ッきまあ〜〜〜す!」

ヒャッハー!という掛け声と共に、リクームが発射スイッチを踏み、ベジータ達と全く同じ軌道をとりながらその舟は宇宙の彼方へ消えた。

「……なんなんだ」

整備士の一人がポツリと溢した。

「なんでリクームさまとベジータさまが合同で……?」
「意味が分からんな……」
「フリーザ軍って訳わかんねー事ばっかりだよな……」

三人の整備士は黒い宇宙を眺めて、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
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