奇怪戦線惑星ニョロ(未完)
◇
新たな侵略地のデータをもとに大まかな侵略計画を立てた後、小腹が減ったのでナッパと共に官僚専用の喫茶に入った。
スカウターで察知していた通り、喫茶フロアにはキュイ率いる第三小隊の連中が居て、ケーキを囲んで誰かの誕生日祝いみたいな事をしていた。「キュイさまおめでとうございます」という声が聞こえたので、ベジータは一気に顔を歪ませた。
……てめえの生誕日を祝う前にとっととくたばりやがれ。
ベジータは、一点だけキュイに負けているものがある。
制圧した星の数である。
キュイの方が先にフリーザ軍に従じていたのだし、その分こちらに時間的ハンデがあるとしても、やっぱり悔しくてならなかった。
キュイが第三小隊、ベジータが第四小隊、という位置づけ……これを目の当たりにする度にベジータは腹立たしくて仕方ない。
キュイより下、というのが腹立たしいのだ。
この下卑笑いの、腐った青魚みたいなツラした醜い異星人に上からモノを言われるのが、殺してやりたいほどに憎たらしかったのだ。
「そういやベジータ、お前は今幾つだった〜?」
誕生祝いの騒ぎから離れたカウンターにナッパと座ったというのに、キュイは後ろからわざわざ声をかけてきた。ケーキを食いながらなのか、クチャクチャ音を立てている。
なんと不潔な声音だろうか。
ベジータが顔を顰めると、ナッパはやたらとデカい声で厨房に注文を入れた。
「相手にすんなよ」と小声で付け加えてくる。
「お前っていつまでもチビだからよ〜、何回聞かされても年齢が覚えらんねーよ」
わはははとキュイがバカ笑いしている。周囲にいる彼の部下達が苦笑いしている気配がする。
ベジータは背を向けたまま黙ってデザートを食った。
キュイがヘヘッと笑った。
「制圧星数と、お前の年齢はどっちが上だっけ?お前の戦績は……確か16惑星だったか?トロいペースだよなあ〜オレなんてもうすぐ20惑星に届くっていうのに。なんでそんなにトロいんだよ?……あっ、そうか、サイヤ人だけの編成にこだわってるからか!いやいや、見上げたモンだぜ、とっくに滅びた星のしきたりに沿って民族信奉を貫いてるなんてな〜。王族ってヤツは不自由だねえ〜。そんなプライド捨てて雑兵使えばもっと速く戦績伸ばせるだろうに憐れなヤツだねえ〜〜」
「相手にすんなよ」と、ナッパが小声でたしなめてくる。
ベジータは黙って新しいデザートにスプーンを突き刺した。食べるうちに、こめかみにうっすらと血管が浮いてきた。
キュイはしつこいヤツだった。
最初会った時から妙なライバル意識を燃やしてくるヤツだった。
それが何故なのかはベジータにもよく分からなかった。キュイもまた、多くの上級戦闘員と同じく、自分がフリーザに依怙贔屓されている事を羨んでいるのだろうか……。
「無くなった星に夢ばっか見てやがるから、お前はいつまでもガキの姿のまんまなんじゃねーのか〜?」
キュイがゲラゲラと笑った。
するとベジータの持っていたスプーンが、グニャリと曲がった。それを床に投げ捨てて、ベジータは回転式の椅子をグルリと動かしてキュイに身体を向けた。
ナッパが諦めたようにため息をついた。
喫茶フロア中央に陣取るキュイに、ベジータは鋭い目を向ける。
そして小馬鹿にするように薄笑みを浮かべながら、
「先の戦地で、オレは15になった。爆撃後の硝煙の中でだ」
ケーキとキュイのツラを見比べて、乞食に向けるのと同種の蔑みを視線に含ませながら、
「貴様こそ、今日で幾つだ?金で雇った雑兵に囲まれ、安モンのケーキ食うだけの祝われ方で喜べるとは、随分と幼稚で安い野郎だな」
「なんだあ〜?」
キュイの反応は早かった。
テーブルに投げ出していた足を引っ込め、憤慨しながら立ち上がったのだ。周りにいる部下たちが、すぐに狼狽し始めた。キュイとベジータの小競り合いは茶飯事で、暴力沙汰にならぬように周りの部下達は常に気を使わねばならなかった。
戦闘員相手に暴力行為を働いた者には、軍法で定められた罰則が課せられる。その動機が私的な激情によるものなら「指揮官の資格無し」とみなされ階級降格処分を下される事もあった。階級が降格されれば賞与も減額される……それは雇われ戦闘員の実入りにも反映されるので、部下達は絶対にキュイに暴力事件を起こさせる訳にはいかなかったのだ。
キュイさま落ちついて下さい、と、一人の部下が小声で言った。
それをチラリと見ながら、ベジータは鷹揚な態度で腕を組んだ。
「ああ悪いな、『生誕祝い』というと王宮の豪華な晩餐会しか覚えが無くてなあ」
ベジータは目だけを動かしフロアの低い天井を見回すと、つまらなそうに鼻で笑い飛ばして、
「こんな粗末なフロアで、小さなケーキ食って大喜びしてる貴様を見てると、どんだけ卑しい生まれなのかと『憐れ』になってきてな」
「このガキ」
ブチ、とキュイの額に血管が浮き、左右に控えていた部下たちが慌ててキュイの肩に手を触れた。「あんまり騒ぎにすんなよ……」とナッパが恐る恐るベジータに言った。「クソにクソと言って何が悪いのだ」と、ベジータはナッパの顔を見ずに吐き捨てる。
キュイがビシッと指をさしてきた。
「口の利き方に気をつけろベジータ!同等階級であっても戦績はオレの方が上なんだ!所属年数だってオレの方が長いんだぞ!」
「だからなんだ」
「オレの方が先輩なんだよッ!お前は後輩らしく大人しくしてろって事だよッ!」
「貴様みたいなクソと先輩後輩の並びだと?冗談じゃねえぜ。あとデカイ声は辞めろよ、汚ねえ唾が飛んでくるじゃねえか」
「テメー、戦績も並んでねえうちから、」
「『勲章数』はオレの方が上だぞ」
キュイは、その言葉に口をつぐんでしまった。
ベジータはそんなキュイを白々しく眺めた。
キュイはベジータを指さす手を引っ込めると「触んな、こんなサルごときで暴れたりしねえよッ」と怒鳴りながら左右の部下の手を振り払った。
そして憤怒のツラでベジータを睨みつけてきた。
「勲章なんて、あんなモンはフリーザさまの気まぐれだろうが!自慢でもなんでもねえよ!」
キュイはそのように怒鳴るのだが、少し悔しそうな顔つきをしていた。
「気まぐれではない、フリーザさまは特別の働きをした者には等しく勲章を与えておられるはずだ」
ベジータは明瞭な声で言った。
キュイは舌打ちをして一瞬だけ目をそらした。……そこに含まれるイジけた心情を素早く見抜いたベジータは、小柄な身体でさらに尊大な態度をとって見せた。
「オレが王族出身だから特別扱い、というばかりでは無いんだぞ」悠然と言いながら、ナッパの飲んでいた飲み物をぶんどった。中には甘い水が入っていた。それを一口含んでゆっくり飲み込んだ。
自然と笑みが溢れる。
「オレの小隊の編成は、軍内最小だ。その少ない人数で今は貴様とほぼ変わらない働きをしているんだ。頭数が少ない分、舟の数が節約できるし我らは武器というモノを必要としない……つまり資源の無駄が無い訳だ。そして常に、フリーザさまから仰せつかる侵略期限を前倒しにしながら制圧を完了させている。そこを評価されて勲章をいただいている訳だが、貴様はどうなんだ?ザッと見た所、雇いの兵が10人ばかりか」
ベジータは、キュイの部下達に素早く目を走らせた。
見られた者の中にはすぐに俯いてしまう戦闘員も居た。ベジータを怖がっているようだった。
それを認めたベジータはニヤリと笑いながら、
「侵略先で戦死させ、足りない分を『補充』しては、一から教育しなけりゃならんとは大変だな。まだ不慣れな者も居るようだしなあ」
「お前みてえな捻くれ者じゃ、下に『心ある教育』なんて出来ねえだろうよ!」
キュイがすかさず言い返してきた。非常に悔しげな顔をしている。キュイは勲章を一つも授かった事が無いのだ。そしてベジータの指摘は的を射ている。雑兵の中には攻撃力を武器に頼っている者が居る。
「人望のある人間じゃなきゃ、雑兵使いはつとまらねえんだよッ!お前じゃあ無理だな、性格悪すぎて誰もついてこねーだろうしなあ〜!」
バン!とテーブルを叩きながらキュイが怒鳴った。その衝撃でテーブル上のコップが倒れて中身がダラララと床まで落ちた。
ベジータは、その激昂の様子を白けたツラで眺めながら、
「長年従軍していながら、未だ勲章の得られん無能に言われてもな……。人員も武器も燃料も無駄にするようなヘタクソな侵略計画しやがって、何が先輩だ。二等兵に戻って訓練し直してきやがれ、特に『知能訓練』をなあ」
「この野郎!」
派手な音を立てて椅子を蹴飛ばしながらキュイが向かってきた。口の周りをケーキで汚した顔を見てベジータは、「汚ねえな。便所の水でツラを清めてきたらどうなんだ」と意地悪く嘲った。「まあ洗った所で顔面の汚さは変わらんか。遊興施設の上玉に大金はたいても、フラれ続けてるって噂は本当なのか?」と、ラディッツから得たゲス情報を使って更にいたぶり続ける。
「このッ、ガキ!!」
「キュイさまお辞め下さい!」
「離せよ!このクソガキ、今日こそ黙らせてやるぜ!」
「はははははは」
ベジータが愉快に笑う中、古株の部下が3人がかりでキュイにしがみついて触発を阻止した。キュイは怒りに我を忘れてしきりにベジータを殴ろうとするが、ギリギリの所で届かずにぶんぶんと空を切っていた。ベジータはそれを悠々と眺めながら、また甘い水を一口飲んだ。
ひとつ思いついた事があったので、キュイを打ちのめしてやろうと企んだ。
「仮に、そこの雑兵10人を得たとして、」
ベジータは、右手でスカウターのスイッチを叩いた。ピピピと高い索敵音が鳴り、スカウターパネルに複数のターゲットマークが現れた。
ベジータはそれを見てニヤリと笑いながら、
「……やはりな。オレには必要無い。貴様の雑兵10人分の戦闘力など、コイツに月を見せれば一発で凌駕する」
ベジータは澄ましたツラで言いながら、ナッパを顎で指した。
そしてまた、甘い水を飲んだ。とても甘くて美味い水だった。
名を言われたナッパは所在なげに頭を撫でた。ベジータの言う通りだったからだ。
ぐう〜とキュイは悔しげにうめいた。
ベジータは首を傾げて、少し考えるフリをしてから言った。
「いいや、ナッパを使わずともラディッツで賄えるかもな。……ただヤツは大猿化すると理性が怪しくなるから的確な戦力とはいかんが、それでもパワーだけなら貴様の雑兵10人と良い勝負だ。……大変だなあ、キュイ。せっかく報酬を受けても、10人に給料払わなくちゃいけないんだろ?……金が残らねえんじゃ、ろくな女が買えんだろ。貧乏人ってヤツは『不自由』だよなあ、『憐れ』なもんだぜハハハハハ」
「うう〜〜このクソガキ〜〜!!」
「キュイさま、抑えてください!」
部下三名だけではキュイを押さえきれなくなってきた。腕ではリーチが足りないから、キュイは蹴りまで繰り出すようになってきた。後ろで傍観していた残りの雑兵も慌てて加わり、全員でキュイを止めにかかった。
大事になってきた。騒ぎに気がついた無関係の戦闘員が何人か、喫茶の扉を開いて覗き見ている。
ナッパがベジータに「もうそのへんにしとけ」と耳打ちした。「あんまり恨みを買うと変な報復を食らっちまうぞ」と言って、ベジータが過去に上級幹部から受けてきた毒殺未遂の件などを短く話して聞かせた。
「そういう陰湿な真似をされるかもしれねーんだぞ?相手にしちゃダメだベジータ」
「先に売ってきたのはコイツの方だ」
プイとそっぽを向いて、ベジータは言った。
……その子供っぽい態度を見て、ナッパは困ってしまった。毛のない頭をガリガリと掻いて、どうすればこの騒ぎがおさめられるのかと考えた。
その時だった。
どけどけ貴様らーーー!!
廊下の方から威厳のある怒鳴り声が響いてきて、ナッパとベジータは「ん?」と扉に目を向けた。
キュイは、部下10人に上から乗っかられて窒息しかけているのか、今は無言だった。
どけと言っているだろうゴミ共がーー!!ヒラが官僚棟をうろつくなー!貴様らは一階の大衆食堂で虫料理でも食っていろ馬鹿者がーー!!
実に尊大なセリフであった。それと同時にズカズカとブーツの音が近づいてきて、喫茶の扉を開けて中を覗いていた者たちは慌てて逃げていった。
そして、代わりに声の主が仁王立ちになった。
……ラディッツであった。
雄々しく眉を吊り上げて精悍なツラをしていた。
しかしラディッツは、ベジータを見た途端に眉をフニャッと垂れて、泣きそうな顔になり、「王子大変です〜〜!!」と女々しく訴えながら、夢遊病者のごとくよろめき歩いてきたのだ。
……態度の差が凄すぎた。
ラディッツは、自分よりも下級の者には容赦なくサイヤの威光をぶちまけるのだが、自分よりも上級の者には容赦なく媚びへつらう癖があった。……弱虫ならではの処世術みたいなモンだった。
「どうしたラディッツ」
ナッパは追加注文した甘い水を飲みながらたずねた。このクソ野郎ベジータの機嫌が怪しい時にふざけた態度見せてんじゃねーぞと若干の怒りがこもった。
ベジータはというと、冷たい目を向け、無言でラディッツを眺めていた。しょーもない話だったらテメエをブチ殺すぞこの野郎と黒い目で語った。
ラディッツの情けない『豹変』は、たびたびベジータの逆鱗に触れていた。
直せと言っても直らない、これは弱虫ラディッツの悪癖である。
「や、やばい情報が入ってきたんです」
ラディッツの膝が微かに震えていた。
ベジータは眉をひそめた。
ラディッツの怯え方がおかしかった。尻尾の毛並みは荒れて、なんだか艶が無くなっていた。
「やばい情報とはなんだ」
ベジータは静かにたずねた。
ナッパは黙って答えを待つ。
ラディッツは「うおえ」と一度えずいて、口を手で覆った。
尋常ならぬ様子に、ベジータは再び眉をひそめた。
「一体何事だ?身体の具合でも悪いのか?明日から遠征だというのに貴様、」
「ち、違います、その情報というのが、うおえっ、耳にするのもおぞましい話で、うげえっ」
「なんなんだよ?」
ナッパが身を乗り出して促してやった。
ラディッツはナスビみたいな顔色をしながらしばらくえずいていたが、やがて恐る恐るベジータに語りかけた。
「その……、信じられないかもしれないんですが、明日からの遠征に、もう一名戦闘員を同行させるようにと、フリーザさまが」
「はあ?」
ナッパが頓狂な声を上げた。「なんだそりゃあ?」と呆れて椅子にふんぞり返った。
ベジータも背もたれに自重をかけて、偉そうな眼差しを向けた。
「次の遠征地は、我ら3人で1日あれば制圧できるレベルだぞ?捕虜獲得の仕事も命じられていないし、補助の人員など必要無い」
くだらんガセを持ってくるんじゃねえ、と加えながら、ベジータは冷徹に言い放った。
しかしラディッツは引き下がらない。
ちょっと赤い目をしながら、言いにくそうに言葉を続けるのだった。
「それがその……我々第四小隊に仮入隊して、闘いについて学びたいという、熱心な者がいるとの事でして」
「はあ〜?」
「戦闘技術を学びたいなら、トレーニングルームに教官がいる、ソイツに教わるのが習わしだろ」
ベジータは不思議に思いながら、至極当たり前の指摘をした。
するとラディッツは力なく首を振った。
「そうなんですが、ソイツはとっくに、戦闘技術は身につけておりまして、……学びたいというのは闘いの『心得』だとか『上官に対する正しい作法』だとか、そういう、精神面の部分らしくて」
「クソ真面目な野郎だな」
ナッパが目を丸くして言った。
ベジータもビックリして目を丸くした。自分の小隊に自ら入隊志願してくる者が居るなんて信じられなかった。ベジータの小隊は、軍内で一二を争うスパルタ式を取っている事で有名だったのだ。余りに厳しすぎるから補助で入りたくない小隊ナンバー1、みたいな感じで悪評を轟かせていた。
「学びたいのが本当だとして、なぜ我らの小隊に入りたがる。学びに適した小隊は他にもあるだろ」
淡々と言いながら、ベジータは床に潰されているキュイに目を向けた。
見つめられたキュイは、ハッと目を見開き、「ベジータ……」と呟いた。
ベジータに褒められて、ちょっと感激しているようだった。
「侵攻が厳しすぎて、学びどころでは無いんだぞ。何故我らの小隊を指名するんだ」
不可解な思いにかられながらラディッツに尋ねると、ラディッツは顔を俯かせて答えた。
「それが……、闘いの理念の高さでは、我々『戦闘民族』に勝るものは無いからだと……。他の小隊はゴミ過ぎて、勉強になりそうに無いとソイツは言いきってるようです……」
ピクリ、とベジータの耳が動いた。
ラディッツが、うなだれながら続ける。
「ずっと、憧れがあるのだと……、軍内最小の小隊を指揮しながら、ギニューに次ぐ勲章数を誇る王子に憧れがあるのだと……。その若さでスピード昇格している王子のもとで、ただしごかれるだけでも良いから、『天才』の戦闘理念に、少しでも触れてみたいと……ソイツは熱心に訴えたようで……それでフリーザさまもお許しになったとかで」
「はあ〜……、奇特な野郎が居るもんだなあ〜……」
ナッパは驚き果てていた。こんな”良い”話は、フリーザ軍に専属して以来初めての事である。
ベジータは正直、どうして良いのか分からない。
忌み嫌われる事はあっても、他民族から憧れを持たれる事など経験が無かったからだ。
しかし、だんだんと胸のつかえが取れてくるのを感じた。
「戦闘理念」
「憧れ」
「天才」
「戦闘民族」
「他の小隊はゴミ」
このあたりのワードを脳内で繰り返すうちに、なんだか気分が高揚してきたのだ。
分かるヤツには分かるのか、このオレさまの素晴らしさが……、などという思春期特有の青臭い自己愛がギュンギュンと膨らんできた。
少しほっぺが熱くなるのを感じて、ベジータはプイとそっぽを向いた。
どこのどいつか知らないがそこまで思いが強いなら、仮入隊させてやってもいいかな……それでもし気に入ったら小間使いにしてやっても良いかもな……
などと、脳内で独り嬉しがってしまった。
この頃のベジータはまだ子供で、ちょっと夢見がちな所があったのだ。
「しかし、どこのどいつだ?まだ軍に入ったばかりのヤツか?そんなん連れてたら、足手まといになるんじゃないか?なあ、ベジータ」
一方、大人のナッパは慎重な意見を述べた。
ベジータは気を取り直してナッパの方を向き、甘い水を飲んだ。
めちゃくちゃ美味く感じられた。
コホンと一つ咳払いして、瓶から新しい水を注ぐ。
「死んだら死んだでソイツの運命だ」
「連れてくのかよ」
「フリーザさまの命令なら致し方ないだろう」
「まあ、そうだけど」
「名はなんという」
ベジータは平然を装いつつラディッツにたずねた。
まだ情報が確定した訳ではないのにソイツの名を知りたがっているベジータを見て、ナッパはビックリしてしまった。
ああ、よっぽど嬉しいのか……サイヤ民族を褒められた事がよっぽど嬉しいのかよベジータ……
たまに信じられないぐらいガキっぽい姿を見せるベジータ王子であるので、胸が締め付けられる思いのナッパであった。
ラディッツは、ナスビみたいな顔色で口籠もっていた。
ベジータは首を傾げた。
「名はまだ分からんのか」
「いえ、……情報は来てます」
「なんという名だ?」
「あの、それが、耳にするのも……おぞましいと思いますが」
「??」
「リクームです」
ズドーーーーン!!!と、激烈な衝撃をもってベジータの視界が暗転した。
「……なんだって?」とナッパの暗い声が続いた。
「繰り返します。リクームです」
「なんだそりゃ」
床の方から、キュイのツッコミが入った。
ナスビ色のラディッツは静かに涙を流している。
「繰り返し言いますがリクームです。リクームがサイヤ小隊の『見習い戦闘員』として志願しているとの事です〜〜」
「ガセを寄越すなーーーーッ!!」
ベジータの飛び蹴りがラディッツのみぞおちに直撃した。そのまま吹っ飛ばされて後方の壁に激突し、ラディッツは「ぐへえ!」と叫んで白目を剥いた。
突然の暴力にビビッたキュイの部下たちが「うわー!」と叫んだ。
ベジータの全身からドオオオ!と赤い瘴気が立ちのぼった。
冗談でも聞きたくない名前であった。「とっとと起きやがれガセ野郎ーー!!こんなモンでオレさまの気が晴れると思ったら大間違いだラディッツーー!」と怒鳴りながら、ベジータはラディッツの尻尾の毛をむしり始めた。
だが、ラディッツは気絶したままだった……
『ベジータ』
突如、スカウターに抑揚の無い声が入った。
ベジータはピクリと肩を震わせた。
ザーボンの声だった。
たちまちに嫌な予感がしてきて、ジトリと額に汗が滲んだ。
『聞こえているか、応答せよ』
「……はい」
ベジータは返答しながらフラフラと目をうろつかせた。
ザーボンがスカウターで通信を寄越してくるのは、フリーザの侵略命令を代行する時のみだった。
……ひどく嫌な予感がする。
『次の侵略地において、お前に追加の任務を命ずる』
追加という言葉に、ザワザワと背筋がおぞけたってきた。
スカウターの向こうでザーボンが小さく咳払いをした。
なにやら、言いにくそうにしている。
ベジータは固唾を飲んで硬直し続けた。
ナッパも身を乗り出して、耳を傾けている。
『今回は、見習いの戦闘員を一名従え、その者に情操教育を施しながら侵略を果たしてくるように。これを拒否する権利は、お前には無い。フリーザさまのご命令だ』
「……せ、戦闘員とは、誰ですか?」
ベジータは恐怖しながらザーボンにたずねた。
するとザーボンは、やたらと長い沈黙を続けたのちに、感情の無い声で
『リクームだ』
と答えを返してきた。
ザアアアーーー……っとベジータとナッパの顔色がナスビ色に変色していった。
『フリーザさまのご命令だ』と、ザーボンは言いにくそうに繰り返してきた。『私は何も知らん』と、何故か弁解してくるザーボン。
「お、お待ちください、何故、何故リクームが、我が隊に」
『私は何も知らん』
「ならば、フリーザさまと話がしとうございます!」
『フリーザさまは大事な所用があり、今は不在にされている』
「な、納得がいきかねます、何故リクームが、」
『指令は以上だ』
「お待ちくださいザーボンさま!」
『私は何も知らん』
スカウターの通信は、無情にもそこで切られてしまった。