Spin-off 「Fantasy」

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どんな願い事も叶えてくれる。
あなたは、あたしだけの神様。










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 Spin-off 「Fantasy」
 ─── Short story:My own God.



 番外編 「幻想」
 ───短篇:私だけの神様





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『自分:ねぇ、初詣いきたい。 (22:48)』



 ローテーブルに頬杖をつき送信したばかりのメッセージをじっと見返す。
 画面の中では、両目を潤ませあざとい表情をしたキャラクターのスタンプが文章の後ろにくっついて『お願い』のポーズを見せつけている。……身勝手な我儘を見せかけの可愛げによって装飾するという、あたしの常套手段だ。誰かにずるいねと言われることもあるけど、夢も希望もないクソみたいなこの世界で生き残っていくためにはこういう駆け引きだって必要なの。
 ぶりっ子だって後ろ指を指されたっていい。
 あたし達みたいな女は、男に向かってどれだけ可愛く我儘を言えるかどうかがすべてなんだから。
 メッセージの送信から早くも数分が経過した。……既読は、まだつかない。あたしは軽く溜息をこぼした。
 元々こまめに返信をするタイプの男じゃない。返ってくる返事はいつも「ああ」とか「そうか」とか愛想の欠片もない文言ばかりだし、仕事が立て込んでいると数日ほど音信不通になることもある。
 ただ、無視だけは絶対にしない。
 どんなに忙しくても必ず返事が返ってくるし、日が空いた時には後日スケジュールを調整して埋め合わせしてくれる。なにがあっても、あたしの我儘を無下にしたりしない。───彼は、そういうひとだった。
 傍から見れば完全に都合のいい男だろう。というか実際そうだ。 
 あたしが彼を呼び出すのは、楽しくデートが出来る恋人がほしいからじゃない。欲求を満たすための奴隷を自分に宛てがいたいだけなのだ。
 相手がどう思ってるのかなんて関係ない。どこでなにをしているのか、起きているのか、寝ているのか、そんなことはひとつも考えない。なにより優先するのは「今、あたし自身がどうしたいのか」ということだけ。ほかはどうだっていいの。あたしの我儘を叶えてくれない男の価値なんて、どうせ捨て犬以下なんだから。
 賢くて見目麗しいだけではお話にならない。かと言って、大人しくて物分りがいいばかりでもつまらない。……飼い犬は、自分に首輪を嵌めた主人には死ぬまで忠実でいるべきでしょ?
 そういう意味で言えば、あたしが飼ってる『犬』はハチ公なんかよりもずっと優秀な忠犬だと思う。


「……なにしてんのよ。」


 一向に反応がないトーク欄を見下ろし、唇を尖らせる。あたしは苛立つ気分を紛らわせようと、新しくしたばかりのハンドネイルを部屋の照明でライトアップした。
 ラウンド型に整えられた自爪にはピンクベージュのマグネットジェルが塗布されている。ストーンもついていないとてもシンプルなデザインだ。今回はフットとおそろいにしたから、統一感があって気に入ってる。きめ細かい鉄粉がピンクパールのように淡くつややかな光を放っていて、指先だけでもお姫様になれたみたいだった。
 ……どうせ、あたしのネイルなんて男はきっと興味もない。
 でも、それでもいい。
 これは自己満足。
 男に褒めてもらうためじゃなく、あたしが『アイ』でいるためのおまじないなのだ。


 ───ピコンッ。


 滑稽な通知音とともに、吹き出しの下に『既読』の二文字が表示された。メッセージ送信から約十分弱。……まあ、今日のところは大目に見てやることにしよう。更新されたトーク欄を見下す自分の口もとが少しほころんだ。


『忠犬:いつ? (22:57)』


 たった三文字の素っ気ない返信。
 彼はいつだってこんな調子だ。テキストだけのやりとりでも面と向かって話をする時でも、必要最低限のことしか喋ろうとしないし愛想だってお世辞にもいいとは言えない。相槌を打っていても上の空だし、一緒にいる時もあたしばかりがずっと話してる。それでも退屈なのかなと思って試しに黙ってみたら「…それで?」と続きを催促してくるから、無愛想なだけで実は聞き上手なのか、それともただの気まぐれなのか、いまだによくわからない。


『自分:今から。 (22:58)』
『忠犬:仕事は? (22:59)』
『自分:今日は休み。そっちは? (22:59)』
『忠犬:非番。(23:00)』


 こちらが聞いたことにも一応返事はする。仕事のこととか過去の男女関係のこととか、質問の内容によってははぐらかされることもあるけど秘密主義というわけでもない。人との境界線が曖昧な時とひどく明確な時があって、あたしがその内側に踏み込めるかどうかは話してみなければわからない。……まあ大抵は虫の居所が悪いと拒絶されるんだけど。
 ただ、彼はどんなに機嫌が悪くても客の男みたいに怒鳴って暴れたり、あたしを殴ったり、馬鹿な女だと見下したりはしない。
 ───だからあたしは、彼といるのが楽だった。


『自分:じゃあ連れてってよ。迎えにきて。 (23:01)』


 彼を試すみたいに一方的な我儘を投げつける。
 その辺にいる男なら十中八九「ふざけんな」と怒るに違いない。それはそうだ。こんな時間に今から迎えに来いだなんてあまりにも自分勝手すぎる。ましてや彼はあたしのような夜職の人間じゃないし、勤務時間も不定期だ。本来であれば今の時間はとっくに眠っていなければならないはずだった。……だけどあたしは、そのことをわかっていて敢えて迎えを催促した。


『忠犬:今どこにいる。 (23:04)』


 三分ほどの時間を空けて彼から返信が返ってくる。拒絶ではなくこちらの要求を呑もうとしてくれているかのような口ぶり。
 いつもそうだ。彼は、あたしの我儘を拒まない。
 人殺し以外だったらなんでも言うことを聞いてくれるんじゃないかってくらいに。


『自分:家にいるよ。 (23:05)』
『忠犬:すぐに出られるのか? (23:06)』
『自分:うん。着替えたらね。 (23:06)』


 メッセージに返信しながらぼんやりと思い出す。……彼と初めて出会った時のこと。
 あの夜は最悪だった。客のクソ男に殴られて、痛みを堪えながら街をただただ逃げ回っていた。前方を確認する余裕もなくひたすら走り続けた足はついに限界を迎え、踏み出した片足が縺れて前につんのめった瞬間───思いっきり人にぶつかった。
 その相手が、彼だった。
 彼はあたしの顔の青痣を見た途端その形の良い柳眉をつり上げて鬼のような形相になると、追いついてきたクソ男の胸倉を容赦なく掴みあげ、ドスの効いた低い声で凄んでみせた。当然男は情けなくしっぽを巻いて逃げて行き、あたしは顔の痣以外はほとんど無傷で済んだのだ。彼とぶつからなかったら、もしかしたらあたしは今頃あのクソ男に一生消えない傷を負わされていたかもしれない。


 ───大丈夫か?
 ───来い。……顔、手当してやる。


 そう言った時、彼はものすごく“痛そう”だった。
 やられたのはあたしなのに、まるで自分が殴られたみたいな顔をしていた。或いは、自分のとても大切な人が同じ目に遭わされて、ものすごく怒っているような。とにかく誰かが傷つくのが耐えられなくて、悲しくて、相手が許せなくて、憎くて憎くてたまらない。そんな顔だった。


 ───これ以上ろくでもねぇ男に引っかかりたくないなら、今の仕事からは足を洗った方がいいぜ。
 ───この街じゃ、女が笑って生きていくのは難しいからな。


 彼の言葉は一理あると思った。
 男に体を売るようになってからと言うもの今日が楽しくて明日が来るのが待ちきれないなんていう日はただの一度もなかった。客といるときは一刻も早く終わってほしいと思っていたし、仕事が終わっても十数時間後にはまた同じ苦痛を味わわなければならないんだと思うと明日なんて一生来なければいいと願いさえした。
 こんな仕事、したくてしてる女なんてひとりもいない。
 あたしだって昼職に憧れていた時期があった。ちゃんとした仕事に就きたかった。酒に溺れて、薬に依存して、あたしを捨てて男を選んだママみたいなあばずれ女にだけはなりたくなかった。だけど所詮、蛙の子は蛙だ。大学進学どころか高校さえも中退して行く宛てをなくし、気づけばママと同じ道を歩んでいた。
 今の仕事を「辞めろ」なんて誰も言ってくれなかった。
 誰もあたしを叱ってくれなかったし、正しくなくても今よりマシな道はこっちだと教えてくれる人もいなかった。
 ───彼を除いて、ただのひとりも。
 だから、嬉しかった。
 顔も知らないパパを見つけたみたいな気持ちになって、なんだか無性に彼に甘えたくなった。
 彼をあたしだけのものにしたい。どうすれば彼をあたしのところに引きとめられるだろう。ばかな頭で必死に考えて咄嗟に「友達になろう」とあまりに陳腐なひと言を口にしてみたけれど、彼は渋い顔になって「オマエの客になるつもりはねぇ」とだけ返事をした。
 それは今思えば彼があたしに見せた最初で最後の明確な『拒絶』だったけれど、それでもあたしはやっぱりほっとしたんだ。
 あたしのことを『女』じゃなく『人間』として見てくれた男も、彼が初めてだったから。
 

『忠犬:今から出る。 (23:10)』


 しばらくしてまた彼から返信が来た。
 「わかった」とも「いやだ」とも言わないただの現状報告。愛想なんて微塵もない、簡潔すぎる文章。感情の抑揚がなく、突き放すことも寄り添いすぎることもしない。相手が求めた時だけ傍にいて要求された役割を淡々と果たすだけ。
 冷たいようで、けれども本当は誰よりも誠実な関わり方のように思えた。……物足りないと思う人もきっといるんだろうけど、少なくとも、あたしにとってはそれくらいが心地よかった。
 果たして彼がそれを意識したうえであたしと接しようと心がけているのか、それとも完全に無意識なのかは、わからないけれど。


『自分:わかった。待ってるね^^* (23:11)』


 絵文字を添えて返事を返した。
 自宅を出る準備を始めたのだろう、メッセージに彼からの既読はつかなかったけれどそんなことはひとつも気にならなかった。
 彼が今年も変わらずあたしの我儘を拒まずに受け入れてくれるということがなんだか無性に嬉しくて、ほっとした。
 



『忠犬:冷えるからちゃんと服着ろよ。 (23:15)』




 それから少し後に彼から届いていたメッセージを見た時、思わず「どういう意味よ、それ!」と大きな声で突っ込んでしまった。……ちょっとだけむかついたから、ダウンジャケットを着込んだ下にオフショルダーのミニスカートワンピースをチョイスしてやった。彼は露出の高い服を着る女があまり好きではないからだ。
 そして案の定、マンションのエントランスから出て来たあたしの太ももを目の当たりにした彼は、見るからに顔を顰めていた。
 だけど、新しくしたネイルを見せびらかしたら「似合ってる」と言ってくれたから許してあげることにした。






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 神社の境内は深夜とは思えないくらいの人集りだった。
 初詣というより初日の出を拝みに来たのだろう、人々は神様への参拝もそこそこに日の出が見える場所まで我先にと歩いてゆく。……その流れる人波の中を、あたしと彼は身を委ねるように進んでいた。


「どっちに行ったらいいんだろう。人が多すぎてわかんない。」


 神社の本殿はどこなんだろう。彼を誘ったはいいもののあたしもここに初詣に来るのは初めてなので勝手がわからず、人と人の間をふらふら彷徨うしかない。きょろきょろと周囲をあちこち見回してみるけれど、それらしき建物はどこにも見当たらなかった。
 到着早々迷子になろうとしている無計画なあたしを横目に、その隣で眠そうな目をした彼が欠伸を噛み殺しながらこう口にした。


「このまま進めば着く。」
「…本当?来たことあるの?」
「入口の看板にそう書いてあった。」
「そうなんだ。」
「高台に本殿があるらしい。」


 わりと重要な情報をさして興味もなさそうに提供してくる。この酔うほどの人混みの中で看板の表示を記憶するなんてさすがだなと思う反面、あたしにも教えてくれたらいいのにと不満を抱いたりもした。
 客の男達はこちらが聞かなくたっていつまでもぺらぺら喋るけど彼はそうじゃない。相手にとってものすごく大事なことでも自分の中で『どうでもいい』と判断したことは容赦なく切り捨てる。客のクソ男とは真逆だなと話すたびに思っていた。
 客の話を聞くのはつまらないけど、彼の話だったらもっと聞いてあげてもいいかな、なんて。……と言っても、本人にそれを言うと「オレの話なんざ聞いてなんになるんだよ」と呆れられちゃうんだけど。


「ねぇ、おみくじ引きたい!どこにあるかな?」
「…上じゃねぇの?」


 ライダースジャケットを着込んだ彼の腕に手を回して見上げると一瞬だけこちらを一瞥してすぐに前を向いてしまう。これだけ体を密着させても一ミリだって動揺しない。初めの頃に男が好きなのかと思って聞いたらきょとんとした顔をしていて面白かった。いつもすました顔ばかりしているから、こんな表情もするんだと意外に思ったことだった。
 滅多に見せてくれないけど、たまに少年みたいな顔をすることがある。無性に母性をくすぐられるみたいな。あれを一度でも知ってしまえば女は誰でも「あたしだけが見ていたい」という欲を抱くに違いない。あたしだってその気があった。だからこうして無邪気なふりをして彼を驚かせようとするのだ。


「おみくじってお金かかるの?」
「当たり前だろ。ただなわけあるか。」
「あたし、お財布持ってきてない。」
「…いいご身分だな、オマエ。」


 ぎゅっと眉根を寄せて彼が溜息をつく。
 こういう顔も好きだ。あたしのことで呆れたり困ったりする彼のことが愛おしくてたまらなかった。あの余裕ぶった態度が崩れる様を見るとき、世界であたしだけが彼の心を千々に乱すことが出来るんだという優越感に浸れるから。


「お正月だもん、おみくじ引きたいの。いいでしょ?お願い!」
「わかったから、ちゃんと前見て歩け。」


 彼が顎でしゃくるようにして前を指し示す。あたしは素直に言うことを聞いて進行方向に視線を向けた。沢山の人の頭が有象無象にうごめいている。みんな洗脳されたみたいに同じ方向を向いていて面白いなと思った。この中に、本当に神様を信じている人間は一体どれくらいいるんだろう。
 

「ねぇ、おみくじ一緒に引こうね。」
「オレは別に興味ねぇんだが。」
「ひどい。神様から罰が当たっちゃうよ?」
「ハッ。ご利益を貰ったことだって一度もねぇけどな。」


 冷ややかな笑みをもらした彼の吐息が真っ白に染まる。鼻の頭も耳朶も真っ赤ですごく寒そうなのに薄手のレッグウォーマーしか巻いてないなんて、あたしには「ちゃんと着込んで来い」とお節介を言うくせにどうして自分のことも同じくらい気にかけてあげないんだろうと不思議に思う。体は丈夫だと前にも言っていたけど、丈夫だから蔑ろにしていいはずがないのに。


「あたしがいるじゃん。」
「…なにが?」
「あたしがいるんだから、ご利益あったでしょ?」
「オマエはご利益どころか疫病神だ。昔も今も面倒事ばっかり持ち込んで来やがる。」
「あははっ、なにそれ!」


 周りに人がいることも忘れて手を叩いて大笑いした。
 確かに、彼にとってみればあたしは疫病神かもしれない。いつも自分の都合だけで急に呼びつけては『あれして』『これもして』と我儘ばかり口にする厄介な女。恋人でもないくせに自分を召使いのように扱ってこき使う、金と手がかかるだけの女。……でも、それでも彼は、あたしを遠ざけない。「もう要らない」と突き放したりしない。───絶対に。


「じゃあ、縁切る?」
「オマエに付き合いきれる男が他にいるんならな。」
「神様にお願いしたら連れてきてくれるかな?」
「…さあ、どうだろうな。」


 彼の口もとがかすかに綻んだ。笑ってる。だけどその顔はちっとも嬉しそうには見えない。真冬の空のように青ざめたその瞳には、隣を歩くあたしや目の前の人集りでもない、とても遠くにある彼にしか見えないなにかが映っているみたいだった。
 ……空気が読めないあたしだって、なんとなくわかる。
 「なにを見てるの」と聞いたところで、彼が答えを教えてくれることはないんだってことくらい。
 その顔に傷がある理由をあたしが今も知らないみたいに。


「ねぇ。もしあたしに男が出来たら、嫉妬する?」


 だからわざとこんな質問をして、ここから遠のいてしまった彼の意識を無理矢理こちらへ引き戻すんだ。
 一緒にいるのに、あたしだけを見てくれないなんてつまらない。嘘でもいいから今はあたしだけを見て、あたしの声だけを聞いて、あたしのことだけを考えてほしい。
 それ以外のことなんて、ぜんぶぜんぶ忘れちゃえばいい。


「してほしいのか?」
「だって、他の男に首輪つけるってことだよ?」
「そうしたらオレはお役御免ってわけか。」
「あたしに捨てられるの、いや?」
「別に。」


 凍てつく風が彼の金色の髪を撫でつける。
 蒼白く冴えた眼差しがあたしだけを見つめている。


「オマエが要らないって言うんなら、それでいい。」


 その言葉が彼の本心なのかどうか、あたしには見抜けない。
 それがやけに悔しくて子どもみたいに頬を膨らませた。


「……つまんない。」
「だったらもっと面白い男がいいって上で頼めばいい。」


 なんでもないことのように彼はそう言ってのける。
 怒っているわけでも拗ねているわけでもない、本心からどうでもいいと思っている声色だった。あたしが首輪を嵌めることを許したくせに、あたしの飼い犬に甘んじているくせに、その首輪を外されることを彼はなんとも思わないのだ。あたしが一言「要らない」と言えば、影さえ残さず傍から姿を消す覚悟があるということだ。
 あたしが首輪を外したら、このひとはどこに行くんだろう。
 また他の飼い主を探すんだろうか。
 それとも、死ぬまでずっとひとりぼっちで生きるのだろうか。
 ……ひとりは、寂しい。あたしにはわかる。
 ママが帰ってこない家は真っ暗で、冷たくて、まるで牢屋みたいだった。食費とは呼べないくらいの少ない現金でどうやりくりするかということよりも、スーパーで値引きされたお惣菜をひとりで食べなきゃいけないことの方がずっとずっと辛くて、惨めで、むなしい気持ちだった。あんな思いはもう二度としたくないと思って生きてきた。
 だけど、どんなに足掻いてもあたしはやっぱりひとりきりで。
 結局ママは帰ってこなかったし、ママの血を引いたあたし自身も誰とも家族にはなれない中途半端な女だった。この業界はそういう子ばっかりだけど、この寂しさは見せかけの慰めでは埋められなくて、だから優しい言葉をくれてお金を積んでくれる男に甘えるしかなかった。だけどそうするとあたしはその男の奴隷になって、気に入らないと殴られて、痛くて、苦しくて、死にたくなった。
 ひとりは、つらい。
 だけど、彼といるときはそのつらさを忘れられる。
 彼もあたしと同じだから。あたしと同じ中途半端な男で、埋められないむなしさを抱えていて、それを癒したり痛めつけたりするようなことばかり繰り返している。───そうして、あわよくばこのまま終わらせてしまえたらいいのにと願っている。
 あたしたちは不完全な人間だ。だから家族にはなれない。
 だったらせめて、どちらか片方が限界を迎えた時にはもう一人も一緒にすべてを終わらせて、二人で楽になれたらと思う。
 彼を終わらせるのはあたしがいい。
 あたしを終わらせるのも、彼であってほしい。
 ひとりで死ぬのは寂しくても、ふたりなら。
 同じ場所には行けないとしても、お互いのぬくもりを感じながら「あたし達、結構がんばったよね?」って笑いながら死ねるなら、それも悪くないかもしれない。
 彼に出逢って、そう思えたんだ。


 「……神様っていると思う?」


 初詣に来ておきながらこんな質問をするだなんて、あたしだってよっぽど罰当たりな人間だ。
 別に神様の存在を信じてるわけじゃない。というか、この世界に神様なんてものが本当にいるなら疫病も貧乏も戦争もとっくになくなっているはずだと思う。親に捨てられて飢える子どもも、ひどい男に一生癒えない傷をつけられる女も、労働に殺される男も、孤独に死ぬみじめな老人も、みんなみんな救われなければおかしい。
 だけど、世界にはそんな人達が腐るほどいる。
 富も美も地位も、なにもかもを手に入れられる人間なんてほんのひと握りだ。あたし達みたいな人間は、手にするものよりも諦めたり失ったりするものの方が圧倒的に多い。
 神様がいるんなら、あたしは聞いてみたい。
 どうしてあたし達は平等じゃないのって。
 どうして手に入らないものばっかりなのって。
 どうして死にたくなるような人生を生きなきゃいけないのって。
 初詣に行って手を合わせて、おみくじを引いて、そうやって信じているふりをしたら、神様はそのどれかの答えをあたし達に授けてくれるのだろうか。───なんて、捻くれたことしか考えられないあたしにはいつか天罰が下るのかもしれない。
 あたしの質問を聞いた彼は、その凛とした蒼い瞳をなだらかな瞼の奥へと隠した。しばらくの沈黙の後、まだ陽も昇らぬ暗い夜空をゆっくりと仰ぎながら白い吐息を寒風にとけこませてゆく。


「……もしいたとしても、オレは神に祈ったりはしねぇ。」


 その声は静かだったけれど、どんな雑音も彼の言葉を呑み込んでしまうことは出来なかった。


「神に祈らなきゃ叶わねぇような願いは、はなから分不相応だったってことだ。」


 彼はいつもそうだ。
 孤独だけれど、群れてる奴等よりずっと強い。
 神に祈るよりも、星に願うよりも、自分の力を信じて突き進んでゆくことが出来る。彼はそういう人だ。
 その姿が太陽みたいに眩しいからこそ、あたし達は彼に惹かれてしまうのだと思う。……このひとなら、自分の中にある真っ暗闇も照らしてくれると期待してしまうから。


「じゃあ、今日もお願い事しないの?」
「…いや、」


 彼がゆるく頭を振る。
 吹きつける風がさっきよりも強くなってきていて、かすかに雪が混じっていた。夜闇のなか靡く金色の髪が六花の結晶を纏っていてなんだかすごく神聖なものに見えた。


「今日は、正月だからな。」
「……? うん。」
「オレに願い事はねぇが、オマエにはあるんだろ。」
「……うん、」


 ───『願い事』なんて言えるほど大層なものじゃないけどね、とは敢えて言わない。
 普段からあまり多くを語りたがらない彼が珍しくあたしに話そうとしてくれているその胸の内を、今は静かに聞いていたかった。



「だったら、オマエの願いが叶うように祈っといてやるよ。」



 彼がはにかむように笑う時、あたしの胸の奥が熱を帯びる。
 ───嗚呼、このひとはきっと気づいてすらいないんだろう。
 あたしの願い事を叶えてくれるのは神様なんかじゃないって。
 あたしにとっての神様は雲の上にはいないんだって。
 おみくじに書かれている有難いお言葉なんかより信じたいものが他にもあるんだって。
 


「二人で願ったら、きっと叶うね。」



 腕に回した手にぎゅっと力を込める。
 あなたとの縁が切れてしまわないように。
 あたしだけの神様が逃げていってしまわないように。





「ありがとう、アズマ。」





 あたしの願い事を叶えてくれるのは、いつだってあなただから。












「行くぞ、───アイ。」













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 神様なんていなくたっていいの。
 あなたがあたしだけのものでいてくれるなら。



 Spin-off 「Fantasy」
 ─── Short story:My own God.



 番外編 「幻想」
 ───短篇:私だけの神様



 - END -

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Happy New Year!
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