節制
いつものベジータならば、この場を早く飛び去り、悟空から遠く離れた場所で技の鍛錬をするところだろう。
……が、今のベジータは違った。
ブルマが妊娠して以来、ずっとたまり続けたストレスと、昨夜の写真集の件で、少々頭が変になっていたのだ。
もしスカウターでストレス値を測れるとしたら、ベジータに照準を合わせた瞬間にぶっ壊れるレベルなのは間違いない。
……人の不幸は蜜の味……。
ベジータらしからぬ低俗な欲望が、ジワリジワリと心を覆いつくした。
「……家出したの、いつだ」
とベジータは静かに言った。
あぐらをかいて呆けていた悟空は、自分の耳を疑った。
「へっ…?」
「いつだ。貴様の連れ合いが家出したのは」
「は……?なんでそんな事、聞くんだよ」
悟空は目をまんまるくして聞き返す。
他人に全く関心を持たない、闘いの事しか頭にないような戦闘マシーンが、いきなり個人的な事情に口を出してきたのだから驚いたのだ。
「聞いちゃ悪いか」
「え?いや、別に悪かねえけどよ……」
「いつ家出したんだ、何故家出したんだ、貴様と連れ合いの間に、一体何があったんだ」
「べ、ベジータ……。なんか今日のおめえ、ちょっと気持ちわりいぞ……」
ひょっとしてなんか悪いこと企んでんのか?と言って悟空はいぶかしんだ。
「別に。ただ貴様の連れ合いが居なくなることによって、今日のように修行に支障が出るとなると、オレと貴様の間に大きな力の差が生じ、いずれおとずれる我々の戦いがひどくつまらんものになるかもしれん。それを杞憂してるんだ」
「そ、そうなんか?……そんで?オラの話聞いて、おめえがなんか解決してくれるってのか?」
「ふっ!誰が解決するか。オレは聞くだけだ。……貴様のような能天気には分からんだろうがな、他人に語るからこそ浮かび上がってくる、『気付き』というものが、時にはあるのさ。あとはそれを貴様自身で……」
「オ、オラ、悟飯を修行に引っ張りまわしすぎて、チチを怒らせちまったんだ!!」
悟空が突然叫んだ。
素直な悟空は、ベジータのでまかせの言葉に、いとも簡単に騙されてしまったのである。
ベジータは悟空にゆっくりと振り向いた。
ド真剣な面持ちを保つのに一苦労した。
心の中では『ひっかかりやがって!!バカめーーー!!』と抱腹絶倒していた。
「なぜガキを鍛えると、連れ合いが怒るんだ?」
「怪我すっからだ。チチは悟飯が怪我すると、ものすげー心配する、んで怒りをオラにぶつけるんだ。悟飯はチチの大事な宝モンだから……」
「そうか。怒り始めると、貴様の連れ合いはどんな感じになるんだ?」
「……まず、めっちゃくちゃ怒鳴る。言っとくけど半端じゃねえぐらい怖えぞ。その次には、口きいてくれなくなる。そんで、だんだん飯作ってくれなくなる……」
「………」
「そんで……そんで最後は……やらせてくれなくなる……そしたら次の日は、ははは。決まって家出だあ……」
「………」
「やらせてくれなくなるってのは、アレだぞ、夜にやる、えっちいアレの事だぞ?わかるか?」
「……言われんでもわかる」
「オラはよ……ほとんど毎日やってたからよ……急にチチがいなくなると……なんかこう……ムズムズするんだよ。どこがムズムズするかってーと」
「言わんでいい!」
ベジータが冷や汗をかいて語気を強めた。悟空は気まずそうに頭をかいた。
「……それで?連れ合いはいつから家出してるんだ?」
「一ヶ月前からだよ……。ベジータ……。オラもう、ムズムズが……ムズムズがどうしようもねえ……。ムズムズをなんとかふっ飛ばしたくてよ、かめはめ波撃ちまくったよ。んで、気ぃ使いすぎて腹減って、倒れちまってこのザマだ」
「そうだったのか」
「なあベジータ……オラどうすればいいんだ?チチも悟飯も、完全に気を消してやがって捜せねえから、謝りにもいけねえし。ベジータ……、オラ、やりてえよォー!チチとやりてえよォーーー!!うわああああ!!!」
チチのおっぱい吸いてえよおーーーーーー!!!!!と号泣する悟空の顔を、ベジータはしっかりと網膜に焼き付けた。
こんなに愉快な見世物は無い。
追い詰められて苦しんでいる悟空の様子を、蛇のような目でジッと見つめ続けた。
ちょうど良い睡眠薬になりそうだ、と思った。
「そうか、色々と大変だな、じゃあな」
収穫を終えたベジータは、静かに別れの言葉を告げた。
悟空がビクリと震えた。
「へっ?ベジータ、もう帰るんか?」
「オレは暇じゃねえんだ。貴様の話は十分に聞いてやった」
「ま、待ってくれベジータ!オラまだ、なんも解決策が……」
「これだけ聞いて貰って、自分で気付けんようじゃあ、駄目だな」
「えええええ!?」
「せいぜい餓死には気をつけろ。オレに言える事はこれだけだ。まあ『元野生児』の貴様の事だから、連れ合いがいなくてもなんとかなるだろ」
「えええええ!?」
そりゃねえだろ!!ムズムズはどーすりゃいいんだあーーーー!!!と悟空が絶叫すると、亀ナントカ撃ちまくれば大丈夫だ、とベジータは無責任に答えた。
「うう……」と頭を抱えて苦悶する悟空を見て、鼻で笑い飛ばすと、ベジータは背を向けた。
早く遠くに飛び去って、悟空の情けない姿をネタにして、思いっきり楽しみたいと思った。
そして北の空めがけて舞空しようと、構えた瞬間。
「うわあ……あの雲……チチのおっぱいにソックリだあ……」
悟空が空笑いしながら、呟いたのである。
ヤバイ、とうとう狂いやがったか、と、ベジータは振り返り、呆けた悟空の目線をたどり空を見上げたのだが……。
「なっ……!!」
なんと、見上げた空の頂上には、本当に、ひとつふたつ、乳房の形をしたまあるい雲が仲良く並んでいたのである。
ちゃんと乳首様の突起もあり、非常にリアルな造形だった。
そして、どこをどう見ても、完璧な形だった。ブルマの乳房の美しさに匹敵している。
奇跡の自然現象の前に、ベジータはただただ驚き果てて、その場に佇むばかりであった。
「へへ……でも、まだまだな……。あれに比べりゃ、チチのおっぱいの方がダントツだあ……」
「何い!?」
ベジータは反射的に叫んでいた。
「狂いやがったかカカロット!!あの雲の形を超えるものが、この世に存在する訳が無いぞ!!」
「いんや、ぜってーチチのおっぱいの方が上だ。チチのオッパイのほうがキレーだし、えっちーしな」
「そんなはずがあるかーー!!貴様の連れ合いが、ブルマを超えるなど!!絶対にありえんぞ!!」
「はあ~~?ブルマ~~?あいつ、ちっせーじゃねえかよ。オラあいつのおっぱい見たことあるけど、チチに比べりゃ大したことねえぞ?」
……2人の間に、長い沈黙がおとずれた。
風に吹かれて、絡まった枯れ草が転がってゆく。
数分の後、青ざめたベジータが、かすれた声で悟空に言った。
「……見たことがある?……今、そう言ったのか?」
「ああ見たぞ、ずーっと前だけどな。確かブルマが16歳の頃だ」
「じゅ……16歳……?」
「オラ一緒に旅してたし、一緒に寝たりしてたもん。あいつ寝相悪いしおっぱい丸見えなんてしょっちゅうだ」
「……一緒に……寝てたのか?」
「ああ寝てたぞ。オラはじいちゃんの股を枕にするのが習慣だったから、ブルマの股に頭乗っけて寝た事もある。そしたらよー、フカフカしてねえもんだからよー、変だなーと思ってパンツ脱がして見てみたら、チンチンついてねえの!!あん時はびっくりしたなあ~~」
……2人の間に、再び長い沈黙がおとずれた。
「なんでブルマは、股に赤貝くっつけてんのかなあって、オラは不思議でしょうがなかったよ」
いやあ~、なっつかしいなあ~~、と悟空は雲を見ながら、だんだん晴れ晴れした顔になっていった。
昔の、摩訶不思議な大冒険を思い出して、ワクワクしてきたのだ。
そしてよっしゃあ!と気合を入れなおし、元気良く立ち上がり、
「ベジータ!オラ、なんか元気出てきたぞ!もう大丈夫だ!話聞いてくれてありがとな!」
と言って、ベジータを見た。
そこには、一匹の鬼が居た。
いや、一匹の天狗であった。
突然に、強風が吹き荒れて、悟空の体がふっとばされそうになったのだ。
だから悟空は、天狗様が降臨されたのだと思った。
しかし違った。
よく見ると、風は、ベジータの足元からドオーーーーと吹き上がっている。
天狗様ってのは、確か葉っぱで扇ぐんじゃなかったか……?
悟空は、悟飯の絵本を思い出した。
「うお!?」
悟空は、声をあげた。
目の前で、急激に膨らむ“気”に圧倒されて、思わず身構えたのだ。
そして自分も一応“気”のレベルを上げて、天狗みたいなヤツに注意を傾けた。風がますます強くなり、立っているのも難しい。やっぱりこいつはベジータではなく、天狗様じゃなかろうかと、悟空は恐れた。
天狗様に会うのは初めてである。
「……貴様が、知っているのは、昔の、ブルマだ、今のブルマは、小さくない」
天狗みたいなヤツが、とぎれとぎれに声を出した。
……ベジータの声であった。
じゃあやっぱりこの風を起こしているのはベジータなのか…?と悟空は思い直した。しかしなぜベジータがこんな強風を吹かせて“気”を大きくしているのか、理由がサッパリ解らない。
「絶対に上だな。絶対に。ブルマの方が」
「ど、どうしたんだよ、ベジータ」
「貴様の連れ合いはガキ産んでるんだろ……?」
「へ?うん」
「ガキ産んだ、女の身体なんか……たるみきって醜いに決まっている……」
「えっ、そんな事ねえぞ?チチは拳法で鍛えてっから、元通り、キレーな身体に戻ってらあ」
「どうだかな……。田舎の女のことだ、母乳でガキ育てたんだろ。ガキにさんざん吸われて、さぞかし醜い形になってんだろうな。ハハハハ。憐れなもんだ」
「………あ?」
その瞬間、悟空の形相が、急変した。
のんきだった眉がひそめられて、朴訥だった目がきつく吊りあがったのである。
黒い瞳の中には、刺すような光が生まれた。
“気”のレベルがグングン上昇していき、ベジータの“気”と同等のレベルまで達した。
達するまでに、2秒とかからなかった。
そして、まっすぐに背筋を伸ばし、堂々とした仁王立ちの格好になると、低い声で言った。
「おめえ。今なんつった?」
ビュオオオォ…………。
悟空の足元からも、すさまじい強風が生まれ出て、ベジータの風と混じりよじれて竜巻様の暴風となり、辺り一帯の砂利を滅茶苦茶に吹き飛ばした。
どでかい“気”によって、一筋二筋と、地面の亀裂が増えてゆく。
くしくも、その場所は、以前2人が初めて対決をした、岩山の立ち並ぶ荒野であった……。
「聞こえんかったのか。てめえの連れ合いのは、使い古されて醜く萎んでる、そう言ったんだ」
「ベジータ。いくらおめえが口悪いからって、言っていいことと悪いことがあるぞ。おめえ、チチの何を知ってんだよ、見たこともねえくせに」
「貴様こそ、今のブルマを知らんくせに、勝手にそっちの方が上と決め付けている。人の事は言えんぜ」
「そうかもしんねえけど……なんだよさっきから醜い醜いってよ~。ひでえぞ。おめえにそこまで言われる筋合いはねえ」
「貴様こそ、ブルマを馬鹿にしたじゃねえか………。オレは写真でしか……写真でしか16のブルマを……」
「おめえはチチのハダカ見たことねえから知らねーんだ。チチはこの世で一等キレーな女だ間違いねえ…!それをおめえ、よくもおめえ……!!」
謝れベジーターーー!!と悟空が激怒して絶叫した。
しかしベジータは無言のままで歯を食いしばり、さらに“気”を高めてゆくばかりだった。
ドオン!と地響きが鳴った。
ベジータの一番近くにあった岩山が、粉々に砕け散ったのだ。ベジータは歪みきった笑みを向けて悟空に言った。
「ふ、ふふふふ。なぜ謝らねばならんのだ……。何が“この世で一等”だ思い上がりやがって……。貴様のその目はフシアナか」
「よくもチチを……オラの大事なチチを……よくもおめえ!」
「ブルマの方が上だ……16で……既にあの美しさだった……ソレが成熟して大人になってオレが愛でてやってさらに磨きをかけたあの女に敵う者など、はははは」
「オラは……オラは……!!」
「だが、オレには一つだけ貴様に負けている点がある……何故だ……?何故……!!何故貴様は……!!」
「オラはチチの事バカにするヤツはぜってー許さねえぞーーーーーーー!!!!」
「何故貴様はいつもいつもオレの先を越しやがるんだあーーーーーーー!!!!」
どーーーーーーーーーーーん!!
巨大な爆発音。
そして、強烈な閃き。
二つの光が、陽光をも奪い取り、空が一瞬真っ暗になった。
青空に戻ると、地表では、金髪化した男2人が殺気を放出しながら対峙していた。
もはや今の2人には、やがて訪れる人造人間との闘いの事など、頭に無かった。
というか、地球のダメージすらどうでもいい、というところまで怒り心頭となっており、完全に理性を失っていた。
今、2人はまさに、血と闘いを好む、純粋な戦闘民族サイヤ人として、ここに存在しているのだ。
「決着の時が来たようだ!!覚悟はいいかカカロットーーー!!」
「バカヤローー!!この玉見りゃ解るだろーー!!いくぞベジーターーー!!」
既に悟空の手の中には、白く清い光弾、かめはめ波が生まれ始めている。
ベジータもまた然りだ。しかしその構えは、悟空が見たことのないものだった。
「なんだそりゃーー!!おもしれえな、新技ってヤツかーー!?」
「ふははは喜べカカロットーー!!貴様こそがこの技の記念すべき第一号被害者となるのだーー!!」
「なめんじゃねーー!!そんな技オレのかめはめ波でぶっ飛ばしてやるぞーーー!!」
空気を震わすような怒号が飛ぶ。
ほぼ同時に、2人の手から、眩しい光弾が放たれた。
大きさ、直径にして約3メートル……4メートル、いやそれ以上か……。
ともかく地球のダメージの事などガン無視した、でっかいパワーエネルギーが、荒野のさなか、電撃を纏いながらぶつかり合った。
バチバチ!!と、それらは拮抗した。
うわああああああああと2人とも叫び、気を最高に高めて、全力で互いを倒しにかかった。
しかし、数秒後。
パチン!
と、ゴムをはじくような音がして、2人の放った光弾は同時に消えてしまった……。
悟空もベジータも、呆気にとられて、しばらく何が起こったのかわからずに立ちすくんだ。
「……まだ勝負の時では、ないということか……?」
先に口を開いたのはベジータの方だった。
すうっと、スーパーサイヤ人からノーマルサイヤ人に戻ると、完全に戦闘モードを解いた。
悟空はニッと笑って、黒髪に戻ると、
「ああ、今のオラとおめえは、完全に互角みてえだな。きっと勝負はつかねえや」
と爽やかに返した。
「しかし何故、突然に消えたのだ……?同じパワーで相殺したのか……?よくわからん……」
ベジータは謎を解明しようとその場で腕を組んで考え込んだが、悟空は何も考えずに新たな修行の為に飛び立った。
「ベジータ!!今度会う時はもっと強くなってろよ!!じゃあな!!」
言い残して、行ってしまった。
なんと単純なヤツなのかとベジータは呆れた。しかし、ふと気づくと、身体にたまっていたストレスとイライラが完全に取れていた。
宿敵との本気の闘いが、うまいことストレス解消になったのかもしれない。
すっきりした頭で考えると、より効果的な特訓方法が、次々と浮かんできて、ベジータはすぐにカプセルコーポレーションに戻った。
強くなるために、女は邪魔だと思っていたが、案外そうとも限らないのだと、ベジータはこの一件で学んだのであった……。
【終】
2011/5/15
……が、今のベジータは違った。
ブルマが妊娠して以来、ずっとたまり続けたストレスと、昨夜の写真集の件で、少々頭が変になっていたのだ。
もしスカウターでストレス値を測れるとしたら、ベジータに照準を合わせた瞬間にぶっ壊れるレベルなのは間違いない。
……人の不幸は蜜の味……。
ベジータらしからぬ低俗な欲望が、ジワリジワリと心を覆いつくした。
「……家出したの、いつだ」
とベジータは静かに言った。
あぐらをかいて呆けていた悟空は、自分の耳を疑った。
「へっ…?」
「いつだ。貴様の連れ合いが家出したのは」
「は……?なんでそんな事、聞くんだよ」
悟空は目をまんまるくして聞き返す。
他人に全く関心を持たない、闘いの事しか頭にないような戦闘マシーンが、いきなり個人的な事情に口を出してきたのだから驚いたのだ。
「聞いちゃ悪いか」
「え?いや、別に悪かねえけどよ……」
「いつ家出したんだ、何故家出したんだ、貴様と連れ合いの間に、一体何があったんだ」
「べ、ベジータ……。なんか今日のおめえ、ちょっと気持ちわりいぞ……」
ひょっとしてなんか悪いこと企んでんのか?と言って悟空はいぶかしんだ。
「別に。ただ貴様の連れ合いが居なくなることによって、今日のように修行に支障が出るとなると、オレと貴様の間に大きな力の差が生じ、いずれおとずれる我々の戦いがひどくつまらんものになるかもしれん。それを杞憂してるんだ」
「そ、そうなんか?……そんで?オラの話聞いて、おめえがなんか解決してくれるってのか?」
「ふっ!誰が解決するか。オレは聞くだけだ。……貴様のような能天気には分からんだろうがな、他人に語るからこそ浮かび上がってくる、『気付き』というものが、時にはあるのさ。あとはそれを貴様自身で……」
「オ、オラ、悟飯を修行に引っ張りまわしすぎて、チチを怒らせちまったんだ!!」
悟空が突然叫んだ。
素直な悟空は、ベジータのでまかせの言葉に、いとも簡単に騙されてしまったのである。
ベジータは悟空にゆっくりと振り向いた。
ド真剣な面持ちを保つのに一苦労した。
心の中では『ひっかかりやがって!!バカめーーー!!』と抱腹絶倒していた。
「なぜガキを鍛えると、連れ合いが怒るんだ?」
「怪我すっからだ。チチは悟飯が怪我すると、ものすげー心配する、んで怒りをオラにぶつけるんだ。悟飯はチチの大事な宝モンだから……」
「そうか。怒り始めると、貴様の連れ合いはどんな感じになるんだ?」
「……まず、めっちゃくちゃ怒鳴る。言っとくけど半端じゃねえぐらい怖えぞ。その次には、口きいてくれなくなる。そんで、だんだん飯作ってくれなくなる……」
「………」
「そんで……そんで最後は……やらせてくれなくなる……そしたら次の日は、ははは。決まって家出だあ……」
「………」
「やらせてくれなくなるってのは、アレだぞ、夜にやる、えっちいアレの事だぞ?わかるか?」
「……言われんでもわかる」
「オラはよ……ほとんど毎日やってたからよ……急にチチがいなくなると……なんかこう……ムズムズするんだよ。どこがムズムズするかってーと」
「言わんでいい!」
ベジータが冷や汗をかいて語気を強めた。悟空は気まずそうに頭をかいた。
「……それで?連れ合いはいつから家出してるんだ?」
「一ヶ月前からだよ……。ベジータ……。オラもう、ムズムズが……ムズムズがどうしようもねえ……。ムズムズをなんとかふっ飛ばしたくてよ、かめはめ波撃ちまくったよ。んで、気ぃ使いすぎて腹減って、倒れちまってこのザマだ」
「そうだったのか」
「なあベジータ……オラどうすればいいんだ?チチも悟飯も、完全に気を消してやがって捜せねえから、謝りにもいけねえし。ベジータ……、オラ、やりてえよォー!チチとやりてえよォーーー!!うわああああ!!!」
チチのおっぱい吸いてえよおーーーーーー!!!!!と号泣する悟空の顔を、ベジータはしっかりと網膜に焼き付けた。
こんなに愉快な見世物は無い。
追い詰められて苦しんでいる悟空の様子を、蛇のような目でジッと見つめ続けた。
ちょうど良い睡眠薬になりそうだ、と思った。
「そうか、色々と大変だな、じゃあな」
収穫を終えたベジータは、静かに別れの言葉を告げた。
悟空がビクリと震えた。
「へっ?ベジータ、もう帰るんか?」
「オレは暇じゃねえんだ。貴様の話は十分に聞いてやった」
「ま、待ってくれベジータ!オラまだ、なんも解決策が……」
「これだけ聞いて貰って、自分で気付けんようじゃあ、駄目だな」
「えええええ!?」
「せいぜい餓死には気をつけろ。オレに言える事はこれだけだ。まあ『元野生児』の貴様の事だから、連れ合いがいなくてもなんとかなるだろ」
「えええええ!?」
そりゃねえだろ!!ムズムズはどーすりゃいいんだあーーーー!!!と悟空が絶叫すると、亀ナントカ撃ちまくれば大丈夫だ、とベジータは無責任に答えた。
「うう……」と頭を抱えて苦悶する悟空を見て、鼻で笑い飛ばすと、ベジータは背を向けた。
早く遠くに飛び去って、悟空の情けない姿をネタにして、思いっきり楽しみたいと思った。
そして北の空めがけて舞空しようと、構えた瞬間。
「うわあ……あの雲……チチのおっぱいにソックリだあ……」
悟空が空笑いしながら、呟いたのである。
ヤバイ、とうとう狂いやがったか、と、ベジータは振り返り、呆けた悟空の目線をたどり空を見上げたのだが……。
「なっ……!!」
なんと、見上げた空の頂上には、本当に、ひとつふたつ、乳房の形をしたまあるい雲が仲良く並んでいたのである。
ちゃんと乳首様の突起もあり、非常にリアルな造形だった。
そして、どこをどう見ても、完璧な形だった。ブルマの乳房の美しさに匹敵している。
奇跡の自然現象の前に、ベジータはただただ驚き果てて、その場に佇むばかりであった。
「へへ……でも、まだまだな……。あれに比べりゃ、チチのおっぱいの方がダントツだあ……」
「何い!?」
ベジータは反射的に叫んでいた。
「狂いやがったかカカロット!!あの雲の形を超えるものが、この世に存在する訳が無いぞ!!」
「いんや、ぜってーチチのおっぱいの方が上だ。チチのオッパイのほうがキレーだし、えっちーしな」
「そんなはずがあるかーー!!貴様の連れ合いが、ブルマを超えるなど!!絶対にありえんぞ!!」
「はあ~~?ブルマ~~?あいつ、ちっせーじゃねえかよ。オラあいつのおっぱい見たことあるけど、チチに比べりゃ大したことねえぞ?」
……2人の間に、長い沈黙がおとずれた。
風に吹かれて、絡まった枯れ草が転がってゆく。
数分の後、青ざめたベジータが、かすれた声で悟空に言った。
「……見たことがある?……今、そう言ったのか?」
「ああ見たぞ、ずーっと前だけどな。確かブルマが16歳の頃だ」
「じゅ……16歳……?」
「オラ一緒に旅してたし、一緒に寝たりしてたもん。あいつ寝相悪いしおっぱい丸見えなんてしょっちゅうだ」
「……一緒に……寝てたのか?」
「ああ寝てたぞ。オラはじいちゃんの股を枕にするのが習慣だったから、ブルマの股に頭乗っけて寝た事もある。そしたらよー、フカフカしてねえもんだからよー、変だなーと思ってパンツ脱がして見てみたら、チンチンついてねえの!!あん時はびっくりしたなあ~~」
……2人の間に、再び長い沈黙がおとずれた。
「なんでブルマは、股に赤貝くっつけてんのかなあって、オラは不思議でしょうがなかったよ」
いやあ~、なっつかしいなあ~~、と悟空は雲を見ながら、だんだん晴れ晴れした顔になっていった。
昔の、摩訶不思議な大冒険を思い出して、ワクワクしてきたのだ。
そしてよっしゃあ!と気合を入れなおし、元気良く立ち上がり、
「ベジータ!オラ、なんか元気出てきたぞ!もう大丈夫だ!話聞いてくれてありがとな!」
と言って、ベジータを見た。
そこには、一匹の鬼が居た。
いや、一匹の天狗であった。
突然に、強風が吹き荒れて、悟空の体がふっとばされそうになったのだ。
だから悟空は、天狗様が降臨されたのだと思った。
しかし違った。
よく見ると、風は、ベジータの足元からドオーーーーと吹き上がっている。
天狗様ってのは、確か葉っぱで扇ぐんじゃなかったか……?
悟空は、悟飯の絵本を思い出した。
「うお!?」
悟空は、声をあげた。
目の前で、急激に膨らむ“気”に圧倒されて、思わず身構えたのだ。
そして自分も一応“気”のレベルを上げて、天狗みたいなヤツに注意を傾けた。風がますます強くなり、立っているのも難しい。やっぱりこいつはベジータではなく、天狗様じゃなかろうかと、悟空は恐れた。
天狗様に会うのは初めてである。
「……貴様が、知っているのは、昔の、ブルマだ、今のブルマは、小さくない」
天狗みたいなヤツが、とぎれとぎれに声を出した。
……ベジータの声であった。
じゃあやっぱりこの風を起こしているのはベジータなのか…?と悟空は思い直した。しかしなぜベジータがこんな強風を吹かせて“気”を大きくしているのか、理由がサッパリ解らない。
「絶対に上だな。絶対に。ブルマの方が」
「ど、どうしたんだよ、ベジータ」
「貴様の連れ合いはガキ産んでるんだろ……?」
「へ?うん」
「ガキ産んだ、女の身体なんか……たるみきって醜いに決まっている……」
「えっ、そんな事ねえぞ?チチは拳法で鍛えてっから、元通り、キレーな身体に戻ってらあ」
「どうだかな……。田舎の女のことだ、母乳でガキ育てたんだろ。ガキにさんざん吸われて、さぞかし醜い形になってんだろうな。ハハハハ。憐れなもんだ」
「………あ?」
その瞬間、悟空の形相が、急変した。
のんきだった眉がひそめられて、朴訥だった目がきつく吊りあがったのである。
黒い瞳の中には、刺すような光が生まれた。
“気”のレベルがグングン上昇していき、ベジータの“気”と同等のレベルまで達した。
達するまでに、2秒とかからなかった。
そして、まっすぐに背筋を伸ばし、堂々とした仁王立ちの格好になると、低い声で言った。
「おめえ。今なんつった?」
ビュオオオォ…………。
悟空の足元からも、すさまじい強風が生まれ出て、ベジータの風と混じりよじれて竜巻様の暴風となり、辺り一帯の砂利を滅茶苦茶に吹き飛ばした。
どでかい“気”によって、一筋二筋と、地面の亀裂が増えてゆく。
くしくも、その場所は、以前2人が初めて対決をした、岩山の立ち並ぶ荒野であった……。
「聞こえんかったのか。てめえの連れ合いのは、使い古されて醜く萎んでる、そう言ったんだ」
「ベジータ。いくらおめえが口悪いからって、言っていいことと悪いことがあるぞ。おめえ、チチの何を知ってんだよ、見たこともねえくせに」
「貴様こそ、今のブルマを知らんくせに、勝手にそっちの方が上と決め付けている。人の事は言えんぜ」
「そうかもしんねえけど……なんだよさっきから醜い醜いってよ~。ひでえぞ。おめえにそこまで言われる筋合いはねえ」
「貴様こそ、ブルマを馬鹿にしたじゃねえか………。オレは写真でしか……写真でしか16のブルマを……」
「おめえはチチのハダカ見たことねえから知らねーんだ。チチはこの世で一等キレーな女だ間違いねえ…!それをおめえ、よくもおめえ……!!」
謝れベジーターーー!!と悟空が激怒して絶叫した。
しかしベジータは無言のままで歯を食いしばり、さらに“気”を高めてゆくばかりだった。
ドオン!と地響きが鳴った。
ベジータの一番近くにあった岩山が、粉々に砕け散ったのだ。ベジータは歪みきった笑みを向けて悟空に言った。
「ふ、ふふふふ。なぜ謝らねばならんのだ……。何が“この世で一等”だ思い上がりやがって……。貴様のその目はフシアナか」
「よくもチチを……オラの大事なチチを……よくもおめえ!」
「ブルマの方が上だ……16で……既にあの美しさだった……ソレが成熟して大人になってオレが愛でてやってさらに磨きをかけたあの女に敵う者など、はははは」
「オラは……オラは……!!」
「だが、オレには一つだけ貴様に負けている点がある……何故だ……?何故……!!何故貴様は……!!」
「オラはチチの事バカにするヤツはぜってー許さねえぞーーーーーーー!!!!」
「何故貴様はいつもいつもオレの先を越しやがるんだあーーーーーーー!!!!」
どーーーーーーーーーーーん!!
巨大な爆発音。
そして、強烈な閃き。
二つの光が、陽光をも奪い取り、空が一瞬真っ暗になった。
青空に戻ると、地表では、金髪化した男2人が殺気を放出しながら対峙していた。
もはや今の2人には、やがて訪れる人造人間との闘いの事など、頭に無かった。
というか、地球のダメージすらどうでもいい、というところまで怒り心頭となっており、完全に理性を失っていた。
今、2人はまさに、血と闘いを好む、純粋な戦闘民族サイヤ人として、ここに存在しているのだ。
「決着の時が来たようだ!!覚悟はいいかカカロットーーー!!」
「バカヤローー!!この玉見りゃ解るだろーー!!いくぞベジーターーー!!」
既に悟空の手の中には、白く清い光弾、かめはめ波が生まれ始めている。
ベジータもまた然りだ。しかしその構えは、悟空が見たことのないものだった。
「なんだそりゃーー!!おもしれえな、新技ってヤツかーー!?」
「ふははは喜べカカロットーー!!貴様こそがこの技の記念すべき第一号被害者となるのだーー!!」
「なめんじゃねーー!!そんな技オレのかめはめ波でぶっ飛ばしてやるぞーーー!!」
空気を震わすような怒号が飛ぶ。
ほぼ同時に、2人の手から、眩しい光弾が放たれた。
大きさ、直径にして約3メートル……4メートル、いやそれ以上か……。
ともかく地球のダメージの事などガン無視した、でっかいパワーエネルギーが、荒野のさなか、電撃を纏いながらぶつかり合った。
バチバチ!!と、それらは拮抗した。
うわああああああああと2人とも叫び、気を最高に高めて、全力で互いを倒しにかかった。
しかし、数秒後。
パチン!
と、ゴムをはじくような音がして、2人の放った光弾は同時に消えてしまった……。
悟空もベジータも、呆気にとられて、しばらく何が起こったのかわからずに立ちすくんだ。
「……まだ勝負の時では、ないということか……?」
先に口を開いたのはベジータの方だった。
すうっと、スーパーサイヤ人からノーマルサイヤ人に戻ると、完全に戦闘モードを解いた。
悟空はニッと笑って、黒髪に戻ると、
「ああ、今のオラとおめえは、完全に互角みてえだな。きっと勝負はつかねえや」
と爽やかに返した。
「しかし何故、突然に消えたのだ……?同じパワーで相殺したのか……?よくわからん……」
ベジータは謎を解明しようとその場で腕を組んで考え込んだが、悟空は何も考えずに新たな修行の為に飛び立った。
「ベジータ!!今度会う時はもっと強くなってろよ!!じゃあな!!」
言い残して、行ってしまった。
なんと単純なヤツなのかとベジータは呆れた。しかし、ふと気づくと、身体にたまっていたストレスとイライラが完全に取れていた。
宿敵との本気の闘いが、うまいことストレス解消になったのかもしれない。
すっきりした頭で考えると、より効果的な特訓方法が、次々と浮かんできて、ベジータはすぐにカプセルコーポレーションに戻った。
強くなるために、女は邪魔だと思っていたが、案外そうとも限らないのだと、ベジータはこの一件で学んだのであった……。
【終】
2011/5/15
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