節制
『ブルマ接近禁止令』
……この条例が施行されたのは、ブルマ妊娠4ヶ月の頃であった。
妊娠したての頃というのは、母体がデリケートであるため性交にリスクが伴うのだが、ブルマは妊娠すると性欲が倍増するタイプであったのか、アマゾネスのごとく夜な夜なベジータの部屋のドアをバズーカでぶっ飛ばし、夜這いをしかけて戯れをせがんだ。
「何を考えてやがるんだーー!」
「だ~ってぇ~。やりたいんだも~ん。ちょっとだけでいいから抱いてよぉ~~」
「駄目だ!当分お預けだと言ったはずだ!」
「大丈夫よ、もう3ヶ月だし。優しくしてくれれば大丈夫!」
硝煙を潜り抜け、余裕の笑みを浮かべてベッドに迫りくるブルマ。スッケスケのネグリジェ姿なので、当然色々と丸見えである。
それを見ると、『やるか……』、とふと思う。
性交お預けで欲求不満なのはベジータとて同じなのである。
……が、ベジータには、ブルマの言う『優しく』の加減というものがさっぱり分からない。
そもそも妊婦など抱いた事が無い。
女は孕んだ時点で、女では無くなるからだった。
「……加減が全く分からん。万一の事があったらどうするんだ」
腹の子の事も気がかりだった。
もしもサイヤの血を色濃く受け継ぐ子だったら……、と考えると、とてもブルマに手が出せない。
「大丈夫だったら!見てよこの本を!妊娠中でもオッケーなやり方が載ってるのよ!」
「なっ……なんだその下品な書物は……」
「ほら!ほら!見なさいよ!」
ピラ!ピラ!
一頁、一頁、お堅い文章で科学的根拠も掲載されている妊婦用体位の写真を見せつけるブルマ。
「やめろ……」
「これなんかどうかしら。一応あんたの好きな後背位よ。2人とも横になれば刺激も少なくて済むんですってよお~~うふふふ、ほら…」
「やめろと言ってるんだ!」
「ああん!もう駄目ぇ~~!こんな本見てたらガマン出来ないッ!えいッ!」
「うわーー!」
勢いよくネグリジェを脱ぎ捨てて、全裸になったブルマがベジータに襲い掛かった。
おーーほほほほ!!
と、笑いながら、上昇しきったテンションでベジータのパジャマのボタンに手をかける。
「ちょっと待て!」とベジータが制した。言葉でしか制することが出来ない。妊娠中のため、体にどんなダメージが残るか分からず、どうしても突き飛ばすことが出来ないのだった。
「ねえ、ベジータ……もうやせ我慢はやめましょうよ……一緒にこの本を見て勉強しましょ?ね?」
「冗談じゃねえ!誰がそんな、地球人の考えたゲスな方法に則ってやるものか!」
「ねえねえベジータ、私、胸が大きくなっちゃった。触ってみてよ、ほら」
「話を逸らそうとしても無駄だ!なんだこんなもの!大して変わってねえじゃねーか!」
むにゅ。
「あっ……!」
「うふふふ。大きくなったでしょう?」
「……なんだこれは……これは一体どういう現象だ……」
「ベジータ、女体って奥深いものなのよ。あんた、妊婦に関しては知識がゼロのようね。私が教えてあげるわ」
「なぜだ……なぜ大きくなるんだ……」
女体の神秘に惑わされたベジータは、結局ブルマの言いなりとなって、本の通りに性交をするハメになった……。
事が済むと、肌のふれあいに満足したのか、ブルマはすぐに眠ってしまった。
その寝相というのが、非常に悪かった。
いきなり毛布をはねのけて、ベジータの下腹部にかかと落としをしてきたりする。ベジータが眠りかけると、わき腹に肘を打ち込んできたりもした。
これまで、夜にさんざん虐められてきたから、無意識のうちに仕返しをしているのかもしれなかった。
「くっそ~~……」
怒ったベジータはブルマにネグリジェを着せて抱っこすると、ブルマの部屋に行き、ラベンダーの香るベッドの中に無理矢理突っ込んだ。
―――それ以来、ブルマは毎晩襲ってくるようになった。
ベジータが抵抗できないのをいい事に、妊婦用の体位やら、触り方等の知識を大量に仕入れて、科学的に説明付けながら性交に導こうとするのである。
女体の神秘の奥深さを、科学者の面で語るブルマの口車は非常に達者で、ベジータの知識欲を煽った。
妊婦の身体の微妙な変化もまた、不思議と興味をそそられた。
母を殆ど覚えていないベジータは、無意識のうちに、ブルマの中に母を見出そうとしたのかもしれなかった。
「ねえ、ベジータのお母さんてどんな人だったの?」
「覚えてない!もうどっか行け!」
「覚えてないの?可哀相~~。私が思い出させてあげるわ~~うふふふ」
「余計なお世話だーーー!!人をマザコン扱いするのもいい加減にしやが…ッ」
ガバッ!!
ブルマはすかさず、ベジータに抱きついた。
そうして、大きく発達した乳房を顔に押し付けて黙らせた。こうされるともう、ベジータには成すすべが無かった。ブルマの言うとおりに、『妊婦のための安全な干渉方法』で性交を終わらせなければ、いつまでもしつこく絡まれて、安眠が出来ないのである。
“オレはマザコンじゃないはずだ、だが何故、この母体のふくよかさに安堵を覚えてしまうのだろうか、決してマザコンじゃないはずなのに……”
そんな自問自答に苛まれ、混乱し、冷徹な理性を奪われたベジータは、ズルズルと青い目の妖婦のいいなりになってしまうのであった。
事が終わればいつも、ブルマは気持ちよさそうに眠りにつく。
ブルマにとっては、性交で得る快感など、二の次だった。肌に触れて抱き合うだけで十分だった。本格的な挿入などしなくても、幸福感を得られるのだった。
対してベジータは、自分の思うような性交が出来ないばかりか、母体を気遣わねばならない緊張感で、事が終わった後は欲求不満と変な疲れがドッサリと残った。
加えてブルマの寝相の悪さ……。
イライラは、どんどん募っていくばかりだった。
そんな感じで2週間もすぎた頃。
「痛い!」
いつものように、ベッドの中で妊婦式の性交を試みようとしたとき、ブルマが悲痛な声をあげた。
ベジータは驚いて飛び退いた。
「なんだ、どうしたんだ」
「……いっ…たたたた……」
「痛い?どこが……」
「おなか……いた~~い……」
「何いーーー!」
ベジータはクローゼットを開けると、急いでパジャマから私服に着替えた。
『流産』という単語が、頭の中をビュンビュン駆け巡る。
私服に着替え終えると、今度はブルマの部屋に駆けていき、クローゼットにズラリと並ぶ妊婦用のワンピースを一着ひっつかみ、自室に戻って素っ裸のブルマに頭から被せた。
「こちらはカプセルコーポレーション。救急車を一台要請する。妊婦の身体に異常あり。3分以内に来なければそちらの施設をダイナマイトで破壊する」
そう早口で救急車を呼び、受話器を置いた直後、「しまった!」とベジータは舌打ちした。
「つい癖で、語尾に脅し文句を付けてしまった!いたずら電話だと勘違いされたら厄介だな……もう一度かけなおすか。……いやオレの声ではもう駄目かもしれん。ブルマにかけさせるか。電話の子機……子機はどこだ……」
少々たじろぎながらリビングを探し回っていると、
ポーペーポーペー♪
と、救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
なんと、ベジータの要請した救急車は、たったの1分たらずでカプセルコーポレーションに到着したのである。
地球人は全員ノロマでアホなボンクラばかりだと常日頃から思っていたため、この救急隊員の素早さにはさすがにベジータも感心した。
「妊婦さんは、どちらですか」
担架を持った中年の救急隊員2人は、汗ダラッダラで、肩で息をしていた。
「ああ、この先をずっと行った、青いドアの部屋の中に……」
ベジータが言い終わらぬうちに、救急隊員は風のようなスピードでベジータの前をつっきっていった。
ゴロロロ!となにかが転がる音がした。
よく見ると、2人ともローラースケートを履いている。
なるほどあの救急隊員達は、カプセルコーポレーションの内部が広い事をあらかじめ知っていて、そのような装備をしてきたのだろうと、ベジータはまたも感心した。
しかしベジータは知らなかった。
自分の他愛ない脅し文句が、救急隊員に本気で受け取られていることを。
『今のカプセルコーポレーションには、洒落にならねえクレーマー男が棲みついている。そいつに逆らうと闇に葬られ、なぜか死体も出てこない』
各業界に、そんな不気味な噂がまかり通っていることを、ベジータは知らないのである。
救急隊員は、腹を痛がるブルマをそっと担架に乗せて、なめらかにローラースケートを走らせた。 そしてベジータとすれ違いざまに、異常に緊張しきった面持ちで「ご家族の方も一緒にきてください」と言った。
「家族?」
「病院に着きましたら色々と手続きがありますので、お願いします」
「………」
ブリーフ夫妻は不在のため、ベジータが病院までついていくことになった。
◇
「どうやらおなかが張ってしまっただけのようですね。何も異常ありませんよ。赤ちゃんも元気です」
診察室の外の廊下の長椅子に座って、ベジータはそっと聞き耳をたてていた。 穏やかな女医の声に、まずは一安心した。
「そうですか。良かった~」
「でもあんまり頻繁におなかが張るようだと注意が必要ですね。何か、おなかが張るような原因に心当たりはありますか?」
「……えっと」
「うん?」
「あの……その……してました……夫と」
「性交渉の事?」
「はい」
「性的な刺激は、おなかに良くないので交渉は控えて下さい。ブルマさん、あなたは科学者だからよくわかっているでしょう?気をつけないと……」
「えっと!それは分かってます……!でも……夫が!!どうしても私のことを抱きたいって泣きついてくるので!」
「え……?」
「私も妊娠中は控えるべきだって、いつも忠告してるんです!でも!夫は私を愛するあまりに、我慢ができないみたいで……!毎日せがんでくるんです!」
「まあ!」
「だから今日もしかたなく……だって夫が『愛してるんだ頼むから抱かせてくれ』って泣いてすがりついてくるから凄く可哀相で……。それで、始めたとたんにおなかが痛くなってお互いビックリしちゃって……」
ゴオオォォォ……。
廊下で聞き耳を立てていたベジータの身体から、赤い瘴気が火山の噴火のごとく立ちのぼった。
とてつもなくどでかい“気”が、足から放出され、ビシビシ!!と床にヒビが入り、フロア一面にくもの巣状の模様を作った。
「あの、ブルマさん……ご夫婦の仲が良いのはいい事ですが……、なんとかご主人に、交渉を控えてもらってください。なんなら私から、厳しめに説明をしましょうか?今廊下にいらっしゃることですし」
「へえっ!?いえッ!!いいですッ!!」
「……そう?じゃあまた何か心配な事があったら、次の検診のときにでも…」
「はい分かりました!!ありがとうございましたあ~!!」
赤面したブルマが大慌てで診察室からまろび出た。
そして開口一番、
「ベジータ!!今のドクターの話聞いてたでしょ~!?これからはもうちょっと我慢しなさいよ!!ほら帰るわよッ!!」
と女医に聞こえるようにわざと大声で言った。
「……この……アマ……」
真っ赤になったブルマは、同じく恥と怒りで真っ赤になっているベジータの手を引っぱって、逃げるようにして産婦人科を去った。
カプセルコーポレーションに戻った後、2人の間で花火のような口論が繰り広げられたのは言うまでも無い。
理不尽極まりない大恥をなすりつけられたベジータは、二度とその病院にいく事は無かった。
ブルマは一晩寝ると、病院での出来事など何もかも忘れたように、次の夜、いつも通りに夜這いをしかけてきた。 ……ベジータはブルマの図太さに驚愕しきって、全く言葉が出なかった。
『この女は一体どういう神経をしているのだろう……』
ブルマの行動はあまりにも不可解すぎた。
軽く眩暈を覚えたほどだ。
ベジータは訳のわからぬ迷宮の深淵に迷い込み、理性を削がれ、その晩もやっぱりブルマのいいなりになって性交をするハメになったのだが。
「痛い!」
ブルマの身体にさわったとたんに、また悲痛な声が上がった。
「いった……いたたた……」
「なんだ……どうした……」
「また……おなか張ったみたい~~」
「もう今日は中止だ!部屋に戻れ!」
ベジータは動けないブルマをおぶって、部屋に連れていき、ベッドの中につっこんだ。
ブルマはしょんぼりとしていた。
悲しげな目をして「せめて、おやすみのキスをして」と訴えた。
ベジータがそれを無視して部屋を出ると、ブルマはうえ~~んと子供みたいに泣き出した。
ブルマはおなかが張るのがどうも癖になってしまったようで、「今日こそは大丈夫よ!」と意気込んでベジータのベッドに侵入するのだがそのたびに腹痛を起こして、部屋に連れもどされた。
そんな日が連続して続いたので、ブルマも泣く泣く諦め、夜の戯れは完全に中止となった。
「痛い!」
ある朝、2人で朝食を食べている時、突然ブルマが叫んだ。
ベジータがビクッとして身構えた。
「なんだ…どうした……」
「おなか…張ってきた~……いったたた」
「きゅ、救急車呼ぶか」
「ううん、いい、ベジータの顔見てたら、ああ駄目……、それだけで感じちゃって……いたた」
「…………向こうを向いて食え」
ブルマは涙目になりながら、おとなしくうなずくと、ベジータに背を向けてブドウパンを食べた。
時々ミルクを飲もうと振り返るので、向かい側に座るベジータはそのたびに顔を後ろに向けなければならなかった。
「痛い!」
その次は、ベジータがブルマに頼みごとをしにいった時だった……。
「なんだ…どうした……」
「おなか…張ってきた~……いったたた」
「きゅ、救急車呼ぶか」
「ううん、いい、ベジータの声聞いたら、ああ駄目……、それだけで感じちゃって……」
「…………」
ベジータはいつものように、故障した重力室を直させようと、「オイ、ブルマ」とドア越しに声をかけただけだった。
たったそれだけで、腹痛を起こすというのは、さすがに何か母体に異常があるのではないかとベジータは判断し、すぐにウーロンに電話をかけた。
「オイ、お前、今すぐカプセルコーポレーションに帰ってこい」
『……お……お前、誰だよ……』
「とぼけても無駄だ。オレ様に決まってるだろう」
『………』
「15分待ってやる。15分待っても来なければ、お前を300Gの重力室にぶちこんで平らにぶっ潰し、ガスバーナーで焼いて、ブタ煎餅にして食う。……何をしていやがる早く電話を切れ、カウントダウンは始まっているぞ?」
ウーロンは10分でやってきた。全身汗みどろであった。 ベジータはウーロンに命じて、自身の姿に変身をさせた。
「なかなか見事だな。鏡を見ているようだ」
「お……おれは、何すりゃいいんだよ……」
「今から救急車を呼ぶから、ブルマと一緒に病院に行ってこい。救急車というのは家族の付き添いが必要らしい。オレは用があって行けんから、お前がオレの代わりを果たしてくるんだ」
「付き添い~?難しいなあ……。おれ、5分変身したら、1分間は変身できなくなるし……」
「大丈夫だ。救急隊員共には3分で病院に到着するように指示する。奴ら、地球人にしてはなかなかに優秀なんだ。だからお前もなんとかしてごまかしてこい。……絶対に、オレの姿からブタに戻る瞬間を、他人に見せるんじゃないぞ。もしもそれを目撃されたら……分かってるんだろうなあ、オイ」
「………」
◇
『ベジータ、心配かけてごめんなさい。病院で診てもらったけど、身体に異常はなくて赤ちゃんも元気だって言われたわ。夫の声を聞いただけで、おなかが張ってしまうって伝えたら、ドクターから、「しばらくご主人と離れて生活しなさい」って言われたわ。「そんなに頻繁におなかが張るようじゃ、赤ちゃんが心配です」って。ああベジータ、私、きっとあんたの事を愛しすぎてるんだわ。だって声聞いただけで感じるのよ……。だから、これからは私に近づかないで。食事の時間もずらすわ。ここに時間を書いとくから守ってね。重力室の修理については、メモ用紙で知らせてね。ブルマより』
ウーロンから手渡された手紙を読むと、ベジータは深いため息をついた。
ウーロンはミッションが終わった事を悟ると、すぐにカプセルコーポレーションから逃げた。
それがちょうど、ブルマ妊娠4ヶ月の頃だったのである。
それ以来、2人は家庭内別居の形を取って生活することになった。
たった一人で眠り、たった一人で食事をし、たった一人でリビングで本を読み、たった一人で風呂に入る。
それは、一人を好むベジータにとっては、快適な環境であった。様々な思索に没頭している最中に、ブルマの妨害が入る事もない。
戦闘能力を高めるのには何が足りないのかと己に深く向き合う時に、力を貸してくれるのは“静けさ”だけなのだ。
ちょうど良い、と思っていた。
ちょうど良い環境のはずであった。
しかし一週間もたたぬうちに、ベジータは、一人でいる環境が余計に精神的不安定を生み出している事に気づいた。
ふとした瞬間、無意識のうちにブルマの“気”を探ってしまうのである。
食事の準備は万全だし、重力室は常に自分のメモの通りに直されているので、ブルマが元気であることはわかる。
しかし、会話も無く、顔も合わせることもない生活の中、じわりじわりと、ある不安が押し寄せてきたのである。
『もし万一の事が起こった時、あいつは自分一人で、迅速に対処が出来るのだろうか……』
今、ブルマのそばで、その身体の様子を見守る者は一人もいない。
監視する者が必要だと判断したベジータは、再び、使い勝手の良いウーロンに電話をかけたが、バッチリ着信拒否されていた。
「しまった。あのブタ野郎め。脅すんじゃなかった……!」
旅行中のブルマの両親にも無線等で連絡を試みたが、もはや行方不明のレベルであった。
「風船かよ!」
とベジータは文句を言ったが、ブルマの両親だから仕方が無いのだとソッコー諦めた。
基本的に、他人に頼る、という思考や手段を持たないベジータは、そこで呆気なく万策が尽きてしまった。そして結局、ブルマの微細な“気”にいちいち振り回されることになり、訓練にも支障をきたすようになってきて、ストレスがドンドンたまっていった。
……この条例が施行されたのは、ブルマ妊娠4ヶ月の頃であった。
妊娠したての頃というのは、母体がデリケートであるため性交にリスクが伴うのだが、ブルマは妊娠すると性欲が倍増するタイプであったのか、アマゾネスのごとく夜な夜なベジータの部屋のドアをバズーカでぶっ飛ばし、夜這いをしかけて戯れをせがんだ。
「何を考えてやがるんだーー!」
「だ~ってぇ~。やりたいんだも~ん。ちょっとだけでいいから抱いてよぉ~~」
「駄目だ!当分お預けだと言ったはずだ!」
「大丈夫よ、もう3ヶ月だし。優しくしてくれれば大丈夫!」
硝煙を潜り抜け、余裕の笑みを浮かべてベッドに迫りくるブルマ。スッケスケのネグリジェ姿なので、当然色々と丸見えである。
それを見ると、『やるか……』、とふと思う。
性交お預けで欲求不満なのはベジータとて同じなのである。
……が、ベジータには、ブルマの言う『優しく』の加減というものがさっぱり分からない。
そもそも妊婦など抱いた事が無い。
女は孕んだ時点で、女では無くなるからだった。
「……加減が全く分からん。万一の事があったらどうするんだ」
腹の子の事も気がかりだった。
もしもサイヤの血を色濃く受け継ぐ子だったら……、と考えると、とてもブルマに手が出せない。
「大丈夫だったら!見てよこの本を!妊娠中でもオッケーなやり方が載ってるのよ!」
「なっ……なんだその下品な書物は……」
「ほら!ほら!見なさいよ!」
ピラ!ピラ!
一頁、一頁、お堅い文章で科学的根拠も掲載されている妊婦用体位の写真を見せつけるブルマ。
「やめろ……」
「これなんかどうかしら。一応あんたの好きな後背位よ。2人とも横になれば刺激も少なくて済むんですってよお~~うふふふ、ほら…」
「やめろと言ってるんだ!」
「ああん!もう駄目ぇ~~!こんな本見てたらガマン出来ないッ!えいッ!」
「うわーー!」
勢いよくネグリジェを脱ぎ捨てて、全裸になったブルマがベジータに襲い掛かった。
おーーほほほほ!!
と、笑いながら、上昇しきったテンションでベジータのパジャマのボタンに手をかける。
「ちょっと待て!」とベジータが制した。言葉でしか制することが出来ない。妊娠中のため、体にどんなダメージが残るか分からず、どうしても突き飛ばすことが出来ないのだった。
「ねえ、ベジータ……もうやせ我慢はやめましょうよ……一緒にこの本を見て勉強しましょ?ね?」
「冗談じゃねえ!誰がそんな、地球人の考えたゲスな方法に則ってやるものか!」
「ねえねえベジータ、私、胸が大きくなっちゃった。触ってみてよ、ほら」
「話を逸らそうとしても無駄だ!なんだこんなもの!大して変わってねえじゃねーか!」
むにゅ。
「あっ……!」
「うふふふ。大きくなったでしょう?」
「……なんだこれは……これは一体どういう現象だ……」
「ベジータ、女体って奥深いものなのよ。あんた、妊婦に関しては知識がゼロのようね。私が教えてあげるわ」
「なぜだ……なぜ大きくなるんだ……」
女体の神秘に惑わされたベジータは、結局ブルマの言いなりとなって、本の通りに性交をするハメになった……。
事が済むと、肌のふれあいに満足したのか、ブルマはすぐに眠ってしまった。
その寝相というのが、非常に悪かった。
いきなり毛布をはねのけて、ベジータの下腹部にかかと落としをしてきたりする。ベジータが眠りかけると、わき腹に肘を打ち込んできたりもした。
これまで、夜にさんざん虐められてきたから、無意識のうちに仕返しをしているのかもしれなかった。
「くっそ~~……」
怒ったベジータはブルマにネグリジェを着せて抱っこすると、ブルマの部屋に行き、ラベンダーの香るベッドの中に無理矢理突っ込んだ。
―――それ以来、ブルマは毎晩襲ってくるようになった。
ベジータが抵抗できないのをいい事に、妊婦用の体位やら、触り方等の知識を大量に仕入れて、科学的に説明付けながら性交に導こうとするのである。
女体の神秘の奥深さを、科学者の面で語るブルマの口車は非常に達者で、ベジータの知識欲を煽った。
妊婦の身体の微妙な変化もまた、不思議と興味をそそられた。
母を殆ど覚えていないベジータは、無意識のうちに、ブルマの中に母を見出そうとしたのかもしれなかった。
「ねえ、ベジータのお母さんてどんな人だったの?」
「覚えてない!もうどっか行け!」
「覚えてないの?可哀相~~。私が思い出させてあげるわ~~うふふふ」
「余計なお世話だーーー!!人をマザコン扱いするのもいい加減にしやが…ッ」
ガバッ!!
ブルマはすかさず、ベジータに抱きついた。
そうして、大きく発達した乳房を顔に押し付けて黙らせた。こうされるともう、ベジータには成すすべが無かった。ブルマの言うとおりに、『妊婦のための安全な干渉方法』で性交を終わらせなければ、いつまでもしつこく絡まれて、安眠が出来ないのである。
“オレはマザコンじゃないはずだ、だが何故、この母体のふくよかさに安堵を覚えてしまうのだろうか、決してマザコンじゃないはずなのに……”
そんな自問自答に苛まれ、混乱し、冷徹な理性を奪われたベジータは、ズルズルと青い目の妖婦のいいなりになってしまうのであった。
事が終わればいつも、ブルマは気持ちよさそうに眠りにつく。
ブルマにとっては、性交で得る快感など、二の次だった。肌に触れて抱き合うだけで十分だった。本格的な挿入などしなくても、幸福感を得られるのだった。
対してベジータは、自分の思うような性交が出来ないばかりか、母体を気遣わねばならない緊張感で、事が終わった後は欲求不満と変な疲れがドッサリと残った。
加えてブルマの寝相の悪さ……。
イライラは、どんどん募っていくばかりだった。
そんな感じで2週間もすぎた頃。
「痛い!」
いつものように、ベッドの中で妊婦式の性交を試みようとしたとき、ブルマが悲痛な声をあげた。
ベジータは驚いて飛び退いた。
「なんだ、どうしたんだ」
「……いっ…たたたた……」
「痛い?どこが……」
「おなか……いた~~い……」
「何いーーー!」
ベジータはクローゼットを開けると、急いでパジャマから私服に着替えた。
『流産』という単語が、頭の中をビュンビュン駆け巡る。
私服に着替え終えると、今度はブルマの部屋に駆けていき、クローゼットにズラリと並ぶ妊婦用のワンピースを一着ひっつかみ、自室に戻って素っ裸のブルマに頭から被せた。
「こちらはカプセルコーポレーション。救急車を一台要請する。妊婦の身体に異常あり。3分以内に来なければそちらの施設をダイナマイトで破壊する」
そう早口で救急車を呼び、受話器を置いた直後、「しまった!」とベジータは舌打ちした。
「つい癖で、語尾に脅し文句を付けてしまった!いたずら電話だと勘違いされたら厄介だな……もう一度かけなおすか。……いやオレの声ではもう駄目かもしれん。ブルマにかけさせるか。電話の子機……子機はどこだ……」
少々たじろぎながらリビングを探し回っていると、
ポーペーポーペー♪
と、救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
なんと、ベジータの要請した救急車は、たったの1分たらずでカプセルコーポレーションに到着したのである。
地球人は全員ノロマでアホなボンクラばかりだと常日頃から思っていたため、この救急隊員の素早さにはさすがにベジータも感心した。
「妊婦さんは、どちらですか」
担架を持った中年の救急隊員2人は、汗ダラッダラで、肩で息をしていた。
「ああ、この先をずっと行った、青いドアの部屋の中に……」
ベジータが言い終わらぬうちに、救急隊員は風のようなスピードでベジータの前をつっきっていった。
ゴロロロ!となにかが転がる音がした。
よく見ると、2人ともローラースケートを履いている。
なるほどあの救急隊員達は、カプセルコーポレーションの内部が広い事をあらかじめ知っていて、そのような装備をしてきたのだろうと、ベジータはまたも感心した。
しかしベジータは知らなかった。
自分の他愛ない脅し文句が、救急隊員に本気で受け取られていることを。
『今のカプセルコーポレーションには、洒落にならねえクレーマー男が棲みついている。そいつに逆らうと闇に葬られ、なぜか死体も出てこない』
各業界に、そんな不気味な噂がまかり通っていることを、ベジータは知らないのである。
救急隊員は、腹を痛がるブルマをそっと担架に乗せて、なめらかにローラースケートを走らせた。 そしてベジータとすれ違いざまに、異常に緊張しきった面持ちで「ご家族の方も一緒にきてください」と言った。
「家族?」
「病院に着きましたら色々と手続きがありますので、お願いします」
「………」
ブリーフ夫妻は不在のため、ベジータが病院までついていくことになった。
◇
「どうやらおなかが張ってしまっただけのようですね。何も異常ありませんよ。赤ちゃんも元気です」
診察室の外の廊下の長椅子に座って、ベジータはそっと聞き耳をたてていた。 穏やかな女医の声に、まずは一安心した。
「そうですか。良かった~」
「でもあんまり頻繁におなかが張るようだと注意が必要ですね。何か、おなかが張るような原因に心当たりはありますか?」
「……えっと」
「うん?」
「あの……その……してました……夫と」
「性交渉の事?」
「はい」
「性的な刺激は、おなかに良くないので交渉は控えて下さい。ブルマさん、あなたは科学者だからよくわかっているでしょう?気をつけないと……」
「えっと!それは分かってます……!でも……夫が!!どうしても私のことを抱きたいって泣きついてくるので!」
「え……?」
「私も妊娠中は控えるべきだって、いつも忠告してるんです!でも!夫は私を愛するあまりに、我慢ができないみたいで……!毎日せがんでくるんです!」
「まあ!」
「だから今日もしかたなく……だって夫が『愛してるんだ頼むから抱かせてくれ』って泣いてすがりついてくるから凄く可哀相で……。それで、始めたとたんにおなかが痛くなってお互いビックリしちゃって……」
ゴオオォォォ……。
廊下で聞き耳を立てていたベジータの身体から、赤い瘴気が火山の噴火のごとく立ちのぼった。
とてつもなくどでかい“気”が、足から放出され、ビシビシ!!と床にヒビが入り、フロア一面にくもの巣状の模様を作った。
「あの、ブルマさん……ご夫婦の仲が良いのはいい事ですが……、なんとかご主人に、交渉を控えてもらってください。なんなら私から、厳しめに説明をしましょうか?今廊下にいらっしゃることですし」
「へえっ!?いえッ!!いいですッ!!」
「……そう?じゃあまた何か心配な事があったら、次の検診のときにでも…」
「はい分かりました!!ありがとうございましたあ~!!」
赤面したブルマが大慌てで診察室からまろび出た。
そして開口一番、
「ベジータ!!今のドクターの話聞いてたでしょ~!?これからはもうちょっと我慢しなさいよ!!ほら帰るわよッ!!」
と女医に聞こえるようにわざと大声で言った。
「……この……アマ……」
真っ赤になったブルマは、同じく恥と怒りで真っ赤になっているベジータの手を引っぱって、逃げるようにして産婦人科を去った。
カプセルコーポレーションに戻った後、2人の間で花火のような口論が繰り広げられたのは言うまでも無い。
理不尽極まりない大恥をなすりつけられたベジータは、二度とその病院にいく事は無かった。
ブルマは一晩寝ると、病院での出来事など何もかも忘れたように、次の夜、いつも通りに夜這いをしかけてきた。 ……ベジータはブルマの図太さに驚愕しきって、全く言葉が出なかった。
『この女は一体どういう神経をしているのだろう……』
ブルマの行動はあまりにも不可解すぎた。
軽く眩暈を覚えたほどだ。
ベジータは訳のわからぬ迷宮の深淵に迷い込み、理性を削がれ、その晩もやっぱりブルマのいいなりになって性交をするハメになったのだが。
「痛い!」
ブルマの身体にさわったとたんに、また悲痛な声が上がった。
「いった……いたたた……」
「なんだ……どうした……」
「また……おなか張ったみたい~~」
「もう今日は中止だ!部屋に戻れ!」
ベジータは動けないブルマをおぶって、部屋に連れていき、ベッドの中につっこんだ。
ブルマはしょんぼりとしていた。
悲しげな目をして「せめて、おやすみのキスをして」と訴えた。
ベジータがそれを無視して部屋を出ると、ブルマはうえ~~んと子供みたいに泣き出した。
ブルマはおなかが張るのがどうも癖になってしまったようで、「今日こそは大丈夫よ!」と意気込んでベジータのベッドに侵入するのだがそのたびに腹痛を起こして、部屋に連れもどされた。
そんな日が連続して続いたので、ブルマも泣く泣く諦め、夜の戯れは完全に中止となった。
「痛い!」
ある朝、2人で朝食を食べている時、突然ブルマが叫んだ。
ベジータがビクッとして身構えた。
「なんだ…どうした……」
「おなか…張ってきた~……いったたた」
「きゅ、救急車呼ぶか」
「ううん、いい、ベジータの顔見てたら、ああ駄目……、それだけで感じちゃって……いたた」
「…………向こうを向いて食え」
ブルマは涙目になりながら、おとなしくうなずくと、ベジータに背を向けてブドウパンを食べた。
時々ミルクを飲もうと振り返るので、向かい側に座るベジータはそのたびに顔を後ろに向けなければならなかった。
「痛い!」
その次は、ベジータがブルマに頼みごとをしにいった時だった……。
「なんだ…どうした……」
「おなか…張ってきた~……いったたた」
「きゅ、救急車呼ぶか」
「ううん、いい、ベジータの声聞いたら、ああ駄目……、それだけで感じちゃって……」
「…………」
ベジータはいつものように、故障した重力室を直させようと、「オイ、ブルマ」とドア越しに声をかけただけだった。
たったそれだけで、腹痛を起こすというのは、さすがに何か母体に異常があるのではないかとベジータは判断し、すぐにウーロンに電話をかけた。
「オイ、お前、今すぐカプセルコーポレーションに帰ってこい」
『……お……お前、誰だよ……』
「とぼけても無駄だ。オレ様に決まってるだろう」
『………』
「15分待ってやる。15分待っても来なければ、お前を300Gの重力室にぶちこんで平らにぶっ潰し、ガスバーナーで焼いて、ブタ煎餅にして食う。……何をしていやがる早く電話を切れ、カウントダウンは始まっているぞ?」
ウーロンは10分でやってきた。全身汗みどろであった。 ベジータはウーロンに命じて、自身の姿に変身をさせた。
「なかなか見事だな。鏡を見ているようだ」
「お……おれは、何すりゃいいんだよ……」
「今から救急車を呼ぶから、ブルマと一緒に病院に行ってこい。救急車というのは家族の付き添いが必要らしい。オレは用があって行けんから、お前がオレの代わりを果たしてくるんだ」
「付き添い~?難しいなあ……。おれ、5分変身したら、1分間は変身できなくなるし……」
「大丈夫だ。救急隊員共には3分で病院に到着するように指示する。奴ら、地球人にしてはなかなかに優秀なんだ。だからお前もなんとかしてごまかしてこい。……絶対に、オレの姿からブタに戻る瞬間を、他人に見せるんじゃないぞ。もしもそれを目撃されたら……分かってるんだろうなあ、オイ」
「………」
◇
『ベジータ、心配かけてごめんなさい。病院で診てもらったけど、身体に異常はなくて赤ちゃんも元気だって言われたわ。夫の声を聞いただけで、おなかが張ってしまうって伝えたら、ドクターから、「しばらくご主人と離れて生活しなさい」って言われたわ。「そんなに頻繁におなかが張るようじゃ、赤ちゃんが心配です」って。ああベジータ、私、きっとあんたの事を愛しすぎてるんだわ。だって声聞いただけで感じるのよ……。だから、これからは私に近づかないで。食事の時間もずらすわ。ここに時間を書いとくから守ってね。重力室の修理については、メモ用紙で知らせてね。ブルマより』
ウーロンから手渡された手紙を読むと、ベジータは深いため息をついた。
ウーロンはミッションが終わった事を悟ると、すぐにカプセルコーポレーションから逃げた。
それがちょうど、ブルマ妊娠4ヶ月の頃だったのである。
それ以来、2人は家庭内別居の形を取って生活することになった。
たった一人で眠り、たった一人で食事をし、たった一人でリビングで本を読み、たった一人で風呂に入る。
それは、一人を好むベジータにとっては、快適な環境であった。様々な思索に没頭している最中に、ブルマの妨害が入る事もない。
戦闘能力を高めるのには何が足りないのかと己に深く向き合う時に、力を貸してくれるのは“静けさ”だけなのだ。
ちょうど良い、と思っていた。
ちょうど良い環境のはずであった。
しかし一週間もたたぬうちに、ベジータは、一人でいる環境が余計に精神的不安定を生み出している事に気づいた。
ふとした瞬間、無意識のうちにブルマの“気”を探ってしまうのである。
食事の準備は万全だし、重力室は常に自分のメモの通りに直されているので、ブルマが元気であることはわかる。
しかし、会話も無く、顔も合わせることもない生活の中、じわりじわりと、ある不安が押し寄せてきたのである。
『もし万一の事が起こった時、あいつは自分一人で、迅速に対処が出来るのだろうか……』
今、ブルマのそばで、その身体の様子を見守る者は一人もいない。
監視する者が必要だと判断したベジータは、再び、使い勝手の良いウーロンに電話をかけたが、バッチリ着信拒否されていた。
「しまった。あのブタ野郎め。脅すんじゃなかった……!」
旅行中のブルマの両親にも無線等で連絡を試みたが、もはや行方不明のレベルであった。
「風船かよ!」
とベジータは文句を言ったが、ブルマの両親だから仕方が無いのだとソッコー諦めた。
基本的に、他人に頼る、という思考や手段を持たないベジータは、そこで呆気なく万策が尽きてしまった。そして結局、ブルマの微細な“気”にいちいち振り回されることになり、訓練にも支障をきたすようになってきて、ストレスがドンドンたまっていった。
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